呪いを掛けた謝罪の文1



ウロウロウロ。
おろおろおろ。
八葉は花梨の室、下ろされた御簾の外で落ち着かなく歩き回っていた。
ウロウロウロ。
おろおろおろ。
花梨の室の御簾は、何時も巻き上げられていた。そして八葉は出入り自由だった。だが、新年を迎えた今は立ち入り禁止となっている。
ウロウロウロ。
おろおろおろ。


「花梨さんはどうなさったのですか?」
「ご病気では無いとの事ですが、本当なのでしょうか?」
彰紋と泉水が室に出入りする女房を捕まえては同じ質問を繰り返す。
「ご心配要りませんわ。ご病気で無いのは確かですから・・・・・・。」
女房は困ったような表情で言葉を濁す。
「その返事は聞き飽きた。だからどんな様子だか、はっきりと言えよ。」
勝真までが詰め寄った。
「ですから、少々お疲れのようでお休みになられています。」
「それも分かっている。だがもう5日も経っている。御簾越しにも姿を見せないなんておかしいだろう?」
「龍神をお呼びしたのが悪かったのでしょうか?負担が大きすぎたとかお怪我をなさったとか、神子に何かあったのではありませんか?」
「何もありません。大丈夫ですわ。」
「じゃあ、何で閉じ籠もっているんだ!」じれったそうにイサトが喚いた。「何でもないなら引き摺り出してやる!」
「なっ!?」
「おいっ!」
さすがに女房の顔色が変わり、慌てて勝真がイサトの口を押さえた。
「イサト。」
「そ、そんな乱暴な事は・・・・・・。」
花梨にも聞こえてしまったかと彰紋や泉水が心配そうに御簾の奥を窺(うかが)う。
「わぁってるよ!」もがいて勝真の腕を振り払う。「だからって何時までも顔を見せないんだから心配じゃないか。」
「気が乱れているが、問題無い。」
少し離れた場所に座っている泰継は落ち着いた口調で言った。
「気が乱れているって何だよ?そんな説明じゃ、さっぱり分かんねぇよ!」
「何か悩み事でもあるのでは無いのかい?」
庭から高欄に手を掛けた翡翠が声を掛けた。
「悩み?」
「あぁ。彼女には残された時間は少ないからね。」
「・・・・・・・・・。」
誰もが黙り込んだ。そう、花梨は龍神の神子の役目を果たし終えたのだ。だから自分の世界に帰る。だが高倉花梨個人としては、何かやり残した事、心残りな事でもあるのだろうか?
「だったら余計に出て来なきゃおかしいだろう?行動に移さなきゃ、何時まで経っても解決しない。」
「しかしこう籠もられては私達にはどうする事も出来ません。お助け出来るのでしたら、何でも致しますが・・・・・・。」
「悩みを作ったのは翡翠、お前では無いのか?」
ずっと黙っていた頼忠が階の上から睨みながら言った。
「私?」
「神子殿のご様子がおかしくなられたのは、お前が連れ出した後からだ。」
「ほう、お前は私が原因だと思っていたのかい。」
小馬鹿にするような薄笑いを浮かべた。
「違うとでも―――。」
険しい顔付きで詰め寄った頼忠だが、翡翠が頼忠の後ろに視線をずらしたのに気付いて振り返った。
「神子殿はまだお籠もりになられたままなのですね。」
幸鷹が苦笑しながら近寄って来た。
「笑い事ではありません。」
「えぇ、それは分かっています。」素っ気無い彰紋の態度に、顔を引き締めた。「ですから、どうしたら良いのか考えていたのです。」
「何か思い浮かびましたか?」
泉水が期待を込めて訊いた。
「えぇ。」頷いたが、頼忠に視線を向けた。「実は、神子殿のご様子が変わられたのが何時だったのか、思い出したのです。」
「翡翠が神子殿を連れ出した後からです。」
「いえ、それは違います。」
「違う?では、何が原因だったのですか?」
頼忠が驚き尋ねた。
「その翌日、神子殿にお会いした時には特に変わった様子はありませんでした。しかし話題がお前、頼忠に関する事になった途端。」一歩近寄り、睨んだ。「おかしくなられたのです。」
「な・・・・・・っ!」
あまりの衝撃的な事実に真っ青になる。震える手を握り締めた。
「お前、何をしたんだ?」
「頼忠ぁ!」
「何か傷付けるような事を言ったのですか?」
勝真達が簀子に飛び出て来た。
「何もしてはいない。いや・・・したのだろうか・・・・・・・・・?」
声まで震えている。
「当然、お前に責任を取って貰います。」
「一体どうすれば宜しいのでしょうか・・・・・・?」
「閉じ籠もったままの神子殿にはお会い出来ません。ですから、文を書きなさい。」
「は・・・い・・・・・・・・・。」


促されるままに空いている室に入り、紙と筆を受け取る。しかし、何を書いて良いのか分からず、手は止まったまま。
「しかし折角書いても、ご機嫌を損ねさせた原因である頼忠の文では読んで頂けないかもしれないね。」
「己が何をしたのかも理解していないのでは謝罪など出来る筈も無い。」
「・・・・・・・・・。」
翡翠にも泰継にも反論など出来ず。
「そうですね。では、神子殿が読まずにはいられないような呪いを施しましょうか。」
幸鷹は頷くと、持って来た文箱から長方形に切り揃えられた真っ赤な薄様の紙を数枚取り出し、重ねる。もう数枚同じように重ねると、頼忠の方に滑らせた。
「これは・・・・・・?」
「私が教える通りに折って下さい。」
親指1本分位の幅で山折り谷折り。
「・・・・・・・・・。」
「呪いなら泰継殿にお頼みした方が宜しいのではありませんか?」
泉水が尤もな意見。
「いえ、泰継殿の呪いでは掛けられた事自体気付きません。」首を振った。「これは神子殿の世界の呪いです。彼女ならばこちらの方が分かり易いでしょう。」
「呪いを掛けられたと気付いた方が良いのですか?」
「はい。それだけ頼忠の想いが真剣だと伝わるでしょうから。」
「はぁ、そうなのですか。」
幸鷹がそこまで言うのならばそうなのだろうと一同納得。
「幅は揃えて。そして半分に折ったここに。」
中央を糸で縛る。
「・・・・・・・・・。」
「破かないように丁寧に。」
そこを中心として扇のように広げた。そして紙を一枚一枚剥がし、丸みを帯びるように形を整えていく。
「こんな感じ・・・で・・・・・・宜しいでしょうか?」
「そうですね。なかなか綺麗に出来ましたね。」
頷いた。
『ほう・・・。』
『ん?』
後ろから覗き込んで完成した物を見た翡翠はうっすらと笑みを浮かべた。しかし勝真は首を捻り、彰紋は泉水と戸惑った顔を見合わせた。
『なぁ、これって・・・・・・?』
イサトが訝しげに二人を見るが、幸鷹は大真面目な表情で頼忠は真剣な眼差し。口を挟める雰囲気でもなく、成り行きを見守る事に決めて口を閉じた。

「しかし・・・文の方は・・・・・・・・・。」
「頼忠の気持ちを正直に書いたら宜しいのですよ。」
「・・・・・・・・・。」
己が何をしたのか、未だに分からない。どんなに謝罪の言葉を並べようと、心が通じるとは思えない。眉間に皺を寄せて紙を睨み続ける。
「ふぅ。本当はお前の言葉で書いた方が良いのですが。」
わざとらしいほどの大きなため息を吐く。
「申し訳ありません。」
「では、傷付いた神子殿の御心を癒す呪いの言葉を教えましょう。」筆を取り、さらさらと紙に書いた。「神子殿は英語が苦手だとおっしゃっていらしたから、一番簡単な言葉が良いでしょう。」
「あの、これはどのような意味で―――?」
呪いの割にはかな文字そのままだ。しかし、意味は全く分からない。
「心とは意外と単純な言葉が一番伝わるのですよ?」
言葉を遮るとにっこりと微笑む。だが威圧感たっぷりのその瞳は、ごちゃごちゃ言わずにそのまま書けと脅している。
「・・・・・・・・・。」
二度三度瞬きを繰り返したが、相手は幸鷹だ、悪い意味では無いだろうと覚悟を決めた。気持ちが伝わるよう、心を込めて書き写す。そして己の名を書き、丁寧に折り畳んだ。
「では、先ほどのこれと一緒に渡すように女房に頼みなさい。」
「分かりました。」
薄様の紙で作った物を大事そうに添えると、一礼をして室を出て行った。


「さてと。」
「では私達は帰りましょう。」
翡翠と幸鷹が立ち上がった。
「確認しないで宜しいのですか?」
泉水が驚いて尋ねた。
「えぇ。邪魔なだけです。」
肩を竦めるとさっさと室を出て行ってしまう。
「良いのか?」
「えっと・・・・・・。」
他の者達は顔を見合わせる。先ほどからの幸鷹の言動には違和感がある。だがあの二人は勝真達が気付いていない何かを知っているのだろうと納得し、立ち上がると後を追って室を出た。
神子の室の方を見ると、頼忠は廂に座り、思い詰めたような表情で御簾を見つめている。
「後は二人の問題さ。」
翡翠はくすりと笑うと、さっさと歩いて行く。残された者達は再び顔を見合わせる。だが、幸鷹達に理由を問い質そうと足早に後を追った。






まっ、お呪いの意味、お分かりですね。
次で完結致します。後日談がある予定ですが。(予定なんだ。予定・・・・・・。)