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novel

26.今日という時
(「WILD ADAPTER」=久保田×時任)






「ねえ、時任」
「んー?」
「今日ってさ。誕生日じゃない」
「え、誰の」
「誰のって、お前の」
「…そうだっけ?」
「そうなんだけど?」
「…ふーん。そっか」

ゲームの画面を睨みつつ、聞いているのかいないのかというような適当な相槌に、久保田がテーブルに凭れながら、やれやれと煙を吐き出す。



俺の誕生日に、そんな態度してたら。
お前、頭から湯気が出そうなほど怒ったんだけどねぇ。


『んだよッ、久保ちゃんッ! せっかく俺様が誕生日祝いになんかしてやろうって言ってんのに、その態度は何なんだよっ!』
『いや、だってさー。どうでもいいっしょ? 誕生日なんて』
『どーでもよくねえよ! 久保ちゃんにとってどうでもよくても、俺にとってはどーでもよくねえの!』
『…はいはい』
『だーから! 欲しいモン言えっつってんの! なぁ、何が欲しい?』
『んー、そうだなぁ。じゃあ。時任の等身大フィギュアとかー』
『はあ!?』
『おクチとかさ。こう、あーんって開いてたら、尚いいなぁ。いろんな事に使えそうで』
『って! テメエ、それいったい何に使うつもりだよッ!! つーか、んなの気持ち悪ぃだけだろーが!!』
『それがさぁ、そーでもないんでない?』
『な、なんだよ』
『結構、キモチよかったりして?』
『へ…! へへへ変態! ド変態!! エロじじいっ、久保ちゃん、エロじじいだッ!!』
『ジジイは酷いなぁ』
『……てか、エロは否定しねぇのかよ…』

と、そんな風に。



結局。
別段、特に何が欲しいというわけではなかったが、何か(まともな)リクエストをせねば、ますます機嫌の悪くなりそうな時任に、「じゃあ、ゲームソフトにしよーかな、一応」と答えれば、"一応って何だよ"とツッコミながらも、時任は満足げに頷いた。
『おし! じゃあ、今から買いに行こうぜ!』
そして意気揚々と、久保田を引き連れ買い物に出た時任に、"一応欲しかったソフト"を買ってもらった久保田は、帰りにファミレスで特盛り状態のパフェに時任を無理矢理付き合わせたのだが。
実は、久保田にしてみれば、断然そちらの方が楽しかった。
何せ、「ウゲェエ…」だの、「あぁ甘くて死ぬッ!」だの、「ぜってー夢見る!今夜は悪夢だ、パフェに襲われる悪夢だ畜生!」などと。
さんざんブツブツ言いつつ百面相を大公開してくれる時任を、好物のパフェを味わいながら、愉しく眺めていられたのだから。
なかなかに至福の時だったのだ。






が、反して。
時任の方は、なんとなく面白くなかった。
プレゼントに買ったゲームソフトも、久保田にとってはそれほど執着するものでもなかったらしく、結局ハマってしまったのは自分の方で。
今もじりじりしつつ、そのゲームと格闘中だ。
それに、第一そのソフトを買った金も、元は久保田が稼いできたものだし。

"俺に出来ることって、なんかねぇのかな…。"

ゲーム画面を睨みつつ、考える。
出来たらお金もそんなにかからず、久保田が喜びそうなこと。
いや、久保田を喜ばせようという段階で、かなり難関なような気もするが。


「なぁ、久保ちゃん?」
「んー?」
「なんか、俺にして欲しいこと、ねぇ?」
「…えーと。今日はさ。俺の誕生日じゃなくて、時任の誕生日なんだけど?」
「知ってるっつーの!」
「だったら。やっぱ、俺が何かしてあげる方デショ」
「そりゃそーなんだけどさ。いつも俺、久保ちゃんにしてもらってるばっかだしよ。誕生日ぐれぇ、俺が何かしてやりてえよなぁって思ってさ。なぁ、何かねえ? あ、掃除とかしてやろーか! それとか洗濯とかさ」
「……お気持ちだけ、有り難くいただいておきマス」
「んだよ。ソレ!」
「掃除してもらうと、余計散らかるしなぁ。洗濯物は、爪に引っ掛かって破けちゃうっしょ?」
「なんだよ、俺がやっちゃ、却って迷惑だとでも言うかよ!」
「いや、そーいうワケじゃないんだけどさー。色々とねぇ」
「…前科があるって、言いてぇのか?」
「うーん」

確かに。思い当たるフシはある。
しかも、よくよく思い返せば、時任が家事を珍しく手伝った日には、ろくな事にならなかった気がする。
獣化した右手のせいでもないワケじゃないが、どうも天性のモノというか、家事一般の才能はもともと皆無のような…。
「クソ、わぁったよ!」
そう怒鳴って、プイと顔を背けてしまう時任に、困ったなぁと久保田がセッタをふかしながら肩を竦める。

もともと誕生日だから何をするとかいう習慣も、今までなかったのだから、普段と同じ、特別じゃない一日でいい筈なのだが。
しかし自分の生まれた日はそれでよくても、時任の場合はやはり異なると思う。
今ここにある存在が自分にとって、"破格に特別な存在"であることを思えば、そう考えることはむしろ自然な事なのかもしれない。

「じゃあさ。どっか食事にでも行こっか? 時任の食べたいもんとか、何でもいいから」
「べーつに。腹減ってねぇし」
「うーん。じゃあ、何か取る?」
「いらね」
「ケーキとかは?」
「甘ったりーモンは苦手だっつうの!」
「じゃあ、うーん。そうだなぁ。一緒に何か作るとか?」
「えっ?」
「時任の食べたいモノ、一緒にウチで作って食べ…」
「おおッ、それだっ! 久保ちゃん、ソレ!!」
「んっ?」
「それがイイ! それに決定ッッ!!」
「…あ、そう?」

「俺様が何かうまいモン作ってやるからな!!」
「…え。」

確か"一緒に"と言ったはずなのだが、それはきれいさっぱり無視されたようで。




かくして。
時任作の、"(恐怖の)今日の晩御飯"がテーブルに並ぶ事となったのである。
もっとも。久保田自身もレパートリーはそう多くなく、時任に教えられるほどのものでもなかったので、おかげでと言ったら何だが、メニューは無難にカレーということになった。
野菜を剥くのはさすがに右手の問題もあって(チカラの入れすぎで、じゃがいも2個をきれいに潰した)、久保田が担当したが、切るのは一人でやるといってきかず、久保田はひたすら生きた心地がしなかった。

「あ、時任。包丁持つ手と反対の手はさ。こう、にゃんこの手で…」
「久保ちゃん、うっせえって! あっち行ってろよッ」
「いや、だけどさぁ」
「あー切れねえ! クソ、このやろっ!」
「うわぁー、大胆な包丁裁き。薪割りみたいだねぇ」
「あぁもう、うるせえっつってんの! 邪魔ッ」
「…はいはい」

まぁ、多少の大小の違いはご愛敬ということで見守り、後は煮込んでルウを入れて、さらに煮込んで出来上がりーという段になって、まぁこれで大丈夫かなと、のんびりソファで読書でもしつつ待つ事にした久保田だったが。
早速キッチンから呼ばれ、顔を上げた。
「久保ちゃんはさー、甘口か激辛かドッチがいいんだ?」
「ん? 時任がいつも食べてる中辛でいいけど?」
「今日は、俺様が久保ちゃんに合わせてやるって! いつもはさ。俺に合わせてくれてっけど、実はすげー甘口か、やたら激辛ってのも好みなんだろ?」
そうだっけ?と、久保田が少々驚いた顔になる。
そういえばカレー屋に行くと、やたらと辛いのか、逆に甘口お子さまカレーとかが食べたくなってしまうのだが。
家で作って食べる時は、大抵、時任の好みで中辛だ。
つまり、別段拘っていないからだという言い方も出来る。
「なぁ、ドッチがいい? 甘いとの激辛と」
「んー、じゃ甘口かな」
「おっしゃ、甘口な!」
でも、甘口のルウってウチになかったような。
と、少々不安に思っていれば。
なにやら恐ろしげな独り言が聞こえてくる。
「やっぱ、甘いっていやぁ、リンゴにハチミツだよな!」
「…ん?」
「こんくらいか? あ、やべ、ハチミツ入れすぎた」
「……」
「リンゴは、丸ごとでいいよな。皮どーすんだ? そっか。煮てるうちにやわらかくなるか」
「…(あ、せめてヘタは取って欲しいなーとか)…」
「あと、ヨーグルトとかか?」
「え?」
「お。なんか旨そうな色になったじゃん」
「…(そうかなぁ…)」
「あと砂糖? さすがにカレーに砂糖はおかしいか?」
「…あ。時任ー」
「ま、いいか、入れちまえ!」
「…うわーぉ」
「ん? 何だよ?」
「いや…。いーんだけどさ、別に」
"ウチ。今、胃薬きらしてるんだけどね…"とはさすがに言い出せず。

「もうちょっとで完成すっからな! 楽しみに待ってろよっ!」

屈託のない、まさしく得意げな笑顔に、もうお前の笑顔だけでおなかイッパイになっちゃったー、とか。
そういう事言っても、ダメだろうなぁ。
アレ、食べないと、コイツ絶対怒るだろうしなぁとか、久保田が情けない胸中で思う。



そして、ふと。
いつのまにか自分の中に生まれていた、数々の感情に気づいた。
ちょうど、自分の誕生日に、パフェを食べた時任が、百面相していたみたいに。
うろたえたり、面食らったり、困ってみたり、それから嬉しかったり。

俺にも、あったんだなーと、なぜかそれがどうにも不思議で。
小さく笑いを噛み殺せば、何一人で笑ってんだよ、気持ちわりー!と目聡く見つけて時任が言う。





確かに。
今日という日は、いつもと変わりない一日だけど。
特別に何があるとか何をしなくちゃとか、そういう一日ではないと、そう思うのだけれど。


それでも。
何かがやはり、どこか違う。
そう思う。




君という存在が、そこにいてくれる。
それを心から実感できる。
今日という日がそんな一日だから、そうなのかもしれない。
久保田が、心の内で密かに思う。





「おーし、できたぜ、久保ちゃん!!」
「やーぁ、美味しそうだなぁー」
「んだよ、全然心がこもってねえぞ、それっ!」





今、ここに存在してくれる君に。
今日という時に。

ささやかな"おめでとう"と、それから、たくさんの"ありがとう"を――。








END

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時任君、お誕生日おめでとうー!!!vvv