「10000HIT直前募集」・課題出題者・あさだ様へ。



『―――頼忠流寒さ対策―――』



「雪だ、また雪が降ってる。」花梨は憂鬱な気分で空を見上げる。「寒い筈だ・・・・・・。」

雪が降っていると言う事は、京の時間が正しく流れている証拠。
怨霊も滅びを願う心も全て浄化された事は良かったけれど。自分の世界では、これ程の美しい光景は見られないから嬉しいのだけれど。色々な雪遊びが出来て楽しいけれど。
「でもねぇ・・・こう毎日毎日続くと心配だよねぇ。」
暖房設備の整っていないこの世界では。着膨れするほど着てもそれ程暖かくないこの世界の衣では。このままでは、風邪を引くのは時間の問題だ。
「何か対策を考えないと本当にヤバいわ。」紫姫に相談すれば簡単なのだが。「大騒ぎになっちゃうと反対に迷惑だよね・・・・・・・・・。」
私の事はガラス細工を扱うが如く大切にするくせに、あの男(ひと)は自分の事になると本当に無頓着なんだから。
これは何としてでも私が考えよう。火鉢の側に座ると、燃えている炭をじっと見ながら考え込んだ―――。



「もうそろそろ部屋にお戻り下さい。」頼忠は、柔らかい物言いで花梨を促す。「風邪を召されてしまわれますよ。」
そんな頼忠の態度は、花梨は面白くない。
「イ・ヤ・です。」階に座った花梨は、隣に座っている頼忠の腕を強く抱き締める。「頼忠さんの傍に居たくてここに残ったのに、ほとんど逢えないんだもん。すぐ部屋の中に戻るから、もうちょっとだけ良いでしょう?」
頼忠は八葉としての役目が終わった後、武士団の勤務に戻っていた。そして、腕も確かで信頼出来る頼忠は、八葉だった頃よりも忙しい日々が続いている。昼間はほとんど逢う事は出来ず、夜は屋敷の警護をする為に来るが、挨拶程度しか会話は出来ない。それも花梨が散々駄々を捏ねた結果、だ。
「しかし、貴女は寒さには極端に弱いのですから、無理をしてはいけません。」
「大丈夫ですってば。頼忠さんの傍だから暖かいよ。ほら、手も握っていてくれるし。」
花梨の手をすっぽりと覆うように握り締めている大きな手を、安心させるように握り返す。だが、それでも心配そうに見つめてくる頼忠に、花梨は不満だ。
「どこかの心配性の誰かさんが騒いでくれたお蔭で部屋の中は火鉢だらけだし、温石も何時も沢山用意してくれているもん。」
「しかし、頬は冷たいですよ?」
頬に唇が触れるだけの優しい接吻。これも花梨にとって不満の一つ。
「頼忠さんって過保護すぎます。」わざとソッポを向いて意地悪を言う。「これじゃあ、恋人って言うよりもお父さんです。幼い娘の心配ばかりしている、親ばかなお父さん。」
「父上、ですか・・・。」さすがにショックを受けたのだろう、声に元気が無い。
「そんなに心配なら、頼忠さんが警護を止めたら?そうしたら私、夜に外に出て来る必要なんて無くなるから。」
「京の治安が回復した訳ではありませんよ?あちこちで強盗が出没しているのです。警護は必要です。」
確かに強盗に襲われた貴族の屋敷もある。だが、ただの警護ならば頼忠以外の武士でも構わない筈だ。頼忠が毎夜するのは、恋人の寝所に忍び込もうとする不埒な男共を排除する為。心配で他の者達には任せられない。それが警護の武士であっても。
「もう、頑固なんだから!」花梨はとうとう怒ってしまう。「お願いだから暖かい部屋で休んで下さいよ!頼忠さんこそ、風邪を引いてしまいますよ?」
「私の事は御心配要りませんよ。身体は鍛えておりますから。」
「鍛えていたって雪が降っているんですよ?そんな薄着じゃダメですってば!せめて私の袿一枚ぐらい被って下さいよ。」
「いざと言う時に動けません。」
「じゃあ、温石は?」
「やはり邪魔です。」
「むぅ・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・(クスリ)」
眉間に皺を寄せている少女を見つめる恋人の頬は弛んでしまう。怒っているのは、頼忠と逢う時間が欲しいとの想いと、体調の心配をしている為。花梨の言う我が儘は、全て頼忠がらみ。嬉しくて仕方が無い。
『この女(ひと)の与えてくれる心は、優しくて暖かい。風邪とは無縁だな。』
逢いたいが為に寒いのを我慢してくれるのも嬉しいが、ほんの少しでも温もりが欲しいと抱き付いてくれるのはもっと嬉しい。心配して貰えると幸せな気持ちになるが、動き辛くなるから袿も温石もいらないと言うのは本当だ。痩せ我慢している訳ではない。
その時、ふっとある考えが思い浮かんだ―――寒い中でも暖かく居られる方法を。

「それなら、暖かいもので欲しい物があります。頂けますか?」
「ん?私が持っている物なら何でもあげるよ。何が欲しいの?」
花梨が訊ねれば、頼忠は自分の頬をトントン叩く。
「ここに貴女からの口付けを。」
「ふへ?な、何で口付けが暖かいのよ!?」
真っ赤になって聞けば。
「貴女の御心を頂ければ、心だけでなく身体も温まります。」
そうすまして答える頼忠の瞳が笑っている。
『むっ!また子供扱いする・・・。』
花梨は自分が子供っぽいという事を自覚している。ただでさえ、頼忠とは年齢が離れているのだ。優しいのは嬉しいが、だからと言って保護者的な態度で接して貰いたいとは思っていない。大人ぶって余裕ある態度が気に食わない。頭を撫で撫でするのはもういい加減止めて欲しい。私は頼忠さんの子供じゃない、恋人なのだから。

だったら、私が一歩踏み込んでやる。

「暖かくなるんだったら、してあげる。」
気恥ずかしいが、覚悟を決める。
柔らかく微笑んでいる頼忠の頬と顎に両手を添える。頬に唇が触れる直前、両手に力を入れて自分の方を向かせた。

ちゅっ。

頼忠の唇に重ねた。

『よし、成功♪』心の中でガッツポーズをして、驚き固まっている頼忠を置き去りにして逃げ出す。『ふふ〜ん、ファーストキスは私から。これで一矢報いたかな?』
初めて唇を重ねるキスは、やっぱり男の人からやって欲しいとの思いもあったが、このままでは何時になるか解らない。自分の方からするというのはとんでもない勇気が必要だったけれど、これで少しでも頼忠の気持ちが変化してくれたら嬉しい。
妻戸に手を掛けて開けようとしたが、一瞬早く大きな手が花梨の手を上から覆って阻む。
「花梨殿、貴女は何て事をするのですか・・・・・・・・・?」
何時もの優しい声とは違って、低く切羽詰った様な声音に呼吸が止まってしまう。
だって・・・・・・頼忠さんったら何時まで経っても子供扱いするんだもん。
ぼそぼそと口ごもりながら言うと、花梨の手を掴んでいる手にぎゅっと力が込められた。
「頼忠さん?」
黙ってしまった頼忠に不安になって声を掛けると、もう一方の腕が身体の前に回されて背中から抱き締められた。
「今宵は一段と寒う御座いますので、暖かい部屋で貴女の警護をしても宜しいでしょうか?」
「えっとえっとえっとぉ・・・・・・。」頼忠さん、雰囲気が違います。何か、何か怖いような気がするのは気のせいですか?「ど、どう言う、事、でしょう、か?」
どもりながら答えて顔だけ振り返ると、いきなり唇を重ねられた。
「うわっ!何、何、何?どうしたんですか!?」
わたわたとする花梨に。
「寒くて寒くて仕方が無いのです。」再び重ねる。「貴女が暖めて下さいますか?」
「わ、わたた、わたしが、暖める?」
暖かくなるって言うから私からキスをしたのに、それでは足りないの?じゃあ、どうしたら良い?とは聞いてはいけない、知らない方が良い―――花梨はそう感じたのだが。
「私は子供扱いをしているつもりは無かったのですが、貴女を物足りない気持ちにさせていたのですね。」
一段と低くなった声と熱い視線に、今まで知らなかった感情が湧き起こって来る。
「物足りないって―――。」言葉を飲み込む。ヤバい事になりそうです。危険です。視線を合わせてはいけません。
だが、頼忠の手は逃げられないように花梨の顎をがっちりと掴んでいた。
「申し訳ありません。態度を改めます。」
花梨の言葉を自分の都合良く解釈した頼忠、大真面目な顔でそう言うと強引に唇を重ね、そのまま激しさを増していく。
唇へのキスも頬にするのと同じようにただ触れるだけ、重ねるだけだと思い込んでいた花梨、舌を使うやり方は当然知らない。初めて味わう感覚に混乱する。
『何これ?頼忠さんの舌が口の中を這い回っている〜〜〜!私の事、食べる気なの?』
馬鹿な事を考えていられたのは、ほんの最初だけ。すぐに考えている余裕も無くなった。逃げようとしていた筈なのに、無意識の内に頼忠にしがみ付き応えていたのだった・・・・・・・・・。



意識を取り戻した時、花梨は自分の褥で寝ていた。
あのキスは夢だったの?それにしては感触を覚えているなんて不思議・・・考えながら横を向くと―――頼忠の顔があった。
『あれ?私、何で頼忠さんに腕枕して貰っているの?』
花梨は目覚めたが、まだ頭は働いていない。だが、寝顔を見つめていた頼忠、少女の意識が戻ったのに気付き、心底嬉しそうな笑顔を浮かべた。

一瞬後、今の状況を理解した花梨、大きな声を上げてしまう。
「きゃあ!な、何で――――――!」
だが、私の褥に頼忠さんがいるの?という言葉は頼忠の唇の中に消えた。
「大人の貴女を見せて下さい・・・・・・。」
覆い被さり、再び大人の口付けを与えれば・・・・・・あっという間に抵抗する気力を全て奪われてしまう。花梨には逃げる術は無く、耳元で囁く頼忠の声だけを頼りに身を委ねるしか無かった――――――。


再び意識を飛ばす直前、花梨が思った事は―――頼忠さんのウソツキ。寒いって言いながら、こんなに熱いじゃないの―――、だった。



頼忠が自分で寒さ対策を講じてくれたお蔭で。

頼忠と逢う時間は大幅に増えて。
頼忠は、暖かい部屋で夜を過ごす事が多くなり風邪を引く心配は減り。
花梨は、子供扱いされる事は無くなった。


恋人のあまりの豹変振りには戸惑いはあるけれど。
これで花梨の願いは全て叶えられた事となり、めでたしめでたし――――――か、な?






注意・・・京ED。1〜2月頃。

あれ?ED前のほのぼの話を書いていた筈なのに、何時の間にかこんな「羊の皮を被った狼」が登場しちゃった。おまけに、「羊の皮」は脱ぎ捨てちゃうし・・・・・・おかしいな。どうしてだろう??
それに私が書くと、何で「花梨は墓穴を掘るのが得意」で「頼忠は幸せ」になるのだろう?

あさだ様、こんなのが出来上がってしまったのですけれど、受け取ってくれますか・・・?

創作の過程

2004/11/18 01:34:55 BY銀竜草