「Shangri-La」 4度目の邪眼。 その禁忌を犯した者は、この世から消えてなくなる。 命は勿論。 人々の記憶からも、すべて抹殺される。 完全なる『死』が、代償となる――。 できることなら。 せめて最期に、お前には。 やさしく幸福なユメを見させてやりたかった。 あんな痛い悪夢じゃなく。 そして。 この世で、お前ほど大事なものはなかったと。 そんな言葉の一つも、残していってやりたかった。 「何…っ!?」 最期の闘いの火蓋が切って落とされようとした、まさに、その刹那。 両者の間を駆け抜けたのは、空間を灼き裂くような鋭い雷だった。 蛮が瞠目したのは、視界が見覚えのある金色の光に覆われたから。 銀次は天子峰とともに、上に向ったはずだった。 此処にいる筈がない。 だのに――。 狼狽は、内心で甚だしかった。 微かだったが、赤屍もまた同様だったかもしれない。 「お、前…」 電撃を放って二人の間に割って入り、目前に迫ってきた銀次の瞳を、蛮が見開いたままの紫紺に茫然と映した。 「蛮ちゃんっ!」 もう二度と、見ることは叶わないだろうと。 そう覚悟した甘い琥珀色。 「テメエ、何やってんだ、銀次っ! なんで戻ってきた!?」 「おやおや、まさかお戻りなられるとはね。せっかくの相棒の気遣いを、無にする気ですか、君は」 前後でほぼ同時にかけられた声に、銀次がきゅっと一度、きつく唇を噛み締める。 それを真一文字に結んで、悔しげに、睨むように蛮を見つめた。 「とにかくテメエは、こんなとこでグズグズしてねえで、とっとと上に行け! 俺は赤屍のヤロウと、今度こそ決着をつけなきゃなんねえんだよ!」 吐き捨て、押し退けようとする蛮の腕を掴んで、銀次が呼ぶ。 「蛮ちゃん!」 「行けっつってんだろうが!」 「――嫌だ」 「あぁ!?」 「俺が、さっさと上に行かないと、蛮ちゃん、何か困ることでもあんの…!?」 「…テメエ」 責めるように放たれた言葉に、蛮が肩越しに銀次を振り返る。 それを見据え、答えた銀次の口調は、驚くほどきっぱりとしていた。 「やっぱり。俺、蛮ちゃんと上に征く」 声は静か。 揺るぎのない決意のように。 その声に揺らいだのは、むしろ蛮の方だった。 「何言ってんだ、テメエ! 一人で征けって言ってんだろうが! 時間がねえんだ、この世界がどうなるかは、全部テメエに委ねられて…」 「知らない、そんなの…!」 「な…」 いきなり強くはね返された言葉に、蛮が身体ごと銀次を振り返った。 「俺は、知らない! いらない、そんなの!!」 「銀次。お前、何言って…」 「蛮ちゃんのいない世界なんて、俺はいらない、作らない! だから、一人で上になんか行かないっ!」 予想だにしなかった銀次の言葉に、動揺を隠しきれずに蛮が目を剥く。 そして、ゆっくりと息を吐き出すと、諭すようにその両肩を掴んだ。 「何駄々っ子みてえな、ワカんねえ事言ってんだ?! テメエは俺に勝ったんだ、だからテメエが上に行って、お前の望む世界を創るんだよ。テメエがそうしなけりゃ、現存するこの世界も消えてなくなっちまうんだぞ!」 掴んだ肩を乱暴に揺さぶられて、銀次がまたキッと唇を噛み、蛮を睨む。 「…だったら。この世界ごと、俺が壊す――」 「銀次…!?」 自分の放った言葉の重さと痛みに顔を歪めながらも、涙の滲む琥珀の瞳で銀次が叫んだ。 「俺、ワカんない! 蛮ちゃんの言ってること、全然ワカんないっ!!」 「銀次、あのな…」 どう言って判らせようかと画策しているようなその顔をかなしく見つめ、両肩に掛けられた蛮の手の上に、銀次がそっと手を重ねる。 それをぎゅっと握って涙を堪え、銀次が蛮の紫紺の奥を覗き込むようにさらに見つめた。 「上の階段を上がりかけて…。でも、気付いたんだ。蛮ちゃん、邪眼4度目だったよね…? もしも4度目を使っちゃったらどうなるのって、前に俺が聞いた時。蛮ちゃん、『それはわかんねえ』って、はぐらかして教えてくんなかったよね? でも俺、それ聞いた時から、すごく嫌な予感がしてた。だから、気付いてすぐ戻ってみたら――。消えちゃうって、記憶からも消えてなくなっちゃうって…」 語尾が震え、剥き出しの左肩が大きくわなないた。 蛮が思わず、銀次から視線を逸らす。 まったく。 普段はぽけぽけしてやがるくせに、こんな時ばかり聡いんだからよ。 …この馬鹿は。 胸中で、蛮がごちる。 同じその場所が、きりきりと痛んだ。 「銀次…」 「酷いよ、そんなの…!」 蛮の両手をしっかり掴んで、いっぱいに涙を溜めた瞳を寄せて、悲鳴のように銀次が言う。 告げられた言葉は、ひどく切なかった。 「俺…! 今、蛮ちゃんに、すごく言いたいこといっぱいあって…! 聞きたいこともたくさんあって…! 力がなくなった時は足手纏いだって言われて、なのにいざ強くなったら、今度は一人で行けなんて、そんなのあんまりじゃない…!とか。 俺、弱くても強くても、どっちにしても蛮ちゃんと一緒にいちゃいけないんだったら、じゃあさ、俺、どうだったらいいの…!?とか、蛮ちゃん、前に"テメエが嫌だっつっても引きづってってやらあ"って、そう言ってくれたのに、それも勝手になかったことにしちゃう気だったの…!とか、GetbackersのSは…一人じゃないって意味…って、そ、言ったのに……そう言ってくれたの、蛮ちゃんなのに…! 一人でいっちゃうつもりだったなんて、俺、ひとりにしちゃう気だったんだって、ひどいじゃんかって…!!! いっぱい、いっぱい、言いたいことあるけど、でも…!」 喉の奥から漏れそうになる鳴咽を何とか堪えて、銀次が一度ぎゅっと唇を噛む。 その反動か、全身が込み上げてくる感情を押さえ切れず、ぶるぶると震え出した。 ぽろぽろと溢れてくる涙を、手の甲でぐいっと拭う。 この顔を見るのがつらかった。どうしても。 それが、身勝手な自身のエゴだと知ってはいても。 俺は、テメエに、そんな顔をさせたくなかったんだ。 …銀次。 蛮の胸中が、苦しそうに呟く。 「一人で上に行っても…… 蛮ちゃん、いなかったら… 蛮ちゃんの記憶が、俺の中から全部消えちゃったら…。俺、蛮ちゃんと一緒の未来を創ることもできないじゃんか…っ!」 「銀次…」 「俺、悔しいよ、蛮ちゃん…! 蛮ちゃんが消えちゃって、俺の記憶からも全部消えてなくなっちゃって、それで俺が平気だって…! すっかり忘れて、何事も無かったみたいに、みんなとしあわせに暮らせるんだって…! 蛮ちゃん、そんな風に思ってんの、俺のこと…!」 涙が次々に盛り上がってくる瞳で、それでも懸命に見つめてくる銀次から、まだ視線を逸らせたまま、絞り出すように蛮が返す。 言葉には、若干の自虐も含まれていた。 「――忘れ、ちまえば。俺のことで、テメエが悲しむことも、苦しむことも…ねえだろうが。その方が、テメエも幸せに…」 パン! いきなり左の頬の上で鳴り響いた音と衝撃に、蛮がはっと銀次を見た。 振り切られた状態の手の甲を視界に入れ、どうやらひっぱたかれたらしいと気付く。 知らず、顔を顰めた。 痛みは、打たれた頬ではなく、ダイレクトに胸にきた。 「そんなわけないじゃん! そんなの、あるわけないじゃん!! 蛮ちゃんは俺の全部なのに、全部なくして、からっぽになって、そんでしあわせなわけないじゃん! 何を無くしたのか、俺、一人きりなのにどうしてGetBackersってSの字がついてんのかって、その意味も知らなくて、でも、なにもわかんないのに、ただただからっぽで! そんなで俺、どうやってしあわせになれんの!? どうやって生きてったらいいの!? ねえ、教えてよ、蛮ちゃん…!!」 「銀次…」 「そんなのは、やさしさじゃないっ! 蛮ちゃんが俺を想ってくれてるって、それはワカるけど、でもそんなのは違うっ!! 蛮ちゃんは、馬鹿だっ! 俺のことなんか全然全然言えないくらい、大馬鹿なんだから――ッ!!」 絶叫するなり、差し伸べた両腕を蛮の背に回して、ぎゅっと強くその身体を抱きしめる。 「蛮ちゃんの、ばか…っ!」 4度目のユメの中でもそうしたように。 今度は、ちゃんとあるから、片腕でなく、しっかりと両腕で。 ぎゅ…!と力強く、その身体を抱きしめた。 今此処に、 蛮ちゃんは、ちゃんといるでしょ? いるんだよ? 俺と一緒にいるんだから。 もう、終わっちゃったみたいに言わないでよ。 一人で、ジコカンケツしちゃわないでよ…! 「ゆるさないからね」 「…銀次」 「俺はそんなの、絶対赦さないから!」 互いの体温を確かめ合うように、もう一度抱きしめて。 銀次が、ゆっくりとその身を離す。 そして、翻弄されたまま言葉も出ない蛮の右手を、そっと両手の中に取った。 「一緒に来て」 見つめ合って、銀次が告げる。 もう逸らしようもないくらい、眩しいくらい強い眼差し。 まだ涙に濡れてはいるけれど。 「一緒に来て。そして、俺がまだ蛮ちゃんを忘れないうちに、俺と一緒に、今まで俺たちが大切にしてきた世界を元通りにして…!」 「銀次…」 「それが出来ないんなら、俺は、上には行かない」 あまりに毅然とした口調に、瞠目し続けていた紫紺が、ついに、フ…と細められた。 次いで、苦笑が漏らされる。 「俺を脅迫する気かよ、テメエは」 言いながらも、声音はやさしい。 強張っていた険しい表情も、今は随分とやわらいでいた。 銀次とコンビを組み出した頃の蛮も、こんな風だった。 つい今しがたまで、ひどく殺気立っていたのが嘘のように、その存在が傍らに戻ってくるたび。 こんな風な、ひどくやわらいだ気配に包まれた。 いつしか一緒にいるのが当たり前のようになって、それも常となっていったが。 二人をずっと見守るようにしてきた波児が、胸の中で思い返す。 その隣で、同じく二人を見守っていたマリーアが、心配げに口を挟んだ。 「でも銀ちゃん。一緒に上に行っても、蛮には… 残された時間は、僅かしかないの。世界が再構築されるまでに、もし間に合わなかったら…」 その言葉に、うんわかってるとばかりに肯き、銀次がにっこりとする。 「うん! もしもその途中で、俺の目の前で、蛮ちゃんが消えかかっちゃったりしたら、そん時は…。俺、きっぱり自害しちゃいますからv」 「――はあ?!」 にこにこした表情とはあまりにかけ離れた物騒な台詞に、皆(除・赤屍)が思わずのけ反り、素っ頓狂な声を上げる。 「俺の中に、まだ蛮ちゃんの記憶があるうちにそう出来たら、そしたら、俺、蛮ちゃんの記憶も失わないし、蛮ちゃんと一緒に逝けるし、それって一石ニ鳥じゃないかなーって!v」 「…あのなあ、お前」 呆れたような顔の蛮を見、銀次が"俺って、あったまいーい!"と満足げに笑む。 「…いや、テメエ。それってかなり頭悪ぃっつーか…」 言いかけた蛮の言葉を遮るように、血相を変えて天子峰が叫んだ。 「銀次、何を言ってるんだ! お前は、この世界の『創生の王』なんだぞ! そんなお前が、どうしてこんな悪魔のために…!」 「天子峰さんは、黙ってて」 縋りつくように銀次の手を取ろうとした天子峰が、ぴしゃりと銀次にそう言われ、うっと言葉を詰まらせる。 マリーアが微笑みながら、やれやれと両の肩を持ち上げた。 「銀ちゃんったら、ホント困ったちゃんねえ。だいたい一石二鳥って、そういう時に使うコトバじゃない気がするんだケド」 「っていうか。…すごいバカ」 「うわ。卑弥呼ちゃん、それヒドイっ」 「まあまあ。しかし、お前さんがそんなじゃ、いったい世界はどうなっちまうんだ?」 「そんなの、知りませんっ。後は皆さんにおまかせしちゃいますっ」 「おいおい、銀次。そんな無茶な」 困った顔の波児らを見回し、銀次が傍らの蛮を見る。 さっきまで泣きはらしていた瞳とは、まるで別人の明るい琥珀。 蛮から揺らぎが去ったのだと、無意識に知っているらしく。 屈託なく蛮に笑んで、そして、とんでもない事を宣告した。 「俺に目の前で自害されたり、世界が崩壊して困るんなら、蛮ちゃんが、根性出して消えたりしなきゃいいだけの事なのです! つまり。この世界は全ー部、蛮ちゃんの根性にかかってるんだからねっ!」 唖然とする皆の視線を浴びつつ、蛮が苦虫を噛み潰したような顔で銀次を睨む。 「つーか、テメエ。今、全部、俺に丸投げしやがったな?」 「俺、なんの事か、わかんないっv」 「…確信犯め」 溜息混じりに言う蛮に、銀次がさらににっこりとする。 どうやらその中で固まったらしい意志を認めると、それまで事の成り行きを見守っていた赤屍が、切れそうな視線をさらに鋭くして、再び天上から降りてきた階段の前へと、ス…と立ちはだかった。 「まったく。とんだ『創生主』だ。まるで、わがままな子供ですね、銀次クン。君は」 くだらない、とでも言いたげな冷ややかな目に、銀次の表情がさっと強張る。 だが、いつものように怯える気配もなく、きっと赤屍を睨み返した。 「俺の邪魔をするのなら、赤屍さんだろうと容赦はしません。――そこ、通してくれないんなら、新しい世界から排除するカタチで、俺があなたを抹殺します」 らしからぬ強気な発言に、赤屍が薄く笑む。 「私はそれでも構いませんが? …というより、その方が、貴方がたにとってはご都合がよろしいのでは? 私を生かしておけば、これからも私は執拗に貴方達を狙い続けますよ」 「…俺、あなたと蛮ちゃんがつけなきゃなんない決着まで、邪魔する気はないですから」 「ほう…。それはそれは。寛大な」 「―だから」 「そうですか。ですが…。それも私が今行く手を阻んで、君が上に行けないのでは、どうにもならないのではないですか?」 「そうだけど。―でも。赤屍さんは、俺が上に行かないと困る事があるんじゃない?」 「――それは」 辛辣な瞳に、ほんの僅かだが赤屍が表情を変えた。 「だから、どいて」 口調は、静か。 「時間がないんだ」 だが、不思議に逆らえない。 奇妙な威圧感がある。 「…上に行けるのは、たった一人ではないのですか?」 「天子峰さんも来れたし、たぶん大丈夫。それにそんなのは、俺は許せばいいことでしょ」 「ほう、それは?」 「俺が、この世界を創る王さまなんだから。何が必要で、何が大事かは俺が決める。その権利が俺にはあるはずだ。―そうでしょ?」 確かに。 なぜ、銀次が選ばれたか。 その場にいた者が、直感的に理解した。 雷帝の強大な力をその身に取りこみながらも、己を完全に失くさないほどの『器』がもともとあったのだ、銀次には。 下層階全てをその支配下に置いていたことでも、その片鱗を窺い知ることが出来る。 「なるほど。…そういうことのようですよ、美堂くん」 長い帽子の鍔を直し、クス…と笑んで、赤屍が退き、道を開けた。 「ありがと。赤屍さん」 そして。 バビロンシティに続く階段を見上げ、銀次が蛮を振り返る。 「だけど、俺は…。それでも『創生の王』だとか、そんなものである前に…。Getbackersの、天野銀次なんだ。だから、蛮ちゃん…」 銀次の右手が、ゆっくりと差し伸べられる。 「あぁ。わかってる」 「一緒に奪還しよ? セカイを」 蛮が紫紺を細めて、それを掴んだ。 「―だな。俺も、ウィッチの血が掟がどうのという以前に。Getbackersの美堂蛮だ」 「蛮ちゃん…」 「最後の1ピースをはめ込むまで、きっちりやり遂げねえとな!」 言って、にやりと不敵に笑む。 銀次の顔が、ぱあっと明るい笑顔に輝いた。 「うん、蛮ちゃん!」 呼んで、両手で蛮の手をぎゅっと握る。 照れ隠しのように笑んで、蛮が答えた。 「なんつってもよ」 「うん!」 「俺様が、GetbackersのbPだからな!」 「うん! …え? あれっ? 蛮ちゃんに勝っちゃったから、俺がGetbackersのbPになっちゃったんじゃあ…」 「アホぬかせ! テメエみてえな金勘定もろくにできねえ文盲の馬鹿に、GetbackersのbPがつとまるかっての! しかも、一人で上にも行けねえ、へなちょこに!!」 「へ、へなちょこって! それは、消えるとかそんなこと考えちゃった蛮ちゃんの方じゃんかっ! てか、へなちょこっていうより、ヘタレだっ!」 「な〜んだとー、このヤロウ! 言わせておけば…! んな生意気言いやがる口は、どの口だ!? あぁ!?」 「んあっ、あだだだだだ!! ひどいよ、いたいよ、口裂けちゃいますっ、蛮ちゃあんっ!」 階段を数歩上がったところで、いつまでもじゃれあっている二人に、心底呆れたように波児が言う。 「…どうでもいいがな、お前ら。時間ないんだろうが! 早いとこ上行って、とっとと世界をどうにかしてくれっ!」 頼むぜ、まったく…と疲れたように波児に言われ、"あ、そうだった!"とやっと気付いて、銀次が再び階段を上がりかけ、振り返って皆に元気に手を振る。 「じゃあ、みんな! 行ってきまーす!!」 そして、蛮の手を離すまじ!とばかりに掴んだまま、階段を駆け上がっていく二人の後姿を見送って、ほっと安堵の息を漏らして、マリーアと波児が顔を見合わせる。 二人が階段を上りきったところで、グランド・ゼロとの入り口は完全に封鎖された。 それとともに赤屍の姿もまた、いつのまにかその空間から掻き消えていた。 特にそれを気にとめるでもなく、上を見上げ、しみじみとマリーアが言う。 「なにか、こう。ハネムーンに旅立つ二人を見送った後の気分ねえ…」 「まったくだな…」 「…ちょっと。なんかソレ。気持ちワルイんだけど二人とも」 感慨深く呟く保護者たちの後で、まったくもうと、卑弥呼が深い溜息をついた。 それでも、と。 その口元にくすりと笑みを浮かべると、一人ごとのように呟く。 「ま。でも、ちょっと見直したかな。結構いいヤツだったのね、天野銀次って」 そんな卑弥呼のさらに後で、脱力したように天子峰ががくりと膝を折る。 「銀次…」 気付いて波児が振り返り、両の肩を聳やかした。 「王さまをエスコートするにゃあ、お前さんじゃ、ちっと役不足だったってこったな。あきらめな、天子峰。ヤツらの邪魔は、誰にも出来ねえよ」 波児の言葉に、ひどく幸福そうにマリーアが微笑む。 言葉は、二人の行く末と、この世界の未来を大いに暗示していた。 「本当に――。あの二人の絆の前には、運命さえもひれ伏すわね」 バビロンシティの白い通路を突っ切り、その向こうに見える光に満ちた空間を目指して、肩を並べて二人で駆ける。 「ったく、冗談抜きに強くなりやがってよ!」 蛮の舌打ちに、茶目っ気たっぷりに銀次が笑む。 「えへへっ! 一生、尻に敷いてあげちゃうかんねっ」 「うるせえ! 俺様は、一生亭主関白だっての!」 「ふーんだ。じゃあさ。蛮ちゃんがおじいさんになるまで、一生、俺と一緒にいてくれるって約束してくれたら、それでもいいよ! ゆるしてあげちゃうv」 「テメエ、生意気!」 「アハハッ、ねえ、約束してくれる?」 無邪気に問われ、蛮が唐突に、はたとその足を止めた。 銀次も驚いて、慌てて立ち止まる。 どうしたの?と問おうとする琥珀を、真剣な眼差しで見つめ、蛮が答えた。 「――わかった。約束してやらぁ」 告げるなり。 その腕を強く掴んで引き寄せ、蛮が銀次の身体を強く腕の中へと抱きしめる。 「蛮ちゃん…?」 ぎゅっと胸に抱き締められ、後頭部をやさしく掌に包み込むようにされて、銀次が思わず涙声になる。 「今度こそ、本当に…だよ! もし破ったら、俺、後追っちゃうかんね! 蛮ちゃんがもし先にいっちゃったら、嫌だっつっても、俺、勝手に後追いかけてくからね…! だから…っ!」 「銀次…」 息が止まりそうな、骨が軋みそうなほどの強い抱擁に、銀次がぎゅっと目を瞑る。 腕を廻して、同じく蛮の身体をきつく抱きしめた。 誓いは、耳に直に。 それは、まるで脳を蕩かしそうなほど、熱くて。 「離さねえよ」 どうあっても。 決して何ものにも変えられない、そんなかけがえのない存在は、コイツしかない。 後にも先にも。 だから、今。 消えてしまうわけにはいかない。 こんなところで。 自身への誓いも胸で落として、蛮がすぐさま腕を解く。 いつまでもこうしていたいのはやまやまだが、猶予はないのだ。 「さて、急ぐとすっか! テメエに、目の前で自害なんぞされちゃたまんねえからな!」 「蛮ちゃん…」 「行くぞ」 「あ、うん!」 走り出す蛮の背を追いかける銀次に、ふいに先を行く蛮が前方を見据えながら言った。 「俺も、テメエが全部なんだからよ! 消える前にいなくなられちゃ、邪眼4度も使って危険犯した意味がねえ!」 「蛮ちゃん」 その言葉に、銀次が驚いたように大きく瞠目した。 「それに、テメエは確かにオウガバトルで勝利した 。そいつは世界を築き上げるチカラが、テメエにゃ備わってるって証だ。だから、やり遂げねえとな!」 「うん!」 「ま、テメエにゃかなわねえって事が、今回のことでいろいろ骨身に染みたからよ…」 後の一言は、まるで独り言のようにこっそりと、ささやかに。 だが、それも耳聡く聞きつけ、にっこりと銀次が返した。 「そりゃあ、ねえ」 「あ?」 「なんたって、俺は! 美堂蛮に勝った男ですから!!!」 「あぁ!?」 思わずギロリと振り返る蛮に満面の笑顔で答えて、銀次が走るスピードを上げ、隣に並ぶ。 「わーい、これずっと持ちネタにしちゃおv」 そんな金色の頭をぽかりとやって、おまけにヘッドロックまで仕掛けて蛮が笑う。 「テメエ、覚えてろよ! 帰ったら、キツーいおしおき、たっぷりしてやっからな!」 「んあー! でも忘れないもん!」 「バーカ!」 「へへっv 蛮ちゃん、大好きー!」 二人の笑い声が、無機質な通路に響く。 そんな二人にとってのゴールであり、スタート地点まで、もうあと僅か。 さて、文字通り。 鬼が出るか、蛇が出るか。 それでも、きっと。 絶対、大丈夫。 ふたり、一緒なら。 俺には本当にね、むずかしいことは何もわからないけど。 創生っていうコトバの意味さえ、実はよくワカってないんだけど。 でも、そんなのはどうだっていい。 大事なことだけ、知ってたらいい。 そう思う。 だから、蛮ちゃん。 蛮ちゃんも、知っていて。 そして、忘れないでね。 Getbackersは、Sがあるから無敵なんだ。 一人じゃないから、無敵の奪還屋なんだ。 ってこと――。 END 原作、銀次ファン的超捏造版でございました(笑) よかったら、感想など。ぜひぜひv |