『―――夜の逢瀬〜千歳の名案〜―――』 最後の願い〜番外編〜 |
「千歳。」勝真が珍しく妹の室を訪れた。「具合が悪くて花梨が寝込んでいるそうだ。見舞いに行ってやってくれないか?」 「花梨様。千歳姫がお見舞いに来て下さいました。」 「そう・・・。ありがとう御座います。」 もぞもぞと褥から起き上がろうとした花梨を、千歳が手で押さえた。 「具合が悪いなら、そのまま寝ていなさい。私に遠慮しないで。」 「うん・・・。でも今は大分楽になったから大丈夫なの。ありがとう。」 「だから、礼も言わないの。」 褥の側に座ると、上半身を起こした花梨の肩に袿を羽織らせる。 「ここのところ気温の差が激しかったから、体調管理に失敗しちゃったみたい。」 弱々しい笑みを千歳に見せると、周りにいる女房達に首を傾げながら目配せをして下がるように合図を送る。 「では何かありましたらお呼び下さいませ。」 ざわざわと室から出て行く。 途端、花梨の口調が変わった。 「うわぁ〜〜〜ん!」千歳に抱き付くと、大泣き。「お母様ったら、酷いの!頼忠さんに逢わせてくれないのっ!!」 「あらあらあら?」 「神子時代は頼忠さんと方々歩き回っていたから私を覚えている人もいるかもしれないって、この室の中から一歩も出してくれないの。」 ぐずぐずと洟をすすりながら愚痴を零す。 「そうね。あなたは姿や雰囲気が京の人達と違うから、危険ね。」花梨はどことなく異質な雰囲気があって強い印象を与える。口を開けば更に違うのが分かる。「宮中では人の顔を覚えるのが仕事のような貴族や女房にも大勢会ったのだし、仕方が無いわ。」 「それは分かるんだけど、だからって・・・・・・。」 「それで拗ねて仮病?」 「うっ。」詰まる。「ご免なさい・・・・・・・・・。」 「心配したけど、こんな理由でも無いと会えないから怒っていないわ。」袖で花梨の涙を拭う。「それよりも、対策を考えないといけないわね。」 「対策?」 「そう、対策。」長い髪を手で梳きながら考え込む。「頼忠殿に逢えないと、寂しいでしょう?」 「うん!」 「即答なのね。」 「えへへへ。」 「まぁ、良いけど。」呆れながらも素直な花梨を羨ましく思う。「折角帝の計らいで自由になったのに、身元がばれてしまったら申し訳ないわ。」 「それはそうだけど・・・。でも、神子としての役目は終わったんだから、私に興味を持つ人がいるとは思えないけど?」 「全くあなたって人は・・・・・・。」ため息。「昔の肩書きでも、龍神の神子の利用価値は高いのよ。神子と知れたら、家柄だけが取り柄の貴族と結婚させられるわよ。」 「え?」顔色が変わった。「頼忠さんじゃなきゃヤダ!!」 「だから対策を考えましょうと言っているの。神子の存在を忘れるまで何年掛かるか分からないんだから。それまで待てないでしょう?」 「うん。今すぐにでも逢いたい・・・・・・。」 「でしょうね。ほら、花梨も一緒に考えて。あなたが神子だったと気付かれないようにするにはどうしたら良いのか。」 「う・・・・ん。」 「・・・・・・・・・。」 元気を無くした花梨をじっと見つめる。極端に短い髪、幼い顔。そして普段着ているのは活動的な衣。そう、花梨の特徴は童、それも男童に間違われた事もあるその容姿、だ。 「先ず始めに髪を伸ばしましょう。」 「え?髪?」 「そう。この京でそんなに短い髪の女はいないでしょう?それだけで目立つわ。」 「う・・・。クセ毛だから手入れが大変なんだけど・・・・・・。」 「我慢しなさい。」眼だけで叱る。「貴族の私達ほど伸ばす必要は無いから、それだけでもマシだと諦めなさい。」 「う・・・ん・・・・・・。」 「次に衣装ね。母御の用意してくれた衣を着なさいね。武家の娘用でしょうから。」 「・・・・・・・・・。」 「不満そうね。」 「え?そ、そんな事無いよ?」 「全く。」再びため息。「私達の衣よりは動きやすいでしょう?」 「・・・・・・・・・。」千歳の衣装をじろじろ。「うん、これを着るぐらいならあれで我慢する。」 「全く・・・・・・。」 さすが帝、花梨が貴族の姫君にはなれない事を見抜いて下さった。感謝しなきゃ。 「へへへ。」 バツが悪そうに笑う。 「それから・・・。そうだわ。化粧も覚えましょうよ。」 「え?お化粧?」 「紅を塗るだけでも雰囲気は変わるし、童に間違われる事も無くなるわよ?」 あの子供っぽかった神子だと気付かれる危険性は低くなる。 「うっ!」ぐさぐさぐさ。さすがに気にしているのだ。「そんなにはっきり言わなくても・・・。」 ぼそぼそぼそ。 「それに綺麗になれば、頼忠殿だって惚れ直すわ。」 この花梨に想いを寄せる男は、頼忠以外に七人いる。中身だけでなく見た目も良くなれば、恋敵が更に増えて頼忠の悩みが増すのは予想がつく。しかし、そんな事はどうでも良い。 「え?」真面目に訊き返す。「本当?頼忠さん、好きになってくれるかな?」 「えぇ、保証するわ。」 にっこり。兄を含めた七人の男は悔しがるだろうが。でも、それもどうでも良い。肝心なのは花梨が幸せになる事。それが重要なのだ。 「喜んでくれるなら・・・うん、頑張ってみようかな。」ふっと千歳の顔を見る。「ねぇ。千歳は何でこんなに綺麗な肌なの?お肌の手入れも教えて?」 「良いわよ。これはシリンに教わったのよ。」 「シリン?」 「えぇ。院に気に入られるには、綺麗な方が簡単だろうからって。」 「そう、なんだ。シリン、綺麗だったもんね。」 「えぇ、そうね。妬ましいぐらいに。」 「・・・・・・・・・。」 「・・・・・・・・・。」 二人で顔を見合わせる。と、「「はぁ〜〜〜。」」大きなため息をついた。 気を取り直して。 「で、材料はね―――。」 「ふむふむ。」 詳しく丁寧に教える。 「作り方は――――――。」 「なるほど・・・。意外と簡単なんだね。」頭の中で繰り返す。「でもこれ、一回で覚えきれないよ。」 「そうね。じゃあ、紙に書くわね。」 「ありがとう。」物覚えが悪いわけではないが、聞き慣れない草花の名前は覚えきれない。「これ、簡単に手に入るの?」 「これは薬や薬湯にも使われるから、泰継殿なら知っていると思うわ。」 「じゃあ、今度頼んでみよう。」 「それだけでも随分違うと思うわ。後は習慣とか常識を覚えれば、会話での違和感も消えていくでしょうし。」 「それはお母様が教えて下さるから大丈夫だと思う。厳しいけど、丁寧に説明してくれるから。」 「そうね。武家の事は私じゃ分からないから。で、肝心の逢う方法だけど。」首を傾げる。「う〜〜〜ん、難しいわ。」 「そうなんだよね。私、頼忠さんの事を知らない筈なんだもん。逢いに来て、なんて言えないの。」 「女の方から誘うというのも無い事も無いけど、そうね、棟梁の娘では武士団の方で大騒ぎになって頼忠殿に迷惑が掛かってしまうわね。」 「逢いに行くなんて問題外だし。」 「う〜〜〜ん。」 「う〜〜〜ん。」 「そうそう。あなたが倒れたって兄上が大騒ぎしていたわよ。」 解決方法は見付からない。話の繋ぎに、兄を話題にする。 「勝真さんが?」 「えぇ。見舞いに行けって言ったのは兄上ですもの。」 「うわぁぁぁ・・・しまったぁ。」ぱちんと額を叩く。「病気じゃないから大丈夫、元気だって伝えてね。」 「帰ったらすぐに伝えるわ。」煩いから。「でも兄上が知っているのだから、頼忠殿だって今頃心配しているんじゃないの?」 「あっ!」青くなりながら千歳を見つめる。「ど、どうしよう・・・・・・?」 「それも大丈夫よ。兄上に伝言を頼むから。」 「心配掛けてご免なさいって。」 「勿論、そう言うように頼むわ。あ!」ぱっと良い案が思い浮かんだ。「ねぇ。兄上を利用しましょうよ。」 「勝真さんを?」 「そう。私達の文は兄上が届けてくれているでしょう?頼忠殿宛の文も私のところに送ってくれれば、兄上が頼忠殿に届けるわ。そして頼忠殿の返事も兄上に渡してくれれば私の文と一緒にあなたに届けられるじゃない。」 「え?でも迷惑なんじゃ―――。」 「それぐらいしか使い道が無いんだから、構いやしないわよ。一旦私を通すから遅くはなるけど、連絡を取るにはそれが一番確実安全だと思うわ。」 「う・・・ん、でも良いのかなぁ?」 「文のやり取りだけでなく、夜の逢瀬の約束も出来るんじゃない?」 「え?」 「何日の何刻頃来てって書けば、頼忠殿ですもの、逢いに来てくれるわ。待っているって書けば大喜びでね。そうよ、これしか方法は無いわよ。」 「・・・・・・・・・。」悩むが―――逢いたい、逢える―――千歳の言葉に負ける。「お願い、しよう、か、な・・・・・・?」 「えぇ、そうなさいな。あなたの役に立つなら、兄上も喜ぶわ。」 「・・・・・・・・・うん。」 そうだと良いけど、と呟いた声を千歳は聞こえないフリをした。 「おう、お帰り。」そわそわと門の所で妹の帰りを待っていた勝真が、たまたま偶然出会ったような顔をして言葉を掛けた。「花梨、どんな具合だ?何処が悪いんだ?泰継殿は居なかったのか?で、結局大丈夫なのか?」 矢継ぎ早に尋ねる。 「こんな所で立ち話だなんて。」顔を顰める。「何処の誰が聞いているか分からないでしょうに。」 ろくな返事もせずにさっさと門を潜る。と、勝真はぴったり後ろをくっ付いて来た。 「そんな事を言うなって。ほら、心配しているんだからさ。」 「病気ではなかったから心配しなくて大丈夫よ。」 「そうなのか?じゃあ、どんな様子だ?辛い事でもあったのか?」 「全く・・・・・・。」こんな煩い男は振って正解よ、と呟いた声は運が良い事に勝真の耳には届かなかった。「それで頼みたい事があるのよ。詳しくは室の中でね。」 「頼み事?俺にか?困っている事があるのか?」 「そう。花梨が泣いているの。」 「な、泣いているってどういう事だ!?」 「つまり――――――。」 室の中に入った千歳は女房が全員立ち去るのを待って説明し始めた。どう話せば言い包められるかと考えながら。 「って、何で俺が男を手引きしなきゃいけないんだ?」 盛大に顔を顰めての抗議は、予想された通り。 「想い合っているのに、頼忠殿と逢えないのよ?可哀想じゃない。」 「俺達だって会えない。」 「・・・・・・・・・。」拗ねた子供のような膨れっ面の兄にただただ呆れるばかり。「寂しいって泣いているのよ。」 「だからって、何で俺があいつの寝所に男を引き入れる手伝いをするんだ?婚儀はまだ先だろう?」 「泣いているからだけじゃないの。」 「何だよ?」 「私、心配なの。」兄が穢れた貴族の思考をしている事で付け入る隙を見つけた。「今日、花梨の所に行って初めて知ったのだけれど、棟梁の屋敷って男の出入りが激しいのね。」 「え?」 棟梁の屋敷には、文使いとして出入りしている。だから客が多い事も知っている。だが、千歳の言葉は不安にさせた。 「ほら、棟梁も奥方様も側に居るでしょう?だから若い武士が次々と来るのよ。私がいた間だけでも10人以上。」 「・・・・・・・・・。」 「若い年頃の娘が居るのを知っているから、そわそわとこっちを盗み見していて。」 「・・・・・・・・・。」 「花梨のお側にいる女房に聞いたのだけど、様子を窺おうと忍び込もうとする輩も居るんですって。」 「な、何?花梨は大丈夫なのか!?」 妹の肩を掴んで揺さ振る。 「い、痛いわ。」 「それどころじゃ無いだろう!?」 「大丈夫よ。」ここまで願う通りの反応をする兄に頭痛がする。「今の所は、ね。」 「そ、そうか・・・。」 「でも花梨と結婚した男が次期棟梁になるって言う噂があるの、兄上も知っているでしょう?」 「それは確かにあるな。―――あっ!」 有力な家の娘を娶り出世するというのは、貴族の世界ではよくある事。武士の中にも権力を求める者が居ても不思議ではない。手柄を立てるよりも手っ取り早い方法は。 「それなのに花梨ったらあんな感じでしょう?まるで腹を空かせた野犬の群れの中に飛び込んだ子猫なんだもの。」 「うっ!」 確かに、恋愛は早い者勝ちな所がある。動いた者勝ち、な。今は棟梁夫妻が守っているが、金に眼が眩む女房がいてもおかしくは無い。というか、何処にでもいる。当然、花梨の周りにもいるだろう。 「だから守って欲しいのよ。頼忠殿に。」 「・・・・・・・・・。」 このままでは花梨が危ない。 「他の男の妻となって泣きやつれていく姿、見たくないわ。」 彼らは武士、貴族とは常識も規律も違う。一族の娘、それも棟梁の娘が襲われて黙っている筈がない。結婚を許す?とんでもない。武士団の全員で追捕し、罪を償わせるだろう。棟梁夫妻の命令のままに、躊躇いもせずに切り刻む。―――あそこには棟梁の意に反する行動を取る無謀な武士は一人もいないのだが。 「それ、は・・・・・・・・・。」敗北。「分かった。頼忠に届ける。」 「兄上ならそう言ってくれると思ったわ!」にっこり。そして文を取り出した。「じゃあ、これを頼忠殿に渡してね。花梨からだから。」 「って、もう決定事項だったのかよ!?」がっくり。そして文を嫌悪の眼で睨み付ける。これを頼忠に届けたら―――夜の逢瀬―――花梨は完全に手の届かない所に行ってしまう。諦めている筈なのに、断ち切れない想い。「・・・・・・・・・。」 そんな兄を千歳は冷たい瞳で見つめていた。 『兄上ったら花梨という人間を全く分かっていないわ。夜の逢瀬、花梨がその意味を正しく理解していると思っているのかしら?』 「・・・・・・・・・。」 届けなくてはいけない。届けたくは無い。相反する感情が勝真を苦しめる。 「そうそう。」止めの一撃が必要だ。「花梨が兄上に会いたいと言っていたわ。」 「え?花梨が?」 「そう。お世話になりっぱなしでご免なさいって。せめて直接お礼を言いたいんですって。」 「お礼?そ、そうか。役に立っているのか。喜んでくれているのか。」ぱっと顔色が明るくなる。「これ位、なんて事も無いさ。助けが欲しい時は気軽に言ってくれって伝えてくれ。お前の為なら喜んでするって。」 「それは直接言ってあげて。本格的な暑さになったら、私、倒れる事にしたから。」 「へ?今から分かるのか?」 「花梨が見舞いに来てくれるわ。」 鈍いわ。仮病に決まっているじゃない。―――それは顔に出さずに、代わりににっこりと微笑んだ。 「そうか。会える、会えるんだな。花梨に。」 「えぇ。兄上に会えるのを、花梨も今から楽しみにしているわ。」 「・・・・・・・・・。」頬が弛んでいく。「そうか。じゃあ、早速頼忠に渡してくるな。早い方が良いだろうから。」 「お願いね。」 「あぁ。」 期待に応えようと、足取りも軽く室を出て行く。 「・・・・・・・・・ふぅ。」大きなため息。「兄上ったら、単純すぎるわ。」 でもこれで花梨が笑顔を取り戻してくれるのなら、トコトン利用させて貰う。兄上だろうが誰だろうが。 「花梨、幸せになってね。」 祈りを込めて呟いた。 |
注意・・・本編7の八葉達と紫姫の会話と二人の逢引の間の裏話。 『最後の願い』は、花梨ちゃんの幸せを追求、と。 この勝真って・・・・・・偽者とかそういうレベルではない。銀竜草は格好良い勝真が大好きなのに・・・・・・。 2006/02/20 14:16:13 BY銀竜草 今更、ではありますが、おまけ創作をUP。 2006/12/10 1:30:05 BY銀竜草 |