『―――文使い―――』 |
「頼忠。」 頼忠は、武士団の棟梁に報告し終え、棟梁の屋敷を出た所で久しぶりに聞く懐かしい声に驚いて振り返った。 「幸鷹殿・・・お久しぶりです。」 その生真面目な態度に、相変わらずだな、と内心苦笑しつつも顔には出さずに懐から一通の文を取り出し、 「実はお前に頼みがあるのです。」 と、微かに笑みを浮かべながら話し始めた。 その日、花梨は簀子に一人座り庭で咲き乱れる花をボ〜〜〜と眺めていた。 この世界に残り、好きな人の傍で生きていくと決めてから約半年。常識、礼儀作法、教養など覚えなければならない事も多く、無我夢中で過ごしてきたけれど、この世界に慣れれば慣れるほど、自分が失ったものの大きさを思い知る事となった。 後悔はしていない。同じ選択を迫れれば、何度でも同じ答えを出すだろう。 それでも、一人になると零れる涙を止める事は出来ず――――――。 また零れる涙をそっと拭い取った時、 「神子殿。」 と。何度聞いても聞き飽きるという事の無い好きな人の声が聞こえ、花梨は眼を見開いて振り返った。 「頼忠さん!棟梁さんのお使いでしばらく来られないって言っていませんでしたか?」 頼忠は、愛しい少女の顔に残る涙の跡を見つけ心配そうな表情を浮かべたが、 「思いの外、早く用件が片付きまして早朝戻って参りました。」 とだけ答え、懐から文を取り出すと花梨に手渡した。 「幸鷹殿からです。今日中にお渡しするようにおっしゃられましたので。」 「幸鷹さんから?どうしたんだろう・・・。」 と、首をかしげながら文を読み始めたが、花梨の顔にはだんだん笑みが浮かんでくる。 その表情の変化に、心の奥底で嫉妬の炎が燃え始めるのを自覚した頼忠は、 「返事はいらないようです。それでは失礼します。」 とだけ何とか言葉にすると、立ち去ろうと後ろを向き歩き出した。 その瞬間、頼忠の態度に慌てた花梨は反射的に頼忠の袴を掴んで叫んだ。 「帰っちゃダメですっ!」 頼忠が驚いて振り返ると、眼を潤ませながら縋るように自分を見つめる花梨がいて。 先程の嫉妬の炎があっという間に消え去り、その代わり、少女に対する情熱の炎が燃えてしまう。 少女の表情一つに振り回される自分に苦笑いしつつも、 「貴女がそれをお望みなら。」 と、笑みを浮かべながら花梨の傍に腰を下ろした。 花梨はにじり寄ると、頼忠の腕を抱き締めるように絡め、 「えへへへ、逢えて嬉しいです。今日は一日お話しましょう!」 と満面の笑みで見上げながら言った。 楽しい時間は過ぎるのが早い・・・・・・・・・。 陽はかなり傾き、涼しい風が髪を揺らしていく――――――。 賑やかに、笑顔で話していた花梨だったが、別れの時刻が迫っている事に気付くと、絡めていた頼忠の腕を無意識にきつく抱き締めてしまう。そして、唇を噛み締めながら、抱き締めていた腕に顔を埋めた・・・・・・・・・。 『可愛い・・・・・・。』 頼忠は身体を捻ると、花梨を膝に乗せ両腕で抱き締めた。少女が己と同じように感じてくれているのが嬉しくて堪らない。 だが、優しい瞳の頼忠とは反対に、好きな人の匂いを胸一杯に吸い込んでしまった少女の顔は曇ってしまう。梅香が香れば香るほど、寂しさが募ってしまい・・・・・・涙が零れる・・・・・・。 頼忠は少女の涙に気付くと、目尻の雫に口付けた。 そして、唇に溜まった雫を舐め取り・・・・・・口付ける・・・・・・。 少女の涙が止まるまで繰り返し口付けて・・・・・・・・・。 そして――――――。 結局、花梨の涙が完全に止まったのは、 明け方近く―――――――――。 『 神子殿、お誕生日おめでとう御座います。 お祝いの言葉を直接お贈りしたかったのですが、 仕事の都合上御伺い出来ず申し訳ありません。 お詫びと言っては何ですが、この「文使い」をプレゼントとして贈ります。 今日一日、ご自由にお使い下さい。 藤原幸鷹 』 注意・・・この神子ちゃんは、作者の希望で6月生まれの設定です。 これに対なる内容の頼忠の誕生日ネタは『―――秘密の贈り物―――』です。 で・・・誕生日おめでとう、自分!創作でした。書いた時期は全然違うのだけどね。 自分の誕生日が来る事は嬉しくないどころか悲しい事だけど、もし、頼忠が傍にいてくれるのなら・・・・・・。完全に、私の願望です。 2004/02/23 02:22:09 BY銀竜草 初めてEDまで書けた記念すべき作品。 書き直したり手を加えたりして、完成したのは6月になってしまったけど。 |