『―――繋いだ手から始まる恋―――』



「雪だ、また雪が降ってる。」花梨は憂鬱な気分で空を見上げた。「寒い筈だ・・・・・・。」

雪が降っていると言う事は、京の時間が正しく流れている証拠。京に冬が来た事は喜ばしい事だけど。自分の世界では、これ程の美しい光景は見られないから嬉しいけれど。色々な雪遊びが出来て楽しいけれど。
「でもねぇ・・・こう毎日毎日続くのも困るんだよなぁ。」
暖房設備の整っていないこの世界では。着膨れするほど着ても、それ程暖かくないこの世界の衣では。このままでは、風邪を引くのは時間の問題だ。
「何か対策を考えないと本当にヤバいわ。」紫姫に相談すれば簡単なのだが。「大騒ぎになっちゃうから、言い難いよね・・・・・・・・・。」
これは何としてでも自分で考えよう。火鉢の側に座ると、燃えている炭をじっと見ながら考え込んだ―――。



「今日は、伏見稲荷神社と石原の里へ行きましょう!松尾大社も行きたいけど、ちょっと遠いから無理ですよね。」
花梨は八葉控えの間に入ると話し始めたが、居たのは頼忠一人だけ。
「あれ?頼忠さんだけですか?じゃあ、怨霊退治は無理かな・・・?」
張り切っていた分、水を差された感じで元気を無くしてしまう。
「いえ、そこなら私だけでも大丈夫だと思います。伏見稲荷なら属性は土で私は得意ですし、石原の里は苦手な場所ですが、怨霊のいたちはそれ程強くは有りませんから。」
「・・・大丈夫、かな?」
期待を込めて見つめると。
「はい。」
生真面目な表情で頷いている頼忠に、自信があるのが伝わってきて希望が湧いてくる。
「じゃあ、無理しない程度に挑戦してみようか。」
「はい。」
「じゃあ、出発!」
張り切って室を出て行く花梨の後ろを歩き出すが、頼忠は首を捻っていた。怨霊の封印を急いだ方が良いのは当然だが、今まで二人の時は無理をしようとする頼忠を止めるのは神子殿の方だったのに。
『何か急ぐ理由がおありなのだろうか?』


数刻後。
頼忠の言葉どおり、怨霊の封印は簡単だった。きつねといたちの封印符を手にした花梨はご機嫌だ。
『へへへ、暖かそうだな。今夜が楽しみ〜〜〜♪』
「・・・・・・・・・。」
一人想像して頬を緩めている花梨を見た頼忠、当然引いていた。何を考えているのか、尋ねるのも怖い。

「松尾大社は・・・・・・。」
気持ちを入れ替えたのか、花梨は空を見上げた。しかし、気付かない内に厚い雲に覆われていて考え込んでしまう。
「雲行きが怪しいです。雪になりそうですから、今日のところは屋敷に戻られた方が宜しいかと思います。」
「そうですよね。急に気温が下がって来ていますものね。帰りましょうか。」
「はい。」
「―――あっと。」歩き始めたが、立ち止まった。「ちょっと待って。靴に石が入っちゃった。」
すぐ側の大きな石に座ると、靴を脱いで逆さまに振る。そして頼忠は靴紐を結ぶ花梨の側で静かに待っていた。
「よしっと。」足首を回して紐の結び目を確かめる。「うん、大丈夫。」
「では。」
立ち上がろうとしている花梨に手を差し出したが。
「えっ?」
「なっ?」
花梨の手が頼忠の手に重ねられた途端、二人して叫んだ。
「頼忠さんの手、何でこんなに温かいの!」
「神子殿!この御手の冷たさはどうなされたのです!?」
「・・・・・・・・・。」
「どうなさったのです?」
頼忠が繰り返す。
「冬だもん。」さも当たり前、との表情で答える。「こんなに寒いのに、手袋が無いんだもん。」
「手袋?」
「手を覆って寒さを防ぐ物です。」
「・・・・・・・・・。」
「こんな寒空の下で素肌を晒していれば、普通、体温は奪われますよ。」
「・・・・・・・・・。」
「それに、私、元々冷え性で手足は冷たいの。」
「ひえしょう?」眉間に皺が寄る。「神子殿にこのような辛い目に遭わせてしまい申し訳ありません」
謝罪の言葉を口にする。そして、もう片方の手を少女の冷たい手に重ねて包み込むと、さすり熱を与え始めた。
「え・・・・・・・・・?」
「こちらの御手も。」
頼忠の手と代わらない程の温かさになると、もう片方の手を取り、こちらもさすって温める。
「・・・・・・・・・。」
確かに擦れば温かくなる。なるが・・・・・・。
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「これで多少は楽になられたでしょうか?」ふと手から少女の顔に視線を移したが。「あ、あの・・・どうかなさいましたか?」
固まっている少女に戸惑ってしまう。
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。神子殿?」
「っ!」我に返って手から頼忠の顔に視線を移す。と、自分の姿が映っている頼忠の瞳と出合った。「〜〜〜〜〜!」
その瞬間、頬だけでなく耳から首筋まで紅く染まった。
「あ、あの・・・・・・?」
「・・・・・・・・・。」花梨の眼は頼忠の瞳と包み込まれている手を行ったり来たり。「あの・・・えっと・・・・・・手・・・・・・。」
「手?」キョトンと頼忠の眼も花梨の瞳と重なった手を行ったり来たり。と。「あっ!」
やっと気付いた。
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」恥ずかしそうに、困ったように、はにかんでいるその表情が可愛くて。放さなくてはいけないと解ってはいるが、離したくはないと思ってしまって。「今日は一段と寒う御座いますから、このまま戻りましょう。」
繋いだ手を優しく引き、歩くように促した。
「え・・・・・・?」
「繋いでいれば、多少は寒さを凌げますから。」
「・・・・・・・・・。」
「さぁ。」
「・・・・・・・・・。」
頼忠の手に引かれるように一歩後ろを歩く。
「・・・・・・・・・。」ふと笑みが零れる。嫌がってはいないようだ。それどころか、恥ずかしさのあまり、何も話す事も出来ずに俯いてしまうなんて。清らかで暖かな光のような神子は、子供っぽく愛らしい――――――女人。「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」大きくてごつごつした温かい手。ただ繋いでいるだけなのに、その手から不器用だけど優しくて温かい人柄が伝わって来る――――――男性。「・・・・・・・・・。」
そのまま黙って屋敷に戻った。



その日以降。
他の八葉がいる時は遠慮と言う我慢をしているが、二人きりの時は。
「今日も寒う御座いますね。」優しくて甘い笑みを浮かべながら、手を差し出す。「御手はいかがで御座いますか?」
「冷たいです・・・。」
少し頬を紅く染めながら手を重ねるのだった。






注意・・・第4章。頼忠×花梨。

狼退散狼退散〜!と呪文を唱えていたら、偽者が登場致しました。誰?この男は誰?

2006/01/05 22:05:28 BY銀竜草