兄と妹



はらりはらり。
光る札が少女の手の中に舞い降りた。

『今後はそなたに力を貸そう。』
「ありがとう御座います。」

「すっげぇ!すげえじゃん、お前。」イサトが花梨の側に駆け寄った。「朱雀を本当に取り戻しやがった。」
「イサトくん達のおかげだよ。ありがとう!」

共に喜びはしゃぐ二人を、頼忠は無言で見つめていた。
「花梨殿の提案には驚きましたが、案ずる事は無かったようですね。」幸鷹が頼忠の側に来た。「役目を積極的に果たすようになりましたし、何より表情が明るくなりました。」
「えぇ。」泉水も頷いた。「笑顔を見せて下さるようになりました。」
「・・・・・・・・・。」

「お前ってやる事為す事全てが不安にさせるけどさ、意外と凄いんだな。」
「ん?えっと・・・、それって褒めているの?」
「もっちろん!」
元気一杯に断言するが、どう考えてもけなしているようにしか聞こえない。
『・・・絶対違う・・・・・・。』
拗ねてソッポを向いた。
だが。
「お前が本物の龍神の神子かもしれないって、今なら思うぜ。」
「え?本当?」
途端、ぱっと振り向いた。
「まだ確信はないけどさ。て言うか、そうだと良いな、てな。」
「今はそれで充分だよ。ありがとう!」
満面の笑みで喜びはしゃぐ。
「おめでとう御座います」
泉水が話し掛けた。

三人が笑顔で話しているのを見つめる。
「私達よりもお側にいる事が多いですが、お前はどう思いますか?」
「・・・・・・・・・。」
幸鷹の質問を繰り返して考える。実際にこの眼で見たのだ、聖獣朱雀が彼女に従ったのを。それだけで十分信じても良い筈だ。なのに。
「私には良く分かりません。」
「そうですか。」安堵と落胆が入り混じった顔つきで頷いた。「そうですね。慎重に見極めてから判断した方が良いでしょうね。」
「・・・・・・・・・。」
「少々幼いあの方の面倒を見るのは大変でしょうが、宜しくお願いしますよ。」
「・・・・・・・・・。」
無言のまま少女を見つめる。
『本当にあなたが龍神の神子なのですか?』
頭ではそう思っていても、心の奥底では信じきれないままだ。

「花梨殿。」幸鷹が歩み寄り、話し掛けた。「今度、あなたの世界の話を聞かせて頂けませんか?」
「え?良いですよ。」
花梨を頼忠に押し付けているようにも見えた幸鷹の突然の変化に戸惑いつつも承諾した。これで少しは仲良くなれるかもと期待しながら。
「ありがとう御座います。では近い内に伺いますね。」
「はい、お待ちしています。」
「今宵はゆっくりお休みになって下さいね。」
幸鷹と泉水の二人が軽く会釈すると、イサトも、
「おっと、もう陽が落ち始めているんだな。じゃあ、オレも帰るわ。じゃあな!」
手を大きく振って走り出した。
「今日はありがとう御座いました。」三人の背中に向かってぺこりとお辞儀すると、頼忠の方を向いた。「じゃあ、紫姫に報告しよう!」
ぴょこんぴょこんと飛び跳ねるように歩く花梨の背中を、一歩後ろから見つめていた。


その疑問が晴れない、晴らしたくない理由を、頼忠自身、分かっている。


「あっと。」突然立ち止まって振り向いた。「頼忠さん、今日はありがとう御座いました!」
「私は何もしておりませんが。」
「そう?自覚無いの?」にっこりと微笑む。「存在自体が私を助けてくれているよ。」
「・・・・・・・・・。」
「まだ一歩踏み出したばかりだけど、これからも宜しくお願いしますね。」
ぴょこんと頭を下げた。
「・・・・・・・・・。」
「さ、早く帰ろう。紫姫が心配しているだろうから。」
頼忠の腕に自分の腕を絡ませると、もう一方の手は頼忠の手を握る。そして引っ張るように早足で歩き出した。
『あなたの手は・・・小さい・・・・・・。』
協力して大豊神社で力の具現化をした時、この手から頼忠の中に暖かい何かが流れ込んできた。土地の力を引き出した神子の力を体感したのだろう。他の三人が見たという神気も、この少女が真の龍神の神子だと証明している。だが―――力が無い状態であんなにも大きな力を持っている神子が本来の力を得たら―――。
『あなたは、龍神の力に耐えられるのですか・・・・・・?』
小さな手を、包み込むように握り返した。



「よ〜りたださん!」
その夜、頼忠の警護の時刻を見計らって簀子に出た。持っている盆の上には二つの椀と、紙に包まれた何かが乗っている。
「花梨殿!」驚きの声があがった。「このような刻限に室を出てはなりません。」
つかつかと高欄の側に近付く。
「え〜〜〜、何で?」
少し強い口調で注意するが、花梨は口を尖らせるだけ。
「闇の中ではどのような輩が忍んでいるかも分かりません。危険で御座います。」
「じゃあ頼忠さんがいる時だけ。ちゃんと出る前に確認するから、それなら良いでしょ?」
「そういう事では―――。」
「もう!恋人に逢いたいという乙女の心理、理解してよ。」
にっこり睨むと、黙ってしまった。吹き出す。
「花梨殿。」
非難がましい低い声で名を呼ぶ。
「それは半分冗談だけど。」肩を震わせながら笑い続ける。「ねぇ。今日、私頑張ったでしょう?」
「はい。朱雀を取り戻せたのはあなたのお陰です。ありがとう御座いました。」
頭を下げながら丁寧にお礼を言う。しかし不満げだ。
「そうじゃなくて!」頼忠の右手を取ると自分の頭に乗せる。「はい、頑張ったね。ご苦労様、だよ。」
「・・・・・・・・・。」
眼を瞬かせる。だが、少女は大真面目のようだ。
「・・・・・・・・・ねぇ。」
くすりと笑みが零れてしまう。微笑みながら頭を撫で撫で。
「そうですね。今日はありがとう御座いました。」
「えへへへ。」自分から催促した割には照れ笑い。「じゃあ、乾杯しよう。」
盆を持ち上げて見せた。
「これは?」
「本当はお酒が良いんだろうけど、仕事中だもんね。代わりに、はい。」そのうちの一つを頼忠に手渡す。「私の世界のお茶、偶然持っていたの。飲んでみて?」
自分も椀を取り、頼忠が持つ椀にこつんとぶつける。
「頂戴致します。」
湯気の立つそれを一口口に含んだ。すぐには飲み込まずにゆっくりと味を確かめと、柔らかな味が口内に広がった。
「どう?」
「優しい味ですね。そしてとても良い香りが致します。」もう一口、口に含んでゆっくりと飲み込んだ。「はい、とても美味しいです。」
そう言うと、花梨は嬉しそうに笑った。
「良かった。これ、私の大好きなお茶なんだ。」
自分もコクリと飲む。
「ありがとう御座います。」
「それと、これもどうぞ。」
紙に包まれた物を差し出した。
「これは?」
「疲れた時には甘い物が一番。お餅に餡子が入っているから。」
「花梨殿は・・・?」
こちらは一つだけ。頼忠が貰ってしまって良いのかと心配になる。
「紫姫に二つ貰ったの。一緒に食べたかったんだけど、私は我慢出来ずに食べちゃった。」
顔を顰めている。そんな子供っぽい表情を見ていたら、頼忠は思わず笑ってしまった。本当にこの少女は妹と全く同じ言動をなさる。
「頼忠さん・・・・・・。」
睨む。しかし、やはり可愛い。
「申し訳ありません。お気に召したのでしたら、こちらもどうぞお召し上がり下さい。」
「ううん。これは頼忠さんの分だから。」
「今日頑張ったのは花梨殿で、私は何もしておりません。お疲れなのは花梨殿の方で御座います。」
「でも側にいてくれると頑張ろうって思えるんだもん。それが重要なの。」
拒絶する割には眼が欲しがっている。それが分かった頼忠は椀を置くと紙から餅を取り出した。そして半分に千切る。その半分を花梨に差し出したが、花梨は首を振った。
「頼忠と一緒に食したかったので御座いましょう?どうぞ。」口元に持っていく。「はい、あーんは?」
花梨は驚き、大きな瞳を更に見開く。だが誘惑に負け、口を開いた。
ぱくっ。
もぐもぐもぐ。
にっこり微笑み、頼忠も残りの半分を自分の口に入れた。
「今度は青龍を取り戻すんだよね。頼忠さんの青龍を。」
食べ終わった花梨は大真面目な顔をして言った。だが、餅を食べてしまったのが恥ずかしいのか、頬や耳の辺りがほんのり染まっている。
「はい。宜しくお願い致します。」
「うん、頑張ろうね。」ぱっと頼忠から離れると、両手を上げて思いっきり振った。「じゃあ、お休みなさいっ!」
騒々しくバタバタと走って妻戸に手を掛けたが、あっと小さく声を上げた。そしてそそくさと戻って来た。
「てへ。忘れちゃった♪」恥ずかしそうに盆を拾い上げる。「今度こそ本当にお休みなさい!」
大げさに頭を下げると、先ほどよりもしとやかに、だがやっぱり走って行く。妻戸を開けると片手を小さく振ってそのまま入って行った。

「・・・・・・・・。」
笑いが込み上げてくる。大胆な事を言って頼忠を困らせて喜んでいるが、幼さは隠しようが無い。本当に可愛らしい少女だ。
しかし。
「やはり寂しいのだろうな。」
笑みが消える。怨霊のいない平和な世界。身分階級の無い世界。そこで愛する家族友人に囲まれ、何の心配事も無く幸せに暮らしていたようだ。この世界の童のように生きる為に急いで大人になる必要はなく、親に甘えていたのだろう。
「私を・・・父や兄とでも思っておられるのだろう。」
恋人ではなく、甘えても泣き言を言っても怒らない家族を欲しているのだろう。安らげる場所を求めて。
「この頼忠でその疲れた心が癒されるのなら、いくらでも我が儘をおっしゃって下さい。」
あなたが真の龍神の神子であろうと無かろうと、あなたをお守り致しますから。心も身体も、あなたの全てを。
労わりの瞳で少女の室を見つめていた。






注意・・・第1章・前半。やっと朱雀解放。

花梨ちゃんを妹と重ね合わせています。今はまだ同情、かな?

2007/01/27 14:15:51 BY銀竜草