■ 月と甘い涙






じんわりと、指の先まで汗ばんでいる。
身体中がまだ熱を帯びていて、吐き出す息もまだ、ほんの少し痙攣するように甘く震えている。
息のつまるほどの深い快楽の後で解放された身体は、その熱の余韻に、まだ酔いしれているかのようだった。

重い瞼をようやく持ち上げ、薄く瞳を開くと、窓際で月を見上げるようにして煙草をくゆらせている、大好きな人の姿が見えた。
それに何となく安堵して微笑むと、白いシーツの波に俯せに投げ出された手足を、まるで回収するかのように引き寄せようとして、「う・・ん・・」と小さく声が漏れる。
目の前に、無造作に放り出されている自分の手が、自分のものではないのかと思うほど自由にならない。
持ち上げることすら気怠い。

心地よい、けだるさ。
眠気が襲ってくる。
瞼がまた、重くなる。



あー・・。
眠っちゃうよ・・・。
もーちょっと・・・・起きて・・・・たい。
まだ・・・もう・・・ちょっとだけ・・・・。


シーツの波をゆるく掻くようにして、つま先が睡魔に逆らって小さくもがく。
全裸の身体に、腰のあたりにだけシーツを巻き付けた恰好で身じろぐと、静かな室内に衣擦れの音だけが微かにした。

閉じそうになる瞼と、眠りの淵へと沈んでいきそうになる意識との戦いは続く。


まだ、寝ない・・・。
寝ないってばー
もう・・。


蛮、ちゃあん・・・。




「あ?」

心で呼んだ声に、相手が反応して気配が近づき、ふいに頭の上の方から返事が返ってくる。
月明かりだけの薄暗い部屋の中でさえ、その瞳がやさしく見つめてくれているのがわかった。


「・・・どうした?」

気遣うような声がする。
あたたかない手の甲が、そっと頬にふれてくれる。


「ん・・・ 眠い」

困ったように呟くと、笑いを含んで答える。

「だったら、寝りゃいいだろーが」


「だってぇ・・。せっかくマトモなホテル泊まったんだし・・・寝るの・・・なんか・・・ちょっともったいないっ・・いうか・・・・・お金・・・せっかく・・・奪還・・・・の・・・・・・海がさー・・・・朝でー・・」
「あのなあ。半分寝ながらワケわかんねーこと言ってねえで、とっとと寝ろっての」
「んー・・・」
「夜明け前には、起こしてやるから」
「・・・・何時? 今」
「3時18分」
「んー・・」
「2時間ぐれぇは眠れるだろ?」
「蛮ちゃんは?」
「オレは別に・・・・眠かねーし」
「起きてるの?」
「ああ・・。月をアテにビールでも飲んでらぁ」
「じゃあ、オレも」
「テメーは寝てろ」
起き上がろうとした頭を、上から押さえつけられるようにして、思わずぱふっと枕に突っ伏す。
「んあ〜」
「寝てろって」
「もうー。ひどいよ、蛮ちゃん」
頭の上に置かれている手に自分の手を重ねて、上目使いに見上げれば、蛮がくっくっと喉元で笑う。
そして、額に張り付く金色の髪を、指先でやさしく掻き上げてくれた。
「オメー・・・。すげー汗びっしょりだぜ?」
まだ汗で微かに湿っている背中も指先で撫でられ、銀次がその感触にピクッと過敏に反応し、ぱっと赤く頬を染めた。
誰のせいで、こんなに汗かいてるんだよぉと言い返したいが、そうなると怒濤のように、ついさっきまでの恥ずかしい自分の痴態を赤裸々に語られてしまうから、こういう時は黙っていた方が賢明と、さすがにそういうことだけは学習能力がついてきた。

「シャワー、浴びてこよっかなー・・」
「どーぞ」
「じ、じゃあ・・・」
のろのろと身体を起こし、ベッドから降りる時に一瞬ふらついて蛮の手に支えられ、一歩踏み出すなり体内を逆流して内腿を伝う体液に、銀次が微かに顔を歪める。
「連れてってやろうか?」
「け、結構です・・」
「ちゃんと、掻き出してこいよ。腹こわすぜ」
「・・・わ、わかってるよ・・」
ぎくしゃくと、右手と右足が同時に前に出るような妙な歩き方になって笑われつつも、なんとか浴室までたどり着く。





「はぁ・・」

普通のホテルでよかった。
いつも泊まるホテルは、シャワーのとこやらトイレやら、やたらめったらガラス張りで。
それを外からニヤニヤと眺めている目があるから、とてもじゃないけどゆっくり洗い流せるわけなんかないし。
安ホテルで、狭い浴室とはいえ、有り難い。
その上、バスタブにはきっちり湯が溜めてある。
先にシャワーを使った蛮が、気を利かせてくれたのだろう。

そういうとこ。蛮ちゃんて、何も言わないけどやさしいんだよね・・・。

シャワーのコックを捻って、熱い湯を浴びながら、おずおずと自分の身体の中に指を入れて、体内に残された蛮のものをそっと掻き出す。
「いて・・・」
ドロリとまだ熱いそれが、シャワーの湯とともに内腿を伝う。
それにちょっとほっとしたようにため息を漏らして、銀次は身体の熱を冷ますように、ぬるめのシャワーの雨を浴びる。
髪や身体を一通り洗うと、たっぷりの湯の溜まった少し狭い目のバスタブに、足を上げて身を浸らせた。

「ふあ・・・・ いいキモチ・・・」

タオルを頭に置き、バスタブの淵に頭をのせて上を向くと、天井から水滴が1つ、銀次の頬の上に落ちてはじけた。
それに思わず、くすっと笑いを漏らす。


あたたかい湯に、身体中が満たされていく。
同時に、心もあたたかく満たされて。
額を落ちていく汗を拭って、銀次が微笑む。


蛮ちゃんが、いるから。
蛮ちゃんがいるだけで、こんなに。
こんなにも、心があたたかく満たされている。


不思議だよね・・。
まだ出会って1年と少しなのに。
出会わなかったことなど想像もできないし、出会う前のことも、もう忘れてしまった。
気がつけば自然に、ごく自然に一緒にいたから。


そして。
今日という自分にとって「特別な日」を一緒に過ごし、一緒に祝ってくれる「特別な人」になっている。
今まで考えもしなかったけど、それって、きっと、すっごい幸運なことなんだ。




もっとも――
過去において誕生日は、別に「トクベツな日」でも何でもなかったのだが。

無限城で育ったジャンクキッズたちは、そんなものを知らない子供がほとんどだったから。
自分の誕生日を知ってる子供の方が、むしろ稀だったろう。
しかし、物心がついた頃には既に無限城にいた銀次にとって、口には出さねど、唯一それがあることが、自分と親とを繋ぐ「絆」というか「手がかり」というか、そんな気がしていた。
誕生日があるということは、自分が確かにこの世に生を受けた出発点があるということだと、いつかマクベスが言っていたことがある、
自分にはそれすらないから、出発点がない自分は、いったいどんなゴールに向かっていけばいいんだろうとも・・。


『たとえば銀次さん。出発が”生”なら、向かうゴールは”死”ってことでしょう? でも、もしも出発が”入”ならゴールは”切”ってことにならないかな・・』
『それって・・・ スイッチか何かのことかい?』
『さあ・・・ どうかな・・? でも、そういうのもあると思わない?』


オレには・・ 難しいことはわからないけど。
でもゴールはそれぞれ違っても、やっぱり始まりは”生”じゃないのかな・・。
それに大事なのは、どんな風に生まれたかってことよりも、どう生きていくかってことだって。
今は、そう思う。
蛮ちゃんと過ごしてきて、そう思うようになった。




『ねぇねぇ、蛮ちゃん! 明日さあ、オレ誕生日なんだけど!』
『あー? それがどーした』
『海とかさ、また見に行かない? 蛮ちゃんの誕生日も行ったでしょ? オレ、またあの・・・』
『・・朝焼けの海が見てぇってか? あのなあ、あん時もオレがどんだけ眠かったか、テメエちったぁ知ってんのかってーの。隣でぐーぐー寝くさってよ!』
『ごめーん。でも今度は寝ないから! ねぇねぇ!』
『・・やなこった』
『蛮ちゃーん、ねぇったら!』 
『ウルセエ』
『オレ、絶対寝ないから、本当に寝ないから!』
『ひっぱるな! コーヒーがこぼれんだろ!』
『ねえ〜〜!』
『ウゼェなー!』
『ねえ、お願い!』
『・・・・・・・・・』
『ねえ、蛮ちゃんってば!!』
『・・・・ああ、もう! ・・・・・行くぞ』
『・・・へ? どこへ?』
『海、見てぇんだろが。なら、とっとと支度しろ。あ、波児。例の・・・・。間に合うか?』
『ああ、なんとかな』
『? でも蛮ちゃん、まだお昼だよお。前みたく、夜に出ても朝日に間に合うんじゃあ』
『夜通し運転すんのが眠いってんだよ! 金入ったとこだし、安ホテルぐれぇなら泊まれるからよ、一泊して、ゆっくりしてから海でもなんでも・・・・どわぁ!』
『蛮ちゃあああ〜んvvv』
『ったく! 何だよ、ああ暑苦しい! 抱きつくなっての!!』
『オマエらなぁ、店の中でいちゃつくなよー。ちったあ、はばかれ』
『誰も、いちゃついてなんかねえっ!!』



結局、蛮ちゃんは、いつもみたくラブホテルじゃなくて、結構ちゃんとした小綺麗なホテルを予約してくれて。
ご飯をホテルのレストランで食べて、夜の間に少しだけ海岸を歩いた。


『でも、すごいね。蛮ちゃん、こんな海の近くにホテルあるの、どうして知ってたの?』
『るせーな、電話帳で調べたんだよ!』
『電話帳って、海のすぐそばとかっていうのまで載ってるの?』
『でけえ広告のってるだろが! それに書いてあったんだよ!』
『ふうん・・・・。』
『んだよ、文句あんのかよ!』
『え・・・! な、ないないない、全然ナイです! のーぷろぐらむです』
『problemだ!』



ご飯を食べて、海岸散歩して、それから部屋に戻ったオレたちは、あたりまえのように身体を繋げた。
本当は、男同士でこういうのって、ちょっとマズイのかなあって思うけど、蛮ちゃんとは、ごく自然にそうゆうことになって。
なんていうか、お互い、とても凍えてたから。
ぬくもりが欲しくて、お互いの体温が欲しくて、抱き合って暖め合っているうちに、ちょっとその先までいっちゃったというか・・・。
変かもしれないけど、オレたち的にはそう変でもなかったから、それでいいんだと思っている。
蛮ちゃんと触れ合うと、その熱で、自分が確かにここに存在してるって、ひどく実感できたし。


そんなわけで、日付が変わった瞬間も、たぶん身体を繋げたままだったような・・。
蛮ちゃんはベッドでは、やさしかったり、時にすごーくイジワルだったり、やたらめったら激しかったり、もしかしてサドなの?!と思ったりもするようなコトも多々あったりするんだけど・・。
今日は、やさしいだけだった。
とてもやさしく大事に抱いてもらった。

誕生日だと、せっくすもいつもと違うんだね? すぺしゃるなんだね?
と言ったら、吹き出されてしまった。
せっかくだから、たっぷりサービスしてやるぜ?と言われたけど、それはちょっと恐ろしい気がしたので、丁重にお断りしたケド・・・。
 (いつもなら、有無を言わさずってトコだろう)








めずらしく色々とのんびり思考を巡らせているうちに、なんだかすっかり長風呂になってしまい、のぼせた頭でぼ〜っと腰にバスタオルだけ引っ掛けて出ていくと、蛮がちょっとほっとしたような顔で銀次を見た。

「ったく」

舌打ちされたのは、なんでだろう?
どうかしたの?と問う前に、ばさっと目の前に蛮のシャツが飛んできた。
「んあ?」
「それ着とけ」
「え? なんで? オレの服は?」
「洗濯したからよ」
「へ?」
なんで?ともう一回聞こうとして、やめた。
それは、洗濯せずにはいられない理由に思い当たったからで。

今度からは全部脱いでからにしてもらおうと思いつつ、外で風に翻っている自分の服を見て、ちょっと恥ずかしくなって目を反らし、渡された蛮のシャツにさっさと袖を通す。

「なーんか。妙に色っぺえ恰好だな」
「そう?」

ハーフパンツも洗濯されちゃったから、足がなんだかスースーするよ。
でも、オトコの足が見えたって、別に色っぽくはないと思う。
けど、蛮ちゃんのシャツは大好きだから、貸してもらえてすごく嬉しい。
煙草の匂いと整髪料の香りがして、蛮ちゃんに背中から抱きしめられてるみたいで安心するから。
・・・ま、本人前にして、シャツで安心してるのもおかしけど。

などと思いながら、ボタンをきっちり留め終わると、首にひっかけたタオルで髪から額に伝い落ちてきた水滴を拭う。

「ちっとも出てこねえから、風呂場で伸びてんのかと思ったぜ」
「あは・・。だって、お風呂久しぶりだからキモチよくて」

あれ?
じゃあ、さっきの舌打ちは?
心配させやがってってコト?かな?

「さっきも入ったじゃねえか」
「だって、さっきは一緒に入ったから、それどころじゃなくて・・・」
「あー、確かにな。オメー、声響きまくってて凄かっ・・」
「ああああ!!!! ば、蛮ちゃん、シャツあんがと! 蛮ちゃん、着なくて寒くないのー」
トンデモナイことを言われそうになり、わたわた取り繕って笑顔で誤魔化しつつ、銀次がタオルで濡れた髪をがしがしと拭いながら、蛮の腰掛けている窓際の1人掛け用のソファに近づく。

そして。
その前にある小さなテーブルの上を見て、思わず、はっと足をとめた。



・・・・・・・・え・・・っ。



「まだ腹減ってねえか?」
「え・・・ えと、うん。あ、ううん」
「どっちだよ?」
「あ、えと、あの。減ってるっていうか。イッパイっていうか・・・・ あの・・・」

声が震える。
上擦っている。

泣いてしまいそうになって唇を噛んで、至って冷静に答えようとするけれど、口元がすぐにコドモのようにへの字に歪む。

「んと、あの、蛮、ちゃん・・・」
「おう?」
「これ・・・」
「ああ。誕生日にゃ、つきもんだろ?」
「そ、そりゃあ・・・」

何度も瞬きして、睫毛の先にともるようにつく滴を払い落として、ちゃんと返事をしようとするのに言葉にならない。



それは――
たぶん、コドモの頃からすごく憧れていたものだったと思う。
誕生日にはそうやって、ケーキにロウソクを立てて、おめでとうって言われてそれを吹き消して。

一度でいいから、やってみたいと思っていた。

でも、それはコドモの時にはついに叶わなかったし、もう、叶うはずのない夢だったんだと思いこんでいた。
祝ってくれる家族もないような自分には、そんな資格すらないんだろうし。
そんなあたたかな光景とは、無縁な世界で生きていたのだし。

すっかり、あきらめていた。


だから、なおのこと、
今、目の前にあるそれが、信じられなくて、嬉しくて。



「蛮ちゃ・・・ん」



「ぎーんじ?」
「・・・えっ?」
「こっち来い」
「・・うん」

言われて、蛮の坐っているソファの横の床にぺたんと坐ると、もっとコッチだよと、蛮が自分の前にクッションを置いてポンポンと叩く。
のろのろとそこに移動しようとすると、腕を掴むようにされて、テーブルと蛮のいるソファの間に坐らされた。

目の前にあるそれを、まるで恋い焦がれた人を見るように、ちらっと見ては恥ずかしそうに銀次が俯く。


小さい丸いケーキ。
真っ白の生クリームと、銀次の大好物のイチゴがのっかっている。
トシの数だけの色とりどりの細いロウソクが、きれいな間隔でケーキの上に立っているのを、銀次は夢を見ているかのようにうっとりと眺めた。
それに蛮が手を伸ばし、ライターで一個ずつ火を灯していく。


ロウソクに火が灯る。
ロウソクの火って、こんなにあたたかいんだ・・。
命みたいに、あったかいね。


なんだか、あたたかい色と温度に、目頭が熱くなる。
ロウソクの火が、涙で少しぼやけて見えた。


全部に火を灯し終えて、蛮がライターをテーブルの端に置く。

何か言おうとするのに、もう胸がいっぱいで、唇を噛み締めて涙を堪えているのがやっとな銀次に、蛮が静かに言った。

「銀次・・」

後ろからふわあっと暖かい手が伸びて、シャツよりももっと確かな温もりで、背中から腕の中に抱き締められる。
蛮がソファから少し前屈みになり、その足の間に銀次を挟み込むカタチで、まるで全身で包むように抱きとめると、銀次の首元にそっと唇を寄せた。


「銀次・・」
「うん・・」
「あの言葉な、そっくりそのまま、テメエに返すぜ?」
「なに・・?」
「オレの誕生日にオメーが言っただろ? ”生まれてきてくれて、それから、オレと出会ってくれて、ありがとう”、ってな」
「蛮ちゃん・・・」
「まんま、オメーに返すよ」
「うん・・」
「ありがとう、な?」

ぶっきらぼうだけど、低くやさしい声で心をこめて言ってくれたその言葉に、静かに涙が銀次の瞳を溢れた。
ありがとう、と返そうとするのに、唇が震えて言葉にならない。
背中にある蛮の重みと体温が、あたたかすぎて、やさしすぎて。


「おら、ぼけっとしてねえで、とっととローソク吹き消せよ!」
照れ隠しに笑って怒鳴る蛮に、つられて笑んで手の甲で頬の涙をサッと拭う。

「うん・・・。あ、これって、一息で消すの?」
「おうよ」
「なんか、もったいないよ?」
「ローソク立ったままじゃ、ケーキ食えねぇだろが」

言われて、そうかと納得する。
でも、ケーキの上で揺れる炎はあまりにきれいで、消えてしまうとなんだか淋しくなってしまいそうだ。


「蛮ちゃあん」
「ずっと見てんのはオメーの勝手だけどな。蝋が垂れてきちゃ、せっかくの波児特性ケーキが台無しだぞ?」
「え? これ、波児さんが?」
「そ。本当ならツケのとこを、テメーの誕生日プレゼント代わりに、トクベツにオゴリにしといてやるとよ」
「そっかぁ・・。じゃ、やっぱ台無しにしちゃわないうちに、吹き消さないと!」
「ああ」

頬を炎の色に染めて、銀次が小さく深呼吸してから、一本一本大事にロウソクの火を吹き消していく。
そして、5本消したところで一息つき、ちょっと考え込むようにする。

「ん?」
「え? ああ、この5本くらいまでの間、オレってどうやって過ごしてたのかなあ・・って・・・ちょっと思って。・・えっと、それから、このあたりから先はず〜っと無限城にいて・・・」
言いながら、そこから12本を数えながら消していく。
「・・・・で。蛮ちゃんと出会って・・・」
最後の1本になったところで、銀次が吹き消すのをやめて、じっとその1本を愛おしそうに見つめた。


「ねえ、蛮ちゃん」
「ん?」
「オレの今までの人生の中で、蛮ちゃんといたのって、まだこのローソクの1本分とちょっと・・なんだよね」
「あ? ああ、そーだな」
最後の火を両手で包むように、大事に守るようにしながら、銀次がおだやかに微笑む。

「でも、これは、オレにとって、トクベツな火なんだ・・」
誰に言うでもなく呟いて、銀次が少し遠い瞳をする。

「ずっとね、あの無限城の中で生活してきて・・。本当に、自分が今生きているのか、死んでいるのか、自分でもわからなくなるような、そんな日も多かったから・・。生きてることをよかったとか、感謝するとか、そんなこともなかったんだ・・・。なんで、どうして自分は生きているんだろう、そして戦っているんだろう・・って。いや、それすら、考えるヒマもなかったし・・・。なんかね、うまく言えないけど、生きてくための戦いをしていたのに、生きてる意味は正直わかんなかった・・・。そんな感じだった」


無限城での、壮絶な過去。
蛮が、それを垣間見た気がして、厳しい顔で眉を寄せる。
そんな風に自分自身も苦しかったのに、銀次はそれでも皆を守ろうとしていた。
それはもう、懸命に。
その裏にある悲壮な決意と、底のない孤独を誰にも見せず。
たった1人で。
それが、自分にはわかるから、殊更銀次の想いがつらい。
1人にさせていた、十数年の歳月がつらい。



「ったくよ・・・」

「え?」

蛮が小さく舌打ちし、使っていない小さい陶器の灰皿をテーブルの上に置いた。
自分の吸った煙草の吸い殻の本数は、こんな小さな灰皿じゃおっつかねぇと、ビールの空き缶を灰皿代わりに使っていて正解だった、と思いながら。

「おら、よこせよ」

「あ・・・」

銀次の見つめていた最後のロウソクをケーキから抜き取り、蛮が灰皿の上に蝋を垂らしてその上に立てると、トンと銀次の前に置いた。

「どっちしてもすぐ消えちまうけどな。ま、にわかキャンドルってとこで」

驚いて、それを見つめる銀次の瞳が、見開かれた状態から次第に細くなって、また微笑んで。
ゆっくりと背中から蛮に体重を預けながら顔を上げると、下から蛮の蒼い瞳を見上げる。
見つめて、さも嬉しげににっこりと笑った。
そんな蛮の無器用なやさしさが大好きだと、その瞳が告げている。


「蛮ちゃん・・・ ありがと・・」
「おうよ・・」


「あのさ。ずっと思ってたんだけどさ。オレ・・・ オレにとって、蛮ちゃんはさ・・。全部なんだ」
「・・・あ? 全部って何だ?」
「大切なものの、全部。相棒とか、トモダチとか、家族とか。コイビト、とか・・・。その全部。全部が、オレにとっては蛮ちゃんなんだよ・・・」

蛮が、その可愛い告白に、フッと思わず笑みを浮かべる。


相棒も、トモダチも、家族はもちろん、コイビトさえも、自分にはもう要りもしなければ、得られるはずもない。
自分は、そんなものを与えられるような人間じゃない。
別段、必要もねえしな?
そう、固く信じていた頃があったのに。



その全部をくれるというのか? 
それも一度に?
しかも、オマエが?
誰よりも愛おしいオマエが?
このオレに?


見上げてくる瞳を見つめ返し、髪をそっと撫でてやりながら、やさしい笑みを浮かべて蛮が言う。


「どれも、厄介なモンばかりじゃねーか」
「そう?」
「ああ。面倒で厄介で・・。いっそいらねぇと思ってきたモンばかりだ」
「・・メーワク?」

少しだけ不安そうに言った銀次の言葉に、笑って答えを返そうとした途端。
小さくなった最後のロウソクの火が揺らめいて、灰皿の上でジュッ・・と消えた。

「あ・・・。消えちゃった・・」

それに、あっと手を伸ばそうとして、火傷すんだろが、と蛮の手に止められる。
どうせだったら、自分で吹き消した方がよかったかなーと、ちょっと淋しそうに呟く銀次の頬を手のひらであたためるようにして、蛮が宥めるように銀次に言った。


「心配すんな、銀次。これから毎年1本ずつ、確実に増えていくテメエのトクベツな火は、オレが消えねぇようにしっかりこの手に守ってやっから」
「蛮ちゃん・・?」

「テメーの方がオレに愛想尽かして嫌になるまでは・・。しょうがねえから、その厄介なモンのどれにでもなって、ずっと一緒にいてやらぁ」
「ばん・・ちゃ・・ん」

驚いて、今度は本当に大きく見開いた琥珀の瞳で見上げ、銀次が蛮と瞳を合わせるようにして蒼い色を見つめて、それから、ばっといきなり身体の向きを変えるとソファに乗り上げ、蛮の首にしがみついた。

「蛮ちゃ・・あん・・・・ば・・んちゃ・・・ん・・・!」
「んー?」
「あんがと・・!」
「おう・・」

ぽろぽろと溢れてくる甘い涙を、蛮の暖かな手で拭われて、唇を噛み締めて、銀次が強く強くその身体にしがみつく。
身体を少し離して顔を見ようとする蛮の手に抗って、泣いている顔を見られるのは嫌だと意地を張って、尚のこと、ぎゅっと強く抱きついた。

昔はまるで一つの身体だった半身を、やっと見つけて、それをひどく懐かしんで取り戻そうとしているかのように。
蛮もそれに答えるように、銀次を強い力で抱き返す。
生まれてからずっと、いつもどこか違和感のあった自分の右手よりも、銀次の身体の方がよほど、自分の身体の一部のように腕にしっくりとなじむと思いながら。


「蛮ちゃん、大好き・・!」
「バカ、泣くなっての・・」
「だって・・・ぇ」
「オメー、本当にガキみてーだな」
「だって、蛮ちゃんが〜」
「オレのせいかよ?」
「だって・・」
「テメエ、そればっか・・」
「だって・・! うー・・」
「アホ」
「ひどいよー、もう・・」












それから、オレたちは、ロウソクの火でちょっとやわらかくなりすぎた
生クリームに苦笑しつつも、ケーキをたいらげて。
(蛮ちゃん、甘いの好きじゃないから、ほとんどオレが食べたんだけど!)
後はただ、床に二人でへたりこんでお互いにもたれかかるようにしながら、
他愛もない話をして笑い合って。


そうして。
朝まで、じっと月を見ていた。
ただ、じっと。



無限城から見た月は、いつも凍てついて青ざめているように見えたけど。
蛮ちゃんと見上げるお月様は、いつも少し赤みがかった、やさしい色に
見えるよね?

なぁんてコトを想いながら。








そして、
空が白んで月が消えて行く頃。


オレたちは、話し疲れて笑い疲れて、気がついたら凭れ合ったまま、
寝ちゃってた・・。




結局、オレが誕生日に見た海は、朝焼けのオレンジ色のそれじゃなくて、
春の眩しい陽光にきらきらと輝く、まばゆい真っ青な真昼の海だった――









END














・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・









銀ちゃんは今年で幾つになるのかな?
漫画のキャラは年とらないのかな。
アニメの設定は21歳だと聞いたけど、
原作はずっと18歳のままなんでしょうか?
そんなこんなで、ケーキに灯すロウソクの数に悩んでみたり。

なんだか甘ったる〜いだけの話で申しわけないですが。
原作が離れ離れなので、甘々なのが書いてみたかったのです。

銀ちゃん、お誕生日おめでとう・・v
早く「一緒」に戻れる日が来るといいね!
でもたとえ離れてても、蛮ちゃんはアナタにベタ惚れだから。
再会した時には、より一層強い絆になってると思うよ。


ああ、なんだか私のSSは、同じことばかりぐるぐる書いてるような気がする・・。
前に書いたの読み返してないから・・。恥ずかしくて。
同じような台詞とかあっても、適当に見逃してください〜。
スミマセンー。







モドル