『―――きすまーく―――』



「・・・・・・・・・。」
袖を捲り上げた花梨は、自分の腕を難しい顔で見ていた。
「どうかなさったのですか?」
頼忠は後ろから抱き締めると、頬に軽い口付けを贈る。
「ねぇ。腕にキスマークを付けるの、止めてくれない?」
「はい?」
「女房さんに見られるのが嫌なんだけど。」
「お厭いになられていたのですか?」
「うん、嫌。」
はっきりきっぱり言う。手首近くにある痕は、少し腕を動かしただけで袖がずれて見えてしまう。眼にした女房が意味深な笑みを浮かべる。それが恥ずかしくもあり、腹立たしくもある。
「そう・・・ですか。お厭いでしたか・・・・・・。」思考を廻らす。この女は頼忠のものだとの所有印、恋敵への牽制の意味がある。止めたくは無い。「しかし、ここの主人は貴女です。女房に気をお遣いになる必要などありませんよ?」
「気を遣っている訳ではないもん。」不機嫌そうに睨む。「キスマークって恋人への愛の贈り物でしょう?」
「は?」
「私以外の女は見ちゃ駄目なの。それとも。」身体を捻って真正面から見据える。「私以外にも、頼忠さんのキスマークを付けている女がいるの?」
「もしかして・・・・・・・・・これを独り占めなさりたいのですか?」
「ふん。」ソッポを向く。「頼忠さん宛てに綺麗な文が送られて来ているよね。武士団の方でこっそり返事を書いていても、私には分からないもん。恋人の一人や二人、いたっておかしくは無いよね。そうでしょうとも、頼忠さんは格好良いもんね。モテるよね。」
ぶつぶつと嫌味を言い続ける。
「・・・・・・・・・。」顔がほころぶ。この女(ひと)がヤキモチを焼くなんて。こんな可愛い態度を見せ付けられては、諦めるしかない。「では、貴女が全て受け止めて下さいますか?頼忠の口付けを。」
首筋に唇を押し付ける。
「あ〜〜〜!」逃げる素振りを見せる。「首も駄目!見える所は駄目!」
「そうですか。」くすり。「では、衣で隠れる場所に・・・・・・・・・。」
袿を落とし、腰紐をするりと解いた。手際よく次々と剥いでいく。
「うわっ!」じたばた。「ねぇねぇねぇ、塗籠に―――。」
几帳を幾重にも立て掛けて隠れても、密室とは言えない。いつ何時、女房の誰かが来るかも分からない室の中は恥ずかしい。必死でお願いする。
「えぇ、勿論です。」
抱き上げ連れて行く頼忠に、花梨は申し訳無さそうに微笑み、謝る。
「ごめんね、何時までも慣れなくて。」
「いいえ。私も頼忠のきすまーくを付けた貴女のお姿を見られたくはありませんから。」
「ありがとう。」
心からお礼を言う。頼忠の魂胆を見抜けなかった花梨は。



昼過ぎになってやっと起きられた花梨は、真っ赤になって怒っていた。
「頼忠さんのばかぁ!」
塗籠の中、褥の上で。夜着を肌蹴た状態の姿で。
「なんなのよ、このキスマークは!?」
確かに衣で隠れる場所との約束は守ってくれた。だが、長袴を穿いて、だ。
「一体、幾つ付けたのよ?隠れていれば良いっていう数じゃないでしょうが。」
肘下には無い。昨夜の頼忠の行動を思い出せば、首筋も大丈夫だと思う。だが、肩や胸は当たり前、お腹わき腹も当然の如く。そして足は付け根から指先まで、それこそ無数に付いている。この状態では、背中やお尻にも付いているだろう。全身キスマーク、痣だらけ。これは限度を超えている。
長袴を穿いて外出、なんて考えられないが、それよりも重大な問題は。
「いくら隠れていたって、恥ずかしくて誰にも会えないよ!」



その頃。
武士団の道場にいた頼忠は、満ち足りた気分で稽古に励んでいた。
「おう、頼忠。今日は調子が良さそうだな。」
「あぁ。心配事が無くなったからな。」
あのお姿では、頼忠以外の男の事を考える余裕は無いだろう。例えあいつらが言い寄って来ても、必死で逃げる。―――浮気は出来まい。
「そうか、それは良かったな。」
にやり。
「あぁ。」
にやり。






これ、何人分の口付けの量だろう?
ところで。
キスマークって恋人への愛の贈り物なんですか、花梨ちゃん?(書いた本人が訊くな。)

『―――快気祝い―――』の続き、では無いけれど、この二人の話。
※妻花梨ちゃんの墓穴シリーズ第7弾!

2006/05/26 03:21:55 BY銀竜草