ゆびきりと迷子 
                      (1)





「…ったく、どこ行きやがったんだ! あのバカは!!」




あまりに盛大な独り言と舌打ちに、街を行き交う人たちが思わず驚いて振り返っていく。
が、そんなことはまったく気にもとめず、蛮はその人込みの中に一際目立つ金色を探して、街中を駆け回っていた。
もうすぐ日が沈む。
幼児じゃあるまいし、だからどうだということでもないのだが、気持ちは妙に焦っていく。



何かあったらわかるはずだ。
たとえばもし、拉致られでもしたら。
ヤツが呼べば、いや、たとえ呼ばなかったにしても。
オレは気がつく筈だ。
つかねぇ筈がねえ。
今までだって、そうだった。
何か危険が銀次に迫れば、どこにいようと敏感に察知することが出来た。


だから――。



こういうのは、余計に不安を掻き立てられるのだ。
何らかのことが銀次の身に起こり、その身がもし危険に晒されたのであれば、自分は察する。
察しないわけがない。
"あれ"はもう、自分の一部と同じなのだから。


だが。
ただ単に、行方がわからなくなった。

こういうのは、一番タチが悪い。
しかも、自分とて初めての街で、相棒が行きそうな場所など検討もつかない、そんな状況下で。








"ねえ、指切りして。蛮ちゃん"







――ったく。

くそったれ!


まさか指切りしなかったからって、そんぐれえでいなくなりゃしねえだろうが。

だからって。
なんでまた意味深によ。
なんで、んなこと言いやがったんだ。あのアホは!



今になって。
気になるだろうがよ!!



焦りと憤りにまかせて、工事中の看板をダン!と肘で殴りつけた。
驚いた作業中の男が「何しやがるんだ、このヤロー!」と勢い込んで飛んでくるが、蛮の鋭い一瞥に思わずギョッとしたように固まった。

「…あぁ、悪ぃ」

恐ろしく陥没した看板をちらりと見、蛮は荒々しく肩で息をつくと、立ち尽くしている男に片手を上げて適当に侘び、その場を離れた。










もしやと思い、待ち合わせ場所だった駅裏の噴水に戻ってみるが、そこにも相変わらず姿はなかった。
同じように待ち合わせらしいカップルの片割れやら、ナンパ目的の若い男やら、オンナやら。
人間だけは溢れているのに、探し求める姿はない。

それらを睨み付け、とりあえずと噴水のその縁に腰掛けると、コートの内ポケットからマルボロを取り出し、ジッポを開く。
そして煙草に火をつけるなり、忌々しげに煙を吐き出した。



まったく、煙草の味もわかりゃしねえ。
煙草を持たずに空いた方の手の指先が、自分の膝を苛立つようにトン、トン、と忙しなく叩く。



くそ、ちったぁ落ち着け。
まだアイツが、本気でいなくなったってワケじゃねえ。
どっか、そこいらへんの警察にでも保護されてやがるかもしれねえし。
まさかどっかのスーパーの迷子センターとか。
いや、いくら何でも、迷子っていうにゃデカ過ぎるだろ。




思いつつ、その間も休まずに視線を人込みに彷徨わせていると、ふいに目の前に胸の谷間が割り込んできた。


「――あ?」


視界を遮られた事に不機嫌に目線を上げると、冬場とは思えないほど露出の多い出で立ちの二人連れの少女が、蛮に声をかけてきた。

「ねぇ、アタシたちと一緒に遊ばな〜い?」

うんざりした顔で、蛮が面倒臭げにそれに答える。

「ガキと遊ぶ趣味はねえよ」
「やぁだ。アタシたち二十歳だよ、これでもー。よく見えないって言われるけどさあ」
「あっそ。んなこたぁ別に興味ねえから、どうでもいいんだけどよ」
「んじゃ、行こうよー! いいお店、知ってるからv」
「あ゛ぁ?! こら引っ張んな! 誰も行くたぁ言ってねえだろうが!」
「えー、何よぉ、いいじゃーんv」
「よかねえ! うっとおしいってんだよ! 失せろ」

掴まれた腕を乱暴に振り払って、短くなった煙草の吸い殻を捨てると、蛮がそれを靴底に踏みつけ立ち上がる。
そして、不機嫌に大股でそこを立ち去りかけ―。
ふと思い当たり、もしやと眉を顰めさせた。歩を止める。

そして、どうせダメもとだと、少女たちを振り返り言った。

「…つーかお前らよー。ずっと、ここで男ナンパしてんのか?」
「ちょっとぉ! ずっとって何さ、シッツレイねえ!」
「失礼も何も事実だろが」
「なーによ。アンタだって、さっきからこのあたりちょろちょろしててさ。どーせ、待ち合わせたカノジョにでもすっぽかされたんでしょぉ?」
「…カノジョじゃなくて、男なんだけどよ」
「げ! アンタ、結構カッコイイのに。まさかホモなのっ!」
「はあ?! …あーのなー。そうじゃなくてよ。連れが迷子になってんだ」
「は? 迷子? いったい幾つなの、そのツレ」

確かにそう聞きたくもなるわなと妙に納得しつつ、溜息混じりに蛮が言う。

「…18。金髪で、オレぐれぇの背丈で…。ああ、ギンガムチェックのダッフルコート着てて、顔はこう童顔つーか…」
そこまで説明したところで、二人が同時に嬉々とした表情で顔を見合わせ、声を合わせた。
「ああッ、見た見た!! ほらっ、あのチョー可愛い子!!」
「あーあ、あの子! 声かけたらさ、なんかすっごい恥ずかしそうにしちゃってさあ。かっわゆかったよねえ!」
「―ってまさか、あのコがアンタのカレシ…?!」

「…あ゛?」

「いやぁだあv そうなのーv」
「あんなチョー可愛い子が!? もったいない!!」

その言葉に、なんか頭痛がしてきやがった…と、両手をコートのポケットに突っ込みつつ、蛮ががくりと脱力する。


「――あのなー…」


そんなことはいいから、と言いかけたところで、背の高い方の子が実にあっさりと言ってのけた。




「でも残念でした。あの子だったら、オンナとどっか行っちゃったよ?」




「――はあ!?」



「フラレタんだー。かわいそ」
同情めいた言われ方にも、反応する余裕もなく蛮が怒鳴る。
「な、何つった今!!」
「だーから、オンナとどっか行っちゃった。きっと今頃、お楽しみの真っ最中なんじゃなぁい」
「ま、カレシのことはこの際あきらめてさ。アタシたちがー慰めてあげるからぁ、一緒に飲もv ねっ」
「…どっちだ?」
「えー?v」


「どっち行ったんだ?」
「――えっ?」




「あのバカは、どっちへ行きやがったって聞いてんだよ!! このアホ女どもが――!!」




恐ろしい剣幕でそう怒鳴られ少女たちが思わず指さした方向へ、蛮は猛然と走り出していた。
あとから思えば、どんな背格好とかどんな服装のオンナと一緒だったのか、どんな様子だったとか、聞いておけばよかったことが山程あったのだが、この時は完全に頭に血が上っていたから、まったく思いつく事さえなかった。


ああ、まったく我ながら。
銀次のこととなると、どうしてこうも――。



心中で舌打ちつつ、真っ暗になった空を、走りながらちらりと見上げる。
まさか、誘拐てなことは――ねえよな。
いくら何でも、いくら銀次でも。


しかし、オンナ連れたぁ、どういうワケだ。
いや、根っから女には甘いアイツのこと。
何か同情を誘うようなネタをちらつかせられたら、ほいほいついていくかもしれねぇ。

困ってる風を装って、バカでお人好しなアイツの気をひいて、そのうえで誘惑して、まさかどうこうしようなんぞ…。



「ああ! ったく!!」



いくら何でも、オンナに襲われるほどバカじゃねえだろう!
何考えてんだ、オレは!!














"ねえ、蛮ちゃん。オレ、ちゃんと待ってるからさ。…だから、指切りして?"











別れ際の、銀次の頼りなげな瞳が思い出される。


しかし、だからと言って。
駅の近くの、人通りの多い舗道のど真ん中で。
そんなことを言われて、はいよと小指を差し出す男がいるだろうか。


"なーんで、んな往来のど真ん中で、ヤロウと指切りしなくちゃなんねぇんだ! このオレさまが!"
"いいじゃん、別にー。ちゃんといい子で待ってるからさ。約束のしるし"
"指切りなんぞしなくっても待てるだろうが! いったい幾つだ、テメェは!"

"だって…"

上目使いに見つめられて、肩を落として溜息をつく。
道行く人の邪魔にならないようにと、パン屋の軒下に銀次を引っ張り、横に並んだ。
2度目の溜息は、さらに派手。
わざとらしかったのか、ちょっと隣でしょぼんとされた。
苛立ってるわけでも怒ってるわけでもないというのに、そういう態度はよくねぇか。
めずらしくそう思い、声のトーンと落としてやさしく言った。

"…んな顔すんな。別に、どうってこたぁねえだろ。第一、仕事なんだしよ"
"ワカってるけど。でも。なんか―"
"つーかよ。その指切りの意味って何よ? まさか、浮気したら針千本ってか?"

からかうように言った言葉に過剰反応して、銀次が真っ赤になる。
…おい。マジかって。

"そ、そうじゃないよ! 別にそんなこと思ってるわけじゃないから! ただ、知らない町だし、一人で待つの、ちょっと不安かなあって"

3度目の溜息は、気づかれないようにひっそりと落とした。

"3時間ぐれぇでカタつける。コッチもそう長引かせちゃ、逆に怪しまれるかんな。情報引き出したら、即、連絡入れるから。携帯、電源切っちまうなよ。テメー、すぐに間違って電源とこ押しちまうだろ"
"あ、うん。わかってる"

だからって、今わざわざ携帯引っぱり出して、電源確かめなくてもいいっての。
その律儀さに、思わず笑みがこぼれる。

が、すぐ、真剣な口調に変えた。

"気、つけろよ。なんかお前の方でヤバかったら、電話してきて構わねえから"
"ん。でも、蛮ちゃんこそ、気をつけて。そのオンナの人、組幹部のヒトの愛人さんなんでしょ? なんかヤバそうだし"
"おうよ。ま、ヘマはしねえさ"
"うん…"

こくんと頷いて、少し俯く。
どうもオレは、コイツのこういうしぐさに弱え。

"だーから。そういう顔すんなって。アホ"
"だって、さ。なんか心配だし"

何を"心配"だよ?
そう聞こうとして、やめた。
もっとダイレクトに訊いてみた。


"これから浮気する亭主見送るみたいで、嫌だってか?"


"ええっ! そ、そ、そんなんじゃないよ!!"


…ばーか。
ったく、アホ正直に出来てるよなあ。
オメーは。



"…おら、コッチ来い"


言って、店の横の狭い路地に銀次を引っ張り込む。
そして人通りから背を向け、壁に両手をついて銀次を囲うようにして、唇を重ねる。



"――ん…"



まろやかでやわらかい甘い舌の感触を存分に味わって、名残惜しそうに唇を離す。
まだ物足りずに、その唇の端にも、軽くキスを落とした。


わかんねぇか?
テメー以外としねぇだろうが。
こういうキスは、よ。


赤く染まった目元をそのままに、少々恨めしげに銀次が言う。


"もお、蛮ちゃん。なんでキスはしてくれんのに、指きりは駄目なのさー?"


往来でキスするよか、指きりのが、オレにゃこっぱずかしいんだよ。
そうとは言えず苦笑して、コンと拳で軽くその額をこづく。

"ぜーたく抜かすな。…じゃ行ってくら"
"…うん、いってらっしゃい"

今度は素直に、路地を出ていくオレを、銀次が見送る。

"おう、ちゃんといい子で待ってろよ。時間と場所、わかってんな?"
"うん、3時間後に駅裏の噴水んとこだよね!"
"ああ―。万が一、オレがちっと遅刻したって、その辺勝手にちょろちょろすんじゃねえぞ。ちゃんとじっと待っとけよ! いいな"
"うん!"










――ったく。

あのバカ。


"うん!"って、しっかり返事してたじゃねえかよ。
なのに、なんで待てねえ。
ばか銀次!!!




蛮が、走る速度を早める。
焦りのせいか、うまく避けられず、道行く人と身体がぶつかる。
前から来た酔っぱらいとは肩がぶつかり、盛大に怒鳴られた。
苛立ちの勢いのまま、その10倍を怒鳴り返し、ついでに足を蹴り倒して先を急ぐ。
そんなのがどうなろうが、知ったこっちゃない。



ただ、銀次が。
とにかく、銀次が。


畜生、あのバカ!
とにかく見つけて、一発思い切り殴ってやらねぇと気がすまねえ!!













つーか、そのオンナ。

いったい誰だっての――――!!















続く。


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