←50title/index



47.体感気温
(「WILD ADAPTER」=久保田×時任)




リビングのソファに二人肩を並べて坐り、久保田は愛読の雑誌をぱらぱらとめくっていた。
時間は、既に2時を大きく回っている。
暖房を入れるにはまだ早い季節ではあるが、さすがにこの時間ともなると、広めのリビングは多少肌寒く感じられた。



そろそろ毛布一枚じゃ、寒いかなー。


のんびりと、煙草をふかしながらそんなことを考える。
その隣で、先ほどからずっとゲームに熱中していた同居人の手から、ふいにコントローラーが滑り落ち、カタ…と音をたてて床に落ちた。
同時に、凭れてきていた体重に、さらに重みが増す。
久保田は、目を細めて自分の肩口を見下ろすと、おだやかに笑んだ。


…おやおや。


ほとんど寝入っているように、こくりこくりと船を漕いでいる同居人の顔は、目を閉じているとまさしく子供の寝顔のようだ。
もっとも起きている時も、普段の言動を思うと、まあ印象はさほど変わらない気もするが。


吸いかけのセッタを灰皿に押しつけ、読みかけの「近代麻雀」を床に置く。
そして、肩口の彼に、久保田はいつもののんびりした口調で呼びかけた。




「時任ー」


「………ん」
「こんなところで寝たら、風邪ひくよ」
「………んー」
「ちゃんとベッドに行きなさいって」
「………んー」


「……時任」


呼びかける声は、時任の耳元で静かに囁くようなトーンで。
まるで言葉とは裏腹に、もうここで眠ってもいいよと言われているような、そんな気になってしまう。


「う…ん」
「聞いてる?」
「……ぼちゃん…」
「ん?」

「…るせぇ、耳元で」

「…はいはい。でもね」
「んー。わぁってる」
「とか言って、また寝ちゃってるけど? それとも、そんな風に駄々こねて、俺にベッドまで運ばせたいのかな」
「…げ。それは違え」
「だったら起きて」


「ぁ〜〜もう…。眠てえ」


唸るようにそう言うと、時任が手の甲で目をごしごしと擦った後、ぐーっとソファの背もたれで、しなやかに背中を反らして伸びをする。
こういう時任の猫的なしぐさは、実は久保田のかなりのお気に入りだ。



「テレビ切ったよ。コーヒーカップやら何やら、今片すの面倒だから、起きてからでいっかな…。――って。あらら」



大欠伸をして一通り気持ちよく伸び上がった後、そのままポテ…と自分の胸のあたりに凭れてきた時任に、久保田がおやと僅かに眉を持ち上げる。
そこで再び目を閉じている時任に、久保田が笑むと相変わらずのおっとりした口調で言った。


「起きて、ベッドに移動するんじゃなかったっけ」
「言ってねえもん、俺。そんなの」
「…おやおや」
「もう動くのだりィから、こっちで寝る。あー、風呂上がりにチューハイ飲み過ぎたかなー。なんか、スゲー眠てぇ」
「一本にしとけば?って言ったのに」
「いいじゃん、ジュースみてぇで旨かったんだし」


言うだけ言って、気持ちよさそうに胸にもたれて目を閉じる時任に、久保田がソファの背に回していた腕でその肩を包む。

「こっちで寝るなら、寝室から毛布とってくるから。ちょっと待ってな」
「んー。いらねぇ」
「なんで? 風邪ひくよ」
「いいの」
「そのままじゃ、寒いっしょ?」
「いいんだよ」
「なんでよ」

少しも困ってはいないのに、それでも困ったような口調になって、久保田が言う。
時任は、その久保田の腕をとって自分の身体に巻き付けるようにすると、少々甘え口調になって言った。


「ん。久保ちゃんいるし」
「ん?」
「部屋は肌寒くても、構わねぇの」
「…ふーん?」


なんだか、どうにも納得いかないようなとぼけた答えに、じれったそうに時任が言う。



「だーかーら! いーんだよ。ここならあったけぇから! 久保ちゃんとくっついてたらオレはあったけぇから、風邪もひかねえって、そう言ってんだよっ」




頬を赤らめて、半分逆ギレのようにそう喚くと、フテ寝のようにぎゅっと目を瞑る。









「………そう」



返ってきたのは、笑みを含んだ気の抜けたような答え。
だけども、それが喜色を含んでいることは、顔を見なくても時任にはわかる。
だから。
伝わったんなら、それでもういいと、そのままくたりと心地よい腕の中に身を預ける。

他人にとっては、たぶん。
世界中で此処ほど危険な場所はないだろうが、時任にとっては、この世のどこよりも深く安息できる場所だ。



瞬く間に寝息をたて出す時任に、やれやれと久保田がその身体を、自分の懐へと深く抱き込む。



さて。
テレビのスイッチは消した。
「近麻」は読み終え、セッタは先ほど灰皿に押しつけたのが最後の一本で買い置きはない。




…俺も、寝ますか。


心中で呟き、そして考える。
さて、この猫はどうしようか。
身体が冷えないうちに、よく寝入ったのを見計らって寝室に運ぶか、それともこのまま…?



ま、いっか…。


思い、自分もまた時任に凭れかかるようにして、手の中にその黒髪を抱く。
さらりとした感触は、いつも久保田の指先を悦ばせる。



なるほどね。
確かにくっついてるとあったかいかも。



肌寒い室温とは裏腹に、一緒にいるその空間だけ、確かに妙にほのあたたかく感じられる。
体感気温というのも、なかなかにいい加減。
一緒にいる相手と、その相手との距離と空間の差で、こんなにも変わってくるものらしい。
それを感じている自分をどこか奇妙に思いつつも、腕の中のいとしい体温に眠気を誘われ、目を閉じる。



まあどうせ、数時間で起こされるんだろうけどね。



"うぁあ〜寒いぃ〜〜! くぼちゃーん、起きろよ、寒いって! つーか、なんでこんなとこで二人して寝てんだよー"



とかなんとか言って。





想像してほくそ笑み。
天気予報以上に当たる確率の高いそれに、肩をやや竦ませる。



ま、その時は、その時で。


今は、このままの方がいい。
今は、まだ、このままで。



数字が示す室温よりも、身体が感じるそれの方がずっと確かだと、今は信じていたいから――。











もうしばらくは、毛布一枚でも大丈夫そっかなー…。












END














・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
初、久保時です…! なんだか初めて書いたので、これで合ってるのかどうか(しゃべり方とか)わからなくてどきどきです。おかしかったらゴメンなさい(汗)
CDドラマをお聴きになっている方は、久保ちゃんの話し方は、できれば森川さんのあの気の抜けたような(笑)カンジで読んでいただけると、とても嬉しいです。
というわけで。
初・久保×時は苺さんにv 捧げさせてね〜、大好きだっv