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14. 歌
(デジモンアドベンチャー02=ヤマト×タケル)





「なあ、タケル」

兄の作った昼食を一緒に食べて、午後からは曲作りに勤しむというヤマトのため、後片付けを一手に引き受けていたタケルが、その声にリビングのソファを振り返った。

「何、おにいちゃん」
「おまえ、楽譜読めたよな」
「うん。本当に"読める"っていう程度だけど」
「ああ、それで充分だから。ちょっと来いって」
「うん、何?」

キッチンのタオルで手を拭き、エプロンを外しながらタケルが兄の側に歩み寄る。
そして、兄の隣にちょこんと坐るなり、ほらと楽譜を手渡された。

「これ、ちょっと歌ってみ?」
「…はい?」
「おまえぐらいの声のトーンで歌ったら、どんな感じかなって思ってさ」
「ふぅん…。って、僕そんな、楽譜見ていきなり歌えないよ?!」
「ああ、俺のギターに適当に合わせて歌ってくれたらいいから」
「て、適当って、僕、そんな器用じゃ…」

慌てて言い募るのを聞こえないふりをして、ヤマトがギターを抱え直す。
"無理だよ、そんな…"という言葉は、兄の声とギターの音色にあっさりと遮られた。


「んじゃーいくぜ」


「あ、ちょ、ちょっとおにいちゃん…っ」


それでもギターが曲を奏で出すと、タケルの目が急いで音符を追いかける。
それが声になり、歌になるまでには、それほど時間を要しなかった。
初めての曲を、楽譜を見せられたばかりでスムーズに歌いきるというのは、日頃兄のように音楽に携わっていないタケルには、やはり無理な部分もあったけれど。
それでも大きく音もリズムも外れることのない歌いっぷりに、ヤマトが弟に気づかれないように満足げに笑んだ。

何をやらせても器用にこなせる力を持ちながらも、弟はどうも奥ゆかしくて、あまりそういう面を前に押し出すことはしない。
その控えめな所が可愛いし好きだとも思ってはいるものの、勿体ないとも最近思うようになっていた。



「へえ、なかなかいいじゃん。やっぱ、俺が歌うよか、おまえの声のがこの曲に合ってんなー」
「そ、そう? っていうか、かなり途中めちゃめちゃ歌ったような気がするけど」
「いや、しっかり音とれてたぜ? あ、ここんとこ」
「え?」
「上がる方が歌いやすいか?」
「あ、うんー。そうかな」
「よし、ココは書き直すか。じゃあ、後は?」
「歌いやすかったよ。すごいきれいな曲だねー」
「だろ? おまえのイメージ」
「…え?」
「お前を思いながら、作ったんだぜ?」



「――え」



言って、それきり真っ赤になって固まってしまったタケルに、ヤマトがそれをしばし見つめ、それから思わずと言った風に吹き出し、くくっと笑った。
タケルが、ますます真っ赤になる。

兄はこんな風に、突然、何の前置きもなく、とんでもない事をいうものだから。
そして、タケルの方は、逆にどうもそういうことが得意ではないらしく。
その"突然"がやってくる度に、こうして固まってしまうのだ。



「いらねえか?」
「え、いらないかって、ことは。あの、これ。この曲。僕に、くれるの?」
「ああ」


「…そう」


「あんまり嬉しくねえか?」
「え、ええっ! あ! 嬉しいよ! なんかびっくりして、すごい嬉しいんだけど! ど、どう言ったらいいか」
「ああ」


真っ赤になってしどろもどろに言う弟に、ヤマトが笑む。
勢いづいてソファの上にきちんと正座をすると、タケルがあらたまったように言った。



「あ、あの、えっと。あ、ありがとう…」



そのはにかんだような物言いに、ヤマトもまた照れくさそうな顔になる。
金色の弟の小さな頭をヤマトの手が撫でると、タケルがくすぐったそうに肩を竦めて笑んだ。

だけど。
その幸せムードは、一瞬にして暗転した。
兄が再びとんでないことを口にしたからだ。


「いや、どういたしまして。――んじゃ、コレ。おまえの持ち歌に決定な」
「うん。…えっ」

さらりと言われたので、聞き逃してしまった。
今なんて?とひきつりつつ問いたけげなタケルに、ヤマトがにやりとする。




「次のライブで、デビューだから」




「え、え、え、ええええ〜〜〜!!! あの、ちょっとおにいちゃん!? 僕、そんな人前で歌うなんてそんなの…!」
「大丈夫。俺がついてるから」
「いや、そういう問題では!」
「あーのなー、タケル?」
「え?! な、なに?」
「お前さ。俺のライブ前になると、いつも機嫌悪くなるじゃん?」
「な、なってないよ、そんなの! って、今そんな話じゃ…」
「んじゃ、無意識か? でも、なってるの。電話しても、全然素っ気ないしな」
「だから! そ、それは、練習忙しいってわかってるから、遠慮してるっていうか
「だーかーら。ゲストでお前も一緒に出ればさ。練習もずっと一緒だし」
「そんな! そんな、だからって、そんなの無理だってば、絶対無理! だいたい動機が不純だし! それに僕が歌ったって、お客さん、誰も喜ばな…!」

「――タケル」

喚き倒す弟を真正面からじっと見つめ、うっ…と思わず動きを止めるのを見計らって、ヤマトの腕が、その細い身体を抱き寄せる。


「うわ!! な…! お、お、おにいちゃん…!」


何をと言う間もなく、ソファの上で兄の膝の上に横抱きにされ、タケルが首筋まで真っ赤なる。
じたばたと跳ね上がる両足を物ともせず、ぎゅっとその腕に抱きしめられると、タケルは瞬く間に大人しくなった。
なんというか、タケルの数少ないスイッチと、さらにはそのツボまで知り尽くしたような動作に、思わず、タケルが心中深く溜息をつく。
結局、いつもこんな風に、いつまでたっても自分は兄に逆らえないのだ。
もっとも、逆らう気なんて、毛頭ないのだけれど。

そんな胸の内を知ってか知らずか、少々声をトーンを落としてヤマトが言う。


「一回やってみてさ。どうしても無理だってのなら、一回こっきりでいいからさ。何か、自分の中で、自分を変えてみろよ。タケル」
「え…っ」
「最近、ちょっとそんな顔してたからさ。自分がどっち向いてんだか、何出来るのか、よくわかんねえって」
「…僕、そんな顔してた?」
「ああ」


やさしく見つめてくれる瞳に、タケルが甘えるようにその痩せた両の腕でヤマトの首にそっとしがみつく。
本当は、ここしばらく、ずっとそうしたかったんだけど。
なかなか自分からは、できなくて。


「そう―か。相変わらず、おにいちゃんにはバレバレなんだ…」
「おにいちゃんだもんな?」

「…うん」


話せよ?というように、背中をヤマトの手にポンポンとやさしく叩かれる。
相変わらず、子供扱いされているなあと思いつつ。
それに反発することもあるけれど。
今日は、素直に嬉しいと思う。


「ちょっと進路のことで、お母さんとモメてて」
「は? まだ二年じゃん」
「二年だけど。いろいろと考えちゃうんだよね」
「…そっか」
「やりたいこととか、できることとか話してるうちに、本当は今なにやりたいのか、何ができるのか。わからなくなってきちゃって」
「ああ」
「そういう気持ち、どこにもってったらいいか、わからなくて」
「なるほど」
「お兄ちゃんはない? そういうコト」
「あるぜ。ま、俺の場合は、歌とか曲にぶつけるけどな?」
「ふぅん」
「気持ち吐き出すのにさ、結構イイんだよ。なんかこう、今まで見えなかったものが見えてくるっていうかさ」
「…そう、なんだ」
「だから、お前もどうかなーって思ってさ」
「…うん」


額をこつんと合わせて、タケルのものより少し濃い青の瞳が、弟を見上げる。
そして、軽くその唇にキスすると、囁くように甘く言った。


「一緒だったら、怖くねぇだろ?」
「…おにいちゃん…」
「な? タケル」
「…うん」



「んじゃ、決まり、な」








結局、その土曜の午後は。
ヤマトの曲作りはちっとも進まず。

夕食の支度の時間まで、兄弟はそこで戯れあってゆったりと過ごした。


そして、疲れたタケルがソファで毛布を被って、とろとろと居眠る頃。
兄は、タケルの歌う曲を、ちゃっかりと完成させた。













タケルが思わず口を尖らせたのは、翌日になってからだった。


「ねえ、おにいちゃん? なんか僕、もしかして巧く丸め込まれてない…?」
「さぁーな。気のせいだろ?」



これからライブまでの日数を、弟とたっぷり時間を共有できることになって有頂天な兄には、そんな上目使いの抗議など、まったく聞こえてはいなかったけれど――。

















END





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なんか久しぶりに、えらく自分らしいヤマタケを書いた気がします(笑)
ヤマトはこうでなくっちゃ(笑)
私的には、なかなか自分の気持ちを外に押し出せない弟と、それを全部わかっていながら、なぜか手の差し伸べようを微妙に間違えちゃう兄(笑)というのが、結構ヤマタケの場合は好きだったりします。そういう、石田ヤマトが大好きだ。
それがまた、逆にタケルにとっての救いになっていくのかもしれないし。

そういえば、ティーンエイジウルブズというバンド名を久しぶりに思い出し、ワケもなくひとしきり笑いました。(なんなんだ/笑)