苛めっ子 |
「うわぁ〜〜〜ん!」 「申し訳ありません。どうかお許しを。」 大泣きしている花梨を宥めようと、頼忠は必死で謝っていた。 「頼忠さんのばかぁ!」 「神子殿・・・。」 「神子じゃなくてかぁ〜りぃ〜ん〜。花梨と呼んでよ〜〜〜!」 頼忠の腕を掴んでバタバタと振る。 「いえ、その・・・。」 「わぁ〜〜〜ん!」 「おい、頼忠。花梨と呼んでやれよ。こんなに泣いているんだからさ。」 周りで見ていたイサトが責めるように言った。 「し、しかしこの方は龍神の神子で・・・私はその従者で・・・・・・。」 しどろもどろ。 「頼忠さんに花梨と呼んで貰うのが好きだったのに〜〜〜!」 「・・・・・・・・・。」 「意地悪。苛めっ子!」 「・・・・・・・・・。」 苛めてなどいない。頼忠は困り果てていた。 ほんの少し前、花梨達はぬえ塚で院を呪っていた怨霊を祓った。そう、花梨が真の龍神の神子だと証明されたのだ。だから花梨を頼忠の主と認め、『神子殿』と呼び方を変えたのだが。 「ケチんぼ!」 『け、けちんぼ???』 何ですか、それは。 「神子。頼忠は主従関係に厳しい武士ですから主と認めた方を御名で呼ぶのは難しいのです。頼忠の立場をご理解下さい。」 「神子殿、これはケジメです。親しき仲にも礼儀あり、です。あなたの指示を受けるにはこの方が都合が良いのですよ。」 さすがに泉水や幸鷹も宥めようと色々と口を挟む。 「だからってこんなにお願いしているのに・・・・・・・・・。」 「なぁ。幸鷹や泉水は神子と呼んで良いのか?」 イサトが他の二人に対しては文句を言わない花梨に訊いた。 「恋人は特別な存在だもん。」 手の甲で涙を拭った。 「そうかい。」ちょっぴり呆れて呟いた。「まぁ、オレが花梨と呼んでやるから今はそれで我慢してろ。ほら、神子というのはあだ名、愛称だと思ってさ。」 元気付けるように明るく言った。と、花梨はふてくされながらも渋々頷いた。 「分かった・・・・・・。」 「ありがとう御座います・・・。」 イサトに感謝の眼差しを送ると、花梨に向かって深々とお辞儀をした。 「それって恋人に対する態度じゃ無ぁ〜〜〜い!うわぁぁぁん!!」 『勘弁してくれよ・・・・・・。』 またしても泣き出し、天の八葉はがっくりと肩を落とした。 「あのヘンな女がウロついていないか、ここいらを少し探してみるわ。」 「泉殿の院にあの女の事を報告して参ります。」 「わずかですが、怨霊の邪気が残っています。私では何処まで出来るか分かりませんが、祓ってみようかと思います。」 口実を設けると、三人は泣き止んだ花梨を頼忠に押し付けた。 屋敷までゆっくり歩く。その間、花梨は文句を言い続けていた。 「石頭。頑固者。苛めっ子。」 「・・・・・・・・・。」 何を言っても怒られる。再び泣かれても困る。頼忠は黙って歩いていた。 「私の事を主だって言うけどさ、花梨と呼べっていう命令には従わないんだね。」 嫌味っぽく言うと、慌てふためいた。 「あ、あのそれは背いている訳ではなくて・・・・・・。ご命令とは言え、その・・・・・・。いや。あの・・・申し訳ありません。」 『頼忠さんってヘンな人だ。』 眉間に皺を寄せ、困っている姿を見ていると、怒りが静まっていく。慣れればまた呼んでくれるようになるかもしれないし、しばらく様子をみよう。呼んでくれなくとも、困らせる方法が見つかったとでも思えば良いし。 しかし。 これは花梨を恋人として扱っていないという事でもある。では、何か恋人らしい事をしよう。 「頼忠さんの誕生日って何時ですか?」 「誕生日?」 きょとんとした表情で花梨を見つめた。 「誕生日。頼忠さんが生まれた日付け。」 「私が生まれた日付け?」気にした事が無いからうろ覚えだ。「確か・・・10月の12日だったかと思いますが。」 「10月12日?」 あれ?何だか最近、この日付けを聞いたなぁ? 「はい。そう言えば今日ですね。」 「え?今日?」 立ち止まると頼忠を睨んだ。 「それが何か?」 怒り出した理由が分からない。何か大きな失態でも犯したのだろうか? 「ちょっと待って。今日なの?今日が誕生日なの?」 「はい。」 「うっそぉ?準備している暇、無いじゃないの。」 腕を上げたり下ろしたり。その場でぐるぐると回る。 「準備?何の準備でしょうか?この頼忠に手伝える事はありませんか?」 生真面目な顔をして尋ねてくるこの男が憎らしくなってきた。 「それじゃ意味が無い!」怒鳴った。「恋人の誕生日を祝うのは女の子としての義務であり権利。頼忠さんが自分でしてどうするのよ!?」 「誕生日を・・・祝う?」 「うん。家族友人恋人、大切な人に生まれて来てくれてありがとう、貴方と出逢えて嬉しいと伝えるの。」 「そうなのですか。あなたの世界にはそんな嬉しい風習があるのですね・・・・・・。」 ほんわかと心が温まっていく。従者に対してこんな風に怒る主はいない。まぁ、この少女は最初から頼忠を従者とは考えていないが。 「ここには無いの?」 「はい。無事に生まれた時には色々な儀式、行事はありますが、その後はありません。あぁ、元服は一族で祝いますが。」 「元服って言うと成人式だっけ。それは当然だと思うけど、でも生まれた日って言うのは一年の内にたった一日しかない特別な日だもん。お祝いしたいじゃない。」 「そのお気持ちだけで充分過ぎるほどです。ありがとう御座います。」 深々とお辞儀をした。 バシャバシャバシャ。 ゴォーーー! 火に油が注がれた。当然、勢いを増して燃え盛る。 「駄目。許さない。意地でも何でも良い。絶っ対に祝ってやる!」 叫んだ。 と言っても今はもう夕方だ。ご馳走を作って室を飾り付け、プレゼントの用意。どんなに急いで準備を始めたって日付けは変わってしまう。間に合わない。 では、今のこの花梨で出来る事は何だろう? 「歌を贈ります。」 この世界には、想いをメロディに乗せて想い人に贈る、という風流な事をやる者がいると言う。花梨も真似をしよう。 ぱちくりと瞬きをしている頼忠の真正面に立つと、両手を握った。 「ハッピーバースディ〜トゥ〜ユ〜♪ハッピーバースディ〜トゥ〜ユ〜♪ハッピーバースディ〜ディアよ〜りたださん〜♪ハッピーバースディ〜トゥ〜ユ〜♪」 頼忠の手を強く握り締めながら上下に振った。 「・・・・・・・・・。」 「お誕生日、オメデトー!」 「あ、ありがとう・・・御座います・・・・・・。」 呆けたような表情に思わず吹き出した。 「これね、私達の世界では定番の曲なの。お誕生日おめでとーっていう歌。」 くすくすと笑いながらふと横を見ると。 「梨だ、梨が成ってるね。」 大きな木に、沢山の実が成っている。丸々として実に美味しそう。見掛けだけかもしれないが。 「そうですね。確かこの木の実は美味だと聞いた事があります。」 「そうなんだ。じゃあ。」これなら贈り物になる。そう考えた花梨はその一つをもぎった。「花梨のりんは梨。頼忠さんにこの実をあげるね。」 頼忠の手に乗せると、にっこりと微笑んだ。 「ありがとう御座います・・・・・・。」 一瞬過ぎった考えに動揺したが、帰る為に歩き出した花梨は気付かなかった。 そして元気良く室に戻ったけれども。 「帝も院と同じように怨霊の呪いを受けている。」 深苑が不機嫌な顔で言った。だから陰陽の気の偏りが正常に戻っていないと。 「と言う事は、帝の怨霊も祓わないといけないって事だよね?」 「そうだ。」 当然だ。やれ。眼がそう命令している。しかし花梨に責任がある訳でも無ければ呪っている訳でも無い。何で私が責められなきゃいけないんだと内心腹立たしく思ったが、顔には出さずに視線を深苑から頼忠に移した。 「頼忠さん、助けて下さいね。」 「いえ、申し訳ありません。それには応えられません。」 頭を下げる。 「どうして駄目なんですか?」 「私の一族は院に仕えております。私の一存で帝をお助けする事は許されません。」 「それって、泉水さんが言っていた主従関係に厳しい武士だからですか?」 「はい。棟梁の命令には絶対に従わねばならないのです。」 「そっかぁ・・・。駄目ですか。」 石頭の頼忠ではそうだろう。諦めかけた花梨だったが。 『ん?棟梁の命令は絶対に従う?』 ふと一つの可能性に気付いた。もしかして、手伝って貰う方法、あるんじゃない? 「申し訳ありません。」 「まぁ、頼忠さんには頼忠さんの事情があるから仕方がありませんけど。でも一応、頼んでみてくれませんか?京の為に協力したいと。」 許可さえあれば可能って事だ。 「承知致しました。伺っておきましょう。」 「お願いしますね。」笑顔で言うが、すぐに真顔に変わった。「それは頼忠さんの都合がつくのを待ちますけど、恋人関係の解消は認めませんからね。」 「は?」 「これからも恋人として逢いに来て下さいね。」 「はい。」苦笑。「この屋敷の警護は続けますので、そのご心配は要りません。」 「良かった♪」 「今まで以上にお守り致します。」 この頼忠の生命を賭してもお守り致します。あなたが真の龍神の神子だったのは残念ですが、それだからこそ、身体だけでなく、心にも傷が付かぬように。その瞳から涙が零れ落ちないように。―――御名をお呼びする事以外は。 その後、武士団には戻らないまま屋敷の警護に就いた。 そして明け方近くに警護を終えて武士団の己の室に戻った頼忠は、文机の上に主である少女から頂いた梨を置いた。 『花梨のりんは梨。頼忠さんにこの実をあげるね。』 頭の中で少女の声が繰り返し聞こえる。 少女の御名の一部を拝する梨、それを分かっていながら頼忠に贈った少女。 「この実をどうしろと言うのです?」 梨を見る度に、声が聞こえる度に、無邪気な笑顔を思い出す。主ではあるけれど、妹のような幼すぎる愛らしい少女。 そう、少女に深い考えは無いのは分かっているのだが・・・・・・とんでもない妄想が頭から消える事は無く、悩み続けるのであった――――――。 |
注意・・・第1章最終日。 頼忠にとって苛めっ子は、意識的にも無意識のままでも悩ませる言動をとる花梨ちゃん。 この梨、悩んだ末に『喰う』んでしょうね。とーぜん。 2007/02/25 02:35:48 BY銀竜草 |