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39.活字中毒者とニコチン中毒者との会話
(聖闘士星矢=一輝×瞬)




陽光が差し込んで、眩いほどの昼下がり。
テラスに続く扉を開いていても、風は季節を間違えたかのように暖かだ。

カレンダーは既に、冬に向かっているというのに。






純白のカーテンが翻る大きな窓の傍らのソファで、兄はくつろいで、静かに紫煙をくゆらせていた。
その兄の向かい側では、ゆったりとソファに身を沈めた瞬が、分厚い本のページを一枚一枚大事そうに捲っている。


――おだやかな時間。

一年に幾日あるかなしかのこんな時間を、兄弟が二人きりで過ごすことは実は極めて稀だった。
だが。
最近は少し増えた気がする。
城戸邸の果てしないほど広い敷地内にあるこの森の中に、兄弟の住処が用意されたのは半年ばかり前のこと。
各々修行した地に散っている他の青銅聖闘士たちと違って、主にアテナである沙織の身辺警護という役割を与えられている瞬は、常に彼女の傍らに居る必要がある。
そんなわけで、待遇も他とは別格なのだ。

もっとも。
だからといって、兄がそこにずっと居座るということはなかったが、一人にさせている弟を気遣って、ふらりと帰ってくる機会は格段に増えた。
(沙織の思惑はそこにあったのかもしれない)


兄がそばにいる時間が増えると、当然のように瞬も落ち着く。
だから、こんな風に、ただゆるやかな時間の流れの中で、瞬は読書を楽しむことも覚えた。
城戸邸の書庫は、恐ろしく広い。
たった一冊の本を選ぶだけにさえ、数時間を費やすこともある。
兄も時折それに付き合うが、どうも性には合わないらしく、すっかり活字中毒者になってしまった弟を、ただ眺めて時間を過ごす。
それはそれで、まさしく贅沢すぎる時間の過ごし方ではあるのだが。
煙草の量は、相当に増えた。





「兄さん」

ぱらり…と細い指先で本のページを捲りながら、視線は紙の上に落としたままで瞬が呼ぶ。

「何だ?」
「吸いすぎですよ」
「そうか?」
「今日はこれで二箱め」

兄の方など見もしていないというのに、どうしてそんなことを知っているのやら。
まったくあなどれんな、と一輝が苦笑する。

「手持ち無沙汰なんでな」
「兄さんも、本読めばいいのに。面白いですよ、なかなか」
「俺には、向かん」

ぶっきらぼうに返されるが、予測していた答えだけに、瞬が小さくくすくすっと笑う。
一輝がやれやれという顔になる。

「お前はもともと本が好きだったからな。まあそれでも、物には限度がある」
「そう?」
「今日はこれで、朝から5時間読書に費やしとるぞ」
「…え、ほんと?」

驚いて時計振り返る弟に、一輝が足を組んだその上に頬杖をつき揶揄するように言う。

「時間を忘れる、とはまさにこのことだな」
「あ、本当だ。お昼回っちゃってる…! お昼ご飯何か…」
「別にいい。腹も減ってないからな」
「でも…! やだな、兄さん。こんな時間になってるのなら教えてくれればいいのに」
「声はかけたぞ。聞こえてなかったようだがな」
「え」

焦ったように思わず立ち上がる瞬に、くっくっと一輝がさも面白そうに笑いを漏らす。
瞬にとっては、こんなにそばにいる兄の声が、たとえ何かに熱中していようと聞こえなかったというのは、まさに大問題ならしかった。
無論、兄は承知している。
だからこそ、そんな風に言ってみただけの事。


「馬鹿。――冗談だ」


「は?」
「ひどく熱中してたからな。声を掛けそびれた」
「兄さん…!」

抗議するように、みるみる瞬の白い頬が朱に染まる。
その顔を見たくて、わざわざ帰ってきているのだ。
と内心漏らして立ち上がると、今にも喚き立てようとした弟の傍らに行き、瞬を坐らせる。

「兄さんってば」

「まあ、別に構わん。時間を気にするような事も今はないからな。それに――」
「…それに?」


窓辺の日だまりの中で、椅子に腰掛け無心に頁を捲る弟は、なかなかに鑑賞の価値があった。

伸びたやわらかな碧の髪に、光が透けて美しく、時折白い指先でそれを掻き上げるしぐさも艶やかで。
形の良い唇が物語の台詞に合わせて、無意識に声をたてずに小さく動く様も、また可愛いらしくて。


何時間でも見惚れていたい程だったのだ。
まるで、天使が日溜まりで羽根を休めているかのような、そんな心安らぐような光景を。


…もっとも。
だからといって、こちらの存在を、まるきり忘れられていたというのなら、それはかなり心外だが。



瞬の坐るソファの縁に腰を下ろし、不敵な笑みを浮かべて一輝が言う。
「これ以上、俺をニコチン中毒にしたくないならな。偶にはコッチの相手もしろ」
その言葉に兄を見上げ、驚いたように見つめ…。
瞬がふいに、ふわっと微笑んだ。
「いつになったら、兄さんがそういってくれるかなあって。実は、僕もずっと待ってたんですけどね」
そして、細い肩を竦めてそう言うと、くすくすと小さく可愛いらしく笑ってみせた。
一輝の眉が、持ち上がる。漏れたのは、苦笑だった。




「まったくお前は…」

瞬の手から奪われた本はテーブルに置かれ、細い顎が逞しい指先に掬われた。


「兄さ…?」











ひさしぶりのキスは。
目眩のように、とても甘かったけれど。



兄の心中を語るような煙のほろ苦さも、少々混じっていた――。

















END







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久しぶりに書くと、やっぱり一輝瞬はいいなあ…って、しみじみします。
こういうしっとりした落ち着いた雰囲気とか、きれいとか美しいとかいう瞬ちゃんを褒め称える表現が使いまくれるのが、実はとっても快感です(笑)。昔に比べて、お転婆(おてんば??)だった瞬がだいぶん大人っぽく落ち着いたなあという気がしますが、根はじゃじゃ馬的なものをまだまだ残しているので、またそういう面も書いていけたらいいなーと思います。(兄さん、ニコチン中毒にしてゴメン/笑)