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「微熱」



額に置かれた冷たいタオルの感触に、蛮は重い瞼を開いた。
はっとして思わずひっこめようとした手を、蛮の手が素早く掴まえる。
「起こしちゃった? …ごめん」
遠慮がちにかけられる声に、少々掠れた声で答えた。
「いや…。どのくらい寝てた? オレは」
「うん…と、二時間くらいかな? 少し熱下がったね」
「…ああ」
ベッドの傍から蛮の顔を覗き込んで、少し顔色のよくなった蛮に銀次がほっとしたように微笑んだ。

ちょっとばかり、いつもよりハードな仕事をこなした際に深手を負ってしまった蛮は、その傷が治り切らないうちに、さらにめずらしい事に風邪までしょいこんでしまった。
それで仕方なく、こうしてホンキートンクの奥の部屋でベッドを貸してもらっているのだが。
片や銀次はといえば、同じくかなりな怪我を負った筈だというのに、「コンセント療法」(電気代はツケ)ですっかり復調している。
どうもその不公平さが気にいらないのか、自分だけがベッドにはりついているという現実が自尊心を傷つけるのか、蛮はかなり機嫌が悪そうだった。
「具合、どう?」
「ああ」
「ちょっとはまし?」
「…ああ」
「なんか飲みたい? 喉渇いたでしょ」
「いらねえ」
「そう? あ、じゃあ、おなかとかすいてない? オレ、波児さんに言って何か…」
「いらねえっつってるだろうが」
蛮がタオルを銀次の手に返し、汗ばんだ額に張り付く前髪を掻き上げながら、ぶっきらぼうに返す。
「あ、うん。ごめん…」
「店、行ってろ」
「え?」
「ここに居るこたぁねえ」
「でも」
「テメエがここにいたって、どうなるもんでもねえだろ」
「だって、蛮ちゃん」
言いながら、顔を顰める蛮の額の汗を、心配そうに銀次がタオルで拭う。
それを払いのけるようにしながら視線を背ける蛮に、銀次が小さく溜息を漏らしながら呟いた。

「もう、意地っぱりなんだから」

「…あ゛?」
思い切り不機嫌な声が返るが、銀次は怯まない。
「意地っぱりー」
「んだと、テメェ」
「そんなガラガラ声で凄まれても怖くないよー。蛮ちゃんはねー、看病されるとか、こういうの嫌いなんだろうけど。具合悪い時ぐらいはさ。オレに甘えてくれてもいいのになって思うよ?」
「別に。んなことは言ってねえ。ただ、俺は」
「うん?」
気怠げに言い募ろうとして振り返り、蛮がにっこり微笑む銀次の顔を見上げる。
「…」
毒気を抜かれる、というのは、まさしくこういうことをいうのだろう。
己の右手に宿るのは確か毒蛇だった筈だが、コイツの前では蜷局を巻いているだけのただの青大将だ。
まったく。不甲斐ねえ。
蛮が心中で嘆息する。
「…蛮ちゃん? どうしたの?」
黙ってしまった蛮を、いぶかしむように呼ぶ銀次に、蛮は答えの代わりに熱い手で銀次の腕を捕え、思いきり引き寄せた。
「ば…ん」
そして、金色の後頭部を掌に抱いて、深く、短いキスをする。
「…あ? んだよ、コレ」
唇を離すなり、ひどく顰められる蛮の顔に、銀次がきょとんとした。
「テメエ、何食ってる?」
「あ。そういえば、さっき夏実ちゃんにキャンディー貰ったんだった。なんか咽喉痛くて」
「あぁ、それか。つうか、感染しまったか?」
「うーん、わかんないけど。蛮ちゃんも咽喉痛い?」
「あ? そりゃあ、ちっとはな」
「じゃあ、あげる」
言うなり、ポケットからキャンディーの包みを取り出し、一つをやや警戒する蛮の口へと放りこむ。
瞬時にして、蛮が盛大に嫌な顔になった。
「甘ぇ――」
「それ、桃味だよ。オイシイのに」
「桃だぁ? オメーのは何だよ」
「オレの? レモン」
「そっちと代えろ」
「えっ?」
言うなり、手を伸ばして銀次の頭を先程と同じように抱き寄せ、唇を合わせる。
蜜を舐めるように、甘く深く舌を絡めた。
不意に銀次が真っ赤になって、慌てて身を退けさせる。
「んあー! そんなに無理やり取らなくても! オレもレモンの方がよかったのに〜!」
「ガキは桃にしとけ」
「ええっ、もう横暴なんだから! あーあ、オレのレモン味〜!」
口の中で取り替えられた飴に、ムキになって抗議をしてくる銀次を苦笑混じりに見つめ、蛮がうるさそうにそれに返す。
「うるせえな。なら、半分返してやらぁ」
言うが早いか、蛮の手が再び銀次を引き寄せた。
そして、口の中でがりっと噛んで半分にしたレモンの味のそれを、再びキスで銀次の口内へと戻す。
「んん! ば、蛮ちゃ…」
「そんで文句ねえだろが?」
ふてぶてしく言ってにやりとする蛮に、銀次が思わず、ばっ!と耳まで真っ赤になる。
まったく。
風邪をひいても熱があっても、蛮ちゃんはホントに蛮ちゃんなんだから。
そんな呟きと笑みを、くすりと胸中で漏らしながら。
銀次が上目使いになりつつ、むむっと蛮を睨んで言った。

「でも。桃とレモンって、なんか甘いのか酸っぱいのか、すっごい微妙な味なんですケド…」








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