バレンタイン・バレンタイン・バレンタイン:頑張れ若造。
一週間して、俺はショーンの部屋にいた。
ショーンの手料理って美味しい。
お嬢さんたちには、なんとかかんとかわけのわからないことを言って……とにかくその内容ってなんか適当なもんだってこと、きっとお嬢さんたちは看破してるんだろうな。……で、とにかく母親と会ってこいとか言って泊りがけで出かけさせたって言っていた。
「ワインは?オーリ」
「……ごめん、ショーン、遠慮しておくよ」
酔っ払ってベッドインなんてカッコつかない。ほろ酔い加減のショーンは好きだけどリードがなきゃ。それにシラフでいたいって思うのは、別にいいんじゃないかな。
……俺そんなに飲めないしね。
「オーリ、君、意外そうな顔をしてる」
「え?」
「あのなあ、私だって料理は凝ったものを作るんだよ。チッピーで済ませるとでも思っていた?」
苦笑するショーンていうのはいいよね。はにかんだ顔はサイコーだよ。
「いや、外食とかかと思った」
「そうか。そうだね、外食もする。自分でも作る」
映画なら、きっとこれが導入部分。
「さてオーリ、食べながら、なにをしようか一緒に決めようか」
「お楽しみだね。一晩中一緒にいたいよ」
ショーンがにこにこと笑ってる。すごくいい時間だ。
「この間は私が君の時間をもらったからね、今日一日、私の時間は君のものだ」
ワオ!
「キスしてもいい?」
「どうぞ」
やった!
一日、ショーンを独占している俺に、時々若い女の子の目が向いてくる。ショーンを見ているのか俺を見ているのかわからないけど、きっと両方見てるんだろうな。
こんなに一日が早いと思ったの、どれぐらいぶりだろう。
気がついたら夕食まで奢ってもらってた。
「ああ、その紙袋はそこに置いてくれる?ありがとう、オーリ。君の見たいものを見に行ったはずなのに私のほうが荷物が多いってどういうことだろうね?」
苦笑するショーンはすごくキュートで俺は嬉しくなってしまう。
「じゃあお礼にキスしてもいい?」
「それでいいのか?」
「もちろん!」
がっつり、トロイでヘレンにしたのと同じようなキスをかましてやる。ううん、それよりももっと濃厚なやつ!ヴィゴになんか負けない、ハリウッド女優を唸らせるようなの。
荷物を置いて椅子に座ったショーンを捕まえて、唇を重ねて、がっついたキスをする。
「んん……」
思い切り慌てて仰け反って、いや、それ気をつけて!言おうとした傍からガッタンと椅子がかしぐ音がした。
「ショーン!椅子から落ちるよ!」
俺が慌てちゃったじゃないか!
「オーリ!セクシャルな意味でキスしたいって言ったのか?!」
「なんだって?!ちょっと待ってよビーン・ボーイ!俺はビーニーが欲しいって言ったじゃない!」
「俺の時間なら今日一日いくらでもやるさ!」
Shit!時間だって?!時間だけ?!
「ひどいこと言わないでよ。俺はあなたに恋してる」
格好悪いったらないね。世界中のスクリーンに顔を出した俳優がふたり。俺は椅子から転げ落ちて尻餅をついた年上の俳優に迫ってさ、彼は背中を床に打ったままの格好で、上に馬乗りになってる後輩の俳優を見上げてるんだ。
俺を見上げてるのはあのショーン・ビーンなんだ。
アカデミーの、なんたって実力派の大先輩。
時計の針の音が俺の心臓に悪いよ。
「オーランド、私だって君のことが好きだよ。私にとって君がかけがえのない存在だってこと、君は知っている?」
「じゃあキスして」
ショーンが困ったような顔になる。
「オーリ、聞き分けのないことを言うなよ」
「そりゃ俺は男だし、恋人ができたばっかりのショーンには迷惑かもしれないけどさ」
「オーリ、オーリ、聞いてくれ」
俺を宥めるようにショーンが首を振る。
「聞かないよ!俺はあなたとセクシャルな関係にもなりたいっていう意味で、そういう意味でビーニーが欲しいって言ったんだよ。あなたがOKしてくれたじゃない」
困った顔がますます困った顔になる。
俺だって泣きたいよ。玉砕覚悟ってやつでおねだりしたんだぜ。
「今日一日、俺に恋してよ」
俺、今ものすっごいわがまま言ってる。ショーンが髪の毛を少し掻きあげて、ちらりと舌を見せて唇を舐める。緊張してる。
「……恋をした振りは簡単だよ、オーリ。なんたって、私たちは俳優なんだから。だけどそれは本当の恋だなんて言わないだろう?」
「うん」
ショーンの言ってることはわかる。わかるけど、俺はそんなに簡単に納得できる子供じゃない。ただ大好きな兄貴と一緒にいるだけで我慢しろなんて。
「今日一日だけ君に恋をしている役なんて私にはとても寂しいよ」
それは脈なしってことだよね。そうだね、あなたにはすっごくキュートな恋人がいるんだもの。
ショーンの両手が俺の両頬を撫でるように包み込んでくれる。
「だけど私が死ぬまで、君を大事にすることはできるんだ」
「なんだよそれ!意味わかんないよ、ショーン!」
「オーリ!恋人よりも君が大事だよ!」
首を振ってショーンがきっぱりと、……それで俺は耳を疑うんだ。恋人より俺が大事って言ってくれた?今。ショーンが?!
「でもそれは、セクシャルじゃない」
……蛇の生殺しかよ!
「じゃあなんなんだよ!」
「セクシャルな関係がないと確かめきれない?」
「だって子供じゃないけど、ショーンみたいに大人でもないんだよ。まだ」
俺の言ってること、わかってくれるだろうか?
少し考え込んだショーンがまた小さく首を振る。
「いつだって君のために時間を割いてやる。こうやって会えるなら、もちろん前もって約束はしておきたいけどね。それに撮影中じゃなきゃ何時間だって話しをしたい。君がどんな風だとか、最近どんなことがあったのかとか。電話だっていつくれてもいい。仕事中じゃなきゃいくらでも」
落ち着いた大人の関係だよね、それは。
「あ、ただし俺がブラマールレーンにいてブレイズが勝ってるときに来た電話は着信と同時に切るからな」
ああ、それは……着信と同時に電源切られるどころかセルフォンが握りつぶされてそうだ。
「ショーン、ひとつだけ、俺の話しを聞いて」
ショーンが頷く。
「俺はあなたに欲情するんだ」
一分がものすごく長い。
ショーンのため息が苦しい。
俺の心臓は爆発寸前。
「OK、ボーイ。デリカシーなんて言葉は忘れてやる。ベッドルームに来いよ。経験てやつを教えてやる」
くしゃくしゃと頭を撫で回される。
「相当な覚悟がいることを言ったんだろ?」
その顔、しょうがない息子を持って困り果てたオヤジみたいな顔だよショーン。
バスタオルをベッドの上に放り出して、ベッドルームのカーテンを閉めきる。
「なにそのバスタオル」
「気にするな」
それから適当にぱっぱと服を脱いでいく。それ、俺にやらせろよ!まったくデリカシーって言葉を忘れるにもほどがある。
上半身脱ぎ捨ててベッドに座るショーンはボロミアをやっていたときよりも細い。
「オーリ、Tシャツぐらいは自分で脱げよ」
極めつけ。色気もそっけもない。
それなのにいつもみたいに若者に適度な品行方正さを促すオジさんの目じゃなくて、シャープやラヌッチオみたいな挑戦的で色っぽい目をする。
「いつもこんな風?」
「いや、まさか」
ショーンが心底おかしいと思ったように笑う。
「いつもなら相手は妻だったか彼女かだね」
きっちりノーマル、ね。
「オーリ、これだけは先に言っておく。本番はなしだぞ。カマ掘るのも掘られるのもまっぴらだからな」
「ぶー!」
「ぶーじゃない!」
けちだ。
「Let’s do it!」
このオヤジ、しようぜ、って直接言わなきゃやらせてなんかくれない。言い切った俺を眺めてショーンは唇を舐める。
「ハンド・ジョブには付き合ってやる」
あからさまに自慰とか、敢えて使うっていうんだからショーンも本気で挑発してきてるんだろうな。お望みどおりに、だ。
マウス・トゥ・マウスのキスは慣れてる。これぐらい俳優には朝飯前。もちろん今は本気だけのキス。
「うわ!」
「あっはっは!わき腹くすぐられるのは嫌いか?オーリ!」
「ひどいな、ショーン!」
「こんな純真なキスだけじゃないんだろう?」
言われるままに、裸の上半身にキスをしていく。
「ショーン、キスするだけじゃつまらない」
ジーンズの上からショーンに触る。
「わう!掴まないでよ!」
俺は触っただけなのに、ショーンはジーンズの上から掴んでくる。ホントにさ、デリカシーって言葉をまるっきり忘れないでほしいよね。おまけに他人のコック掴んでおいて平然としてるんだから参るよ。
「ムラムラするんだろ?」
俺はショーンとしたいけど、ショーンにされたいわけじゃないんだってば。
「だからハンド・ジョブまでだ。カマ掘られるのはごめんだからな」
遠慮もなにもなしに掴まれて思わず呻いた俺をショーンが見上げてくる。
ショーンに教えられた経験ってやつは、かなり凶悪だった。
「オーリ」
眠い。
「オーリー」
眠いー。
「オーリ、紅茶は濃いのと薄いのとどっちが好みだ?」
気がつけば、ベッドルームは明るかった。それは電気のせいじゃなくて窓から入ってくる外の明るさのせいだ。
「おい、オーリ?」
「……濃いやつ」
ショックだ。ショーンてば本当にハンド・ジョブだけで終わらせやがった。それでイッてしまった俺も俺。
ぐしゃぐしゃに濡れたのは俺とバスタオル。それにショーンの手。
セックスのときにバスタオルをベッドに敷いておく意味を俺は今朝になって知った。
それこそ、経験のなせる業ってやつだ。ショーンは普通にバスタオルを洗濯すればいいだけで、バカみたいに精液でべとべとした毛布を洗濯することもない。それがバスタオルの意味だった。犠牲にするのはたった一枚のバスタオルで、毛布にもベッドにもセックスの跡なんか残さない。
「おもしろくなかったー」
ぼそっと言った俺の尻をショーンが思い切り叩く。
「おもしろくてもおもしろくなくてもいいから、ほら起きるんだ。ベーコンに卵はふたつでいいか?」
「ベーコンはカリカリにしたのがいい」
「OK。焦げたのを食べたくなければ着替えておいで」
ああまったく、俺はあなたに敵わない。
「ショーン、俺またあなたとデートできる?」
「いつでもおいで」
ショーンとショーンの彼女にハッピーバレンタイン。
おまけ。