1月14日(日)へへ〜ん

 突込みどころ満載の犯罪心理学者みたいなのがうろうろしているので早く更新したかったのだけれど、驚異的に忙しく、ままなりませんでした。噂によると、少なくとも今後2月半ばまではもっと忙しくなるらしい。こう忙しいと、どうしてもやらないと気がすまない。というわけで、レースへ行ってきました。

 朝5時過ぎに起き、わざわざ特急に乗り、「一体何やってんだ?」と一瞬思わなくもなかったが、嫌なことはすぐに忘れることにしているので、すぐに忘れました。今回は年齢無差別の20キロでしたが、まあ、楽勝できるだろうと思いきや、アップの段階でプロっぽいヤツが2人いて不吉な感じ。果たして、スタート直後からその2人と3人の集団を形成。ひとりはすぐに呼吸が荒くなり根性走りになってたので、勝てそうだとわかったけど、もうひとりは小刻みにスパートを繰り返す、小癪なヤツ。しかも筋肉のつき方とかが美しく、20歳くらい若そうなので、「やっぱ年齢別にしてよ」と思う。

 とはいえ、どういうわけか15キロくらいでは勝てそうな気がしてきて、16キロでスパートしたら簡単にちぎれた。あそこまで簡単だと、悪意を疑うほどだ。「おっさん本気かよ」って悪意。たしかにおっさんは本気だが・・・。今回は、勝てないかも知れないと思った分だけ、ちょっと楽しかった。

 そうそう、早くもキリ番が近づいています。ゲットした方はお知らせください。



1月20日(土)掃き溜めに鶴

 忙しいと、なぜか「そんなことしてる場合か?」というようなことをしがちで、北村薫の『ひとがた流し』を読んでしまいました。例によって、保守的なところもあって、好きになれない登場人物が出てきたりします。以前の大学生トリオが中年になった物語として読んでもよいのかもしれませんが、それでいくと、あのトリオの中で好きになれなかった人物が、今回「うっとうしいなぁ〜」と思った人物に該当しそうで、それはそれで面白い。

 気に入らない箇所はもちろんあったのですが、人をあまり殺さないミステリ作家として一部マニアの間で有名になっただけに、人の殺し方が非常にていねいで、就寝前に読んだりすると目が覚めたときにそれがフィクションだったのか現実だったのか区別がつかないほどです。元々、朝日に連載されていたそうですが、まさに<掃き溜めに鶴>ですね。

 今年、これが直木賞の候補作に挙がっていたのですが、幸いにも受賞しませんでした。『夜の蝉』が単行本で出た頃からファンをしている者としては、あまりメジャーになってほしくないという、ありがちなエリート意識のせいです。同じことは、昨年東野圭吾が候補になったときにも思いました。東野圭吾は、ある事情により絶対に直木賞は受賞できないはずだったのですが、取っちゃいました。なんだか遠くへ行ってしまったような気分で、同じ事を北村薫に関しても味わいたくはない、という心境なのです。いけませんね。



1月29日(月)ドキュソ

 この頃、わんわん軍団がうろうろしているが、何か社会正義の実現にでも燃えているのだろうか。そのまま燃え尽きてくれても結構なんだけど・・・。おぉ、それが社会正義の実現か。なんてことを思いながら、軍団の近くを通り過ぎようとしたら、ぬぁんと、「いつもお世話になっております」と平身低頭で握手を求めるパンピーが・・・。これこそが、太宰が「札付きのワル」より恐ろしいと言った「市民」なんだろう。

 事務所の経費が不適切だと批判された文科省の大臣がいるけど、あれは元々国家公安わんわん委員会の長だったんだから、その時点でドキュソだ。そしてデータ改ざんが問題になっている局は、歴史改ざんしたいしたい局の系列なんだから、その時点でドキュソだ。そもそもあの番組って、線香臭いメガネが出てるんだから、その時点で・・・。

 「機械」発言をどのように批判するか。妊娠出産がどれほど大変なことかわかっているのか、というような批判は、ドキュソだ。問題にすべきは、<妊娠出産するのが女性である>というジェンダー規範そのものなのに、ゴミ発言はもちろん、ゴミ発言に対する多くの批判もこの規範を問わない。湯煙キャスターは、政府のアンケートによれば女性の9割は結婚し出産することを望んでいるのに、にもかかわらず少子化傾向が続くのは、出産の当事者じゃない男が政策を考えるからだと、さも「オレって、今日もいいこと言ったよね」って顔で言い放っていた。ドキュソドキュソドキュソ。どうせもうすぐいなくなるんだから、いっそのこと「いまだにそんなことを望んじゃう人たちが9割もいるんですねぇ〜」とか「<当事者じゃなきゃわかんない>のなら、当事者じゃなきゃわかんないよねぇ〜」とか言ったらどうだろう。



2月7日(水)Wirklich keine Zeit !

 ホントに忙しい(「ホントに」はいくつ重ねても無意味ではあるが・・・)。あまりにも忙しい。そうなると、出ないわけにはいかない。というわけで、土曜日に出かけ、日曜日にレースに出ました。繰り返しますが、忙しいからこんなことをしちゃうのです。

 スタート直後にバカ高校生たちがダッシュして前をふさがれたので、こっちもダッシュしたら、脚がもつれてこけかかった。もう少しで、娘の通う幼稚園の運動会に出て脚をもつれさせてこけるおっさんと同類になるところだった。

 当日、その地域は強風注意報が発令されていて12キロくらいはずっと向かい風。7人くらいで集団を作っていたのだが、プライドの高い元プロ2人が自ら進んで風除けになってくれた。ありがたや。折り返してから、<素人だけどスタミナはありまっせ>タイプのヤツがぶいぶい走り始めて、元プロが1人ちぎられて、レースとしては面白くなってきた。「このまま最後までいけばスピードでは負けないだろう」と思いつつ、気晴らしにペースアップしてみたら、またしても悪意を感じるほどあっさりと集団を抜けることができた。いったん引き離したのに追いつかれるのはカッコ悪いので、そこから7キロくらいは結構必死だった。

 というわけで、「42〜59歳の部」というへんなジャンルだったけど、またしても勝っちゃいました。しかも帰りの特急の時間があるので表彰式をキャンセルするというカッコいいことまでしちゃいました。

 あくまで忙しいからこそ、ストレス解消のためにやっているのですよ。誤解なきよう!



2月12日(月)無言の行

 よく考えると、今日はだれとも口をきかなかった。もっとも、メイルはしたけれど・・・。PCメイルでは、ある種の事柄をするには「覚悟が必要だ」といまだに大時代的なことが書かれてあって、そのうち「玉砕すべし」とまでは言われないにしても「総括せよ」くらいは言われそうで辟易する。ケータイメイルには、「とほほ」が書かれてあったので、やはり「とほほ」で返すしかなかった。

 しょうがないから映画でも行こうかと思ったけれど、硫黄島がどうしたこうしたとか、夫がしばらくダンスに夢中になっても妻は我慢してやってよ、っていうつまらない映画を撮った御仁のこれまた反動的な最新作とかしかやってなかったので、自宅のDVDに変更。しかしこの気分で『追憶』を観るとヤバイので、もう寝ることにしまつ。



2月15日(木)わんわんの徘徊

 ボヤ騒ぎがあったせいで、豊中わんわん署が豊中キャンパスをパトロールの対象にしたいと申し入れたそうで、わんわん署のわんわんたちが構内を夜間パトロールするらしい。わんわんが怪しくない根拠は何だろう??? わんわんのパトロールを監視しなくてもよいのだろうか。「確認」は、原理的に無限遡行を招くが、パトロールも同じ理由で無限遡行を招く。<わんわんは大丈夫>というのは、判断停止というトリレンマのひとつにすぎない。

 これで夜間構内で出くわしたら「お仕事ご苦労様です!!!」と言いながら敬礼しなければいけなくなってしまった。あるいは、怪しげに走り去ってやろうか。何なら勝負してやってもよいが・・・。

 それにしても、ボヤごときでわんわんが申し入れするとやすやす入構を認めてしまう人たちってどうなんだろう。さすが阪大と言っておけばよいのだろうか。なんせ喜んで天神祭に参加しちゃうわけだから。



2月18日(日)こっそり・・・

 今日はいろんなことがバッティングする日だった。○○会とか××会議とか。仕方がないので、三方一両損でレースを選択しました。3連覇がかかっていたのです。昨年3位だったきれいなフォームで走るおっさんは、山越えのある前半でぶっ飛ばし、後半得意の下りで逃げ切ろうという作戦みたいで、スタートからすいすい走る。その結果、昨年より1分も速く走っていました。

 今日は朝から不整脈が出てるし、肝機能も低下中なので、のんびり走ろうと思っていたのに、いきなりぶっ飛ばすもんだからついついムキになり(近くの研究室の「ちょーさわやか」がウリのジャックには、ムキにならないように戒められていたのだったが)、8キロくらいの上り坂でスパートしてしまった。そんなところでぶっち切ると先の長いこと、長いこと。昨年より1分以上も速く、もちろん3連覇!へへへ。

 2位のおっさんはランニングクラブの仲間たちと3位のおっさんは家族と喜びを分かち合っていた。そんなことをしている間は、前日全日無言の行を果たした1位のおっさんには勝てまい。ぶいぶい。



2月27日(火)ちょっと・・・

 同時進行で4つの編集作業を進めていましたが、ひとつを除いてすべて納品が完了し、残りのひとつも明日納品が完了します。もろもろの提出書類も提出しました。というわけで、ちょっと遠くへ行ってきます。



3月27日(火)なんとぉ・・・

 ようやく更新します。忙しいのは2月で終わりだろうと思っていたのですが、3月の初めに休暇をとったのがいけなかったのか、それ以降、雑務が山のように押し寄せてきました。もっとも、山は動いたりしませんが・・・。

 今年の講義情報によれば、私は「とにかく人間不信で、ひねくれすぎ」だそうです。たしかにある種の人たちのことは信用していませんが、人間一般を信用しないほど、私は立派ではありません。いや、もしかすると私は神に見えるのでしょうか。

 くだらない共同体のきまりごとを批判するがゆえに「ひねくれすぎ」と言われているのであれば、それはありがたい賞賛の言葉です。おっしゃるとおり、私はこうした賞賛を浴びせてくださる従順な小市民のお仲間には入れませんから。

 
 「板書がみえにくい」という文句もあったようですが、あのイ講堂の黒板に書いたものがそもそも見えるわけがないでしょうに。そんなことくらい、ちょっと首から上の部分を使えばわかりそうなものを。しかもこのことは第1回目の授業中に言ってたのに、もう少しメモリを増やしたらどうでしょう

 そして板書がみえにくいことも合わさって、「哲学がさらにわからなくなった」と。「さらに」ですか??? <まったくわかってない状態>から<さらにわからない状態>への移行は論理的にありえないのですから、「さらにわからなくなった」と言えるためには、<少しはわかっていた>ことが必要ですが、へぇー、少しはわかっていたのですか??? それはすごい。立派だ。メモリは少ないけど、少しはわかっていたのですね。

 そうそう、もはや「教官」は存在しません。どんなに権威主義的でお上が好きでも、もはや「官」ではありませんからね。他のページには「生徒」という言葉が頻繁に出てきましたが、いくらなんでもそこまで卑下する必要はありません。首から上の部分とは無関係に、大学で学ぶ場合は「生徒」ではなく「学生」なんですから。



3月28日(水)ほらほら・・・

 ↑のようにすぐムキになるからなぁ〜。まったく大人気ないっす。なんつっても、人間不信ですから!!!



4月1日(日)てへ

 「カラオケで採点ゲームしてたら、通りがかりの某プロダクション関係者から『CD出しませんか???』って! 『ちょっと考えさせていただけますか?』って答えました。」



4月3日(火)てへ×2

 「そやけど、ウソみたいな話やなぁ〜。」
 「ウソや〜。<カラオケで採点ゲームしてたら、プロダクションの関係者が通りがかって『CD出しませんか???』て言われた>なんて話があるはずないやろ。小笠原はすごいな!」
 「???」
 「『ホント気持ちで打ちました』言うてたでぇ。野球はバットで打つもんや思てたら、小笠原は<気持ち>で打ちよった。わしには、バットで打ったようにしか見えへんかったけどな。」
 「私もこの前膝が笑いましてん。」
 「そんなヤツおれへんやろぅ〜。」
 「やめさしてもらうわ。」



4月5日(木)買いませんえん

 なぜかこの時期は、大学にセールスがやってきます。一昨日は第○生命が来て保険を勧められ、昨日はS学館が辞典を売りに来ました。『ゴー×』出してる出版社の本なんか買うわけないだろがっ(と言いつつ、かつて『独△大辞典』のでかいヤツを買ってしまったが・・・)! 

 消費者にできる抵抗といえば、不買運動くらいなものです。ですから、やり方のあくどかった「MEG□ MILK」とかかつて行政府の長を私的に務めていた自称ライオンの●●息子をCFに起用した飲料会社の製品は買えません。はいはい、どーせひねくれてますから。人間不信ですから。

 重要なのは、こうした運動が国家単位でやらかす経済制裁なんかとはまったく異なるものだということです。



4月6日(金)『罪と罰』

 ロジオン・ロマーヌイチ・ラスコーリニコフのそれぞれの頭文字はPに似た「ロー」であり、そこには「PPP」→「666」が隠されており、言うまでもなく「666」はアンチ・クリストを表している、というのが江川卓(と言っても、耳のでかい人ではない)の卓見です(『謎とき『罪と罰』』、新潮社)。というわけで、久しぶりのキリ番は6666!



4月7日(土)マヌケの言い分

 女王のために働く勇敢なマヌケたちが記者会見を開いていました。だいたい捕まっちゃったこと自体、女王のために生きる者としてどうよ状態なのに、たった7年の禁固刑という脅しが怖くて虚偽の発言をしたなんて、堂々と言ってのけるその行為は、職業倫理に反していないのか??? あっ、それとも女王のために生きることそれ自体が正義に反しているのだから、マヌケだろうと虚偽発言だろうと、へでもない、という点では首尾一貫していると言うべきなのか?!



4月10日(火)文化???

 さ〜すが、都民のみなさんはお金持ちなんですねぇ。いくら私物化されようとも、進んでお選びになるのですから。私的に内閣総理大臣を務めたり、私的に知事を務めたり、これはもう文化ですかね。そして文化なら、<女性は土俵へ上げない>というような差別もまかり通るのですから。

 カントは、「文化なら何でもオッケー」なんてことを言うわけがなく、道徳を文化の基盤として考えていたわけですが、まあ、<道徳>というものは胡散臭いので、そのままカントを受け売りするわけにはいきませんが、これを正義に読み替えてみてはどうでしょう。えっ、正義も胡散臭い???まあ、そうかもしれませんが、「文化なら何でもオッケー」よりかははるかにましでしょう。



4月12日(木)ったく

 1時間目に哲学基礎Aという登録者193名の講義がありました。193名ですよ。どうかしています。かくも多くの人たちが、哲学に対して興味を示しているのでしょうか。にもかかわらず、専修決定において哲学を選ぶ人が先を争いバトルを繰り広げるという話は聞いたことがありません。もしかして、哲学基礎Aの講義に出て哲学に見切りをつけるのでしょうか。それならそれで、哲学基礎Aも一定の役割を果たしたことにはなりますが、しかしそれはちょっと悲しい役割だ罠。

 今日も、こんなに広い部屋で板書して見えると思う方がおかしいでしょ、と言っておきました。きっと、今日のところは納得していても、講義情報に情報を寄せるころには、「板書が見えない」と文句をおっしゃるのでしょう。先に言っておきましょう、「その通りです!!!」

 憲法を改正していったい何がしたいのでしょうか。戦争は儲かると思っているのでしょうか。『13/ザメッティ』のように、カネを賭ける側の人間なら、人が殺し合おうと痛くも痒くもないということなのでしょうか。線香のにおいをさせている人たちの罪は深い。リベラルでデモクラティックな人たちだけでは、法案は成立しないのですから。



4月17日(火)NHKの味方 2

 こういうことがあると、やっぱNHKじゃないと、と思いますよね。市長が撃たれたのが午後8時前で、NHKは午後8時からの通常の番組を変更してずっとそのニュースを流していました。NHKのことを「某国営放送」と呼んで揶揄したがる民間の放送局はどこも、相変わらずゴミのような通常の番組を垂れ流していました。受信料不払い運動をしている立派なみなさんは、こうした事態についてどのようにお考えなのか、ご意見をぜひ拝聴したいところですが、うるさいだけだからやっぱ聴きたくないです。

 まあ、NHKをご覧にならないのなら、受信料をお支払いいただく必要はありません。しかしもしご覧になるのなら、それはフリーライダーと同じことをしているわけです。大義も重要でしょうけど、些細な正義も果たしてくださいと言いたいですね、と思ったけど、どうせ何か立派なことをお返しになってうるさいだけだから、やっぱ言いたくないです。



4月22日(日)<想像の共同体>

 新学期が始まり、やはり多忙です。となれば、出るしかありません。特急に乗って出かけて一泊し、5時起きして朝を摂り、当然ですが優勝しました。今回は総合でも2番目でした。へへへ。

 会場へはタクシーに乗りました。その地方特有の言い回しを使う運ちゃんは、非常に親切でした。運ちゃんは地図だけでは道がわからず、ジモティに現地語で尋ねますが、ジモティも例外なく親切でした。これがあの<想像の共同体>なのでしょう。こんなに親切な人たちなのに、きっと選挙では、政権与党以外に投票したことはないだろうなぁ、と思いました。ちなみに、私は運ちゃんに「にいちゃん」と呼ばれました。きっと、年齢差は10歳もないでしょうに。

 夕方帰ってきてから銭湯へ行き、スチームサウナに入っていると、おっちゃんが話しかけてきました。うまく聞き取れなかったのですが、あんまり訊き返していると悪いので、話半分で相槌を打っていたのですが、どうも今日の水風呂は汚れているから入れないと言ってるようです。とてもそんなことを問題にするようなキレイ好きには見えなかったのですが・・・。さらに、今日はよく汗が出る、と言います。「そうですね」と言ったら、「今日は湿気が多いから」と言います。返事しないでいると、「外は雨が降っている」と言います。そのこととスチームサウナでたくさん汗が出ることとは無関係だと思うので、やはり返事はしませんでした。しまったぁ〜、<想像の共同体>に入り損ねた〜。



4月29日(日)なぜか・・・

 GWは毎年風邪を引いて寝込む。2年前も3年前もそうだった。昨年はどうだったのか、過去ログで確認してみたが、何も書かれていなかった。何も書けないほど重症だったに違いない。やっぱ真面目だから、新学期が始まると緊張して疲れが倍増し、それがちょうどこの時期に吐き出されるのだろう。しょうがないなぁ、真面目なのはパーソナリティだから。

 あぁ、何のオチも考えられない・・・。



5月2日(水)NHKの味方 3

 いわゆるGW中ですが、R大では授業があり、もちろん休講なんかにはせずに行ってきました。何度か、爆発しそうになりました。

 その1。バスが早発した。悪いけど、殺人念力を送ったので、運転手が今年のタイガースの優勝を目にすることはない。

 その2。仕方なくバス停で次のバスを待っていたら、目の前のベンチに喫煙しながらバスを待つじいさんが(ひょっとして待っていたのは死か?)。灰も吸殻も地面にそのまま捨て、臭いにおいを撒き散らしていた。ちなみにバス停は禁煙である。「もうすぐ死ぬんだから、その前に少しでも学んだらどうよ???」と言ってやろうと思ったが、もはや言語習得も危なそうだったので、バスに乗る寸前に「タバコ吸うな!」と言い捨て、あとは殺人念力を送っておいた。ヤツは今年の梅雨を経験しないですむ。

 その3。帰りの電車は、携帯電話電源オフ車両に乗ったのに、まんまとご商談に花を咲かせるリーマンに遭遇。さほど失って困るほど価値のあるものをもっていそうになく、したがって何をされるかわからないので、聞こえるように舌打ちだけして、後は殺人念力。かわいそうに、ヤツは世界中で革命が起きて紙幣がたんなる紙切れに変貌するのを目撃できない。

 『その時 歴史は動いた』なんて、たんなるプロパガンダなので普段は観ないのですが、今日は憲法9条の話だったのでちょっと観てみました。もちろんとんでもないところはあるのですが、しかし現在の行政府の長の祖父が元A級戦犯であり、安保条約の改正案を強行採決した張本人であることをはっきりと伝えた点だけでも、賞賛に値するでしょう。まるで、憲法改正に向けて孫がやってることはまるっきり同じだよ、と言わんがごとくです。

 なのにあんなのが行政府の長だった時代を褒め称える Always って何なんだ! 



5月6日(日)ひまわり

 連休も今日が最後の一日。みなさんも憂鬱なことと思います。憂鬱ですよねっ!!!選挙期間中のみ自転車に乗り銭湯に入ること(とか、庶民派を装ってその実官僚の言いなりになること)が取柄だった元知事のことがニュースになってますが、あれですか、死んじゃえばすべて美しいんですか??? 舞台に出てきてセリフを忘れても笑ってごまかす小さいおっさんは、「誤解されていた」と言い、目をむく以外に何の芸もなくただただ善良さをウリにしているような(芸人なのに善良さをウリにするのか!)元国会議員は「ひまわりだった」と言う。すると、セクハラは「誤解」であり、ひまわりがセクハラするのか???おぉ、もしかしてホメ殺して笑い者にしているのか? いやいや、そんな立派な笑いの文化はあったためしがない。

 例によって例のごとく、わんわんが大量発生していますね。みなさん、自転車に乗ってるときに止められたら、「これは任意ですか、強制ですか」とちゃんと訊きましょう。現行犯以外、令状がなければ「任意」ですから、丁重にお断りすればよいのです。おぉ、そういえば、わんわんの通称(「わんわん」も通称だが)と「ひまわり」は似ている。



5月8日(火)あぁ

 昨日、生協の書籍部に行ったら、岡田奈々が表紙を飾る雑誌がありました。思わず手に取りかけて、はたと気づきました。その雑誌は3Kの『×論』とかって代物だということに。あぁ、買うことは言うに及ばず、手に取ることさえできません。もしかすると、雑誌の中にも写真があるかもしれないのに・・・。それにしても、生協はなんてリベラルなんでしょう。いくらゴミでも思想は思想ということなんでしょうか。でも、ゴミはゴミなんですけどね。私はドグマティックで偏狭なため、岡田奈々を諦めざるをえませんでした。



5月20日(日)ふぅ

 日本哲学会がありました。土曜日に、共同討議T「ジェンダーと哲学」というのがあり、提題者を務めました。提題者がすでに活字になっている原稿を15〜20分程度でまとめ、提題者同士で質疑応答をした後で参加者を交えて討論する、というやり方ではなく、このテーマに関してできるだけたくさんの意見交換がなされた方がよいだろうという司会者の意向によって、提題者のまとめの後、ただちに参加者の発言を求めるというやり方がとられました。

 まあ、結果的にはたしかにたくさんの意見交換がなされたわけですが、なされなくてもよい意見交換もありました。「だれそれのひとうせいがどうしたこうした」とか。つい、「だれそれは嫌いなのでひとうせいがなんだかわかりません」と言ったら、「それは感想だ」とだれそれ好きの人に言われてしまいました。しかし好き嫌いの表明は感想でさえありません。けけけ。

 質問は主としてもう一人の提題者である北川さんに向けられたもので、たしかに私も北川さんの主張には同意できないところがあったのですが、しかしあれほど質問が集中するのはひょっとすると北川さんと私のジェンダーが関係しているのではないかと疑いたくなるほどでした。自分で言うのも変ですが、私の主張だって突っ込みどころ満載だったのです。にもかかわらず、私のジェンダーゆえに、あるいは私の書いたものが哲学的に評価されるジェンダー規範に則ったものであるがゆえに、「クリア」などと言われたのだとすれば、これはとんだ茶番です。

 ともかく、共同討議から得た教訓は、○○の悪口を言ってはいけない、ということです。やっぱ、それは大学の授業だけにしておくべきですね。ぐふっ。



5月27日(日)ゴミのホンネ

 今日は昨年勝ったレースにエントリーしていたのですが、日哲で体調が狂ったのでちょっと面倒になり、行きませんでした。明日の授業の準備もあったし・・・。というわけで、私が出ていたら2位だった方、優勝おめでとうございます。 

 すみません、私らしくもなくゴーマンでした。もっとも、「らしさ」を実体化するのはアイデンティティ・ポリティクスの始まりですが・・・。

 レースに行かなかったため、日曜の昼なんかにTVを見てしまいました。まあ、5分程度ですが、5分程度で十分でした(「5分」なのに「10分」とな!)。よくやるものです、「ホンネ」がウリのその番組では、死刑制度反対論者が袋叩きに遭い、仕事中に死んだわんわんが称揚される。世の中のどれほどの人間が過労死していると思っているのだろう???「ホンネ」を言えば、人権なんてどうでもよく、しかし権力は大好きなんでしょうか!!!

 「人が死刑を執行されない限りリセットできないような人生なんてゴミだよ」って「ホンネ」を、なぜだれも口にしないのでしょうか???



6月3日(日)「ジェンダーと哲学」再度

 『哲学』(「学」は旧字体が正しいのだけれど、どうでもよいことだろう)に掲載された拙論には、引用箇所のページ数が間違って提示されている箇所がある、という指摘がどっかのブログにあるそうです。そのブログでは、主として北川さんの書いた物が「ポエム」であるとこき下ろされ、私の物については、引用箇所の提示の誤りが指摘されているとのこと。そもそも、pp.10という書き方がおかしいということから始まり、ご本人はバトラーの原典に当たって、「p.11が正しい」とおっしゃっています(らしい)。おっしゃるとおり、提示するのが複数ページでもないのに、「pp.」はおかしい。提出原稿では「pp.10-11」にしていたのですが、印刷段階で落ちてしまい、かつ校正でそれをチェックできませんでした。それは私のミスです。おぉ、私が自分のミスを認めた??? 何かあるのか???

 あります。このブロガーは、これが「どっかで起こった伝言ゲームのミス」である可能性をにおわせています(らしい)。要するに、<引用するのに原典にも当たらず、間違ったページ数が記されているだれかの論文を孫引きしたことによるミス>と言いたいのでしょう。原典に当たればそんなミスをするわけがないのに、いい加減な仕事をしやがって、ということで、みずから原典に当たり、「p.11が正しい」とこちらの杜撰さを指摘しているわけです。ところが、私が引用した文のうち、Perhaps it は10ページにあります。だから正しくは、pp.10-11と表記すべきです。この方がおっしゃるとおり、伝言ゲームなら引用箇所を間違える可能性はあるでしょう。だからちゃんと原典に当たらないとね! ん??? この方はちゃんと原典に当たったにもかかわらず、「p.11が正しい」って言ってるの???ふーん、なるほど。バトラーの英語は難しいからなぁ。英文と訳文がどう対応しているのか、まあわからなくてもムリはない罠。でもいくらなんでも Perhaps と it くらいわからないかなぁ???やっぱムリか!!!

 この手の方がダメなのは、人の書いた物を「ポエム」と言うにもかかわらず、すぐに<私は何もわからないシロウトなので・・・>といったような態度をとる点です。「ジェンダーと哲学」をテーマにしたら、哲学研究者の提題者がふたりともバトラーから始めたことに反発を覚え、哲学はもっと地道な研究をしなければならないとおっしゃるわけですが、北川さんも私もバトラーのジェンダー論は哲学的な議論であることを論文の中で主張しているわけで、地道な研究がお好きなら、ちゃんとこうした主張のどこがどうおかしいのか反論すべきでしょう。バトラーが好きかどうかなんて、どうでもよいことです(きっと向こうもバ○は嫌いです、まあ面識があればの話ですが・・・)。

 というわけで、私はなおバトラーの議論は哲学的であると考えています。



6月17日(日)人間を語る!!!

 授業の中で定言命法のどこがダメなのかを書いていただくと、これほどまでに普遍性は人気がないのかと、まあ、何度目かの確認をするわけです。多くの学生のみなさんは、授業担当者とは異なり、すぐれてリベラルかつフレキシブルなんですよね。そもそも、「人間は普遍主義的には生きられない」のですよね。さすが、人間まで語っちゃいますか。

 社保庁の過去の長官が、一連の問題についてコメントを求められ、「人間には誤りがつきものです」と言ったそうです。さすが、人間まで語っちゃいますか。そりゃそうですよね、長官までお勤めになる方でさえ誤ることがおありなのでしょうから、人間一般は言うに及ばないのでしょう。ということは、かくも優秀な<私>が普遍主義的には生きられないのだから、人間一般は言うに及ばない、ということになるのでしょうねぇ。

 今日はヒーヒーハーハー中に建物のカゲに潜むわんわんがいたので、「そんなところに隠れてんじゃねー!」と指導してあげたら、折り返して数分後に同じ場所に戻ってきたときにこちらを見つめているので、「バーー○」と褒めてあげました。何ならレースする???



6月24日(日)陰ながら・・・

 週末は東京へ行きました。土曜日は同窓会のようなものがあり、30年ぶりくらいに顔を合わせた人もいました。「それが何か???」と言われると、「別に何も・・・」と言うしかありませんが、かつてのバカな振舞いを披露しあって盛り上がりました。なお、出席者の一人が今年の4月1日の記事(だけ)を読み、びっくりしていました。そういえば、身近にも「バカ」になった人がいましたが、今頃びっくりされてこちらもびっくりしました。「それが何か???」「別に何も・・・」

 今日は、カント研究会がありました。ひとつ目の発表で、光栄にも司会を務めさせていただきました。発表は、独我論的だと批判されるカントの実践哲学に(そしてたぶん理論哲学にも)何とか共同性や他者論を読み込もうとする意欲的なものでした。『基礎づけ』や『実践理性批判』のうちにそうしたものを読み込むことには大変な困難が伴い、心情的には賛成ですが、自分の力で説得力のある議論を呈示する自信が私にはありません。表立って擁護すると、そこらじゅうのカント学者から攻撃されそうなので、陰ながら発表者を応援していきたいと思います。

 はい、私は姑息です。「それが何か???」



6月26日(火)ぎゃふん

 夜11時前なんかに寝たら、またしても目が覚めて眠れなくなってしまったので、更新中。「同窓会のようなもの」に出た、という上の記事に対して、ただちに「郷土愛ですか?」「共同体主義ですか?」「ノスタルジーですか?」「ロマン主義ですか?」と矢継ぎばやのご批判を頂戴しました。もし「同窓会のようなもの」に出ることが郷土愛などの発露を意味するのであれば、ご批判はごもっともです。なんとか、郷土愛などを肯定する方向ではなく(それはゴミですから)、「同窓会のようなもの」に出ることが必ずしも郷土愛などの発露を意味するわけではないという方向で、反論を考えたいと思います。無理かもしれませんが・・・。

 反論が無理な場合は、「人はつねに正しいことをするわけではない」と言ってみようかと思ったのですが、これまた「『人』を語りますか?」という正当な批判を受けることは必至なので、「私はつねに正しいことをするわけではない」に言い換えようかと思い直しました。しかしこれでは、ほとんど何も言ってないですね。指摘されているのは、私が正しくないことをやらかしている、ということであり、これに対して「私は正しくないことをやらかすこともあります」と言ったって、「???」ですからね。

 ためらいの倫理学とかなんとか言って、声高に倫理を論じる輩を批判しつつ、みずからはためらって見せる、なぜか一部のインテリに人気のある御仁は、自分の生まれ育った国を愛するのは自然だとかなんとか言っちゃうわけで、そんな方には「あなたはずーーーっとためらっといてください」と言いたくなります。少なくとも私は、郷土愛などが自然だなんて考えていません。と言ったところで、これは提出すべき反論でもなんでもありません。とりあえず、あの御仁のことを批判しておきたかっただけのことであり、話を逸らせようとしているわけです。

 「同窓会のようなもの」に出ただけでこれほどの弁明をするなんて、私はちゃあんとハーバーマス的ですよね、と言っておきましょうか。肝心の反論を提出せずにぐちゃぐちゃ言って話をごまかそうとするところも・・・。



7月3日(火)わからない・・・

 「しょうがない」と言った責任をとって大臣をやめた人について、その人を大臣に任命したA級戦犯を祖父にもつあれは、「大臣をやめる決断は重いのだ」とおっしゃっていました。そうかそうか、「所詮わたしのような者が行う任命なんて軽い軽い」、ってことなのか。だから任命された者がやめることになったって、任命権者の責任なんてないちんげーる、ってことなのか。

 「しょうがない」と言ったら、被爆者や被爆者の関係者の思いをふみにじることになるからその発言はいけないのでしょうか。この発言がいけないのだとすれば、それは、被爆者や被爆者の関係者を傷つけるから、ではないのではないでしょうか。こうした理由によってこの発言を批判するのは、たんなるアイデンティティ・ポリティクスではないでしょうか。そもそも、原爆投下だけを特別視することがまったく納得できません。言うまでもなく、原爆投下を正当化したいのではなく、なぜ原爆投下だけが非人道的であるとみなされるかがわからないのです。殺人はすべて非人道的だと言うべきなのに、戦争一般は否定しないけど原爆投下はいただけない、なんておかしくないでしょうか。「しょうがない」を批判する人たちは、いったいどういうロジックをもっているのか、ぜひ教えてほしいところです。

 だいたい、ピーーーーーが延命工作してたから、ああなったのではないのでしょうか???(近々、削除予定)



7月7日(土)笑える!

 『週刊現代』に高橋源一郎が落ち目だった俳優(?)とあまりにも面白すぎて思わず笑うのを忘れるくらいのゲーニンとの披露宴の様子を綴っていました。この落ち目の俳優(?)は引き出物として自分のエッセイ集を配ったそうで、さーすが、文章力(と自分自身)に自信のある方はすることが違うなぁ、と思いますが、そのエッセイ集には驚くべきことが書かれてあるそうです。

 笑うのを忘れるくらいに面白すぎるこのゲーニンは、共演したドラマの撮影最終日にみんなの前で落ち目の俳優(?)に手紙を渡したそうですが、そのことに感銘を受けた落ち目の俳優(?)が言うには、「どんなに強く見える女性でも、やはりここぞというときには男性が主導権を握ってほしいと思っているに違いない・・・。それが男というものぞ、と私は思う」(厳密に言えば、これは引用してるわけで、研究者としては原著のページ数を記すべきでしょうが、私はゴミを購入するほど環境にやさしくはないので、どっかのブロガーの言う<伝言ゲーム>に甘んじておきましょう)。

 いくら国家に登録したセックスの相手が笑うのを忘れるくらいに面白すぎるゲーニンだからって、なにも落ち目の俳優(?)がおのれのバカさ加減を今更ながらに開陳して笑いをとらなくてもよかろうて。いやいや、これが<夫唱婦随>とか<内助の功>とかか?!「これが女というものぞ」か???

 こんな発言を大学の教員が学生相手にすれば、間違いなくセクハラです(まあ、実際には似たような発言をする人はいるし、しかもセクハラだと告発されることはないわけですが・・・)。なのに、頭の足りない落ち目の俳優(?)だと、むしろ称賛されたりしちゃうのでしょう。日常的に流通しているバカ語を告発するフェミニズムはたいてい毛嫌いされるわけですが、しかしこうしたゴミを垂れ流す輩に対しては、やはり「あなたはバカだ」と言ってやるべきではないでしょうか。気のきいたリベラリストなら、「価値観は自由だから」と言って、頭の足りない落ち目の俳優(?)がどれほどゴミを垂れ流そうと許すのかもしれません。だったらせめて、「どんなに強く見える女性でも」ではなく、「頭の足りない落ち目の俳優(?)である私は、やはりここぞというときには・・・」と書き、「それが頭の足りない落ち目の俳優(?)である私が捏造する男というものぞ」と書くべきだと言うべきではないでしょうか。

 まあ、反発は見えています。人の幸福を祝福できないなんて、かわいそう〜、ですね。心が寒い、とも言われそうです。差別の上に成立する幸福を祝福できるなんて、かわいそう〜、と言い、そもそも心が存在するかどうかは哲学的には大問題ですよ、と言っておきましょう。



7月15日(日)「語りえない」事柄を語る???

 ある掲示板の文学部スレッドにて。

 ある講義のシラバスがアップされていて、その講義の内容が告知されています。<「語りえない」出来事や体験について語る言葉を探す>と。これに対して、おそらく哲学の研究者と思われる人が、ヴィトゲンシュタインの「語りえぬ事柄については沈黙しなければならない」というフレーズを書き込み、(おそらく)批判しています。(たぶん)この批判に応じて、「言語をちゃんと理解すれば世界がわかると思ってる哲学者の言うことなんて・・・・。」という反批判の書き込みがあり、(哲)「世界を理解するための言語以外のツールってなんですか?テレパシーでしょうか。ひょっとして真心? 」、(反哲)「自分だけで判った気になっていればいいとおもう>世界」と続いて、とりあえず議論は中断しています。

 ある事柄が「語りえない」のだとすれば、それはどのようなツールを用いても「語りえない」でしょう。もしある特別なツール、イヤミったらしく言えば、他者の立場に立ってモノを考えることのできる思考力とか感受性とか共感の力とか、そういった特別なツールをもっていれば、ある事柄が語れるようになってしまうのなら、その事柄はたんてきに「語りえない」事柄ではないでしょう。ここにあるのはたんなる矛盾律であって、もしかして矛盾律の妥当性に対して異議申し立てが可能だと考えられているのでしょうか。

 たしかに、哲学は自分だけで世界のことがわかった気になっているかもしれません。哲学の研究者以外の方には、哲学の研究者はそうしたひとりよがりで傲慢な人間に映っているのでしょう。ただ、こうしたひとりよがりと傲慢さを克服すべく、意識哲学から言語哲学へといういわゆる言語論的転回も果たされたのであり、語りえぬ事柄については黙っていましょうと自戒するわけです。翻って、「語りえない」事柄を語ると(矛盾律を無視して)おっしゃる方のその主張は、いかなる論拠をもちうるのでしょうか。なぜ「語りえない」事柄なのに語ることができてしまうのでしょう。

 件の議論において哲学のひとりよがりと傲慢さを批判する方が、しかし「世界を理解するための言語以外のツール」は何か、という問いに対して答えていないと思うのは、私が哲学の研究者だからでしょうか。哲学の研究者でなくても、一連の議論の成否がいずれにあるのかはわかるはずだと考えるのは、やはり哲学の研究者がひとりよがりで傲慢だからでしょうか。



7月20日(金)哲学基礎A

 今週、「哲学基礎A」の試験を行いました。講義情報に、難しいと脅しているけれど実はそれほど難しくない、というようなことを書かれ、腹が立ったので今回は難しくしました。すると、できる人、普通の人、できない人の区別がわりとはっきり出ました。言うまでもありませんが、できるとかできないとかは、試験ができるかできないかであって、哲学的思考ができるかどうかではありません。ただ、試験はたんに暗記しているだけではできず、かなりきちんと哲学史を理解していないと点数が出ないように作られていたので、哲学史の流れの理解度は計れたかな、とほんのり思っています。

 少し気になっているのは、4月の段階では哲学という学問に期待していたのに、今ではすっかり幻滅してしまっている人がいるのではないだろうか、ということです。まあ、もともと教師の言うことなど当てにしていない人は、幻滅することもないでしょうけど、少しでも教師の言うことからこの学問がどういうものであるのかを学ぼうと試みて、その結果「あぁ、つまんない」と思うようになってしまった人がいるとしたら、大変申し訳なく思います。講義の中で語られたことなど、哲学のごくごく一部に過ぎない、ひょっとするとある種の人たちからは「あんなものは哲学でもなんでもない」と言われるようなものであったかもしれない、ということを告白しておきたいと思います。

 ところで、「未来に責任を持つ政治」をウリにしている団体があります。未来のことを考えた政策を提言します、ということなのでしょうが、では「責任を持つ」というのはどういうことなのでしょうか。たとえば、提言した政策が有効ではなかった場合、何らかの負のサンクションを受ける、という意味で「責任を持つ」を理解できるでしょう(実は、私はこれ以外に「責任を持つ」の具体例が思いつきません。何かあったら教えてください)。しかし「責任を持つ」をこのような意味で理解すると、驚くべき結論が導かれます。<何らかの負のサンクションを受ける>には、提言した政策が有効ではないことが明らかにされなければなりませんが、スローガンに従う以上、提言した政策が有効であるかどうかは未来にしかわかりません。そして未来とは、定義上、いつまでたってもやってこないわけですから、提言した政策が有効かどうかもいつまでたっても明らかにはされないということになり、するとすると、<負のサンクションを受ける>ための条件は満たされないのですから、責任は持てない、ということになります。えぇ〜??? じゃあ、「未来に責任を持つ政治」というのは、「未来に責任を持たない政治」ということなのか??? ひょっとして、未来のことは線香を立て拝みなさい、なのか!!!(←ひょっとしたら削除の予定)。

 眠いのを我慢してたら、眠れなくなってしまい、仕方がないので更新してしまいました。まあ、行進しちゃうよりかはましでしょう。



8月4日(土)理性の他者

 何の嫌がらせか、カウンタが一気に20000を超えています。最初は、理性的に、「カウンタに問題があるのだろう」と考えたのですが、どうやら一晩で8000近くカウンタをまわした方がいるみたいです。気味が悪いので、カウンタをはずすか、あるいはHPを排他的なものにするか、いろいろ考えました。カウンタは、更新の励みになる(と、言っておきましょう)のでやっぱはずしたくないし、かといってどっかのSNSみたいに排他的な共同体を創り出して安全を確保しようというオナニズムは恥ずかしいので、やっぱ却下。そもそも、理性の他者ごときのために、ここを訪れてくださる多くの理性的存在者をも選別することにつながるようなことはしたくありません。というわけで、依然として、理性の他者にも開かれた普遍主義的なコミュニケーション状況を維持しようと思います。もっとも、アーペルの理想的なコミュニケーション共同体は、明らかに理性の他者を排除してますけど・・・。



8月6日(月)イメージ

 先日、あるエライ方の送別会があり、ある方が挨拶されました。その方の父親が哲学の研究者で、その方には哲学の研究者についての一定のイメージがあったそうです。「眼鏡をかけており、額が広く、着る物や食べる物に頓着せず、社会に対して斜に構え、シニカルな言動をもち、総じてペシミスティックである」と。この発言の後、同僚が突然私の方を振り返り「全部当たってる」と言いました。他者から見られた自己の像について頑なに否定する人をたまに見かけますが、そういう人は「自分のことは自分が一番よく知っている」という端的に誤った見解をおもちだったりするので、私はたいてい他者からの指摘を「そう見えるのか」と納得して受け入れることにしています。たしかに眼鏡をかけているし、若作りのため額は前髪で隠していますが実際には広いのかもしれませんし、マヨネーズとかたまねぎとか梅干とかは嫌いですが、まあ食べられないわけではないですし、「○○を食べるならどこそこへ行かないと!」などと言うほど舌に自信があるわけでもないですし(もちろんそんな自信をもちたいとも思いませんし)、ファッショナブルに着飾ったところでその顔つけてんでしょ、とか思ってしまうし、そう思うくらいにシニカルだし、「語りえぬこと」も何らかの仕方で語れると思ってしまうほどノー天気なオプティミストではないですからねぇ。

 そしてまた別の日、<テストの出来がよくなかったので、単位のためなら何でもします、特別にレポートでも何でも課してください>メイルを受け取ってしまいました。要するに、私はこういうことを認めてくれる「いい先生」だと思われたのでしょう。「そう見えた」私が悪いのですが、しかし私がこういった類の「いい先生」ではないことは、1通目のメイルは無視し、2通目のメイルに対して<あなたは正義に反している>メイルを返信したことで実証しておきました。「単位のためなら何でもする」のなら、すべきことは来年度再履修し、テストで合格点を取ることです。<ほぼ毎回出席したのだけれどもテストだけができなかった>、というようなことも書かれてあったかもしれませんが、ほぼ毎回出席したにもかかわらずテストができないなんて、まさしくその授業の単位を取得するための条件に反しているじゃないですかっ!

 あと1ヶ月足らずのうちにいろんなことを片づけないといけないと思ったら、眠れなくなってしまい、お定まりの更新へ、というわけです。これでは<たんなる>小心者のイメージが作られてしまいそうです。自己意識としては<めっちゃ>小心者のイメージキボンヌ。



8月18日(土)残暑ざんしょ(> <)

 猛暑のあまり、妙なことを口走ってしまいました。走るといえば、やっぱ35℃以上の中を走るのは格別。それよりも気温が低いと、まあだいたい自分でペースをコントロールできるわけです。このままじゃもたないと思えば、意識してペースダウンしたりするわけですが、猛暑だと、いつの間にかペースダウンしているのです。そして、頭の中では「遅いなぁ〜」と考えているのですが、身体の方はただもう走るだけでいっぱいいっぱいなのです。この奇妙な感じは、35℃を超えないと体験できません。ひょっとすると、そこは叡知界なのかも・・・。

 今日、吹田キャンパスを往復して、水風呂につかり、体重を量ったら、水を1リットル飲んでも献血できないゾーンに突入していました。ゲッ。そして銭湯へ行きました。台風が接近中のとき以来の貸しきり状態。今日は猪名川の花火大会だからなのでしょう。何が悲しいのか、みなさんそちらへお出かけなので、キンキンに冷えた水風呂を独占、堪能できました。こんなことなら、毎週花火を打ち上げてくれたらどうよ、って思わなくもありません。もうしばらくすると、<暴走→銭湯>というしあわせの公式を使えなくなると思うと、かなちい・・・。



8月19日(日)びっつらΣ( ̄□ ̄;)

 あれって、まさか本気じゃないですよねぇ。人を笑わすことよりも、シロウトとしては結構すごいかもしれない脚力を本芸とするお笑いゲーニンが(だって、あの人全然面白くない)十種競技をすると、スタジオで感動的な表情を浮かべている人たちがいるわけですが、まさか感動なんかしてないですよねぇ。

 ひょっとして感動なんかしているのだとすると、それはそれで痛いのですが、感動しているフリが要求されるああいう場というのは、間違いなくファシズムと直結していることでしょう。お笑いゲーニンなら、あんなことと地球を救うこととは何の関係もないよね、って言ってみたらどうだろう???



 ホワイティにある『俵屋』のコーヒークリームミルクは最高なのに、この頃品切れが続いています。がくしょぼです。


 (注)1 朝起きてネット見たら、人を笑わせることが不得意な<村○ファンド>も70キロ走破だって! ひょっとすると、「つまらんゲーニン→走る」は成立するかもしれないけれど、「走る→つまらんゲーニン」ではありません。これは論理学ですね。

 (注)2 つまらんゲーニンなんかより、「お前もうやめたらよ???」と言われたのに、「続投」とかいって醜態さらし続けるあのお方のほうがはるかに感動的じぇね???



8月29日(水)テステス

 持って行くノートでもHPが更新できるかどうか、ちょっとテスト。まあ、そこまでして更新しなくてもよいのでは、という話がないわけではないけれど、ときどきぶちまけておかないと、そしてそれを公開しておかないと、いつか大爆発してしまうかもしれないので・・・。来週の今頃は、Intercity Hotel で優雅に朝食など食べている予定。わざわざ、無線LANを使える部屋を選んだので、ホテルの部屋から更新しちゃおう。グフッ。



9月5日(水)gluecklich angekommen !

 優雅でもなかったけれど、予定通り Intercity Hotel で朝食を摂り、ホテルの部屋からHPを更新しています。ホントは昨日の夜、着いてすぐに更新しようとしたのだけれど、無線LANが使えず、諦めて眠ることにし、今朝フロントで確認したらシステムがわかり、つなげるようになったというわけです。

 飛行機は恐ろしく退屈するに違いないと思っていたのですが、映画を3本半観てごまかしました。KLMでは、自分ひとり用の画面があって、観たい映画を選ぶことができ、しかも巻き戻しも早送りも自在なので、気に入らなければやめちゃえばよいのです。そんなわけで、この前上映されていたときに、どちらを観るか迷った挙句『ゾディアック』を選んでしまい、当分観ることができないだろうと思っていた『極大射程』をあっさり観ることができてしまいました。あとは、『ファンタスティック4』(クソ)、『バッテリー』(エーッ)、そして『フラ・ガール』(半分)。4時間くらいあったトランジットはDSで「数独」。あれほど本を持ち込んだのに、読んだのは高田崇史だけとは・・・。

 それにしても寒い。出発するとき大阪は35℃近くあったのに、こっちはそれより20℃くらい低い。日差しがあると暖かいのだけれど、すぐに雲がかかって風が冷たい。あぁ〜。そしてタクの運ちゃん、150キロも出して片手運転するのはやめてくれ! 「今日は特別にゆっくり走ってやった」だのぉ???



9月7日(金)ネットが・・・

 昨日、ゲステハウスへ入りました。立派な部屋です。もちろん、台所もバス&トイレもついています。家具までちゃんと揃っています。しかし、にもかかわらずネットにつなげません。いや、やはり無線LANはあるのです。ただ、大学でアカウントをとらないとつないでもらえず、アカウントは世話教員が書類を作ってくれなければとれず、世話教員は秘書がいないと書類を作れず、そして秘書は月曜から水曜までしか大学へこない・・・。そんなわけで、来週の月曜まで書類は作成してもらえず、月曜に作ってもらってもすぐにアカウントが取得できるわけではないそうで、なんだか拷問を受けている感じです。お前はどれだけ耐えられるのか、って。

 昨日も今日もネット・カフェへ行きました。なんだかタイガースが快進撃を再開したようです。「趣味が悪い」と言われつつ、トラの顔がプリントされた球団創設70周年記念のTシャツを着てドイツへ乗り込んだせいでしょうか。残念ながら、ひょっとすると無関係かもしれません。

 今日は世話教員のルッツ−バッハマン教授にお昼をご馳走になりました。現在の研究上の関心事などをうかがいました。ご自宅の電話番号も教えてもらい、24時間、いつ電話をしてきてくれても構わない、と言ってもらいました。「ほんとにぃ???」



9月10日(月)いつになれば・・・

 アカウント取得の書類は、作ってもらえたかどうか、わかりません。書類をプリントアウトしてもらい、場所と日付を記入し署名はしました。他の部分は秘書の方が埋めてくださるようですが、しかしいつ埋めてくださるかはわかりません。そして、「この書類を提出してもアカウントが発行されるまでどれだけかかるかはわからない」としっかり言われてしまいました。いつものように zurueckhaltend な私は、「急いでね」なんてとても言えませんでした。

 住民登録はうまくいきました。役人は、笑いこそしませんでしたが、しかし驚くほど親切でした。学生のときに登録していた記録が残っていて、どうやら帰るときに「帰るよ」という手続きをしなければいけなかったようですが、してませんでした。そのことを、今回指摘されました。17年前の記録をちゃんとデータ・ベース化していることにびっくり。来月、引っ越したらまた届け出をして、そして帰るときにも「帰るよ」と言いに行こうと思います。あのくらい親切かつ迅速に動いてもらえるのなら・・・。

 スーパーは相変わらずすごい。何がって、今でも商品は足で蹴って運ぶ。気持ちはわかるけどねぇ。そもそも、食べ物を蹴ったりしたらバチがあたるって習わなかったのか? そしてレジ。何列あるでしょう? 1列か、多くても2列。当然、行列ができている。まあ、高額紙幣を出しても「よろしかったでしょうか?」とほざかれなくてすむのはよいけれど、椅子に座ったまま「あ〜あ、仕事なんかしたくねぇ」光線を撒き散らすのは、気持ちはわかるけど、どうでしょうねぇ。

 ネット・カフェで見ましたが、ジャイアンツ、強いですねー。ケケケ。



9月11日(火)なんとぉ〜!

 午前中に秘書の方の部屋へ行き、いろんな書類をもらい、ついでのようにアカウントとパスワードももらいました。おぉ、やるなぁ。何日かかるかわからないと言っておきながら、さらっと所望の品を揃えておくなんて・・・。健康保険の支払いをして証明書をもらい(滞在許可証を発行してもらうために必要なのです)、さっさと部屋へ戻り、喜んでLANにつなごうとすると、・・・やっぱりつながらない。どうなっているんだ、まったく。

 管理センターに電話したら、「ラップトップをもってこい」と言われ、持参したのですが、まず問題は、アカウントが実は秘書の方自身のもので、私自身のものではないから使えないのだ、というようなことを言われました。どうやら、秘書の方は時間を短縮するために自分のIDを貸してくれたのか、あるいは仕事がかったるいから自分のIDを使ったのか、ともかく書類は出されておらず、だからまだ使えなかったのです、たぶん。それにしても、大学のアカウントをもっていても、大学に関係する施設では使用できないなんて、それって管理がしっかりしていると言うべきなのか、たんに「使えねぇー」と言うべきか。ちなみに、大学の建物で無線LANが使えるのは、カフェだけです。

 これでよいのか Deutschland Deutschland ueber alles ???



9月12日(水)滞在許可証と伊藤ちゃん

 今日は滞在許可証をもらいに、外国人局まで行きました。住所がわかっているので無謀にも交通手段を使わずに行ったら、とんでもないところにありました。よく考えたら、学生のときは市電に乗って行ったところです。対応は、学生のときとはまるで違いました。こう見えて教授(ホントは准教授なんだけど、めんどくさいので教授ということになっています)で Gastwissenschaftler だとわかると、非常に親切に対応され、向こうでも担当がどこなのかわからないのですが、「どこそこへ行け」と言われるのではなく、職員の方が先導してくれるのです。そしてついにその担当のところへたどりつくと、待っている人がいるのに最優先。これって、完全に差別です。

 必要だと言われていた保険の加入も、「不必要だ」と教えてくれて、さらに、頼んだら、払い込んだ保険料を払い戻すための文書まで作ってくれました。う〜む、このような厚遇は、身分に関係するのではなく、私自身が芳香を発しているからだと理解したいのだけれど、んなわけないですよねぇ。

 そして大学へ戻り、必要書類を受け取って管理センターへ。昨日は書類をもってくればすぐにアカウントを発行してくれると言ったけど、内心、「そんなことは知らん」と言われるのではないかとびくびくしながら部屋へ行くと・・・。なんと、「これでよし」と言い、アカウントを言葉通りその場で発行してくれて、おまけに「<ゆき>はSchnee だろ?」と訊いてきました。もちろん、私の名前に含まれる<ゆき>は Schnee ではないのですが、面倒なので「そうだそうだ、どうして知ってるんだ?」とか言ったりしていると、「ワタシハ、アニメガスキデス」と言います。えっ?サーヴァーの管理していてアニメが好きって、あなた絵に描いたような方ですね、なんてことは一言も言わず、宮崎駿の話を少し聞いて、帰ろうとしたら「○△×□」と言ってきました。最初は何のことかわかりませんでしたが、「じゃあね」と言ったみたいだったので、訂正して復唱させてあげました。おぉ、教育者みたい。

 開通は morgen frueh だそうです。うまくいくかどうか、ちょっとドキドキ。



          



9月13日(木)na, endlich !

 朝10時に、こわごわ接続してみたのですが、やっぱダメ。PCをもって管理センターまで行くと、クリス・エヴァンスみたいなのが応対してくれて、なんと、大学のサーヴァーにつなぐためのソフトが必要で、それをインストールしてくれて、あっさり接続完了。というわけで、ついに部屋からアップします。



9月15日(土)初暴走

 今日はこちらにきて初めて暴走してみました。20キロ以上は走れたと思います。しかし当然のことながら銭湯はありません。シャワーを浴びて満足しておきましょう。ここ何日かは日差しが暑いくらいです。これでも20℃くらいしかないのでしょうか。よくわかりません。ゲステハウスは、まだみなさんバカンスに勤しんでいるのか、もぬけのからたにこうじん状態です。両隣には、そもそも住人がいません。したがって、非常に静かな日々を送っています。ああ、このままここにいられればよいのですが・・・。来週の月曜日に家主に尋ねるように言われているのですが、たった今管理人から電話があって、「今のところその可能性はない」と言われてしまいました。がくしょぼ。



9月17日(月)へへへ

 そして家主に電話しました。「新しく入ってくる人の世話教員が休暇中で連絡がとれないからもう少し返事を待ってくれ」と言われ、二度寝してたら電話が鳴り、10月に隣の部屋へ移るように言われました。「また一月だけか」と思いきや、「いつまでいるのか?」と問われ、「1月末まで」と答えると、「それで契約書を作る」と言ってもらいました。へへへ。というわけで、今の部屋は移りますが、部屋番号が6番から5番に変わるだけです。ちょっと高くなるようなことを言ってたような気もしますが、普通のところへ移るとなると1000EUROの家賃を覚悟しなければならなかったので、はるかにましです。



9月19日(水)何かが起きている

 なんか、2日おきに更新したりしてると、暇をもてあましているかのような誤解を招きかねませんが、寸暇を惜しんでアップしています。大阪あたりは、またしても暑さが舞い戻ってきたそうですね。昨日(火曜日)は、朝9時から部屋の掃除が始まるので午前中は部屋を空けるように言われ、とるものもとりあえず、さっさと外へ出たら、どうもうすら寒い。目的もなく市街地のほうへ歩いて行くと、温度が12℃と表示されていました。寒いはずです。今、フランクフルトのメッセ会場ではモーターショーが行われているらしく、それ系の人たちが殺到してましたが、その流れに逆行するように中央駅へ出て、本屋で暖をとり(といっても、暖房が入っているわけではありませんでしたが)、パンを買って帰りました。

 今朝は、走っていても一向に明るくならず、しかも昨日に比べて人影もありません。昨日は、登校する小学生の群れがそこらじゅうにいたのに、今日はまったくいません。目にするのはタクシーばかり。「私の知らないところで何かが起きているに違いない」と思ったのですが、果たして、私の知らないところで起きていたのは私自身でした。えーーっ?今日は時間を間違えていつもより1時間早く起きていたのでした。5時半に起きると、1日が長い。午前中に二度寝して、午後から昼寝しても、まだまだお勉強の時間がありあまっています。

 んなわけで、更新しちゃいました。



9月21日(金)全面的に削除かな・・・

 「いいえ、私は人が死刑にされることが正義にかなっているとは思いません。」
 「そんなことは、あなたが愛する妻や子供を殺されたことがないから言えるんです。」
 「たしかに私には愛する妻や子供なんていませんが、しかし何の因果かそのような者がいて、そして殺されたとしても、やっぱり人が死刑にされることが正義にかなっているとは思いません。」
 
 この最後の発言に対して、「いや、そんなはずはない。愛する妻や子供を殺されたなら、人が死刑にされることを正義にかなっていると考えるはずです」と言う人がいるとしたら、その人は、愛する妻や子供が殺された人がどう考えるかということを実際には尊重していません。人が死刑にされることが正義にかなっているというその根拠のない主張を、もっともらしく(もないけれど)、ぶちまけているだけです。

 もっとも、ある主張を正当化する論拠となるような特権的な立場(私の嫌いな言い回しでは「立ち位置」。「立場」も好きじゃないですけど)なんてものはありません。<私はこんなひどい目に遭った。だから私の主張は正しいのだ>なんて、これはまるで駄々っ子の言い分です。その主張の論拠が<私のひどい経験>に求められるのなら、その主張に納得がいくためには<私のひどい経験>をもつ必要があります。そうでなければ、それは論拠じゃないからです。しかし、<私>以外の人が<私のひどい経験>をもつことは不可能です。そうでなければ、それは<私のひどい経験>ではなくなってしまうからです。

 こういうことを言うと、「あなたはひどい目に遭わないですむところにいるからそういうことが言えるのだ」と、ときには涙ながらに訴えられることもありますが、「ちゃんと人の話を聞いてますか???」と答えるしかありません。また、「あなたの言ってることは当たり前だ」と言ってくださる人もいます。そうです、私は当たり前のことしか言ってません。なのに、この当たり前のことが通用しない場合が多々あり、そのときはくどいようでも、この当たり前のことを繰り返さないといけないわけです。おせっかいですが・・・。

 
 無責任な人の後はだれがその職務を担うのか、ということに関して、MSNには「だれにしたって世襲制はゴメン」と、大胆なことが書かれてありました。世襲制はゴメンこうむりたいのはそのとおりでしょうが、しかしそんなことを言ってしまって大丈夫なんでしょうか。行政府の長は、間接的にではあれ、有権者が選んでいるわけです。世襲制の問題は、この民主主義の時代に有権者が選べない、ということにあるとすると、・・・。あれあれ、すごいことになっちゃいますよ。そこまで言ってくれるのでしょうか。



9月25日(火)150年

 今日は大学院の筆記試験の日ですね。受験された方は十分実力を発揮できたでしょうか。面接では、堂々と言いたいことを言っちゃいましょう。後は野となれ山となれ。

 私はこちらへ来てようやく3週間。21日なのに、なんだかもう150年くらい経った感じがします。昨日はかなり暑くなったのですが、今日はもう15℃前後で、明日の朝は9℃だと言われています。



9月26日(水)「博士の館」

 『地球の歩き方』に書かれて以来、いまやすっかり「あぶない」ことで有名になってしまったフランクフルト中央駅まん前のカイザー通り。その一角に「Dr. Mueller」という店があります。「ミュラー博士」って何の店? Erotik Shop とデカデカ書かれてあり、ヌード写真(言うまでもなく、女も男も平等に)などが貼られています。さすが、「博士」は何でもできちゃうのでしょう。つねづねフランクフルトは大阪と似たところがあると思っているのですが、しかしいくら大阪といえども、御堂筋沿いの旭屋あたりに、「博士の館」はありません。少しは隠しています。なのにここではマックの隣にそれ系の店が並んでいたりして、うっかり入りそうになる・・・、なんてことは絶対にありません。

 「博士の館」つながりで言うと、さすが阪神の鳥谷はやりますね。だてに団長に似ているだけではありません。それに引き換え、球団本部長のコメントときたら・・・。「子供に夢を与える」はずの野球選手がこんなことをして・・・って、どういうことなんでしょうか。「子供の夢」は、清く正しい家庭生活を営むことなんですか???そんなつまらない夢を描く子供は、なんとかしなきゃいけないくらいですよ。だいたい、たかだか野球選手なのに、なんで社会の模範なんかにならなきゃいけないのでしょうか。野球選手は野球がうまけりゃよいのではないのでしょうか。51みたいに、なんかエラソーなことを言い出したらサイテーですよ、まったく。



9月27日(木)雨・・・

 今日は珍しいことに、一日中雨でした。しかも気温が低いので、冷たい雨です。なぜ冷たいとわかるのか? 「あきみ」ではありませんが、傘がないのです。そもそも、傘売り場が目につくところにありません。コンビニのビニール傘がないことは、コンビニがない以上、分析的に真です。そんなわけで、雨の中、昼食のパンを買いに行きましたが、出会った人の半分は傘をさしていませんでした。

 前日の日記のような書き方をすると、あらぬ誤解を招きますが、そしてここで再度否定するとますます誤解を招きますが、私は「博士」ですが「博士の館」へは行ってません。セックス・ワークを全面的に否定するわけではありませんが、しかしある種のセックス・ワーカーやセックス・ワーク擁護者が声高に権利を主張すると、「そんな主張であなたたちは資本のロジックに対抗しているつもりですか?」と言いたくなります。言いませんが。「セックス・ワーカーでもない学者さんに何がわかるんですか?」って言われますから。アイデンティティ・ポリティクスは至るところにあるわけです。

 そんなわけで、私は伊藤ちゃんのファンではありますが、「博士の館」へ行ったりはしません。



9月29日(土)引越し前日

 結局、木曜日から3日続けて雨模様。今日は、少しだけ太陽が顔をのぞかせました。でも寒い。昨日は、あまりの寒さに暖房を入れてしまいました。大阪ではクーラーですって? あのわけのわからないじりじりした暑さも、それなりに魅力的に思えます。

 明日、6号室から5号室へ移ります。5号室の掃除が13時までに終わるので、15時までに引越しを完了せよと言われています。「えぇー、じゃあ16時になったらもう部屋には入れないんですかぁ〜?」と訊きたいところでしたが、einverstanden と答えておきました。でも、まだ鍵をもらっていないのです。鍵の管理者が、中国へ旅行中とかで、連絡がとれないのです。みなさん、しっかりお休みになるのです。そしてその間、連絡は受け付けないのです。休みなのに教授会メイルが配信されてくる世界とは、まったく違います。

 家賃は、結局、保証金を含めると600EUROくらいですが、まあ普通のところへ移って1000EUROとられることを思えば、はるかにお得です。それに、驚くべきことに、ちょっと書類に名前とか出身地とか専攻とかを書き、日付と場所を入れ、サインすると、補助金が出るのです。だったらはじめっから安くしときゃいいじゃん、と思うのですが、まあとにかくキャッシュバックがあるということです。

 こんなに話がうまく進むと、きっとまたネットがつながらないとかいう、鬱陶しいことが待っているのではないかと、やや危惧しています。うまくつながったら、明日また更新します。更新がなければ、苦しんでいる私を思いやって涙してください。



9月30日(日)完了

 みなさんちゃんと涙してくださったでしょうか。思うとおりにコトが運ばず、困っていると思うと「しめしめ」って感じがするという、文字どおりありがたいメイルをわざわざ送られてしまう私ですから、涙なんかしてくださるわけがないですよね。いろいろありましたが、一応、引っ越すことができました。角部屋になったので、窓が2箇所についていて、今日は久しぶりに陽が差したので、非常に明るい感じがしました。むしろ、私のようなものには眩しいくらいです。

 代償は、受信トレイを空にしてしまったことくらいでしょうか。ゴミメイルが山のようにくるので、そのつどゴミ箱へ送り、ゴミ箱にたまるとゴミ箱を空にする、ということをルーティンのように繰り返していたところ、いつの間にか受信トレイのメイルをすべてゴミ箱送りにしていて、それを空にしてしまったのです。フロイトなら錯誤行為と呼ぶのかもしれません。無意識には、否定はない、とのことですから。ハハハー。



10月3日(水)祝日

 今日は祝日でした。ドイツ統一の日です。よく考えたら、17年前のその日もここフランクフルトで過ごしました。当時も、ベルリンとは異なり、日付が変わるころに花火が鳴ったくらいで大した騒ぎはありませんでしたが、今日など、クルマの往来も少なく非常に静かな一日でした。17年前は記念に新聞でも買おうかと思ったのですが、本当に、近くの店がすべて閉まっていて、びっくりしました。学生寮の炊事場で会ったドイツ人に「休日は本当に店が閉まるんだね」と言ったら、「法律だから。それに開けてると通報される」と答えたので、ますますびっくりでした。店が開いてる方が便利だろうに、開けていたらチクるなんて・・・。

 さすがに17年経つと、駅以外でも営業しているカフェなどがちらほら見受けられるようになっています。しかしスーパーマーケットは完全に閉まっています。こういう生活に慣れた人たちがコンビニを見たらどう思うのでしょうか。劣悪な労働環境を嘆くかもしれません。そもそも店員が立ってるなんて・・・。

 大学ではようやく新入生らしき人たちがあちこちで行列するようになりました。しかし、後期が始まるのは、なんと10月16日からです。

 というわけで、キリ番の方はお申し出ください。まずくて有名なモーツァルト・クーゲルを買って帰ります。



10月5日(金)家族思いなんですねぇー

 大阪にしばらく住んでいてドイツに戻ってきているドイツ人が、「ここは退屈だし、多くの人がお金のことと自分自身のことしか考えていないからイヤだ」と言ってました。芝居やオペラやクラシックがお好きな方にとっては、ここは決して退屈な街ではないと思います。しかし週末にオープン・カフェで半日しゃべり続けるのが退屈ではないのかどうか、自宅の庭にある植物に水をやりながら隣人とおしゃべりして過ごすのが退屈ではないのかどうか、私にはよくわかりません。それにしても、大阪に住んでいたにもかかわらず、多くの人がお金のことと自分自身のことしか考えていないということに気がつかなかったのが不思議ちゃんです。

 群れるのが嫌いで、オレ流とか言ってる人がいますが、この人はDからGへ移籍するときに、「父親の遺言」を理由にしました。そしてついこの前、優勝できなかったからということで頭を丸めましたが(とはいえ、どうせ元々すでに抜けています)、それは「優勝できなかった場合、頭を丸める」と、ぶーちゃんの息子と「親子の約束」をしていたからだそうです。オレ流とか言ってても、所詮は「父親」とか「親子」とか家族が出てきちゃうわけです。それははっきり言って、個人主義とは対極にある共同体主義に他なりません。家族を国家と対置させて考えた人もいるようですが、両者は連続しているのです。

 というわけで、徹底して自分自身のことしか考えない人というのは、立派なのかもしれません。少なくとも、「オレ」なんかよりはるかにましです。



10月7日(日)言い放

 週末は暴走の日ですが、昨日は人が気持ちよく走っていたら、自転車に乗ったガキが横の道から猛スピードで飛び出してきました。しばらく行くと、そいつが信号待ちをしたので、「気をつけろ、このボケがっ!」と言ってやりました。スカッとするし、言い返される心配もありません。歩道には自転車レーンがついていて、週末を優雅にのんびり退屈に散歩する人たちを避けるためにその自転車レーンを走ったりもするのですが、昨日は後ろからリンリン鳴らされました。当然ですが、道を譲って「死ね、ボケ!」と言ってやりました。スカッとするし、言い返される心配もありません。

 かと思うと、「いいペースだ」と話しかけてくる若造もいます。今日も、信号待ちをしていたら、ちょっとハゲかかってるけどおそらく大学生と思われるヤツに「ハロー」と話しかけられ、「速いなぁ。自転車と同じくらいのペースで走ってるじゃん」(言うまでもドイツ語ですけどね・・・)と言われました。「あったりまえだろ、オレをだれだと思ってやがる?」なんてことは言わ/えず、「ダンケー」と愛想をふりまきましたが、「こっちへ行くけど、また会えるだろうね」と言って、私が走って行くのとは別の方向へ去って行きました。「別に会えなくてもよいのだけど・・・」なんてことは言わ/えず、「Tschues」と言ったのですが、相手は私に敬意を払っているのか、「Auf Wiedersehen」を使っていました。

 そんなわけで、常日頃おとなしい私が言いたい放題です。



10月9日(火)今日のフランクフルト

      

 
 今日は午前中に掃除があるので9時前には部屋を空けないといけない日で、外へ出たらどんよりしていて寒く、憂鬱でした。写真はケータイで撮ったもので、あまり鮮明ではないのですが、それがかえってこの憂鬱感を表現できているかな、と思っています。

 明日はルッツ=バッハマン氏と面談です。



10月10日(水)今日のフランクフルト その2

   

 
 大学とゲステハウスの間には、Grueneburgpark という公園があり、道なき道を歩いて横切ると近道になります。そんなわけで、面談の後、昼を一緒に食べ、近道を通って帰りました。今日は、こんなに明るい日差しがあり、公園ではたくさんの人たちがあんなことやこんなことをしていましたが、私には自然を愛でる趣味がないので、写真だけ撮ってとっとと帰りました。



10月12日(金)今日のフランクフルト その3

   


 今日はめっさっ寒かったし、窓から外を見たら屋根が白くなってたりする家があるので、「じょーだんでしょー???」と思って外に出て確認したら、元々白く塗られている屋根でした。しかし最低気温が7℃。明日は4℃で明後日は3℃らしい。こんな数列は嫌いなんですが・・・。

 写真の「鉛筆」は、メッセのシンボル Messeturm 、右にある直方体が大学本部、手前は地下鉄への降り口です。そこを降りてパンを買い、とっとと帰りました。



10月13日(土)えぇーーっ

 面白そうな映画はチェックしておいて、帰ったらDVDで観ようと思い、今はどんな映画が上映されているのか調べてみたら、一覧に出てくる梅田地区にある映画館がどうも少ない気がする。OSが二つともなくなっていることにはすぐに気がついたのだが、それでもまだどこか抜けているような気がして、はっと思い当たった。三番街シネマがなくなってるじゃないですか。そこで「三番街シネマ」を検索し、閉館したことを知りました。最初は建て替えでもするのかと思ったのですが、どうやら完全に閉館のようです。

 最後にあそこで観た映画は何だったのか、調べてみました。『ダイ・ハード4.0』。これには前作から10数年ぶりというふれこみがありましたが、観たときに「そういえば、『ダイ・ハード3』もここで観たっけ」と思いました。そのころは、まだ総入れ替え制ではなく、入ったときにすでに上映が始まっていて冒頭の部分を観ることができなかったので、次の上映が始まるまで同じところに座り続け、見逃した部分を観たのでした。そして、あの見逃すことのできない冒頭のシーンを観ることができ、「よかった、よかった」と思ったのでした。というようなことを、2ヶ月ほど前に思い出していた三番街シネマが閉館なんですね。



10月14日(日)なるほど

 阪ちゃによれば、
  「えっ、あのネタを取り上げちゃうの?」
  「そうだけど、何か?」
  「まずくないですかぁ???」
  「でもそれが真実なら、言わないわけにはいかないでしょ」
  「・・・」
 わんわんもどきや元わんわんたちが大量に坂のあたりに出没しているそうですねぇ。
  「ホッ」
 おそらく、<坂道では自転車を降りましょう>キャンペーンの一環なのでしょう。制服による威圧で目標の達成を目指しているのでしょうか。しかし、こんなことで実際に多くの人たちが自転車を降りるようになったら、それはよいことなのでしょうか。そこにあるのは、コミュニケーションによる説得ではなく、たんなる威圧じゃないですか。プラグマティストなら、「それでいいじゃん」と言うでしょう。しかし・・・。

 あっ、これってもしかして「効く力」???



10月15日(月)わらかすなぁ〜

 自分と意見を異にする人たちの「罷免要求をせよ」と公共の電波を使って死刑大好き派をけしかける輩が、湯煙キャスターが「便所の落書き」と呼ぶネット上の掲示板で殺人予告をされたからといって訴えるなんて、どこまで笑わせれば気がすむのでしょうねぇ。そんなことをしている暇があったら、避妊の仕方でも学んだらどうなんでしょう。



10月16日(火)補助金成金

 ゲステハウスの家賃の補助金を小切手でもらうために指定されたオフィスへ行きました。学生のとき、入学手続きをするためにきて、憂鬱な気分になった場所です。学生寮の部屋番号を言うときに、かっこつけて「2」を zwei ではなく zwo と言ったら、言い直しさせられたりもしました。今回、部屋に入ると対応してくれたのはミニスカで、前回とは違う意味で緊張しました。そして小切手をもらったのですが、額が予想より多くてびっくりしました。その上、ミニスカが言うには、「残りはまた今度ね」。まだくれるんですかー、って感じです。下手すると、この補助金だけで1月末まで暮らせちゃいますよ。

 帰りにさっそく換金しましたが、パスポートも何も要らず、受取人の氏名を指して「これはあなたですか?」と問われただけ。そんなことでよいのか、と余計な心配をしてしまいました。



10月17日(水)メンザの昼食

   


 メンザで昼食を食べました。学生は安いのですが、学生証を提示しなければならず、当たり前ですが私は学生証をもっていないので、定価です。本日のメイン・ディッシュは料理名しか書かれていなかったので、「それは何ですか?」とおばちゃんに尋ねたのに、早口で料理名しか言ってくれませんでした。何かの肉とチーズを何かして何かのソースをかけたものです。横の野菜ともども、「絶対に胸やけする」と思ったのですが、そうでもありませんでした。

10月19日(金)Professor

 有栖川有栖と真保裕一に『週刊現代』、サッポロ一番みそラーメンを、差し入れてもらいました。宛名に「Prof.」がつけられていたので、配達人がわざわざ「プロフェッサー」と呼んでくれました。そして「若いなぁ〜」と言ってくれて、年齢を訊かれました。答えたらびっくりしてましたが、びっくりしたいのはこっちだYo、まったく。自分の年齢とは思えないくらいだ・・・。



10月20日(土)わんわん大集合

 今日は昼からわんわんがいたるところにいて、空にはヘリまでいます。デモを告知する左翼の看板があったので(なかなかかっこよくて、Links kommt!とか Nazis raus.とか書かれてありました)、左翼がデモするのをこんなに管理したいのかよ、って思っていたのですが・・・。
 
  
  


 いつも走りに行く道が、わんわんによって封鎖されていました。仕方がないので引き返し、別のところへ行きましたが、どこへ行ってもそこらじゅうにわんわんがいます。帰ってからネットで調べてみました。実は、わんわんが封鎖していたその先で、極右が集会を開きデモしていたそうです。左翼のデモは、それに反対するデモだったらしく、一般市民も加わり、極右が100人くらいだったのに対して、反極右は1000人以上だったそうです。報道では、100人くらい「しか」参加者がいなかった、とありましたが、しかし100人もいるんですねぇ。1年生になったら富士山で一緒におにぎり食べたい人数ですよ、何と言っても。ちなみに、出動したわんわんは3000匹だったそうです。



10月21日(日)さむい

 今日は朝からどんよりとしていました。山間部では、夜のうちに雪が降るかもしれないという予報でした。げーーーー。まだ10月だっていうのに。クルマの往来もきわめて少なく、非常に静かな一日。

 故人が出てくる夢を見ました。その人の出てくる夢は何回も見たことがあるのですが、かならず声を聞くことができません。夢の状況からいって、声を聞いているはずなのに、目が覚めるとその声を思い出すことができないのです。映像はしっかり残っていても、です。夢の中で、「よし、今度こそしっかり声を聞いたぞ」と思うこともあるほどですが、やっぱり目が覚めるとともに、かならず声は消えてしまいます。今日も、夢の中では話したのですが、やっぱり声を思い出すことができませんでした。

 

10月22日(月)ゼミ

 今日からゼミが始まりましたが、第1回目は、いつだれが発表するか、ということを決めただけで、しかもそれさえ、来週と再来週分しか決まりませんでした。研究発表をしない場合は、共通のテクストを選んでおいて、それを分担して発表するのですが、ルッツ=バッハマン氏の選んだ本はテーラーとヴァルデンフェルスで、ヴァルデンフェルスをドイツ語で読むのはよいとして、テーラーの新刊は900ページ近くもあり、しかも内容がちょっとあやしげなので、「ルッツ=バッハマンがいないから言うけど・・・」(ルッツ=バッハマン氏は、10月から学部長で、その仕事があって結局ゼミには間に合いませんでした)とあまり取り上げたくない意見表明が続きました。結局、少しだけ読んでみることにはなったのですが・・・。もう1冊は、ゼミ生のひとりが推薦したコスモポリタニズムをテーマにしたアフリカの研究者の本でした。大阪で、「世界市民がどうのこうの」とか「コスモポリタニズムが正義だ」とか言うのは、非常に恥ずかしいのですが、しかしここではフツーにそうした概念が語られるので、「ああ、そういうところにいるんだよなぁ」としみじみ思いました。

 というわけで、成り行き上、発表することになってしまいました。



10月23日(火)プロゼミ

 プロゼミは、ゼミの前段階で、あるテーマについて論文などを読んで専門的な知識を身につけるクラスです。今日出たのは、「共和制の理念」というテーマのプロゼミですが、このテーマを論じるうえで必要な論文があらかじめコピーされて、1冊の本になっており、大学横のコピー屋で販売されています。必読文献を1冊ずつ買うよりも、それぞれの本の必要な箇所があらかじめ抜き出されまとめられているので、非常にお得です。授業も、無駄なく構成されることになると思いますが、しかし教える方の労力は大変そうです。

 というわけで、あんなふうに授業ができたらよかろうに、とは思いますが、あくまで努力目標、カント的には統制的理念ということにしておきます。



10月24日(水)Exzellenzcluster

 タイトルのような、COEのデカいヴァージョンみたいなのがドイツでも始まっていて、フランクフルトの哲学部、法学部、経済学部などのメンバーを構成員とする「規範の形成」(ドイツ語を直訳すると非常におそろしげな名前になるので意訳です。興味のある方は、タイトルをウィキペディアでお調べになれば、採択研究の一覧を見ることができます)というプログラムが採択されました。5年間で3300万オイロ(1オイロ≒160円)の予算がつく雲の上の世界の話ですが、大学にさまざまなポストが確保されるので、大学院生クラスのお姉さんやお兄さんたちが、朝の9時半にルッツ=バッハマン氏のオフィスに集まって、2時間近く説明を聴きました。私には関係がないので、行かないつもりだったのですが、昨日のプロゼミの後、「来てくれたらうれぴい」と言われたので、日頃から人を喜ばせることだけに心血を注いでいる者としては、出席せざるをえませんでした。

 今回採用されたもののうち、哲学がメインになるようなプログラムはこれだけで、そういう意味では快挙なのですが、しかしフランクフルトの哲学部が評価されてそこに大量の資金が流れ込むということは、同時に他の大学の哲学部の先細りに拍車をかけることを意味しており、どうも手放しでは喜べない状況のようではありました。ルッツ=バッハマン氏は大学の完全な民営化にも反対していますが、それは当然(?)のように少数派で、たとえば医学部関係者などは、高給をえさに優秀な人材を確保できるような体制を望んでいるとのことでした。


   ←大学入り口の採択されたことを知らせる垂れ幕(?)



10月26日(金)お呼ばれ

 昨日の夜は、ルッツ=バッハマン氏のご自宅にお呼ばれしました。Mercedesでの送迎つきで、「こんなことしてもらってもよいのか???」と思いました。トマトスープに始まり(これを2皿分食べた時点で、もうちょっと「これは大食い選手権か?」状態)、舌平目とほうれん草とたまごとチーズをオーブンで焼いたメインディッシュをライスにかけて、勧められるままに食べ続け、その間、ぶどうジュースとりんごジュースを交互に飲ませていただき、最後にバニラアイスの塊を3つ。ライスやら魚料理やらは、普段から食べているもので、特別にこしらえたわけではなく、いわゆるドイツ料理は食べないというお話でしたが、そしてそれは大正解だと思いますが、しかしあんな食生活を続けていたら、あっという間に死ねそうではありました。

 「フランクフルトが17年前と変わったと(まず)思うところはどこか?」と尋ねられ、17年前は本屋にハイデガーの本はおかれていなかったけれど、今はそこらじゅうにある、と言ったら、納得されていました。たしかに以前ほどには、排除の傾向は強くないそうですが、とはいえ少なくともフランクフルトの大学で、ハイデガーの哲学が専門的に研究されることはないだろうとのこと。ルッツ=バッハマン氏の妻は、哲学の関係者ではありませんが、ハイデガーがフライブルク大学でナチスに加担する講演を行ったことは知っていて、しかもそれはハイデガーの名前を知っていればみんなが知っている常識だとおっしゃっていました。へぇ〜。極東ではそんなことはないよなぁ〜。なお、ハイデガーの全集を出している出版社はフランクフルトにありますが、それが実はゲステハウスと同じ通りにあって、さらにその出版社はハイデガー全集でもっているという面白い話もうかがいました。

 他にも、ハイデガーとアドルノの親近性やハーバーマスがフランクフルトを去るときの状況、アルバートやポパーを信奉する保守主義者が一定数はいることなど、興味深いお話をうかがうことができ、楽しい4時間でした。妻が、「日本料理のレストランに行ったことがない」とおっしゃるので、「今度招待します」と言ったら、「ダメだ」と断られました。客に招待してもらうわけにはいかない、というのがその理由でした。


  ←言うまでもなく、妻とルッツ=バッハマン氏
  



10月27日(土)黒い乗客

  

 
 ご存知の方も多いと思いますが、ドイツの駅には改札がありません。電車に乗る前に、目的地までの切符を自販で買うことになっています。不正乗車をしないかどうかは、各人の良心に委ねられているわけですが、ごくたまに検札が突然現れて、切符をもってないとその場で即座に罰金(40オイロ)を払わなければなりません。ずっと前に新聞に掲載されていたアンケートによれば、1/3が不正乗車をしているそうです。

 写真は、「なしで乗るな」という啓発ポスターです。たしかにね、と思って撮ってみました。しかしまあ、厳密に言えば、このポスターにもジェンダー規範がありますよね。なお、不正乗車を「黒い乗車」、する人を「黒い乗客」と呼びます。



10月28日(日)ちょっと自慢

 今日も朝から上空でヘリの音がしていて、「またデモか?」と思ったのだけれど、今日はフランクフルトでマラソン大会があるのでした。仕事でこちらに来ているのだからそういうものに出るわけにはいかない、というのは偽で、もはやフルを走りきる<根性>はないので(しかしいかなる<根性>もないのだけれど)、もちろん出ませんでした。

 17年前は、出ました。持ちタイムでナンバー・カードの色が違うのですが、私の色はどこに並べばよいのか、全然掲示されていません。どの係員に訊いても「ずっと前だ」としか教えてくれず、ついにロープの張ってあるところまで来てしまいました。そこより前にはエリートランナーしか入れないのですが、実はそこが私の並ぶべきところだったのです。

 女子の部も男子の部もいっせいにスタートで、20キロくらいからずっと女子の1位と一緒に走り、35キロを過ぎたところでその1位のお姉さんを先導していたデカいお兄さんが遅くなったので、私がスパートしてあげたらお姉さんがついてきて、結局私はもっとも速い女子に勝った最後の男子になりました。お姉さんが必死になってついてきたのは、1位になり、かつ2時間35分を切ると、Opelの新車がもらえることになっていたからでした。彼女はまんまとそれを手にしたのですが、私には何のご褒美もありませんでした。翌日、保守系の新聞として有名な、Frankfurter Allgemeine Zeitung に名前と順位が掲載されましたが、それはたんに、私がフランクフルト在住者だったからにすぎません。

 夕方走ってたら、いつものコースの近くでまだマラソンレースが続けられていました。スタートから6時間。みんな走るのが好きなんですねぇー、しかもゆっくりと。なんて思いながら何気なく街角にある時計を見て、夏時間が終わったことに気がつきました。あぶないあぶない。



10月29日(月)告白

 阪大ちゃんねるのあるスレッドでの書き込みに、「深夜に・・・阪大内の敷地に不法侵入しているよう」な「ホームレスに近い感じ」の人たちがいて、「非常に気味が悪い」とお書きになっている、きっと育ちの素晴らしいに違いない(だから「阪大内の敷地」なんて言い回しもなさるのでしょう)方がいらっしゃいますが、こんな差別意識丸出しの方が「非常に気味が悪」くない保証はどこにあるのでしょう。「不法侵入は違反だろボケ」と、下品な言い回しをお使いになっている方もいますが、さすが、遵法精神の優れた方は違いますねぇ。私は、博士後期課程を単位修得退学した後、現在の職場に赴任するまで、大阪大学とは何の関係もありませんでしたが、日々構内を走っていました。つまり、大学に不法侵入していました。「不法侵入は違反」だとおっしゃる方、どうぞ私を告発してください。「義を見てなさずは勇なきなり」ですよ!

 問題とすべき不法侵入は、構内で自転車を止めて登録をチェックするわんわんたちの「違反だろ××」。はいはい、「ドイツにまで行って何言ってんだ」って声が聞こえます。聴く力なんて高尚なものはもっていませんが・・・。



10月30日(火)チチェロ

 何だか、望ましくない方向に向かっていますねぇ。頭の中も筋肉バカだからって、気合を示すために坊主にしちゃう「オレ」たちが、「技術しかない」と立派な、とはいえ当たり前な、啓蒙された、理性的なことを言ってのける人がいるチームに勝つなんて・・・。坊主にすることが試合結果を左右するのなら、フーコーなんてスーパースターじゃん。総長は、いまいち気合が足りないじゃん。

 今日からプロゼミは、しばらくチチェロのお話です。私は先週のガイダンスで初めて、それが「キケロ」だとわかりました。17年前には、「レヴィアタン」に悶絶しました。



10月31日(水)カンポスにて

 昼ごはんをメンザに食べに行ったら、一角が薄暗がりになっていて、あやしげな装飾が施され、給仕する人たちが被り物をしている。ハロウィン。そこで「おやっ」と思い、帰って調べてみたら、ハロウィンは英語圏の祭りだそうです。「何をいまさら」ですか、どうもすみません、無知なもので。じゃああれですか、やっぱハロウィンでガキんちょが言うとされている「Trick or Treat」ってのが、歴史上アングロ=サクソンが行ってきた、そしていまなお行いつつある侵略を見事に表現した言葉だってことも常識なんでしょうねぇ。

 ドイツでもこんなことをやっちゃうんだなぁ、とちょっと意外な気がしました。まあ、マックもピザハットもバーガーキングも、そしておまけに SUSHI KING さえあるのではありますが・・・。



11月1日(木)Herbstfaerbung

  

  


 上は9月30日にこの部屋へ引っ越してきたときのもので、下が今日の写真です。9月もちゃんと窓を開けて撮るべきでした。茂みの向こうでは、家が取り壊されているのですが、その作業が毎朝7時には始まり、いったい何時に寝てんだって感じです。



11月3日(土)つまらない話

 勝つために坊主にしちゃう人だから、まあなにをやってももはや理性的ではないわけですが、8回までパーフェクトだったピッチャーを交代させ、「肩を故障してた投手だから」って、じゃあ始めっから使うなよ、ってことになるはずだけれど、やっぱ首尾一貫して論理性を欠いているのですね。ということは、論理的なのか???

 勝利を最優先するんだったら、まずお前が監督やるな、って話にもなるだろうに、なんつっても合理性が著しく欠けているので・・・。面白かったのは、、「V9時代のジャイアンツのよう」というドラゴンズOBの高木守道のコメント。これって勝つためにはどんなに面白くない野球だってやりますよ、って皮肉じゃないのかなぁ。勝負事なんだから勝てばよいのだ、っていうのは、最悪のモダニズムじゃないでしょうか。



11月4日(日)『シベールの日曜日』

  

 今日はほぼ一日中曇天で、朝からずっと薄暗いままでした。思いっきり晴れた日曜日というのも悲しいものがありますが、ずっと薄暗い日曜日というのも、ストレートに気分が滅入ってなかなか捨てがたいものがあります(「こんなに薄暗い」というのをお見せしようと写真に撮ったら、結構明るいのでびっくりしました。「3日間でこんなにも落葉しました」というのもお見せする狙いがあったのですが、あまり成功していませんね)。

 暗い日曜日だったので、『シベールの日曜日』という映画のことを思い出しました。小さいころ、日曜日の午後にNHKで放送していたのを観たの(だと思うの)ですが、ストーリーなどまったく覚えておらず、ただただ日曜日なのに元気がなくなったという印象だけがあって、そのことをふと思い出したのでした。ネットでどんな映画だか調べたら、小学生には細部まで理解することはできないだろうけど、しかし観れば元気ではなくなるだろう、ということがわかりました。

 それにしても、記憶どおり日曜日の午後からあんな映画を放送していたのだとすると、さすがNHKと言わざるをえないですね。



11月5日(月)青い曜日

 今日は一転、日差しが戻りました。「青い月曜日」なのに。ちなみに、ドイツ語で「青い月曜日をする」は、<月曜日にサボる>の意味だそうですが、月曜日にサボったりしたらいったいいつ仕事をするのでしょうか。

 そんなわけで、二度寝したり昼寝したりもしましたが、ちゃんとゼミにも行きました。ゼミはこちらの18時から20時までで、大阪だと夜中の2時から4時ということになります。そんな時間にカントがどうしたとかアリストテレスがこうしたとか言ってるのは、何だかおかしいなぁ、と思いながら、真っ暗な公園を横切って帰ってきました。

 昼に学食で、今回初となるザウアークラウト(酢キャベツ、と訳されています)を食べました。相変わらずのまずさでした。糸引くくらいに腐った切り干し大根とまったく同じ味です。



11月6日(火)嵐の火曜日

 今日はめまぐるしく天候が変化しました。晴れているかと思いきや、突然空一面にどんよりとした雲が居座り、そして雨を降らせると、さっさとどこかへ行ってしまい、じゃあ晴れ渡るのかというと、そんなことはなく、また同じことを繰り返すという状況。その間、どういうわけかわんわんがぞろぞろ集まってきたりして、せっかくだから写真でも撮ってやろうかと思ったけれど、逮捕されるとまずいのでやめました。こっちのわんわんの救いは、クルマの中では、どっかのわんわんとは違ってヘルメットをかぶっていないことです。まあ、当たり前なんですが・・・。

 今日のプロゼミでは、最初に文献のまとめをした学生の発表があまりにも短く、「えっ、もう終わり?」と思ったのですが、ルッツ氏は少し間を置いて「無駄なところがない発表だった」と言い、てっきり嫌味かと思って笑いかけたら、誰一人笑ってなかったので、ぐっとこらえました。それから、文献の内容に関して、ルッツ氏が「これこれはどういう意味だろう?」と質問すると、ひとりの積極的な学生が文献のある箇所を読み上げるので、「丸読みかよ」と思っていたら、「全部読まなくてもよいけどね・・・」とルッツ氏が言って今度はみなさん爆笑。そして実定法のレヴェルを説明するついでに、「子供がいなけりゃ、赤信号でも渡るでしょ。当たり前だよ、みんなやってることだよね」と言うので、ここで笑わないでどこで笑うんだと思いつつ、笑いかけたんだけど、みなさんいたって神妙な顔つき。もしかして、みんな赤信号はきちんと待つ人たちなんだろうか。

 というような、とりとめのない出来事の羅列も、嵐のせいです。



11月7日(水)強風の水曜日

  


 そしてついにこんな感じです。あれから1週間も経ってないのですが・・・。そして重機を使った作業は6時台から始まります。働き者なんですねぇ。今日は、昨日とは違い、「太陽なんて見せてやんないよ」状態で、ずっと薄暗く、ときおり雨が降り、強風がものすごい音をたてて吹く一日でした。雨がときどき白く見えたような気がしたのですが、気のせいだということにしておきました。ついに来ちゃうんでしょうか。



11月8日(木)おされな木曜日

 11月から掃除の日が火曜日から木曜日に変わり、今日は午前中部屋を空けないといけなかったのですが、9時からのはずが、8時半くらいにはもうその気配があり、8時40分にはノックの音が・・・。ったく、取り込み中だったらどーすんだよ、って思わなくもないけど、人が汚した部屋を掃除してくれるなんてありがたい話なので、マッハで部屋を後にしました。

 今日はこちらへ来て初めて髪を切りに行きましたが、10オイロとか11オイロとか安いところは怖いので、おされなところへ行ったら、ぬぁんと92オイロもとられてしまいました。家賃以外でこんなに高額の支払いをしたことはありません。ひょっとすると、今後もしないかもしれません・・・。でもまあ、安くて怖い思いをするよりかはましでしょうか。

  ←下の3人よりかは断然だけど、ちょっと太くなった???



11月9日(金)水晶もしくはポグロム

 1938年11月9日および10日の夜に、ユダヤ人の商店が襲撃され、シナゴーグが焼かれ、少なくとも91人が殺され、何万もの人々が虐待され、不当に逮捕されましたが、この夜は長く Kristallnacht と呼ばれてきました。それはおそらく、破壊活動によって割れたガラスが路上で水晶のように光っていたからだと言われていますが、この「水晶の夜」という呼び方は、ナチスの蛮行を無害化しかねないので、最近は Pogromnacht という言い方が使われるようになってきているそうです。

 「水晶の夜」がメルヘンチックだというだけでなく、これではたんにガラスが割られただけであるかのような印象を与えかねませんが、実際には放火や略奪、そして殺人も行われていたわけで、それを考えると何重にも欺瞞的な名称だということになるのでしょう。

 ポグロムというのは、もともとロシア語で、「雷雨」や「焼け野原」を意味する言葉ですが、転用され、マイノリティに対する暴力行為を指す言葉としても用いられているそうです。それがドイツ語に導入されたことになるわけですが、この Pogromnacht という言い方も適切ではないと言う人がいるようです。いわく、「ポグロム」は一般住民の自発的な暴力行為だが、1938年のものはナチスが先導し、組織的に行ったものであるから(以上、本日の tagesschau の記事より)。

 たしかにそれはナチスが先導し、組織的に行ったものなのでしょう。しかし以前は、かならずこうした説明に続いて、進んで破壊活動や略奪や暴力行為に加わった市民も少なくなかった、ということにも言及がなされていました。「ポグロム」は不適切だという発言は、ナチスの蛮行を隠してはいけないという意味をもつとともに、一般市民の行ったことを隠蔽する働きももってしまうのではないでしょうか(以上、本日の tagesschau に掲載されなかった文章)。



11月10日(土)c.t. と s.t.

 ルッツ氏はあまりの多忙さゆえ、来週のゼミから夜8時始まりにしたい、というメイルがMLに流れてきました。さすがに、c.t. ではなく s.t. という表示がついていましたが・・・。時刻の後に、c.t. がついていると、「その時刻より15分遅れで」という意味になり、s.t. だと「定刻どおりに」という意味になります。

 実はルッツ氏には、火曜日に、11月に開催されるコロキウムのレジュメと現在編集中の論文集の論文8本のそれぞれの要約を今週中に出してくれ、いや、出してください、いや、時間があったら出して欲しいんですけど・・・、と頼み、快諾してもらっちゃったのでした。まあ、ホントは10月いっぱいで頼んでいたものだし、引き受けた以上やってもらわなきゃ困るのではありますが、しかしなんだか申し訳ない気分です。



11月11日(日)だれ???

 関谷志津子、中田美佐子、河合みち子。とんと覚えがないのですが、よくメイルをいただきます。中田さんのメイルのタイトルは、「お返事おりがとうです」。一度も返事した覚えはないのですが・・・。だいたい私は、こういう「です」の使い方が、半疑問の口調と同じくらいに嫌いなのです。大学のメアドにきたメイルは自宅のPCにも転送されるように設定してあるのですが、こちらは民間のプロヴァイダが受信拒否サーヴィスをしてくれていて、タイトルでメイルをはねつけるようにできます。さっそく「お返事ありがとうです」を登録したのですが、まだきます。うん???「ありがとう」ではなくて「おりがとう」ではないですか。ったく、人に礼を言うのなら、ちゃんと間違えずに言ってほしいものです。

 河合さんのタイトルは「こんにちは。。」なんですが、この。二つというのが、どうにも意味不明です。ある、おかしなことを言わせたらぴか一の、しかし出してくる結論はきわめて凡庸な哲学者によれば、意味は使用にあるそうですが、しかし「。。」がいったいどういう使用なのか、意味不明ではわからないままなのです。

 いっそのこと、hotmail とか yahoo とかは敬して遠ざける方がよいのでしょうか。。



11月12日(月)オルソンさん

 「だれ???」の次が「オルソンさん」では、またしても「だれ???」ですね、きっと。このページを見ていて、かつ、「オルソンさん」でピンと来る人は、このページを見ていて、かつ、鉄腕が亡くなったと聞いて「えっ?!」と思う人よりも、さらに少ないでしょう。「オルソンさん」のことが頭に浮かんだのは、草薙幸二郎氏が亡くなったからですが、これでもう、話題についてきている人は数名でしょう。

 そんなわけで、「大草原の小さな家」を調べてみました。おぉ、メリッサ・スー・アンダーソンは同じ年齢だったのですね。役柄からいって、ひょっとしてもう死んじゃったりしてないかと思ったのですが、美しくなられてます。もっとも、専業主婦というのはいただけませんが・・・。

 あんなものを観ていた時代があったのですねぇ。



11月13日(火)ところ払い

 ルッツ氏のオフィスアワー(Sprechstunde)は火曜の11時から12時ですが、今日は12時から1時の間に来るように言われ、10分過ぎに行くと、学生が2人、廊下で面会を待っていました。20分くらい待ってから、私は文書を受け取るだけなので優先され、すぐに1人の学生が部屋に呼ばれ、私はさらに秘書の方に書類を作ってもらわないといけなかったので、彼女の部屋で待っていたのですが、しばらくして電話がなりました。どうやら、ルッツ氏に面会を求める電話だったようで、秘書の方は「じゃあオフィスアワーに」と答えますが、相手は今日なら会えるだろうと思い、何か言って食い下がった様子。すると(秘)「たしかに今日はオフィスアワーだけど、12時過ぎてるから部屋にはだれもいませんよ」。(私)「えぇ〜???」。

 ボンにいる同僚の話によれば、秘書の仕事のひとつとして、いかに学生を教授に会わせないか、ということがあるそうです。「なるほど、そういうことか」と電話のやり取りを聞いてニヤニヤしていたら、「べらべらべらべら後30分したら来て下さい」と、ところ払いを命じられてしまいました。それって、墓穴掘ってんじゃないのと思いましたが、なんとなく楽しくなりました。

 さっき窓の外を白いものが舞っていて、思わず声を上げてしまいました。今はまた雨に戻っていて、ほっとしていますが・・・。



11月14日(水)あぁ〜

 昼過ぎに、一瞬、上空一面に雲が広がり、強風と共に吹雪に見舞われました。しかし5分もすると、何もなかったかのようにしれーっと青空が。こういうのって、なんだか許せない。「昔は悪さしてました」とか何とか言って、そのことをウリにしているくだらない俳優とかタレントとかが許せないように。 ちょっと違いますか。



11月15日(木)分水嶺

  ←吹雪にもめげずに、けなげなので・・・。

 今日はこちらへきて73日目。残りが72日ということで、タイトルです。これから毎日残りの日数が1日ずつ減っていきます・・・。実は、来た日からそうなんですけどね。ご存知でした?

 隣の研究室のさわやかジャックさんが、「オルソンさん」をご存知でした。へぇー。じゃあ、ひょっとして私もさわやか系なんでしょうか???



11月16日(金)コロキウム

  

 来週の今日、ボンで、「グローバル化時代における倫理」というテーマで<独日倫理学コロキウム>というのがあります。ボンで在外研究中の早稲田の御子柴さんが、ベルリンで在外研究中の寺田さんとまだ大阪にいた私に「せっかく3人が同時期にドイツにいるのだから何かしましょう」と発案され、あれよあれよという間に話がまとまり、写真のような予稿集を昨日お送りいただきました。やっばいなぁ〜。



11月17日(土)品評会

 走ってるときに、「鶏とかの品評会をやるよ」(たしか、うさぎも書かれていたと思いますが)という看板を目にしました。あの日に食べるための品定めなのでしょう。私は、活け造りの類がまったくダメです。もちろん、これは「きれいごと」に過ぎません。私の知らないところで「きれいに」処理された魚や肉は食べますから。でも、自分自身で殺してそれを食べたりすることはできない、というわけです。

 ある研究会の後の宴席で、活け造りを(嬉々として)注文したえらい人がいて、「私はくだらないブルジョワ道徳を内面化しているので食べられません」と言ったら、「じゃあ、殺すことを生業にしている人たちはどうするんだ?」と件のえらい人に言われました。だからあえて「ブルジョワ道徳」と言ってるのに・・・。話が通じないのは予想通りでしたが、意外にも普遍主義的な発想をするんだなぁ、と思いました。もっとも、それはたんなる自己正当化であって、普遍主義とは何の関係もないことが、その後の言動からわかるようになりましたが・・・。 おぉ、これって品評かい???



11月18日(日)一日中曇り

 あるHPに、法の重要性を説く枕として、「頻繁に起こるテロ事件が物語るように、今日の世界にはむき出しの暴力がまかり通ってい」る、とあります。この「頻繁に起こるテロ事件」には、自己の利害の邪魔になる国家にいちゃもんをつけて爆撃し、大統領を逮捕して処刑させるという、正義の名の下に行われた正真正銘のテロ行為は含まれているのでしょうか。もし私の想像力が乏しいせいで(もっとも、想像力なんてたかだか知れていて、「想像力が豊か」と評される人物の想像力の凡庸さと言ったら、比類ないものがありますが・・・。ってことは凡庸ではないのか)、そうしたものは含まれていないに違いないという印象をもってしまったのだとしたら、私や私と同じくらいに想像力が乏しい人に問題があるだけですみますが・・・。

 私のドイツでの研究プログラムの取り組み名称は、書類の上では、「普遍主義的規範形成へ向けた理論的研究」なのですが、法とか規範とか、あるいは秩序とかを語り始めると、こんなふうについつい、あるいは自信満々に「正義」を自明視してしまうので、できるものならそうした事柄には触れたくないわけです。じゃあ、夏休みの宿題に毛の生えた程度のカルスタだけやって、後は飲み屋で管を巻いていればよいのかと言うと、それはそれで、よくて知的怠慢、悪くすれば知的犯罪とさえ言えるかもしれません。そもそも、アルコールは一滴も飲めないし・・・。

 きっと一日中曇ってたから、こんなことを書いてしまったのだと思います。



11月20日(火)bloss meine Arbeit

 プロゼミには年金生活者の方々が何人か出ていて、たいていは批判的な疑問を投げかけます。隣に座っていると、鼻息が聞こえてくるほど(ひょっとすると、たんなる呼吸かもしれませんが)、興奮なさっているときもあります。課題となっている該当箇所をきちんと読み、場合によっては関連する文献も読み、ノートを作ったうえで参加され、ほぼ毎週ほえるわけです。ついつい、この人たちにだって永遠の命が保証されているわけではなく、いまさら「共和制の理念」が何であるのかわかったところでどうするのだ、と思ってしまうのですが、しかし、じゃあお前はどうなんだ、お前だってそう遠くない将来にいなくなるわけで、その点じゃあわしらとそんなに変わらんだろ、と言われたら何て答えればよいのだろう、と考えてしまいました。しかも、どう見てもその人たちの方が残りは多そうです。

 「私の場合は仕事ですから」というのが、唯一思いついた回答だと言ったら、そこらじゅうから「それでも哲学の教師か」という罵声が浴びせられそうです。しかし私は、幸か不幸か、どういうわけかその点に関してだけは妙に真面目なある人が名づける「哲学病」とやらには、過去においてかかったことはないし、現在かかっていないし、未来においてもかかることはないでしょう。むしろ、哲学的にものを考える人が、この退屈な日常において、なぜいまなお「哲学病」などにかかっていられるのか、私は不思議でたまりません。



11月21日(水)ボンへ

 明日ボンへ行き、まずは夕食会。そして明後日、コロキウムがあります。鉄道が断続的にストを行っていて、場合によっては明日ストが決行されるかもしれなかったのですが、どうやらそれは回避されたようです。ストが行われた場合、私はベルリン経由での空路を選択しようと思っていたのですが、ルッツ氏は「ボンへ行くのに飛行機?」と言い、代替案として自転車を提案しました。フランクフルト−ボンは180キロくらいの距離です。飛行機は直行便もないのでバカバカしいかもしれませんが、しかし自転車なんて・・・。

 ストが回避されてよかったです。



11月24日(土)Bonner Kolloquium

 木曜日の夜、まず夕食会がありました。実はもうその席で哲学の話が始まってしまい、コロキウム前日にしてすでに「おなかいっぱい」状態でした。そして当日。御子柴さん、(ベルギー出身でドイツに住みオランダの研究所に勤めている)ボッケン氏、カフェー・パウゼ、私、ルッツ氏、昼ごはん、寺田さん、(ドイツにおけるカント研究の重鎮である)バウム氏の順番で発表および質疑応答があり、ちんたら昼を食べ過ぎたせいもあって、終了予定時間を1時間以上もオーヴァーして終了しました。バウム氏というのは、いまだに、というか、いまなお、というか、カントは絶対正しいと考えているふしがあり(「ふし」どころか、きっとカントがレゾン・デートルなんだろうと思われますが)、私は発表の中でハーバーマスによるカント批判を引用したのですが、質疑応答でハーバーマスの批判は間違っていると言われました。それについて、ルッツ氏がフォローしてくれ、さらにルッツ氏は非常に答えやすい質問をしてくれました。すばらしい。

 企画の段階で、できれば継続的にやりたいということを話し合っていたのですが、外国人参加者たちがみんな来年も参加したいと言ってくれて、まあ社交辞令もあるのでしょうが、企画組はかなりうれしくなりました。もちろん、発表が終わったという解放感にも大きなものがありましたが・・・。

 しかし、帰ってきて阪ちゃのある書き込みを見て、この充実感は雲散霧消しました・・・。

  ←こんな感じ



11月25日(日)その理由

 哲学は重要だし、関心を寄せる学問としてそれほど悪くはないと思うのですが・・・。もちろん、時代的背景もあって、あらゆる人がこの学に興味をもつことは考えにくいですが、しかし今年の新入生は4月の時点で19人もこれに魅かれるところがあったわけです。だというのに、この7ヶ月のうちに、その2/3以上もの人にとってそれは魅力的ではなくなってしまいました。

 たしかにいきなり原書を読まなければいけなかったり、訳本を読んでもまるで未知の言語で書かれているかのようでさっぱりわからない、という経験は苦痛以外の何物でもなく、さらにそこから得られるものが確実にあるかと言われれば、それもまた定かではないわけです。しかし・・・。それにしても・・・。

 そんなにダメですか。



11月26日(月)しりとり その1

 哲学→暗い→痛い→行きたくない→行くわけがない→イマヌエル・カント



11月27日(火)しりとり その2

 哲学→苦痛→うざい→行きたくない→行くわけがない→イマヌエル・カント ありゃ



11月28日(水)しりとり その3

 心ある読者の方から送っていただいたもののうち、掲載可能なものをひとつ。

 哲学→くどい→イタイ→要らない→逝ってよし→しつこい→イマヌエル・カント



11月29日(木)補助金成金 その2

 またしても、「家賃に対する補助金が出たので小切手を受け取りにきなさい」メイルがきて、今朝9時過ぎに受け取りに行ってきました。この前の補助金は9、10、11月の3ヶ月分だと思っていたのに、今回、「11、12月分ね」と言われ、小切手を渡されました。ということは前回は2ヶ月分だったってことになります。いったいどうなっているのでしょう。おまけに、「1月分は1月に」と言われてしまいました。すでに補助金の総額は1ヵ月分の家賃を超えています。これって、どんなルールで額が設定され、いったい財源はどこにあるのか、などなど訊きたいと思っていたのですが、何がそんなにせわしないのか、椅子に座るように言うやいなや、小切手を差し出し、換金の仕方を説明しかけて「ああ、知ってるわね」と立て板に水のごとくお話になるので、(自分でもびっくりするほど)思わず「はいっ」と、小学校以来くらいの快活な返事をしてしまいました。この間、1分足らず。さっさと済ませられることは、さっと済ませるわよ、ぶひー、って感じでした。無駄なおしゃべりをしないところはステキですが、1月はなんとしても与太話をしてやる〜。



11月30日(金)耳にタコ

 こちらは洗剤のせいなのか、洗濯機のせいなのか、乾燥機のせいなのか、はたまた水のせいなのか、ともかく洗濯すると洗濯物が思い切り縮みます。そんなわけである住民が下着類を乾燥機を使わずに乾かそうと、廊下に干していました。えっ、そんなのありですか、と一瞬クラクラしましたが、気を取り直し、これは写真に収めてアップせねばと考えました。しかし賢明な私はすぐに気がつきました。写真を撮っているところを人に見られたら何て答えればよいのか、答えに窮するだろうということに。「これは耳にタコのだじゃれで・・・」なんて言ったところで到底許されそうにありません。よくて、医学系研究科に続いて文学研究科でも破廉恥な事件発覚ということで総長の記者会見、下手をすると国際問題へと発展するかも。

 というわけで、ピンクやらブルーやらの下着類の写真は撮れませんでした。あしからず。


12月1日(土)耳にタコ その2

 以前、非常勤先の大学で「重大かつ悪質なセクハラがあった」という記者会見が開かれたことがありました。例によって、依願退職されてしまったため大学としては懲戒処分ができなかったというふざけた話でしたが、数年後、当人とある研究会で顔を合わせました。「よくまあ、偽名も使わずに堂々としたものだ」と感心したものですが、さらに私の発表に対して「カントの公的理性の話は私も好きなんですよ」といかにも人のよさそうな笑顔で話しかけてくるのです。「やっぱ、私的理性の濫用が公的理性によって断罪されるからですか???」と言ってやればよいものを、外面のよい私は「そうですか」と一応返事はしてしまうわけです。せめて、「私も○○大学で働いてたんですよ」と言ってやるべきだった・・・。

 私はもちろん、この手の人がやらかしたことは、この手の人が行く先々で喧伝されるべきだとは思いません。「イギリスなんかじゃ、性犯罪を犯した人については近隣に住む住民にその情報が伝えられる」ということで、それを真似すべきだと考える人もいるようですが、つねに世界に先駆けて悪事の限りを行ってきたのは他ならぬそのイギリスです。そんな国家において先陣きって導入されていることは、間違っているに決まっています。だいたいそこにはいまだに女王なんかがいるわけで・・・。

 私はたんに、その厚顔無恥な研究者が嫌いなだけです。そして優秀なのか、世渡りがお上手なのか、強力なコネクションをお持ちなのか、以前お勤めになっていた大学と同じ県内にある別の大学にお勤めになっていることを知りました。

 「耳にタコ」と言った、私が嫌いではない人とは、大きな違いです。



12月2日(日)耳にタコ その3

 こちらでもクリスマス商戦というのがあるのか、分厚いチラシの束が郵便受けにはさまれています。その配布の仕方はテキトーで、クルマで乗りつけて、さーっと(文句を言われる前に)はさんでただちに次の場所へ移動するのですが、当然、はさまれることなく飛ばされてしまう郵便受けも出てくるわけです。しかしそんなことにはまったく頓着せず、「一仕事終わったぜ」モードでその場から立ち去るのです。まあ、そんな仕事したくないですけどねぇー。

 チラシの題材は、PCなどの電化製品や衣料、酒類、そしてなんと大人の××まで。こんなのを一般家庭にダイレクトに配ってもよいのだろうか、と思い、とりあえず写真に撮ってアップしようかと思ったのですが、そして今回は人に見られる心配もないので安心して撮影ができるとは思ったのですが、しかしそうしたものをアップして人に見せるという行為は、「酒の席では下ネタくらい言えなきゃダメだよ」と言ってのける御仁の行為と大差なく、いくらなんでも私はそこまで品性下劣ではないのでやめておきました。



12月3日(月)世俗化

 今日のゼミではチャールズ・テイラーの『世俗化された時代』という850ページからなる本のひとつの節がテーマ化されました。「われわれは現在世俗化された時代を生きている。われわれというのは、西洋に暮らす者のことだが・・・」といったようなことがイントロダクションに書かれている本です。そうか、東洋はまだ世俗化されていないのか、でも一応政教分離が憲法で謳われているぞ、とはいえ遵守されてはいないか、何しろ政権与党の一角にいたり、行政府の長が拝みに行って内閣総理大臣と記帳したり、いやそもそも任命権者は・・・。しかし、宗教活動を習俗だと言った裁判官もいたし、喜んで天神祭に駆けつける行政法人の長もいるしなぁ・・・。

 ドイツ人の英語は、ドイツ人のドイツ語に輪をかけてわかりにくいです。(いや、一般化しちゃいかん)。ドイツ語に輪をかけてわかりにくい英語を話すドイツ人もいます。



12月4日(火)カント・コロキウム

 10月にルッツ氏が思いつきで、「ボンとベルリンのふたりを招いてコロキウムを開こう」と言い出し、「じゃあ、ボンの再演をするか、あるいはみんなカント研究者だからカントをテーマに議論をしましょうか」と提案したら、まんまと後者を選択されてしまいました。しかしその後、ルッツ氏の日程が次々とふさがり、なかばもう開催はムリだろうと思い(期待し)ながら、「あなたはとても忙しそうで開催できない感じだけど、そろそろ開くかどうかはっきりさせましょう」メイルを出したら、「われわれは開くべきだ」というカントみたいな返事が戻ってきて、プロゼミの前に部屋へ行き、打ち合わせをしてしまいました。

 そんなわけで、年明けにカント・コロキウムというのが開催されます。

  ←打ち合わせの際にルッツ氏からもらったチョコレート



12月5日(水)酢サラダ

 今日、久しぶりにメンザへ昼ごはんを食べに行きました。そこらじゅうに、まるで幼稚園のようにサンタの絵があるので驚きました。白身魚のフライを選んだら、タルタルソースがかけられた上に、さらにポテトサラダが山に盛られました。ポテトサラダと言っても、想像するような、そんななまやさしいものではありません。やっぱり、カルトッフェル・ザラートと呼んだ方がぴったりくる代物です。サラダなのに、なぜそこまで酢を使うんだ、というくらいに、酢が効いていて、辛いほど酢っぱいのです。「酸っぱい」と言ったら、酢酸以外のクエン酸君とかに申し訳がない。それはもう、酢サラダジャガイモ風味と呼んだ方がよいでしょう。タルタルソース本来のまずさがぶっ飛ぶ勢いでした。



12月6日(木)

 ドイツってこんなに雨降ったっけ、と思うぐらい、連日雨が降っています。もっとも、温かい雨で、気温は大阪と同じくらいにまで持ち直しました。このまま1月末まで持ってくれれば、それ以降、何10年ぶりかの大寒波がやってこようと、知ったことではありません。さて、こんな雨の日に走っていたら、人の走路上で抱擁し合い熱く愛を確かめ合っている若人たちがいました。「ったく、邪魔だなぁ。」→「どっちかっつーと、邪魔なのはおっさんの方じゃね?」→「ごもっとも!」

 雨と言えば、「雨の物語」でしょうか。まあ、「雨のプラネタリウム」でもよいですが・・・。しかしプラネタリウムは、明るくなったときに隣のやつが別人になってりゃ嬉しいのに、って思うからいけません。「どっちかっつーと、別人になるべきなのはおっさんの方じゃね?」→「ごもっとも!」



12月7日(金)お呼ばれ その2

 学生のときに、学生寮に入るまでの1ヶ月間、ホームステイしていた Wellner Becker 氏のところにお呼ばれに行ってきました。17年ぶりの再会です。私はロータリー財団の奨学生だったのですが、提出書類にニックネームを書かされ、その名前で呼ばれていたわけですが、今日も最初に駅に迎えにきてもらった時はその名で呼ばれ、「全然、変わってないなぁ。学生みたいだ」「ありがとね」とか言っていたのですが、実年齢を知ると、「やっぱ、苗字で呼ばなきゃ」と言い始め、その後はずっと「Herr Funaba」になりました。家に戻っても、妻を呼びながらさっそく言ったのは、「学生みたいだけど実際にはおっさんだから苗字で呼ばなきゃいけないよ」。

 ベッカー氏は、アドルノのところで助手をしていたのですが、ハーバーマスがフランクフルトにきたときに追い出されてしまったかわいそうな人です。ルッツ氏も ベッカー氏に習ったことがあるのですが、ルッツ氏によれば、ベッカー氏は非常に保守的な人なので、フランクフルトの学生を相手にするのはきついだろうし、結果的には別の大学に移ってしあわせだっただろうとのこと。この人はたしかに保守的だけど、めっちゃ親切な人です。日常的につき合うなら、自称左翼で書き言葉の一人称が「僕」だったりする人よりも、人の話をちゃんと聞くふりをする保守主義者の方がはるかによいですよ、きっと。

 いろんな写真も見せてもらいました。アーペル(まだ生きてます)、アルバート(まだ生きてます)、ウォルツァー(まだ生きてます)との写真のほか、息子たちの家族の写真など。長男はベルギー人と結婚し、次男はイラン人と結婚しており、それぞれ子供がいますが、長男の家族の写真の方が少ない気がしていました。妻の写真なんて1枚しかありません。その写真を見せながら、「われわれは彼女が嫌いなんだ」。はは〜ん。しかしそんなこと声を潜めて言われてもなぁ〜。そして、それをこんなところで公開されてもなぁ〜、ですね。

  ←妻とベッカー氏(実はサッカー狂)。



12月8日(土)無題

 いつの間にかカウンターが25000を過ぎていましたが、まあ、だから何、Na, und ? ですね。しかもそのうち8000くらいは超法規的生命体の仕業ですからねぇ。えっ、元気がない? しかし四六時中元気だったら、そりゃアホですよ。



12月9日(日)『1984年のビーンボール』

 帰ったら読もうと思います。「大好評在庫中」だそうですから、帰ってからでも手に入るでしょう。しかしひょっとすると、ご本人が仰るとおりだと「増刷はしない」。大丈夫だろうか。この人の『9条どうでしょう』も買ってもよいのだけれど、「ためらい」の人も書いてるからなぁ。あんな立派なお方の書いたものが載ってる本を買ってもよいものやら、ためらっちゃうぅ。

 アマゾンで検索してみたら、タイトルに「ためらい」を含む出版物の多いこと。なぜ市場に出回ることをためらわないのか、なぜどーでもよさそうな私見(だって、自称ためらうようなものなんでしょ)を垂れ流すことをためらわないのか、なぜ Alt Papier (豊中市では不燃物)産出をためらわないのか、なぞは深まるばかりです。だって、「私は慎み深いですよーーー」って拡声器で言ってるようなものですから。ひょっとして、ためらうことをためらってるのでしょうか。いえいえ、そんな遠慮はいりませんよ、未来永劫にわたりためらい続けてくださいな。

 まあ、『ためらい』という写真集だけは、場合によっては認めないわけではないです。



12月10日(月)死んでから語る

 知人が10年前に亡くなったのは、日付が11日に変わって1時間もしない内のことだったので、時差を考えると、今はもうとっくに病院の裏口から運び出され、家で眠っている頃になります。運び込まれたときは表口だったのに亡くなると裏口から出されるなんて、実によくできていると、ぼんやり思ったものでした。亡くなった直後は、その人のことをまだ鮮明に覚えているにもかかわらず、その人がどこにも存在しないということが、何だか不思議に思えて仕方ありませんでした。今でもまだ、そう思うことがまったくないわけではない、かもしれません。

 私はどこかのプロパガンダや「うるさい私」とは異なり、自分がいつか死ぬということについてはほとんど興味がなく、そもそも経験できるのは他者の死だけだと思っています。そしてもちろん、死が哲学のテーマになるとも思っていません。もし私がいつか、「哲学的に死を論じる」とか言い始めたら、「お前はもう死んでいる」とご批判ください。きっとそんな批判は受けつけなくなっているでしょうが・・・。

 訂正:昨日の記事の「豊中市では不燃物」は「豊中市では資源ゴミ」の間違いでした。



12月11日(火)授業アンケート

 プロゼミで授業アンケートがありました。どうやら、初めての導入のようです。質問事項に対して5段階で答えるように設定されており、いわゆる自由記述欄も設けられてありました。一応、マークの仕方についての注意書きも書かれてありましたが、紙そのものは再生紙です。どう見ても、読み取り機にかけて一発で集計するという感じではありません。もしかして手作業でしょうか。

 ついにここにもやってきたんですね、という感じです。オフィス・アワーでも、教授の部屋へ直接行ったりしてはいけなくて、必ず秘書や助教にあたる人の部屋から案内してもらわないといけないくらいの存在であるにもかかわらず、授業を評価されちゃうわけです。ルッツ氏も、「性格悪すぎ」とか「哲学はもっと自由なものだ」とか「窓の外に向かって話すのはやめてください」とか、書かれてしまうのでしょうか。もっとも、ルッツ氏にはそのどれもが当てはまりませんが・・・。

 そのルッツ氏、今日は珍しく学生のコメントに対して「それはまるで違う」とか「正反対だ」と言ってました。私も一度でよいから言ってみたい!



12月12日(水)府民やめたい

 かつて自転車に乗ることと銭湯に行くこと(ただし選挙前だけ)のみを取り柄とするセクハラ男が知事だった頃(ええ、もちろん私は死者に鞭打ちますよ)、府民にして有権者である私は都民に対して後ろめたさを感じていました。あの差別主義者が知事に選ばれたときも、都民の深謀遠慮に敬服を覚えました。国政に関与させず、犠牲は都民が背負いますという立派な決意表明でしたから。そしてまたしても、府民であり、かつ有権者であることを隠さないといけないことになるのでしょうか。「私には選挙権がないから、避妊の仕方も知らない死刑制度万歳タレントが知事になったって関係ないよ」と言うために。うー、こうなったらフランクフルトに永住してやるか。残念ながら、むりぽ。



12月13日(木)国際会議にて

  

 ゲステハウスの下(そちらで言う1階部分)は、会議などが開けるような施設になっていて、今日から土曜まで「中世の政治理論におけるLexと Ius」というテーマの国際会議が開かれます。開催責任者がルッツ氏で、しかも寝起きしている部屋の下で開かれるので招待されてしまい、しかしずっと出るのはつらいので、今日の午前の部だけにしようと思っていました。それが朝、いきなり「今日の懇親会はうちでやるから来ない?」と言われてしまい、懇親会には欠席の返事を出していたのに、「はぁ、ありがとうございます」と言ってしまいました。

 中に入って椅子に座っていると、あれ、あの白髪はもしかして・・・、という人がいて、しばらくするとルッツ氏がその人と話しながら、こちらに目配せをしてきます。そちらへ行くと、その人に私を紹介してくれました。ハーバーマスです。握手して、ちょっと話をしました。型どおりの挨拶として、「知り合えて光栄です」というのがありますが、ハーバーマスがそう言ったとき、「ホントだろうね?」と思いました。ある人物の話になり、ハーバーマスはその人の下の名前を思い出せず(まあ、しょうがないですが、しかしご本人が知ったらやっぱりショックかも)、「××××」と教えてあげると、「そうそう、かれとはつながりあるの?」と訊かれ、「いいえ、学部が違いましたから」と答えました。

 懇親会へは、ルッツ氏の娘が運転するルッツ氏のクルマで運んでもらいました。そこで話した相手は、どっかで聞いたことがある名前でした。帰ってきてネットで調べたら、ミュンヒェン大学のその人の名前をタイトルに使ったカントに関する発表を聞いたことがあり、さらにそのときに私は質問までしていたのでした。なんてこったー。

 こんなに親切にしてもらったのに、明日、明後日と休んだら怒られるでしょうか。でも、中世の話をずーーーっと聴いてるのは大変なんですよ! ついつい、ハーバーマスにも耳毛は生えるのか、とか思っちゃうわけです。



12月14日(金)ヤバい?

 そんなわけで、今日も国際会議に出ました。それにしても、昨日パーティをやって今日もまた議論をするとは、みなさん何ともお元気です。とはいえ、おもっきりいびきかいて寝てる人もいましたが・・・。私は疲れたので、お昼を食べてどさくさ紛れに上へ戻ってきました。

 11月にも一度きたのですが、無視してたらまたきました。「受信料払え」、いやまずは「受信の登録をしろ」という封書です。電波を受信する装置(ひらたく言えば、テレヴィやラジオの類です)をもってる者は、登録するのが義務だぞ、と、いかにも人が受信料を払いたくないために登録していないかのように、エラソーに言ってきてるわけです。アホか、こっちは放映終了時にばかげた映像を流すNHKにだって受信料払ってる真面目な人なんだ、そんな装置もってたらちゃんと登録してる、っちゅうに。

 腹が立ったので、返信用の紙(登録用紙)に「そういう装置をもつことも義務ですか? 私を犯罪者のように扱うのは無礼じゃないですか?」と書いてやりました。これ、送り返すとヤバいでしょうか。

  ←くちゃくちゃにしてやった請求書と返信用の文書



12月15日(土)さぶい

 今日も下では熱心に中世のお話が展開されていたと思います。昨日あたりから、最低気温が氷点下になっていて、動くのがままなりません。床暖がなつかしい。ふくよかな人がうらやましい(わけない)。2月以降はどうなっても構わないので、それまでは勘弁してくださいとお願いしていたのに・・・。そんなわけで、そろそろ本気モードなのかもしれません。大人気ない。



12月16日(日)おかげ

 昨日、島野元ヘッドが亡くなり、ちょっと心配になって車だん吉はどうしているか調べてみたら、元気にご活躍の様子。何よりです。この人は、ずっといわたがん太と同一人物だと思っていたのですが、それはコンビを組む相方の名前で別人だったのですね。いわた氏が早くに芸能界を引退してしまったので、てっきり芸名を変えたのだと思ってしまったようです。車だん吉のことをたんくだん吉と呼ぶ知り合いがいて、「どうせ勝手に<車>を<たんく>と呼び換えているのだろう」と思ってきましたが、いわた氏とコンビを組んでいた頃の芸名がたんくだん吉だったということも、今回初めて知りました。すべて、元ヘッドのおかげです。



12月17日(月)英語でつか

 今日の発表は、カントで博士論文を書こうとしているアメリカ人。何度も謝ってはいたが、発表原稿は英語、発表も英語。もちろんカントからの引用も英語訳から。博士論文そのものも英語でお書きになるのでしょうね。がんばってね。

 じゃあアメリカで書けばいいじゃん、って思いますよね。先週あった国際会議は、もともと国際的な研究プロジェクトの一環だったのですが、そのプロジェクトで今日発表したヤンキーとルッツ氏のゼミ生だったドイツ女が知り合い、結婚したわけです。ハーバーマスは、「これで研究は永続的なものになる」と言ったそうですが、「そうかぁ???」。ともかく、そんなわけでルッツ氏のところへきて、英語で博士論文を書くというわけです。がんばってね。

 ゼミ生にはブルガリアからのおばちゃん(ぽい人)もいて、この人はちゃんとドイツ語で発表したのですが、「こういうのありですか?」って訊いたら、「英語の方が楽だからじゃない?」と言ってました。楽しちゃダメだよ、マーク!



12月19日(水)クリマー

 

 フランクフルト、レーマーでの Weihnachtsmarkt 、クリスマス・マーケットへ行きました。ひたすら寒かったです。前に来たときもひどく寒かった記憶だけがありましたが、今回も同じです。そこらじゅうでグリューヴァインが売られていましたが、未成年状態にある私は、生クリーム入りのホットココアを飲みました。生クリームが冷たいせいか、ココアは生ぬるかったです。驚いたことに、このクソ寒いのに若者たちはアイスクリームを食べていました。



12月20日(木)白い世界

 ドイツ南部は、白い世界になってます。しかし雪が積もっているわけではありません。木々に霜が降り、それが解けないまま残っているのです。美しい上に転ぶ心配がありません。クロード・ルルーシュ、フランシス・レイ、ケータイの着メロです。





12月22日(土)数の不思議

 PCを立ち上げ、ネットにつなぐと、フランクフルトのリアルタイムの天候と天気予報がわかるように設定しているのですが、今朝の気温は−6℃。横を見ると今日の予想最高/最低気温が4℃/−4℃と表示されています。えっ???ひょっとして、ドイツでは−6は−4と+4の間にあるのでしょうか。

 ネット上での調査によれば、死刑制度賛成派が9割を占めるそうです。ネットに接続するほどには進歩的である多くの人たちが、そんな野蛮な制度を支持するとは、にわかには信じられません。きっと何かの(ひょっとすると思考回路の)間違いでしょう。



12月23日(日)ダチョウサイコー

  

 小学生のころ、ダチョウは鳥類なのに飛べないということを聞いてかわいそう(もしくは、マヌケ)だと思いましたが、その考えは素朴で間違っていました。私はしかし、それぞれにはそれぞれの個性がそれなりにあって素晴らしいのだ、などという赤い鼻のトナカイ物語的な、あるいは坂本金八の訓話的な、一言で言えばIP的なことが言いたいわけではありません。ダチョウは、他の鳥たちとは異なって、空を飛んでるくらいで自由だと錯覚したりしないし、高いところから下々を見下ろすなどという下品なこともしないわけです。しかも走らせれば、時速60キロ以上のスピード。こんなに脚が速く高いところが嫌いで自己反省的なダチョウは、間違いなく人生の鑑たりうるでしょう。

 おまけ←ジャック様の誕生日゚+.(ノ*・ω・)ノ*.



12月25日(火)レオン

 昨日は『レオン』が放送されていました。始まる前に、「16歳未満お断り」のお知らせが。あれって、そんなガードがかかっていたのですね。やっぱ、ゲイリー・オールドマンの異常ぶりは尋常ではありませんでした。タブレット・ケースを耳元でふり、中に薬が入っていることを確認し、薬を噛み砕く。目の前でやられたら、それだけで何でもしゃべりますよ、私は。だれそれの居場所だとか、思想傾向だとか、子供の数だとか、あることないこと。なのに、『ハリポタ』に出ちゃうなんてねぇ〜。がっかりです。



12月27日(木)えっ???

 ドイツの駅で、年金生活者のドイツ人が外国人の若造2人に殴り倒され蹴りを入れられるという事件がありました。防犯用のカメラが一部始終を撮影しており(しかし、「防犯」になってないじゃん)、ニュースなどで映像が流されていました。ドイツの駅? こんなことはきっとフランクフルトじゃないと起きないだろう、とお考えでしょうか。百歩譲って、ひょっとするとベルリンなら可能性がないわけじゃないかも、でしょうか。これがなんと、あのミュンヒェンで起きた事件なのです。ミュンヒェンと言えば、伝統ある芸術の都であり、まるでどこかと同じように、少なくともうわべはこぎれいに取り繕っているようなところなのですが・・・。あの手の街だって、ひと皮剥けばこんなものだということでしょうか。



12月28日(金)あれぇー

 カール・マルクス・アレーという名前の通りがあったので、とりあえずそこを走るのは必修だろうと思い、気持ちよく風を切っていたら(言うまでもありませんが、レトリックです。わけのわからんレトリックを多用する人には、怒りを通り越して憐れみさえ感じますが、自分は使ったりするわけです)、いつの間にか同じ通りがフランクフルター・アレーという名前に変わっていました。あれぇーーー。

 DDRとプリントされたTシャツも、もちろん買いました。



12月29日(土)ザクセン・ハウゼン

  

 ひたすら寒かったです。ガイドブックを買って帰ろうとしたら、小太りのおばさんに「もうおしまい」と追い返されました。さすが、規律を強要した施設に関係する資料館で働く人は違う。もっとも、もっとちゃんと仕事した方が自由になれるんじゃないの???



12月31日(月)Silvester

 毎年年末はせわしない上に掃除を強要されているように感じるので好きじゃないのですが、今年はあまり1年の最後の日という感じがしていません。「2007年総集編」とか「今年の汚れ、今年のうちに」(森尾由美)とかいう映像を目にしていないからかもしれません。せいぜい、スーパーのレジがいつもは1つしかないのに今日は3つもあり、しかも大行列になっていた程度です。だれも言ってなかったみたいなので、レジのおばちゃんに「よいお年を!」と言ったら、めっちゃ喜んでくれました。

 さっきから、気の早いバ○がさかんに花火を打ち上げています。そういえば、アホほど巨大でたくさんの花火がスーパーに並んでいました。大雨になれば楽しいのですが・・・。大阪はすでに年が明けているはずですが、こちらはまだ2時間弱、2007年のままです。ではでは。



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2007年のよしなしごと