「34444」番・課題出題者・ちぢゅやー様へ。



『―――雨のち晴れ―――』



意識が浮上した時、花梨は褥で寝ていた。
「あ・・・・・・。私、また倒れちゃったんだ・・・・・・・・・・・・。」
頭はグラグラして目が回っている。吐き気は治まらない。―――そんな体調になってから何日過ぎたのだろう。いや、もう何日と言う程度の日数ではない。この京に連れて来られた日からずっと、だ。


―――お主には力が無い―――
―――お主は八葉に認められてはおらぬ―――
―――お主を神子と信じる事が出来ぬ―――


一人の少年の言葉が鋭い刃となって心を切り刻む。
「ごめんなさい。」瞳から一滴の涙が零れ落ちる。「ごめんなさい・・・・・・。」
この世界は龍神の神子の救いを必要としている。なのに、その神子を名乗る私がみんなの足を引っ張り、助けて貰っている。その事実が悲しくて申し訳無くて努力をしているけど、頑張れば頑張るほど空回りして余計に迷惑を掛けてしまっている。
「ごめんなさい。」涙は次から次へと溢れ落ちる。「ごめんなさい・・・・・・。」

力が弱いのなら、強くなれば良い。怨霊を祓えば良い。でも、休む間を惜しんで祓い続けるけど、復活してしまう。私はまだ、努力が足りないのだろう。でも、これ以上、何をすれば良いの?どうしたら強い神子になれるの?
何をどうしたら良いのか解らず、もう祈る事しか出来ない。
「龍神様、どうか教えて下さい・・・・・・・・・。」
――――――私はどうすれば良いのですか?――――――



いくら泣いても気分は晴れない。だが、涙を心の奥底に押し隠す事が出来るようになってから起き上がった。
「謝らなきゃ。」
一緒に出掛けた勝真さんと彰紋くんは帰ってしまっただろう。謝罪とお礼の文を紫姫に頼もう。


また深苑くんに怒られるのだろうと、憂鬱な気分で紫姫の室に行く。と、冷たい声と泣き声が聞こえて来た。

「情けない。この程度で倒れるのであれば、京を救う事など無理だ。」
「兄様、何という事をおっしゃるのですか!?」
「紫、否定出来るのか?院の元にいる神子は院に憑いた怨霊を一瞬で祓ったというではないか。それに比べてこちらの神子は何だ。未だに倒れてばかりいる。」
「院の元に龍神の神子がいるなどと。それは偽者に決まっております。だって、龍の宝玉は彼女の出現になんの反応も示さなかったではありませんか。」
「確かに龍の宝玉はあの者を選んだ。お主の占いもそう示している。だが、龍神の選び間違いという事もあるやもしれぬ。」
「兄様、止めて下さい!神子様は龍神の神子様です。私達がお仕えする事には変わりません。」

「・・・・・・・・・・・・。」
仲の良い兄妹が喧嘩をしている。原因は私だ。力の無い神子だから。
苦しくて身体が震える。耐えられず、花梨はその場から逃げ出した――――――。



「神子殿?」
「・・・・・・・・・。」
門から飛び出すと、ちょうど頼忠と出会った。だが返事もせずに横を走り抜ける。
「神子殿!」
「・・・・・・・・・。」
闇雲に走り続ける。ただ屋敷から遠く離れたいとの思いから。しばらくすると息切れし、走るのを止めてゆっくり歩く。と。
「神子殿。お一人で外出なさるなど、危のう御座います。」
一緒に走って付いて来ていた頼忠が声を掛けた。
「・・・・・・・・・。」
だが、返事など出来ない。口から出せるのは言葉にならない喚き声だけ。龍神の神子には許されない、弱音と泣き言だけ。
「・・・・・・・・・。」花梨の顔を見つめて考えていた頼忠が口を開いた。「神子殿をお連れしたい場所があるのですが、宜しいでしょうか?」
「・・・・・・・・・・・・。」行きたい場所はただ一つ。でもそこには行けない。帰れない。ならば、どこでも一緒だ。「うん、行く。」
小さく頷いた。



「・・・・・・・・・。」
―――野宮。何故ここに連れて来たのだろう?
「倒れられたと伺いましたが、外出なさって大丈夫なのですか?」
「・・・・・・・・・。」眼を瞬き、涙を誤魔化す。「休んだからもう大丈夫です。気分転換にちょっと散歩しようと思って。」
「さようで御座いますか。」
「・・・・・・・・・。」私のそんな言葉を信じてはいないだろう。でも・・・ありがとう。追及しないでくれて。「それより、この場所がどうかしたんですか?」
「時折、この地に立ち寄っているのです。」―――約束して。簡単に「死ぬ」と言わないって―――「ここで神子殿に掛けて頂いたお言葉が嬉しかったものですから。」
「え?そんな大した事は言っていませんけど・・・。」
「そんな事は御座いません。」―――そんな状況にならないように、一緒に頑張りましょう―――「貴女が龍神の神子で良かった、貴女に仕える事が出来まして幸せだと思いました。」
「・・・・・・・・・。」
「神子殿?」
「私、何も出来なくて迷惑ばかりかけているけど。それなのに何で頼忠さんは私を神子だと認めてくれるの?」
認めてくれたのは嬉しい。嬉しいけど、私は足手纏いの神子。
「貴女はご自分の成した事をお忘れですか?」
「・・・・・・・・・。」
何もしていない。何も出来ない。
「朱雀と青龍は貴女に従いました。玄武も従ったとお聞きしております。」
「・・・・・・・・・。」
「力が有るとか無いとかいうよりも、四神は努力しておられる神子殿を認めて下さったのではありませんか?この京を救いたいと願う貴女のお心を。」
「・・・・・・・・・。」
確かに救いたいと思っている。思っているけど、それは・・・・・・。
「それに、院を呪っていた怨霊を退治して下さいました。」
「戦ったのは頼忠さんと幸鷹さんで、私は何もしていません。」
「あの時はまだ、私達は貴女を神子とは信じておりませんでした。それでも、私達は共に戦おうと心を一つに致しました。貴女が、私達をそういう気持ちにさせたのです。」
「・・・・・・・・・。」
「周りからどうこう言われましょうとも、貴女と接していた私達には解っております。もっと自信を持って宜しいのですよ。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。風が出てまいりました。そろそろ屋敷に戻りましょう。」
考え込む私を促した。



「花梨!?」イサトが飛び込んで来た。「って、あれ?花梨は何処だよ?」
花梨の室なのに、余計な者達ばかりで肝心の花梨は何処にもいない。
「神子は屋敷を抜け出した!」
深苑が怒りに震えて叫んだ。
「申し訳ありません。私達が少し外している間に―――。」
「倒れたんだろう?だったらこんな所でのんびりしている暇は無いだろうが!捜しに行って来るっ!」
室を飛び出そうとしたが。
「慌てるな。今、式に探させている。」
「泰継?」顔を顰めた。「何であんたがここにいんだよ?」
「倒れたと聞いたから薬湯を持って来た。」


パサパサパサ。
一羽の鳥が室に飛び込んで来た。そして、泰継の肩に止まり、耳のあたりを嘴で突付く。
「野宮に天の青龍を名乗る武士といる。」
「頼忠殿と?」紫姫の不安げな表情が和らいだ。「ならば心配は要りませんわ。」
「そうか。それならすぐに戻って来るだろう。」
イサトも安心して座り込んだ。


「薬湯を用意して差し上げる優しい心をお持ちでしたら、その前に倒れないように気を配ったらいかがですか?」
やって来た幸鷹が強い口調で言った。だが、謝ったのは勝真と彰紋。
「申し訳ない。」
「ごめんなさい。」
「体調が悪いのであれば、神子がそう言って休むのが当然だ。自覚が足りない。」
またしても怒りながら言う深苑に、彰紋が顔を曇らせた。
「体調が悪そうだと気付いていながら連れ回したのは僕達です。責めるなら僕達を責めて下さい。」
「気付いていたのは、深苑殿も同じでしょう。」勝真が顔を顰めた。「紫姫が休みにしてはと提案して下さったのに、責めたてて追い出したのは深苑殿ですよ。」
「多少の穢れならば、八葉が守れる。」冷たく言い放つ。「能力がある八葉であれば。」
「なっ!」
「また同じ事の繰り返しですか。」泉水が哀しそうに言った。「神子が穢れに弱い事は十分承知しております。だからこそ、疲れが溜まらぬように時々休ませて下さいと私達はお願いをしていたのですが。」
「申し訳ありません・・・。」
「紫。お主が謝る事ではない。」
「兄様。神子様の体調管理も、私達、星の一族の務めです。」
「そこまでお主に面倒を掛けさせるのか!?」
「兄様、止めて下さい!何という事をおっしゃるのですか!?星の一族ともあろう者が、神子様に対して失礼ですわ。」
「深苑殿。」幸鷹が真っ直ぐに見つめた。「一度話し合いをしなければと思っていたのです。」
「何っ?」
「俺も言いたい事があったんだ。丁度良い機会だから、言わせて貰うぜ?」
「・・・・・・・・・。」


花梨の心と同様、室の中が重苦しい空気で満ちた。






す、すみません。連載致します。全3話+1話の予定です。