「ふぅ・・・・・・。」
一人残った花梨は、広い室のど真ん中にため息を吐きながら座り込んだ。何枚も重ねた袿が重い。そして苦しい。八葉を追い出す為の口実ではなく、実際にそうだった。だが、この疲れはこの衣のせいでは無い。
「調子に乗っちゃったかな?頼忠さん、怒っちゃった・・・・・・・・・。」
女とバレないように気を配ってくれているのに、その頼忠に相談も無く女装したのだ。怒って当然、身放しても仕方が無い。しかし、それは嫌だ。
そう思った瞬間顔を上げ、短距離走のスタートダッシュをするように勢い良く走り出して室を飛び出した。


バンっ!
「頼忠さん!」
「神子殿!?」
さすがに無礼な態度だったかと反省していた頼忠は、女姿のまま駆け寄ってくるりんが信じられなくて、自分は今夢を見ているのかと固まった。
「ご免なさい。頼忠さん、ご免なさい!」階を駆け降り、近寄った。「ご免なさい・・・・・・・。」
りんは抱きつかんばかりに頼忠の脇腹辺りの衣を掴んで見上げている。瞳を潤ませながら。
「あ、あの・・・・・・、どうなさったのですか?」
このりんは本物、実際に此処にいる。半泣きの表情に動揺しつつ、努めて冷静な声で尋ねた。
「頼忠さんに守って貰っているのに、相談も無く女装したから・・・・・・。心配掛けてご免なさい・・・・・・・・・。」
一滴の涙が目尻から零れ落ちた。
「っ!」恐慌状態に陥った。「お気になさらないで下さい。心配したのはしたのですが、それは違う理由でして・・・。」
「理由って、女だとバレるかどうかじゃないの?」
「あ、いや、違くは無いのですが・・・・・・、あの、その。」
自分が何を言っているのか混乱しつつ首を傾げたりんの顔を見ると、瞬きした拍子に溜まっていた涙がまた一滴落ちた。
「ですから、他の男達が貴女のその御姿に見惚れていたのが不愉快なだけでして―――。」
「不愉快・・・・・・?」
心配では無くて、不愉快?怪訝な顔で問い掛けると、その瞬間、頼忠は何かに気付いて口を閉じた。そのままじっと見つめていると、頬が赤らんだ。
「余計な事を申しました。申し訳ありません―――。」
この場から逃げ出したい衝動を抑えて謝罪の言葉を述べ、後ろに一歩下がった。
「何が余計―――。」
「いえ、何も問題は無かったのですからお気になさらずに。」りんの声に被せるように少し大きな声で言った。「もう夜も遅う御座います。私はここで警護を続けておりますから、安心してお休み下さいませ。」
深々と頭を下げた。



「頼忠さん、どうしたんだろ?怒ってはいないようだけど・・・・・・。」
頼忠は問い掛けるなオーラを醸し出していて、訊けなかった。室に戻って来たりんは、こんなに袿を何枚も重ねてあったらどうやって脱げば良いんだと眉を顰めた。
「意味分かんない。」
ため息を吐くと全部の袿を肩からずり落とし、そのまま身体を捻り腕を振って引き抜いた。
「女の子に見惚れる男が不愉快だなんて、ヤキモチを焼いている恋人みたいだよ。―――え?」
髢を外そうと上げた手が止まった。
男姿と女姿。心配と不愉快。
「まさ・・・か・・・・・・?」
途端、早鐘を打ち出した心臓が苦しくてゆっくりと床に座る。
「・・・・・・・・・。」
頼忠の紅く染まった頬が思い浮かび、両手で口を押さえるとぎゅっと眼を瞑った。







もしも、『湯泉』の代わりにこちらを本編に入れるとしたらこんな感じかな?

2008/04/21 03:19:47 BY銀竜草

あ〜〜〜、この『3』を削除してシリアスモードのまま終了→『温泉』で仲良くなる、なんていう流れでも良かったんだね。今更遅いけど。

2008/05/09 23:08:04 BY銀竜草




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