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48.小さな話 メール 繰り返す言葉
(GetBackers=蛮×銀次)




頭の上では、切れかかった街灯が点いたり消えたりを繰り返していた。
銀次が蹲ったままそれを見上げ、心許ない顔で溜息をつく。
体力はもう限界だ。とにかく眠い。

銀次は、ビルとビルの狭間の積み上げられた生ゴミのビニール袋の山に身を隠し、唇を噛み締め膝を抱えた。
全身に走る鋭い痛みに、一人堪える。

ここまで何とか敵をまいて切り抜けてきたものの、もうこれ以上の逃走は不可能だろう。
深く抉れた脹ら脛がずきずきしている。
後は、蛮を待つしかない。

疲労と痛みのため、意識が次第にぼんやりしてきて、気を抜けばこのまま眠ってしまいそうだ。





だけど。
こんな冬空の下で眠ってしまえば、朝日が昇る頃には、もしかすると、かちんこちんの死体になっているかもしれないし。
見つけられた時に、さすがにそんな状態だったら、きっと蛮ちゃんは怒るだろう。
っていうか、どうやってスバルまで運ぶかなあ。
こういう体育座りの状態で固まったら、案外運びやすいかも。
いや、そんな場合じゃないか。
それより、万一まだ生きていたにしても。
蛮ちゃんの迎えがもし間に合わなかったら、朝にやって来るゴミ収集車に、生ゴミと間違えられて持って行かれちゃうかも。

ああなんだか。
朦朧としているせいか、考えてることが支離滅裂で、滅茶苦茶なような…。




(眠っちゃだめだ…。眠っちゃ…)




思いつつ折り畳んだままの携帯を、自分を励ますように手の中でぐっと握り込めば。
まるで答えるかのように、それがやおらブル…と震動した。




(あ…? メール…?)



誰から?と思いつつ、二つ折りのそれを開く。
受信ボックスを開くと、それこそ相手の声でも聞こえてきそうな、ぶっきらぼうな文字が並んでいた。




『どこだ?』




(蛮ちゃん…。相変わらず、愛想のないメールだなあ…)


思いつつ、それでもつい、ほっとしたような笑みが浮かぶ。
返事を返そうと、血が滲んでかじかんだ親指をのろのろと動かした。
普段は、滅多にメールなんてしないから。
どうも、指の動きもぎこちない。
蛮とて慣れないのは同じだが、その辺あちらは器用なので、普段使ってなくても難なく何でもこなせるのだ。
単に面倒だから、数文字で終わるだけのことで。

三つばかり文字を連ねて、一度消す。
伝えたいことがうまく文字に纏まらない。
とにかく聞かれたことだけに答えることにした。
あまり返信に時間がかかると、心配もするだろうし、そうでなければ短気な蛮のこと。
イライラして、また携帯を壊されでもしたら困る。

電話をかけた方が早い気がしたが、追っ手はまだ銀次を諦めたわけではない。
話し声が危険を呼び寄せるかもしれない。
それを考慮して、蛮もメールで連絡を寄越したのだろう。
とにかく今敵に襲われでもしたら、勝ち目もない上、せっかく奪還した依頼品まで再び奪われてしまう。



『どこか、よくわからない』


送信したのは、結局、要領を得ない内容。
答えは即座だった。



『近くに何か目印になるものは?』



うーん。
と、ビルの狭間から通りを伺うと、向かい側のホテルの横に看板が見えた。




『ホテル、ナントカの看板が見える』



『ナントカでわかるか! ボケ!』




(そんなメールでまで怒鳴らなくても…。だって、英語で書いてあるし…。ええっとP、A、R …っと。あ、カタカナでふりがなうってあった。…そっか。パラダイス、って読むのかー)



『派らだ磯』



(ん? ぱらだいそ? 何それ。しかも、なんか妙な変換になっちゃっ… あっ! …んあああっ、送信しちゃった〜!!)


明らかに打ち間違った上に、おかしな変換になってしまい、慌てて直そうとした途端。思わず送信してしまった。
なんて、よくあるコトといえばそうなのかもしれないけれど…・

この場合。
ちょっとヤバイ、ような。
あーあ。

銀次が、携帯の画面を見つめ、深々と溜息をつく。
じっと見つめていると、目を三角にさせた蛮の怒鳴り声が聞こえてくるような気がした。

メールの文章は、どうも苦手だ。
漢字の変換がとんでもなく面白くなってたりして、蛮に笑われることもしょっちゅうだが。
それよりも、ただでさえ素っ気ない蛮の言葉が、メールだとさらに簡潔になって、しかもなんだかどうにも突き放されたように感じることさえある。
実際、顔を見ながらの言葉は、言葉の意味そのものだけでなく、表情や声でニュアンスが変わる。
そして、言葉と裏腹の真意なんてものが、伝わりやすい。
だけどメールでは、その辺りが実に微妙で。


すぐさま返ってきたメールに、見るのが怖いなーと思いつつ、銀次がそれを開く。




『一生そこにいろ』




うわあん。
別にフザけたわけじゃないのにー。


思いつつ、急いで返事を返そうとする。
蛮は怒っている。たぶん、絶対、まちがいなく。
しかし焦れば焦るほど、必死になって親指を動かせども動かせども、そこには日本語からはほど遠い文章が連なっていくばかりで。


ああもう、まだるっこしいなあ。
でもコッチに集中しているおかげで、傷の痛みはあまり感じなくなってきた。
とにかく早く、蛮ちゃんにここを、この場所を伝えなくちゃ。


『名前、うちまちがえただけだから、早く来…』


「うわあああっ!」


思わず大声を上げてしまい、慌てて口を自分で押さえる。
けど、さすがにこれは、叫ばずにいられない。


(や、ヤバイ…! "早く来て"って書くつもりだったのに、"早く来い"って、しかもまた送っちゃったし…!)


――最悪。

"て"と"い"の、たった一文字違いなのに、なんかもう―。
どうしよう。


程なくして、メールが届く。
見なくてもわかる。
きっともう、頭から湯気出して怒ってるにちがいないから。


メールを開く。
冷たい五文字。





『勝手にしろ』





はあ…と大きく溜息をつき、肩を落とし、携帯を持った手をだらりと下げた。
とっとと『削除』したいような、そんな冷たい言葉。


もう、そこまで怒ることないのに。
思いつつ、さらに落とした溜息は特大。
全身が脱力していくような、そんな最低の気分だ。

だから、さっきのも今のも、ちょっとした打ち間違いなんだってば。



早く帰りたいのに。
迎えにきてほしいのに。
蛮ちゃんの顔見て、安心したいのに。



傷口が、急にずきずきしてくる。

…かなしくなってきた。



そういう言葉を綴りたくても、なんだか長くなるばかりで、それにまた失敗するかもしれない。
こんな文字じゃ、うまく気持ちなんて伝えられない。
どうしたらいい…?
銀次は、両の腕でぎゅっと自分の膝を抱えた。



どこにいるんだろう。
近くかな。
電話してみようかな。
蛮ちゃんがもし近くまで来てくれているんだったら、敵さんに万一見つかっても、なんとか合流できるまでの時間稼ぎぐらいは出来るかもしれない。
けど。
もし、そうじゃなかったら。
マジで、このままアウトかもしんない。


どうする?


だけど、奪還品はここにある。
奪還屋として、奪い返したものを今度は無事依頼人さんに手渡さなくちゃならない。
引き受けた仕事は必ず最後までやり遂げると、それはこの名を、GetBackersの名を受け継いだ時からの約束だから。

それだけは、どうしても死守しなければ。



なので、電話は却下だ。
今、いちかばちかの危険を犯すような真似はできない。

再びメールする。


今度はごくシンプルな。
漢字にいちいち変換するのも、やめた。




『パラダイス。まってる』




一度、送信。
それからちょっと考えて、もう一度。
たった四文字に今の全部の想いを込める。






『あいたい』





そう書いた途端、胸の奥が熱くなった。
同じ、文章をもう一度送る。
気持ちも一緒に。





蛮ちゃんに、会いたい。





もう一度、送信。







『あいたい』






会いたい、とても。


…もう一回。






『あいたい』






もう一回…。






『あいたい』







送信ボタンを何度も押しながら、目尻が赤く染まる。
涙が滲む。


溢れそうになったものをぐいと手の甲で拭いながら、六度目の送信ボタンを押した時、やっと返事が返ってきた。


根を上げたような?
いや、焦っているのかもしれない。
そんなに切羽詰まった事態に、相棒が置かれているのかと。
返信をする余裕がないほど、蛮も焦っているのかもしれない。



メールを開くなり、銀次の顔に微笑みが浮かんだ。






『わかった。待ってろ』






ぽとり、と涙が膝小僧の上に落ちた。





『うん』





短く返事。












ほどなくして、駆けてくる足音が遠く聞こえた。
聞き間違えることのない、特徴のある靴音。

もう大丈夫だ。
ほっと、気配をオープンにする。

それをを察してくれたのだろう。真っ直ぐにこちらに向かっている。

それにしても。
さっきのメールからの時間を思うと。
随分と早いような…?



そう思った時。
切れかけた街灯の灯りを背に、路地を覗く影が銀次の上に落ちてきた。
ゆっくりと、銀次がそれを見上げる。



「蛮ちゃん…」



呼びかけた声は、嬉しさの余り上擦って、涙声になってしまった。
飛びついていきたいけれど、足がもう動かない。

息を切らせている逆光の顔は、銀次のその声を聞くなり、ほっとしたように険しかった瞳を和らげた。




「テメエなぁ…!」



言いかけた言葉を途中でやめて、ち!と1つ舌打ちをして、影が細い路地に入ってくる。
そして、山積みにされた生ゴミの袋を蹴散らすと、近づいてその前に膝をついた。
冷たい手が、ス…と銀次の頬に伸べられる。
指先が、赤く染まった目尻にふれた。


「…傷は?」
「ん…。そんな深いのはないんだけど。なんかもう、ボロボロで」
「見りゃあわかる。ま、そんでも、心配するほどのことでもなかったか」
「え?」


「ったくよー」


言い捨て、フ…と紫紺の瞳が笑む。
浮かんだのは、苦笑に近かった。


「今にも死にそうなメール、連続で寄越してきやがるからよ。焦ったじゃねえか、アホ」
言って、拳でコンと銀次の額をこづく。
小さく肩を竦めると、銀次が間近にある蛮の紫紺の瞳を見つめた。
少し首を傾けて問う。


「心配、してくれてたの?」
「おう。…ったりめーだろが」
「…怒ってるとばっか、思ってた」
「は? なんで怒るよ? なんかヘマやらかしたのか、テメエ」
「あ、と。そうじゃなくて」
「あ?」
「メール、なんか変になっちゃって」


しょぼんとして言う銀次に、蛮が"は?"という顔になる。
そして、項垂れる銀次に、呆れ返ったように両肩を聳やかせた。


「それぐれぇで怒るかよ、バーカ! テメーの文盲は、嫌ってほどオレが知ってんだぞ。まともにメールが打てるようになっただけでも、えれぇ進歩だってのに」
「え。そ、そうなの?」
「おうよ。まあ、あのなぞなぞみてぇなワケわかんねえ変換文字で、ここまで探し当てたんだからよ。お前もちったぁ、オレ様を尊敬しろっての」
「蛮ちゃん…」


言って、くしゃくしゃと髪を撫でられ、銀次がそのあたたかい手に思わず、じわ…と涙目になる。
それを見られまいとして、傷だらけの両手を伸ばし、蛮の首に強くしがみついた。


「蛮ちゃん」
「ん」
「そんなの、いつもしてるじゃない」
「あ?」
「してるよ、いつも。蛮ちゃんは、凄い、なあって、思ってる、よ…」


堪えたはずだったけれど、そう言った途端、涙は溢れた。
それに気づいて、蛮の両腕がそっと銀次を抱き返してくれる。
あたたかな抱擁。
傷だらけの身体を、気遣ってくれている。
痛みが出るほどの、きつい抱擁は今はされない。


「蛮ちゃんが、オレの相棒で、いてくれて、嬉しい、なぁ…って。いつだって、感謝してる――」

「…アホ」


背中を抱いてくれる腕と、やさしく頭を撫でてくれる手が、心配したんだと銀次に伝える。
言葉はなくても。
気が気じゃないほど、とても心配したんだ、と―。
だから、「派らだ磯」なんてワケのわからないメールでも手がかりにして、ホテルの名前を推測して、まっすぐにここに向かってくれていたのだ。

よくよく考えれば。
あの冷たいような返答も、蛮の声と表情がプラスされれば、立派に愛情に満ち満ちたものになる。

"一生そこにいろ、バーカ"






「ベソかいてんじゃねえ」
「…ん」

「おら、帰んぞ」


とりあえずは、ここを離れて、ともかくスバルまで戻らないと。
ここは、まだ危険だ。
追っ手の気配がある――。

蛮は、抱きしめたまま腕の中で銀次を立たせると、自分の肩に腕を回させた。


「歩けるか? それとも、おぶさってほしいか?」
「ん。歩ける。もうそんな、痛くないし」
「…そっか。ま、あんま無理すんな」
「うん」
「寄っかかってろ」
「…ん」


肩を貸してもらってるというよりは、ほとんど、抱き寄せられているようなカンジだけど。
表通りをこれで歩くのは、ちょっと恥ずかしいかも。と銀次が考える。

…でもまあ、いいか。

思い、よろよろと歩き出す。
それでも、腰を支えてくれる蛮の腕はさすがに力強くて、銀次の傷ついた方の足にはほとんど負担をかけられなかった。


「あ、オメー。奪還品は?」
「ジャケットのポケットの中」
「おーし、でかした。よくやったな」
「うん!」
「褒美に焼き肉、たらふく食わせてやっからよ」
「ほんとっ?」
「そんでチャラな」
「うん。って、何がチャラ?」
「何が、って。さっきのメー…―。いや、別にいい。とにかくオメー、ボロボロになっても頑張ったんだからよ」
「うん! わーい、ご褒美ーv」
「ったく…。んっとにゲンキンだな、テメーは」
「うん!」
「うん、じゃねえ」
「へへっv」




蛮に凭れかかって笑い合いながら、そして銀次が考える。



メールもまぁ、悪くはないんだけど。
言いにくい言葉も、気軽に文字に出来るから。

でも。やっぱり。

やっぱり、そばにこうやってくっついて。
耳元で、その呼吸と体温と声で聞く言葉は、どう考えたって。


――最高に、心にあったかく響くんだよね…。











「それにしてもよ。えれぇ"パラダイス"で待ってやがったな。オメー」
「…はい?」





   『パラダイス。まってる』








「――あ」




「バーカ」












END



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メールってなんか、この二人が一番しなさそう…と思ったんですが。ここは敢えて(笑)
お互い不向きで不慣れで、しかも片方は短気で片方は文盲(そこまでいわなくても…/笑)。

でもなんだか、たまにはこういうのもいいかなって思ってみたりします。
ずっと一日ほとんどべったり一緒にいて、まさに側にいる限り以心伝心な二人が、距離を置いてメールで言葉を交わし合うことで気持ちを伝えるっていうの。なんかもどかしくて、すごい楽しかったですv