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21.待ってる
(「WILD ADAPTER」=久保田×時任)






「遅ぇなー」




心の声が、つい口からこぼれてしまったが。
そんなことにも気づかず、時任は改札を出てくる人が誰もいなくなると、肩を落とし、思い切り大きな落胆の溜息をついた。





――4時頃駅につくからと、久保田からそんな電話があったのが、たぶん2時間前。



早朝に、鵠からの連絡で出ていったきりだったため、正直時任はそれにかなりほっと胸を撫で下ろした。
仕事が入る時間帯も異例の事だったし、電話を取った久保田も、いつも通り飄々とはしていたものの、その極微々たる差がわからない時任ではなかったから。
仕事が終わったという電話が入るまでは、何とも落ち着かなかった。




だから、尚の事。
迎えに出ようと、自然に身体が動いた。
一秒でも早く、無事な顔が見たかった。





なのに。






「ったく…。何やってんだよー。アイツ…」






まさか、の思いが胸を横切る。
いや、まさか。
久保田に限って。




だけど。
それにしたって。遅すぎる気がする。
4時より少し前に、駅に来ていたはずだから。
もう一時間以上、ここでこうして待っているのだ。



いくら何でも遅すぎる気が…。










思い、改札の向こうを心配げに見る時任の視界が、ふいに何かによって遮られた。





――え…?!





何が起こったのかと思わず身構える時任の頭の上から、のんびりとした声が降ってくる。











「だーれだ♪」











「――はあ?」






「はあじゃなくて。だーれだ?って聞いてるんだけど」




その声で、時任は、自分の置かれている状況がやっとわかった。
自分は、誰かに後ろから目隠しされているのだ。


もっとも。
"誰か"も何も、そんなことを自分にしてくる人間は、一人しか心当たりがないが。






「く、久保ちゃん…」






「はい、大当たり〜」
目隠しが解かれ、久保田がのんびりとそう返す。


その途端、ばっ!と振り向くなり、今までの心配も不安も全部吹き飛ばして、背中にくっついていた久保田を見上げ時任が喚いた。
「ってなあ〜〜! 何やってんだよっ、大の男が、ガキじゃあるめーし!! 第一、他に言うことはねえのかよっ」
「あー、ただいま」
「おかえり…って、そうじゃなくて! んなフザケた事する前に、とっとと声かけろよな!」
「うーん。声かけたんだけどねぇ。なんかお前、ぼんやりしてて、聞こえなかったみたいだし?」
久保田の言葉に、時任が思わず、うっとなる。
確かにいろいろ考え事はしていたが。
声をかけられていたなんて、まったく気がついていなかった。
「そ…! そうなのか?」
久保田がその答えに、やれやれと肩を竦める。
「だいたい、後ろから簡単に目隠しされちゃうなんて、隙ありすぎよ? お前。ちょっとは気をつけないとー。ぼんやりしてる間に、怖いおじさんたちに誘拐でもされちゃ困るっしょ」
「ゆ、誘拐って」

まあ時任の場合、あながち有り得ない話じゃないだけに、"それこそ、ガキじゃねえんだから"とは言いきれないものがある。
実際何度か、WA絡みであろう黒い服の怪しげな男どもに拉致られかけた事が何度かあったし。

時任が、久保田の言葉に見る見る不貞腐れたような顔になる。
「わかってるよ、そんくれー。つーか! お前、電車で帰ってくるって言わなかったか!? 4時ぐれーに着くからってそう言ったから、俺様はこうやって一時間も待っててやってたつーのによ! なんで電車に乗って帰るハズの久保ちゃんが、駅の反対側から歩いて帰ってくんだよ!」
「あーぁ。ちょっと、お前に電話してからヤボ用ができてね。帰りにどうしても寄らなきゃなんないとこが出来たから。タクシー使ったんだわ。で、駅のあっち側の本屋の前で降ろしてもらって、ちょっと立ち読みしてたら遅くなっちゃった」
さらりという久保田に、時任が怒り心頭で、耳まで真っ赤になって怒鳴り出す。
心配してソンした!とでも思ったらしい。

「んだよ、ソレ! あほくさっ!」

「いやぁ悪かったねー。まさか待っててくれるとは思わなかったし?」
「別に、待っててやったわけじゃねーよ! たまたま、コンビニに行くのに家出たら、そろそろ4時だったから、もう帰ってくんのかなあって。そう思って、ついでに駅まで寄ってみただけだからよー!」
「へえ、そうなんだ」
「悪いかよ!」
「悪くないに決まってるっしょ。俺のために、短気な時任が一時間も待っててくれたなんて、感動だなぁ」
「一…! だーかーらー! 待ちたくて待ってたわけじゃねーって! ったく! 遅くなるんなら、電話ぐれぇしろっつーんだよ!」
「したんだけどね?」
「あ?!」
「したんだけど。お前、また携帯持たないで出てきたんでしょ」



「―――あ」



駅なんて近くだし、時間通りに会えるものだと思いこんでいたから、ついつい携帯なんて。
頭に思い浮かびもしなかった。
それだけ、気が急いていたのだろう。
もっとも、時任が携帯を忘れて外出するなど、今に始まったことじゃないが。


少々バツが悪そうに頬を掻く時任に、久保田が思わず目を細める。
何はともあれ心配をかけたということが、多少悪くもあり、かなり嬉しくもある。



「さて、と。じゃあ、帰ろっか? あ、時任、昼飯は?」
「…あ、そういや、食ってねえかも」
「じゃあ、俺もまだだし。こんな時間だから、昼・夜兼用で何か食べてくか?」
久保田の一言に、時任の顔が一瞬でぱあっと輝く。
「え、マジ!? んじゃあ、俺様、ハンバーグが食いたい! こーんなでけえの!」
「んじゃー、ファミレス行こっか」
「おうっ! さんざん待たせたんだからよ、なんかもっと他のモンも食わせろよな! あぁ、俺、なんか急に腹減ってきたー」
「はいはい、どーぞ。バイト代、鵠さんにフンパツしてもらったからね」
「おーし! あ、オムライスも食いてぇなー! キノコソースのやつ、この前旨かったしなー。ああ、それとよー!」



肩を並べて歩き出しながら、楽しそうに話す時任を見下ろし、久保田がフ…と目を細める。
そして、心中でそっと漏らした。




少々の罪悪感も、まぁ感じないことはないけど。
結構、至福のひとときだったしね。
ま、いいことにしておいてもらおう――。












ごめんね?






本当は――。














時間より少し早めに、俺は駅に着いていたんだ。




そして、そのまま家に向かおうとしたら。
道路の反対側を駅に向かって小走りにかけていくお前が見えたから。
どうかしたのかと、後をついて駅に戻った。








お前は。
改札口で、そわそわしながら俺を待っていてくれて。
ホームから降りる人の中に、必死に俺の姿を探していた。
そして、降りてくる人がいなくなり、その中に俺がいなかったことに、肩を落として落胆したり。








声をかけそびれていたのはネ。








俺を帰りを待ちわびて、百面相するお前を
もっと、ずっと見ていたかったから――。









なんて言ったら。


きっと、すごく怒るだろうなぁ…。














「久保ちゃん! 俺、やっぱ、チーズハンバーグステーキと、きのこソースのオムライスと、ベーコンと茄子の和風パスタな!!」

「ほいほーい」








まあ、これも罪滅ぼしって事で――。








しかし。
それにしても。

いくら何でも食い過ぎよ、お前…。











「ったくなぁ、久保ちゃんはよー! ほんっとに、ヒトが悪ぃんだからよー!」








ぶつぶつ言いながら、目の前でがしがしと乱暴にハンバーグにナイフを入れる時任を、久保田がふいにちらりと見る。











…おや? これは。
もしかして。






…バレちゃったかな?













――ま、いいけどv














思いつつ、それでも美味しそうにハンバーグをほおばる時任の、口の端についたソースを指先で拭ってやりながら。

久保田は、幸せな気分で笑みを返した。






自分を待ってくれるヒトがいるというのは、こんなにも幸福なものなのだなぁと、感心しつつ。






そして。
それが他の誰かじゃなく、”キミ”であるという事が、何より――。

















END




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ひさしぶりの久保時で、ずっとずっと書きたかったので、
なんだか「書いたーv」ってだけで凄く嬉しいです(笑)
お互い、なんだかどこまでわかってやってるのか?って気がしますが。
お互い、騙されてあげちゃってる気になってるトコが、なんだか書いてて楽しいなあvと。
もうちょっとシリアスで暗いめのお話になるはずだったんですが。
なぜか、ほのぼのしちゃいました(笑) ま、いいケド。


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