八葉のやる気を出す方法



大豊神社に頼忠、幸鷹の三人でやって来た花梨は、狛ねずみの頭を撫でた。
「う〜〜ん。怨霊なんてどこにもいませんね。」
怨霊の噂を聞いてやって来たのだが、花梨達が祓う前の目撃談だったようだ。それは困っている人がいないという事で良い事だが、気合を入れて屋敷を出て来た分、ちょっと拍子抜け。
「そのようですね。」頼忠が丁寧に頭を下げた。「青龍も取り戻せましたし、花梨殿のおかげです。ありがとう御座います。」
「うわ。」手をバタバタと振る。「怨霊と戦ったのは頼忠さん達であって、私は後ろでぼけぇとしていただけですよ〜。」
「あなたがいなければ私達は怨霊と戦う事は出来ないのですから、謙遜する事はありません。」
幸鷹まで頭を下げる。
「もう〜〜〜!」褒められるのは嬉しいが、頭を下げられるのはむず痒い。話題を変えようと頭を働かせた。「そうだ、今日はこのままゆっくりしませんか?ほら、私の世界のお話を聞きたいって幸鷹さん言っていたし。」
「そうですね。」幸鷹が周りを見回してから頷いた。「白河に巣くう怨霊を退治するのはまだ少し日がありますし、今の内に休んでおくのも良いかもしれませんね。ぜひお話しさせて下さい。」
「何が知りたいんですか?」
話題を変える事に成功し、内心喜びながら尋ねた。


そして話し始めたが。


「京で暮らしてみて、不便だと思われた事は何でしたか?」
「電気が無いから、夜は暗くて何も出来ないのが不便だなって思います。」
「でんき、とは何でしょう?燈台の明かりでは駄目なのですか?」
「明かりは明かりなんですけど、火を灯している訳じゃないから安全なんです。それに昼間のように部屋全体が明るくなるから、小さな文字を読んだり針仕事をしたりしても、眼は全然疲れないんですよ。」
「それは便利ですね。」眼が輝いた。「それでそのでんき、とはどんな仕組みなんでしょうか?」
「仕組み?」何事にも勉強熱心な幸鷹にしてみれば当然の質問でも、花梨にとってはあるのが当たり前で考えた事も無い。「えっと、電線があって電球があって・・・あれ?」
「あぁ、仕組みは知らなくても簡単に使えるのですね。」
「そう、そうなんです!」
意外にもあっさりと納得してくれたようで、ほっと安堵のため息を洩らした、のも束の間。
「一番驚いた事はなんですか?」
「この京の方が良いと思える事は何かありましたか?」
と訊かれ、感想、そして花梨の世界との違いを述べると。
「それは一体どのような物なんでしょう?」
と、更に詳しい説明を求められる。その度に。
「えっとコンクリートは石のように硬くて―――。」
「自転車は牛車の車輪が二つ縦に並んでいて―――。」
しどろもどろに答えていく。こんなにも自分の無知さを後悔した事は無い。


「幸鷹さんは本当に勉強が好きなんですね。」
全力で1km走った後のような疲労感を覚え、花梨は側の大きな木に寄り掛かった。
「どうでしょうか。」さすがに疲れさせてしまった事に気付いて心配そうに見つめた。「知らぬ事を知る楽しみは、何事にも代え難いものだと思っていますから。」
「楽しいと思えるかは内容次第ですけど、確かに知識が増えれば色々と役に立ちますよね。」
「はい、違う見方が出来るようになりますから。」
苦笑いでも苦痛とは思っていない様子に、ほっと胸を撫で下ろした。
「花梨殿。水をどうぞ。」
頼忠が竹筒を差し出した。
「美味しい〜♪」しゃべり続けたせいで喉が渇いている。ごくごく飲むと、口を付けた部分をハンカチで拭いた。「ありがとう御座います。」
「いえ、お気になさらずに。」
花梨から竹筒を受け取った。
と。
「おや、別当殿。」髪の長い、綺麗としか言いようのない男が近寄って来た。「君が恋人のいる姫君に横恋慕するとは、想像だにしなかったよ。」
「翡翠殿!」
「ん?横恋慕って幸鷹さん、叶わぬ恋に悩んでいるんですか?私で良ければ相談に乗りますよ。」
「花梨殿・・・。」
「ふっ!」
頼忠が呆れ、翡翠は吹き出した。
「なかなか面白い姫君だ。別当殿が興味を惹かれるのは当然かな。」
「何故あなたがここにいるのです!」
「えっと、お知り合いですか?」
喧嘩腰の幸鷹の気を逸らせようと、話し掛けた。
「花梨殿、その男は海賊です。」
「海賊?」
「お下がり下さい。」
その言葉に顔色を変えた頼忠が、花梨と男との間に身体を入れた。
「京に用があると言っただろう?それに。」殺気立つ男二人とは対称的にのんびりしている花梨を面白そうに見る。「この姫君といい、出現したという龍神の神子といい、今の京は実に興味深いね。」
「何を―――。」
「ちょっと待って。」幸鷹を止める。この男から受ける不思議な感覚は。「この海賊さん、八葉じゃないですか?」
「なっ!」
「本当なのですか?」
「おや?何を言っているのかな?」
「翡翠殿が八葉?そんな筈は―――。」
「取り敢えず、八葉、とは何であるのか、教えてはくれまいか?」
「京を救う龍神の神子をお守りする為に龍神に選ばれた者、です。」
「だが、私は自分がその八葉とは思えないが。」皮肉っぽく幸鷹を見やる。「別当殿も信じてはいないのだろう?」
「だけど。ほら。」花梨が頼忠の後ろから一歩前に出ると、どこからか光る玉が飛んで来て翡翠の身体に吸い込まれた。「鎖骨の間にある宝玉が光っている。それが証拠だから間違いありません。」
「宝玉?」石に触れる。「なるほど。こんな物が身体に埋まっているのを見ると、信じるしか無さそうだ。だが―――。」
「だが、なんなのです?龍神が選んだのですよ?海賊から足を洗う良い機会ではありませんか。」
責め立てるように強い調子で言う。
『ん?』
花梨は首を傾げた。幸鷹はまだ、花梨を龍神の神子とは認めていない。なのに何故、他の者に八葉をやれと言うのだろうか?―――訊く雰囲気ではなくて黙ってはいるが。
「だから海賊を辞めて『八葉』になれと?」呆れたように幸鷹を見、そして片手で髪の毛を後ろに払った。「ただの義務感で私に生命を張れと言うのかい?この京には無関係の私に?」
「あなたほどの能力があれば、海賊など続ける必要は無いでしょうに。」
「海賊、か・・・・・・。」
花梨は口喧嘩をしている男達を眺めながら考えていた。京には海が無いのだから、この男は京の人間では無い。龍神は何でそんな者に京を救えと言うのだろう?まぁ、花梨を神子に選ぶくらいだから、そんな事は大した問題では無いのだろう、龍神にとっては。
「私を八葉と見抜いた君も同じ考えなのかな?」
いきなり花梨に尋ねた。
「ん〜、無理、でしょうね。」
あっさりと答えた。
「花梨殿!?」
「勝手に押し付けられた役目を果たすには、八葉は重すぎます。」火を吹かんばかりの幸鷹を無視し、翡翠に尋ねた。「でも、これならやっても良いかな〜って思う事はありませんか?」
「そんな質問をするとは、やはり楽しい姫君だ。」ふっと笑みが浮かぶ。「そうだね。面白い、かな。参加するほどの魅力があれば、ね。」
「怨霊退治とか京の人々が頑張ろうって一致団結するのを見物、は興味無さそうですね。名誉地位、も駄目で。お金、財宝とか、は問題外と。」翡翠の表情を見ながら考える。と、閃いた。「じゃあ、私はいかがですか?退屈させませんよ。」
「なっ!?」
「花梨殿!」
「ん?君は自分が何を言っているのか、分かっているのかい?」
さすがに驚き、真面目な顔で花梨の方に向き直った。
「京に現れたと言う噂の神子じゃ無いけど、私も龍神の神子なんです。だけど噂の神子とは違って私は力の無い神子で何も出来ないんです。その上、余所者だからこの京の知識も常識も知りません。だからこの幸鷹さんに怒られてばかりいるんです。」そう言ってちらりと見ると、幸鷹はバツが悪そうに目を伏せた。「京を救う筈の龍神の神子が何をやらかすのか、側で見物するのは楽しいと思いますよ。」
「なるほど、そういう事かい。しかしなかなか面白い提案をするね。」
感心したように呟いた。
「じゃあ―――。」
「いや、残念だがまだその気にはなれないな。だが、気が変わったら君を訪ねる事にしよう。」
「分かりました。待っていますね。」
優雅な歩みで去って行く男の後ろ姿を見送った。



「行っちゃいましたね。」
「・・・・・・・・・。」
「引き止めなくとも宜しかったのですか?」
難しい顔で考え込む幸鷹の隣で頼忠が花梨に尋ねた。
「やりたくないと言うなら強制は出来ないから。でも。」幸鷹の顔色を窺う。「怒っています?」
「いいえ。首に縄を付けられたところで大人しく従うような男ではありませんから。」半ば諦めたように答えた。「しかし、あのような提案は・・・・・・。」
「面白い事だったら手伝うって言っているんだから、そういう提案をするべきなんじゃないですか?」
「花梨殿、これは遊びではありませんよ。」
「ふざけてなんかいませんよ。それがあなたの義務だと言っても駄目だったじゃないですか。常識的な説得方法が無理な相手には、発想を転換して対応しなきゃ。」
「それは・・・そうですが。」翡翠と言う人物を考えれば納得出来るのだが。「いや、そういう事ではなくて。」
「じゃあ、どういう事ですか?」
「いえ、お気になさらずに。」額に手を添えると視線を逸らした。「しかしさすがの翡翠殿でも、あなたならば大丈夫かもしれませんね。」
ぼそりと呟いたその言葉は花梨の耳には入らなかった。
「という訳で、押して駄目なら引いてみよう作戦開始!」
「作戦・・・?」
腕を上げて元気良く言う花梨を、半分呆れて見つめる。と、振り上げた腕を下ろし、頼忠に向かって真面目な顔で言った。
「頼忠さんの協力が必要です。」
「私の、ですか?」
「うん。海賊さんは私、神子の事には興味を持ってくれたみたいでしょう?後は八葉の役目を面白そうと思って貰わなきゃいけないの。」
「あぁ、そうですね。それでどうすれば宜しいのでしょう?」
「うん、笑って。」
「は?」
「神子の側にいるのは楽しいって態度で示して―――。」
「そういう事ではありません!」
幸鷹の雷が落ちた。

「ちぇっ。本当に石頭なんだから。」
ぶつぶつ。折角滅多に見られない頼忠さんの笑顔が見られるチャンスだったのに。
「何か言いましたか?」
「い〜え、何も言っていませんよ。」
にこやか〜に微笑んで見せた。
とは言うものの、海賊を従わせる事を考える前に、今一緒に行動している者達をどうにかしなきゃいけないだろう。怨霊退治など共に頑張っているが、熱心だとはとても言えない態度なのだから。頼忠に向かい合った。
「頼忠さんはどうしたらこの八葉の役目を頑張ろうって思いますか?」
「いえ、これが私に与えられた役目でしたら好悪の情など関係ありません。」
「やりたくない事でも義務は果たすって事?」
「はい。」
「じゃあ、幸鷹さんはどうですか?」
幸鷹を見ると、こちらは至極尤もな意見を言った。
「花梨殿が真の龍神の神子だと信ずる事が出来れば。」
「ふ〜〜〜ん・・・。」
頼忠だって義務と言うのだから、花梨が本物だと証明出来なければ駄目だと言う事だろう。という事はつまり。
「院を呪う怨霊を退治しないといけないって事だね。」
京を救ってくれないならお前なんかいらないと言ったイサトは、花梨が京を救う事が出来る神子だと分かれば張り切るだろう。そして、何も出来ないと言っては落ち込む泉水だが、八葉として共に頑張って欲しいと言ったら喜んでくれるかもしれない。
「そうですね。」
それが証拠となる。幸鷹は頷いた。
「となると、やっぱり頼忠さんの協力は必要ですね。」
ふむふむと頷いた。
「あの、どのような協力でしょうか?」
「そりゃあ当然、恋人役、ですよ!」ぱっと頼忠の手を両手で握った。「頼忠さんが側にいてくれれば、どんなに辛い事でも耐えられるし、楽しめるんですよ、私。」
「・・・・・・・・・。」
今度はどんな無茶を言うのかと怖気付いていたが、これは今までと同じだ。密かに胸を撫で下ろした。
「励ましたり煽てたりして私のやる気を引き出して下さいね。」
「・・・・・・・・・。」
しかしそれの何処が恋人の役目だろうか?頭を掠めたのは『乳母』という存在。
「それで私が神子としての役目を果たせば頼忠さん達は私を信じるようになるし、頑張ろうと思えるんでしょう?」
「・・・・・・・・・。」
私があなたを信頼するようになる為に、あなたに協力をするのですか?
「積極的に役目をこなすようになれば傍目からは楽しそうに見えます。そうすればあの海賊さんだってきっと関心を持ってくれるようになりますよね。」
「・・・・・・・・・。」
確かに信頼関係が築ければ態度に表れるだろう。しかしそれで楽しんでいるように見えるのだろうか?
「一石二鳥どころか三鳥にも四鳥にもなりますね。頑張ってね?」
「は・・・い・・・・・・。」
なんとも素晴らしいまでに理解不能。だが、彼女はやる気満々なのだから、わざわざ水を差す事もあるまい。頷いておく。


「陽が落ちてきましたし、そろそろ屋敷に戻りましょうか。」
話に区切りが付いたところで幸鷹が促した。
「は〜〜〜い♪」
「・・・・・・・・・。」
元気良く歩き出した少女の後ろで、幸鷹が申し訳無さそうにぽんと頼忠の肩を叩いた。
「そういう約束ですから。」
一言そう言うと、お待ち下さい、と早足で少女を追い掛けて行った。
「ところで、先ほどの話の続きですが。花梨殿はこの世界にもあったら便利だなと思った物は何かありませんか?」
「ん〜?あったら良いなって思ったのは―――。」
「お約束、か・・・・・・・・・。」
身振り手振りを加えて幸鷹と話す少女の明るい声を聞きながら、頼忠は先ほどの言葉を考えていた。
―――頼忠さんが側にいてくれれば、どんなに辛い事でも耐えられるし、楽しめるんです―――

「頼忠さん、早く!」
花梨が振り向くと、遅れ気味の頼忠に手を振った。
「申し訳ありません。」
足早に近付く。と、花梨は頼忠の手を握って歩き出した。
「街灯が無理なら交番という手もあるよ。」
「こうばんとは何でしょう?」
「・・・・・・・・・。」
小さな手の温もりを愛しく思いながら歩く。
こんな乳母のような役目でも、初めの頃のような嫌悪感は無い。それどころか、楽しみ始めているのを自覚するのであった。






注意・・・第1章後半・青龍解放の後。
     幸鷹大切な恋第1イベントが微妙に入っていたり。捏造しすぎでよく分かりませんが。

2007/02/18 22:37:59 BY銀竜草