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46.光の雨 (蛮銀サイト300000hit記念SS)



瞼の裏に、あたたかな光を感じた。
やわらかな、陽の光。
頬の辺りにも、そのぬくもりがあたっている。

小さく身じろぐと耳のそばで、やさしく低い声で誰かが何事かを囁いた。
それに、意味は判じ得ないまま、無意識に銀次の口元が微笑む。
答えるように、大きな手のひらがそっと後頭部を撫でてくれた。
髪がくしゃりとされる。
大好きな、感触。
そのまま、その手に頬を包まれ、瞼の上にキスをされる。
再び、自然と笑みがこぼれた。

少し頭を動かせて、誰かの腕を枕にして眠っているらしいことに気づく。
腕の中にくるまれるようにして、重なるその体温に守られるようにして。


この上ない幸福感に包まれながら、ゆっくりと、銀次の意識が覚醒に向かう。
瞼はまだ重い。


もっと、このままでいたい。
起きるのは、もったいない気がする。
このまま、この腕の中でずっと微睡んでいたい。


このまま、もっと、ずっと。










けれど残念なことに、反して意識は真っ直ぐに眠りの海から浮上していく。
身体が勝手に、深い海の底から水面へと浮き上がっていくような、奇妙な浮遊感。









「…ん」


瞳を薄く開いた途端、あまりの眩しさに、銀次は思わず顔を顰めてその琥珀をぎゅっと閉ざした。
「んあ…。まぶし…」
東側に大きな窓のあるホテルの一室は、それこそ部屋の中がまるで光の洪水のようで。
白い壁に、光が乱反射している。
片腕を持ち上げて、堪えきれずにその光を遮った。
そして、琥珀色の寝ぼけ眼で、ゆうるりと周囲を見渡す。
ここがどこで、今何時頃で、いったい何をしていたのか。
すぐに思い出せない。
よほど深く寝入っていたのか、頭がまだぼんやりしている。


そうしてやっと、どうしてこんなに室内が眩しいのかを、ふいに視線の止まった窓を見て気がついた。
カーテンを引き忘れている?


ええっと。


いや。正確にはカーテンを引く余裕すらなかったことをふと思い出し、銀次はぱちっと唐突に瞳を大きく開いた。
乱れたシーツを慌てたように踵が掻き混ぜ、思わずあっと声を上げて身を起こそうとして、そしてしくじった。
身体の奥に残る甘く疼くような痛みと何ともいえない違和感に、落っこちるように、またその腕の中に戻る。


「…やっとお目覚めかよ。寝ボスケ」


笑みを含んで、頭の上から声が聞こえた。
聞き慣れた声。
ベッドで聞くその声は、いつも第一声は少々掠れ気味の低音だ。
身体の位置をそろそろと変えていきながら、銀次が答える。

「…うん。何時?」
「さあ。もう11時ぐれぇだろ」
「んあー。寝過ぎ。おなかすいたー」
「オメーがちっとも起きねえから、朝食、食いっぱぐれたんだろうが」
「んー。だって、なんかあったかくて、気持ちよくて」
「あ? こら。まだ寝る気かよ」
「だってー。ゆうべ遅かったもん、寝たの。依頼人さんとこ奪還品渡してから、皆で祝杯上げて、それから…」


自分の言葉に、突如銀次はかぁっと頬を真っ赤に染めると、それを蛮に気取られまいと、枕にしていた蛮の腕をずり落ちた。
そして、その胸とシーツの間へとこそこそと隠れるように身を潜ませる。
どうやら、昨夜あった事を鮮明に思い出したらしかった。





そう。
今回の仕事は、チーム編成を余儀なくさせるような、なかなかに困難な、しかも大掛かりな依頼内容だった。
関わった人数も半端ではなく、仕事の後の宴会はその分大層盛り上がったが。


その後、やっと二人きりになったホテルの一室に入ってからも。
カーテンを引くのを忘れるほど、実は盛り上がってしまったのだ。
しかも、最初の一度目は、そのカーテンを引き忘れた完全にオープンな窓辺で。
なんだか普段は考えられないような、かなり大胆な格好をさせられていたような…。



「うわあっ」
「あ?」
「い、いえ何でも! な、なんでもないです」

蛮が、やおら自分の胸元に隠れるように身を寄せてきた銀次を、いったい何だと不思議そうに見下した。
見れば、その項は真っ赤で。

――ああ、なるほど。思い出したか。

思い、蛮がほくそ笑む。
からかって、もっとこの項を真っ赤にさせて、ついでに朝から愉しむのも悪くはないが。
さすがに、今日のところは自重することにする。








今回の奪還は、銀次にとってはかなりなオーバーワークだったのだ。


にも関わらず、二人きりになった途端、歯止めが利かなくなり、勢いで求めて少々無茶もさせた。
いやもちろん無茶と言っても、単に啼かせ過ぎたというだけなのだが。
第一、銀次も貪欲だった。
蛮を求めることに、大胆すぎるぐらいに夢中になっていた。


もっとも。
ストレスの強い仕事の後は、二人はいつもこんな風だ。


互いに、特に奪還に至るまでの過程で精神面が追いつめられれば追いつめられるほど、そして、二人で行動することに制限がかかればかかるほど、仕事の後は、どれだけ疲労していようと肉体が勝手に相手を欲しがってしまう。
まるで、極限状態まで追いつめられた精神が、互いと繋がることで何とかその安定を取り返そうとしているかのように。












いたわるように蛮の右手が、自分の胸に甘えるように頬を寄せている銀次の金色の頭を抱く。
銀次が小さく身じろいだ。

「蛮ちゃん」
「ん…?」
「あったかい」
「あ?」
「蛮ちゃんの胸」
「…おう」
「心臓の音。どん、どんっていってる」
「ああ、そりゃあ。当たり前ぇだろ。生きてるんだからな」
「そっか…。でも、でもさ」
「ん?」
「よかったぁって。…無事で」
「…大げさだっての」
「ん。そうだけど」

答えて、小さく銀次の鼻が鳴る。
同時に、蛮の背中に腕を回し、ぎゅっと強くその身体にしがみついた。



言いたいことは、わかっている。

心配で、心配で。
離れているのが、つらかった。
やっとそばに帰ってこれても。
奪還に携わるチームの人数が多すぎて、傍らに立つのがやっとだった。
本当は、あの時。こうして抱きついて。
怖かった、もう離れたくないって。
そう泣き言を言いたかった。

だけど。
蛮の側には卑弥呼もいて。
それは出来ないと、瞬時に悟った。しちゃあいけないと。
つらかったのは何も、自分だけではないのだから。

蛮は自分が求めたら、誰がいようと、誰の目があろうと、構わず受け止めてくれただろうけど。
銀次自身がそれを許さなかったから。
その性格も知った上で、蛮もまた、自分からは腕を伸ばさなかった。



だから、あとで互いに、余計につらくなった。








蛮の胸に甘えて額を擦り寄せ、そっと銀次が蛮を呼んだ。
「蛮ちゃん…」
「ん?」
「雨、降ってる?」
銀次の言葉に、蛮が少々不思議そうな顔をし、銀次の髪をくしゃくしゃと撫でながら窓の外に視線を送る。
「いや。いい天気だぜ?」
「だよね。…じゃ、なんでかなー。ちょっと雨降りの音が聞こえた」
その言葉に、蛮が微かに目を細める。

「…そりゃあ、テメーの胸ん中が雨降りだからじゃねえのか?」

気持ちを雨に例える。それがいつからか、二人だけの暗号のようになっている。
「…かな? あ、でも冷たいどしゃぶりとかじゃないよ。どっちかっていうと、お天気雨みたいな」
「キツネの嫁入りか?」
「うーん、そうかな。光の中に、細い雨が降り注いでるような、そんなカンジ…。嬉しいような切ないような、甘いようなほろ苦いみたいな…。そんな、よくわかんない気持ち」

「そっか」

呟いて、蛮が両腕で銀次の身体を包むように抱いた。
つまりは、まだもう少し、心の安定を欠いているということだ。
離れていた時間の長さを埋め合わせるには、一夜ぐらいでは到底足りない。物足りない。
それは、蛮とて同じだ。

気障な台詞と知りつつも、銀次のその耳元に唇を寄せ、こそりとやさしく囁く。こういう時の銀次を喜ばせるためなら、蛮は言葉を惜しまない。


「オレが、傘になるか?」


腕の中から蛮を見上げた琥珀が、一瞬驚いたようになり、それからゆっくりと細められる。
そして案の定、銀次は頬を染めて、嬉しそうにした。

「――うん。ヘヘっ」

それを見つめ返して、蛮の紫紺の瞳もフ…と笑み、さらに腕の中深くに銀次を抱き込む。
そのあたたかな腕の中でやっと少し安堵したように、銀次が息を吐き出し身体の力を抜くと、小さく躊躇いがちに呟いた。




「ねえ。なんか、こういう朝はさ」
「ん?」



「世界中に、もう。蛮ちゃんとオレだけだったらいいのにって…」
「…銀次?」
「この世界に、オレと蛮ちゃんと、ふたりきりだったらいいのになあって、そう思う」



しめやかに言われて、蛮が、そのらしくない台詞に苦笑する。
もっとも、破滅的な言葉のように聞こえはするが、そこいらは所詮はお子さまメルヘン思考の銀次のこと。
それ以上の深い含みはないのだ。
だから、蛮の返す言葉は自然と軽めになる。


「へえ。めずらしいな。オメーがそんなこと言うなんてよ」
「そう?」
「ああ。だいたいオメー。基本的に賑やかなのが好きだって、いつも言ってるじゃねえか。みんな一緒に、とかがいいってよ」
「そりゃあ、そういうのはもちろん好きだけどさ。でも、それでも。オレだって、思うことあるもん。誰にも邪魔されずに、蛮ちゃんとずっともっと、二人きりでいたいなあって」
一生懸命に言い募られて、蛮が笑む。
照れもあって、返事は短めに返した。
「へいへい」
「もう、真面目に言ってるのに」
「真面目に聞いてやってんじゃねえかよ」
「コドモっぽいとか思ってるんでしょ」
「そりゃあ、まあ。ちっとはな」
「んもー」



可愛い告白。
確かにコドモっぽいといえばそうだが。

だが同時に、それだけ銀次は切羽詰まっていたのだともいえる。
それだけ、無理をさせたのだ。
再度自覚し、蛮が胸に刻む。

当分、別行動をとらざるを得ないような仕事は、ヘヴンに言って却下させよう。
いつもいつもというワケにはさすがにいかないが、それでもこの気持ちは大事にしてやりたい。





「なら、そうしてようぜ。今日ぐれえな」
「蛮ちゃん…?」
「別に何しなきゃなんねえってワケでもねえし。ま、別に今日だけと言わず、金入ってきたばっかで懐も暖けぇから、オメーの気が済むまで何日でも付き合ってやるけどな? "ふたりっきり"によ」


もっとも本心では、自分の方こそ、そうしたいと望んでいるのだけれど。
銀次の希望を叶えるカタチにしてやる方が、お互い楽しそうだから、そういう事にしておく。

「え…? 本当?!」

蛮の言葉に、銀次が跳ねるようにして顔を上げた。
それを見下ろして、蛮が包み込むような瞳で問いかける。

「おうよ。そんで不服はねぇか?」

蛮の言葉に、銀次が瞳を大きく見開いたまま、その紫紺を凝視した。
そして、見開かれた琥珀の瞳がゆるやかに細められていき、ほんのりと目尻が赤く彩られていくのを、蛮が他の誰にも向けることもないあたたかな眼差しで受け止める。
とろけそうな、こぼれるような笑みが、それに答えた。

「うん…! うんっ、ありがと! ありがと、蛮ちゃん!!」

嬉しさの余り、シーツの上を身体を伸び上がらせるようにして、今度は首にぎゅっとしがみついてくる銀次を抱き返しながら蛮が笑む。






「なあ、銀次」



耳元で呼ばれる名は、睦言みたいに甘かった。



「…うん」
「オレは、いつだって思ってるぜ?」
「…なにを?」






「この世に、お前とたった二人っきりだったら、どんなにいいかってよ――」
「蛮ちゃん―」









――この世にふたりきり。





なんて甘美なコトバ。




本当にそうだったら、どんなにかいいだろう。
互いだけを見つめて、互いのためにだけ生きて。





だけども。
自分たちは知っている。
これは、そういう相手ではない。
そこで終われる相手ではない。
互いに手を取り合って、歩いていくための唯一なのだ。
自分たちの世界を共に切り開いていく、そんな力強い、たった一人の相手なのだから。


二人で生きていく本当の手応えを得るためには、扉は閉ざされてはならない。










ひとしきり好きにしがみつかせた後で、蛮はその腕を丁寧に解くと、手のひらで愛おしげに銀次の両頬を包んだ。
至近距離で、見詰め合う。
そして、どちらからともなく、ゆっくりと瞳を伏せた。
蛮の唇が、しっとりと銀次の唇を塞いだ。
欲情に走らない程度に、控えめに舌を絡ませ、軽く吸う。
思いを込めた口づけ。


大事だから。

誰よりも、オレはおまえが大事だから。
何を忘れても、それだけは固く覚えておけと、唇と、それからその心に刻みつける。
幾度も、幾度も――。


















「ところで」
「ん…」
「雨は、どうよ?」
「えっ?」
「オメーの中に、降る雨は…。ちったぁ小降りになったのかよ」


何度も甘い口づけを受けて、すっかりその腕の中で上機嫌の銀次が、蛮の問いに困ったように頬を染めた。


そんな風に言ったなんてコトは、もうすっかり忘れていた。
――なんて。
さすがにちょっと言えないよね?などと思いつつ。




少し考えた後、銀次がにっこりと蛮に告げた。
今の心境を、どんな風に伝えたらいいか、銀次なりに考えた結果らしかった。

「んーと。今はねえ。さっきのお天気雨が止んで、あったかいお日さまの光だけが胸の中いっぱいに、雨みたく降り注いでるって、そんなカンジかな?」
「ほう」

銀次の言葉に、蛮が思わず、少々感心したように呟く。
銀次がそれに、褒められたーとでもいうような得意顔になった。
満面の笑みで、蛮に言う。



「なんつって。蛮ちゃん、オレってさー! もしかして、すっごい詩人かも!!」




蛮は、その言葉に呆れたように片眉を持ち上げると、マルボロの匂いのする指先で、ちょんと銀次の鼻頭を突っ付き、やれやれという顔で笑った。



「バーカ。…ったく! ゲンキンだっての、オメーはよ―」














End






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蛮銀サイト300000hit記念SSです。
気負いすぎて、なんかよくわからない話になってスミマセン…!
お話の中に出てくる奪還依頼は、詳細考えずテキトーなんですが(汗)、ちょっと今の原作を読みつつ含むところもあったりして。
少しでも楽しんでいただけると嬉しいですv