『―――ウサギと狼〜おまけ〜―――』



「ふぅ。」
頼忠は、警護の為に神子の室に向かいながらため息を付いた。
主でもある神子と想いが通じ合い、少女が寝る前のほんのわずかな逢瀬。
言葉を交わし、優しく抱き締めて唇を重ねる・・・・・・。
望外の喜びであり、幸せを感じていた筈なのに。
それなのに。
「物足りない・・・・・・・・・。」
何時の間にか、それだけでは満足出来ない心と身体を持て余してしまう。
こんなにも欲深い人間だとは、己自身、知らなかった。
だが。
抱き寄せるだけで真っ赤になり、触れるだけの口付けで呼吸を忘れてしまうほど慣れていない少女に、それ以上の事など出来はしない。
もう少し慣れるまで、大人になるのを待たなくてはいけないか・・・・・・・・・。


短い逢瀬の時間。
「頼忠さん、明日は残念だけどお供を頼めません。西の札を取りに行く日だから、翡翠さんと幸鷹さんじゃなくちゃダメなの。」花梨は寂しそうに言う。「だから、夜まで逢えない・・・・・・・・・。」
寂しいと思ってくれるのは嬉しい。だが、他の男と出掛ける事は仕方が無いとは言え、やっぱり嫉妬してしまう。
それが女性の扱いの上手な翡翠や、見えない絆のある幸鷹と一緒だと尚更。
腕の中の少女を見下ろす。
頬を紅く染めながらも、安心しきって身体を完全にこの自分に預けている。
その可愛らしい態度を見つめているうちに、次第に考えが変化していく。

他の男に奪われる恐怖感を無くしてしまいたい。
自分だけの物にしたい。
誰も見た事の無い姿、表情を見てみたい。
もう少し慣れるまで、大人になるまで待たなくてはいけないのか?
いや。
慣れていただく。――――――私が少女を大人にさせようか。


頼忠は、少女の左手を取る。
そして、手首の内側に唇を押し当てると強く吸った。
「痛っ!」悲鳴を上げる。「えっ?何?」見ると、紅い痕がしっかりと付いてしまっている。
「うわっ!キスマークだ・・・!」
わたわたと動揺している少女を抱き締める。
「明日は私の代わりにそれが、貴女をお守り致します。」
「・・・・・・・・・え?頼忠さん?」眼を見開き、まじまじと頼忠の顔を見つめる。「うわぁ・・・・・・。頼忠さんって、涼しそうな顔をして恥ずかしい事言うんですね。」
花梨は首まで紅くして、今度は自分から頼忠に抱き付いた。
「頼忠さんが一緒だから、明日は何の不安もないね。有難うっ!」
頼忠の瞳が妖しく光る。―――少女の心の奥底に小さな小さな火が灯された事に、花梨自身気付いてはいない。


その日から。
優しく抱き締めるだけだった腕に、力を込めるようになり。
触れるだけの口付けに、ほんの少しづつ熱を送り込み。
顔や身体を撫でる手に、愛撫という意味を持って。
そして。
お守りと称して、腕や首筋に赤い痕を刻み込む。
少女の心の奥底に灯されたほんの小さな火を少しずつ煽り、大きな炎へと燃え上がらせていく。


少女が女へと変身する日も近い――――――。






注意・・・『ウサギと狼』の終わり方がお好きな方は、これは読まなかった、と言う事で。
            狼はやっぱり狼だった、というお話でした。

2004/07/24 02:02:12 BY銀竜草