「オイシイ生活」
(ほっとたいむ)





家のある暮らしも、やっと板についてきた今日このごろ。

でも、相も変わらずお金はなくて。
かと言って、家持ちになった限りは、部屋代や光熱費だけはとりあえずキープせねばならず。
車生活では考えもしなかった出費の多さに、さしもの蛮も頭を抱えたが、季節が早足で冬に向かっていく中で、今更元の生活に戻るわけにもいかず。
まあそこいらは、労働でどうにかカバーするしかないと、結構地道な奪還の仕事も引き受けてみたりもしていたが。
大きな仕事でも来ないことには、どうにもその日暮らしの感が否めず。



まあ。しかし。
それが、二人の生活に暗い影を落とすか、といえば。
実際、まったく関係はなかったんだけれども――。









「えーと、んじゃ読むよ。ん〜〜と、約300ミリ……リットル?」
「おう。そんで合ってる」
「…の水に、"カレースープ"をよく溶かしてから…って、蛮ちゃん! 水に溶かすんだって! もうお湯になっちゃってるよ、ソレ! ぐらぐら煮え立ってるし!」
「あ? 別にいいじゃねえか、どっちにしたって火にかけるんだからよ」
「そういう問題なの? でも、あ! カレースープはお湯で溶かすとダマになりますのでご注意くださいって、ここに書いてるよ、ほらほらっ」
「あー?」
「どうする? もっかいお水からやる?」
「面倒くせえ。いいじゃねえか、ちっとぐれえダマになったってよ。死にゃしねえ」
「そりゃ死なないけど! でも、せっかくのカレーうどんがさー」
「テメーは、食えりゃあ何だっていいんだろ!」
「わ! シツレイだなあ、ソレ! オレだって一応ねー」
「ああもう。いいから先読めや」
「あーっと。溶かしてから、おなべで…。えっと。…蛮ちゃん?」
「ん? どれだ?」
「これ、この漢字」
「沸騰、だ。って、ソレ、この前も教えただろうが!」
「いてっ! だって、似たようなのいっぱいあるし! あ、沸騰したら麺入れるんだって」
「へいへい」
「で、めんを入れて、約3分間煮込んだら出来上がり」
「おう」
「あ! 蛮ちゃん! めんは、お鍋に入れてすぐにお箸でほぐしちゃ駄目だって、ここに書いてあるよ〜?!」
「あ゛ー!? それを早く言え!!」


グツグツ…。


「おいしそーだねえ」
「ああ、ネギとかありゃあ、もうちっと色味もよくなるんだがな」
「あ、あるよ。ネギ」
「あったか?」
「うん。この前、ヘタとってコップに差しておいたから」
「は?」
「ほらほらっ、見て!」
「お…。コップ栽培かよ。って、なんかあまりにもビンボーくせぇっつーか…」
「でも、こんな大きくなったんだよ! 捨てちゃったらただのゴミだけどさ! ほら、20センチくらいあるでしょ。ねっ」
「まあ、薬味程度にはなる、つーか…。オイ、何だよ。その"誉めてホメテ"オーラはよ〜!」
「だって、誉めてほしいもーんv」
「…あ゛ー。でかしたでかした」
「なーんか、気のない言い方だなあ」
「だってよ。オメー、誉めねえとうるせえし、誉めるとうるせえし」
「ヒドイなあ。なんかそれって、オレが年中ウルサイみたいじゃん。しかも、なんか中途半端な誉められ方っていうか」
「贅沢抜かすな」
「贅沢ってねー。あ、蛮ちゃん、そろそろいいかも」
「おうよ。そーだな。銀次、どんぶり出せ」
「うん!」






それはそうと。
そういえばここのところ、ずっとこんな風に麺類に偏った生活が続いてやがるな。
カレーうどんをどんぶりに分けながら、そっちが多い、こっちが少ないと大騒ぎしつつも、蛮がふと考える。
自分はそれでもさして気にはならないが、いったいコイツはどう思っていることやら。
頬を染めて、うどんの出来上がりを待っている銀次の顔をちらっと伺う。

しかしまあ。
あんまり何か考えそうでもないか。

というか、現状に、ひどく満足しているようにさえ見える。

しかも、カップめんは高いから、コッチの3分間ぐつぐつする方にしようよー!とか、コンビニで銀次が言ったりするものだから。
生活臭が段々と身体に染みついてきたな、と蛮が内心辟易とするぐらいだ。


――生活臭さ、か。

蛮が思う。
それでも。
妙に、それに違和感はない。
どうもそういうのが、自分は苦手のような気がずっとしていたのだが。肌に合わないというか。
意外にそうでもないのだろうか?

最近、ふとそんなコトも考える。








「あー、ほら蛮ちゃん! 先食べちゃだめ! ちゃんと一緒に手を合わせて」
「あーのなー。保育園のメシ時じゃあねえんだからよー」
「いいの! オレたち、家族なんだから! 一緒にいただきます、すんのっ!」
「…へいへい」
「ハイ! じゃあ、いっただきまーす!」
「――おう」


蛮の生返事にも思いきりの笑顔を返して、(いや今のはオレじゃなく、カレーうどんに微笑みやがったなと、蛮が内心むっとしつつ)、箸を持ちながら、あつあつのうどんを幸せそうに見下ろす銀次に、蛮の顔も自然と緩む。


「うわあ、おいしそー!」
「おう、熱いから気ィつけ…」
「おわあっ! あちちち!!」
「だからなあ! オメー、ちっとはヒトの話を聞け!」
「だーってー。はふはふ、はっふいけど、おいひい〜」
「急いで食うな。舌、ヤケドすんぞ」
「ふはあ、あちー」
「だから、息吹きかけて、よく冷ませって」
「ふーふーしたよ、これでも」
「もっと!」
「ん〜? まだすんの? ふー、ふー! こんでいい?」
「…ガーキ」
「なんだよ、蛮ちゃんがしろって言ったんじゃんか。もうー」


思わず笑いを堪える蛮に、銀次が憮然とした顔で唇を尖らせる。
もっとも、そんなのは一瞬でうどんの湯気に溶けてなくなるが。
熱いうどんとカレー味の汁をすすりながら、蛮がコタツに向かい合って、同じくうどんをさも美味しそうにすすっている銀次をちらりと見る。


何食っても、本当にうまそうに食うヤツだな…。


食べてる時が一番しあわせ!という顔の銀次に、蛮が思わず目を細める。
過去に、他人が食事をしている様子に興味を抱いたことなどなかったし、別段見るものでもないと思っていたが。
銀次の食べっぷりは、正直見ていて楽しいし、飽きない。

「あれ? 蛮ちゃん、猫舌だっけ?」
「…あ?」
「食べないの?」

そう、時々見惚れていて、こんな風に自分が食べるのを忘れてしまうほど。
一緒にいるヤツを見ているだけで、どんな不味いメシでも旨いと感じられてしまうのは、なかなかに色んな意味で"重症"かもしれない。

まあ別に、だからどうしたっていう問題もねえが。


「ああ、食うけどな。いや、テメーがあまりに旨そうに食うもんだからよ。呆れてた」
「え? そう。―あ、蛮ちゃん、ごはんの時はテーブルに肘ついちゃ駄目。お行儀悪いよ」
「…は?」 

まあ、若干口うるさくなったような気がしないでもないが。
それも銀次の場合は、ご愛敬だろう。



「こら、汁とばすな」
「え? とんだ?」
「ああ、コタツ布団汚すんじゃねえぞ」
「わかってますってば。もーコドモみたいに」
「図体でけえだけの、まんまガキじゃねえか」
「ええ、そんなことないよー。最近は、だいぶん漢字も読めるようになったし」
「テメーの思う、ガキと大人の差はそこかよ」
「ちがうの?」
「はあ? まあ、ソレも有りっちゃ有りだけどよ。そればっかじゃねえだろが」
「そりゃそうだけど。はふー。ズズズズ…」
「だーからー。飛ばすな!」
「あーい。ああでも、あったまるねえ」
「ああ、そっだな。つーか。オレは熱いぐれぇだぞ」
「そお? んじゃ、コタツの温度下げる?」
「ああ」
「ん、こんくらい? 下げたよー、蛮ちゃん。あ、そだ。ウーロン茶冷蔵庫にまだあった。飲む?」
「おう。…あ、やっぱ、ビールにすっかな」
「ええ、お金ないのにー!」
「大丈夫だって。明日、ヘヴンが仕事持ってくるって言ってたからよ」
「前祝い? って、またトンデモナイ仕事だったしりて」
「ま、アイツが持ってくる仕事なんざ、もともとロクなのがねえからな」
「そうだけど。出来たら、あんまハードじゃない方がいいなー」
「さぁ、どうだかな。――っておい、テメー」
「ん?」
「さりげにスルーすんじゃねえ。ビール!」
「ちぇ、やっぱ気がついた?」
「あったりめーだ」
「蛮ちゃんってさ、本当にお金入ってくっと、ぱっぱって使っちゃうんだから。ヘヴンさんのお仕事、もしかしてすんごい無理難題だったりして。そいで結局蹴っちゃって、明日からしばらくビール飲めない状態になっちゃっても知らないよー」
「蹴る蹴らねえはともかく。置いといたって一緒だろうが」
「でも、コレ最後の一本だよ? 飲んじゃうの、もったいなくない?」
「べーつに」
「もーお。…ハイ」
「おう、サンキュ」
「んじゃー、せめて、ゆっくり味わって…って! だから、そーんなに一気のみしたら勿体ないでしょうが!!」
「あーもう、貧乏くせえこと言うな!」
「だってウチ、ビンボーだもん!」
「威張って言うことか!」
「だって事実だもん。てか、ねえねえ、蛮ちゃん! 一人で飲むの勿体ないから、オレにも一口ちょーだい!」
「結局ソコに来んのかよ。オメーは。やなこった」
「ええ〜、ズルイよ蛮ちゃん! ねえ、オレにもひーとくーちー!」
「おわ! ぎーんじ! コタツの上乗り上げてくんじゃねえ! ソッチのが行儀悪ぃだろうが!」
「だって、欲しい欲しい欲しい〜〜!」
「ばか、こぼれるっ」
「だって、今日飲んどかないと、今度いつ飲めるか…」
「不吉なこと言うんじゃねえ! おい、銀次っ!」
「一口だけっ」
「とか言ってー。全然一口じゃねえだろうが! 返せ、オラ!」
「やだ! もう一口ー」
「百年早え!」
「なんで百年…。うわあ、ひっぱんないで!」
「だったら、離せ! こらっ」
「もー横暴だってば、蛮ちゃん!」
「手、離せってぇの!」
「うわ、ちょっと…!」


「…あ?」


「うわあっ!!」
「どわあっ」




ドサッ!!




蛮の手と缶ビールを取り合って、バランスを崩した銀次が、そのままコタツの上から蛮の身体の上へとどさっと落っこちた。
しっかり蛮の胴を跨ぐような格好で、しかも、顔はもう、唇がくっつきそうなほどの至近距離で。



「――あ…」



顔には出さねど、心中で激しく狼狽する蛮と、完全に動揺してみるみる頬を真っ赤にしていく銀次が、瞳を見開いたまま見つめ合う。

まあ、他人の目から見れば、はっきり言って"今更"な感もあるのだが。
本人たちにとっては、未だに"今更"なんて状況にはほど遠いワケで。





「ば…」



「え…と…」




「ば… ば… バカ野郎――!!」
「うわあっ」
「熱い! 重い! 暑苦しいっ! 何、人の上、いつまでも乗っかってやがるんだ、テメーは! 降りやがれっ!」
「うわ、ははははい! ごごごめん――!!! あ、熱いね、うん、おうどん食べたしね! 本当に今日は熱いよねえ!」
「あー、ったくだ! あちぃ! 銀次、窓だ、窓開けろ! 窓っ!」
「う、うん! そーだよね! わかった、窓ね、まどまど!」
「押し入れあけてどーすんだ、このどアホ〜〜!!」
「あ、あれっ?? だ、だって、だって蛮ちゃんが〜!」
「人のせいにすんな、ボケが――!!」
「痛ぁっ! もう何でいきなり殴んの〜〜!!;;」










結局、ビールはこぼれ、そのうち、うどんも冷めてしまったが。

二人とも、それをどうこう言うことなく(というか、余裕なく)、気にするでもなく。
とにかく「熱い、熱い」を連発しつつ。
蛮は風呂に行き、銀次は、とにかくワケがわからないままに後片づけを開始した。

やがて、風呂上がりの蛮が、部屋で特大のくしゃみをしている銀次の姿にやっと。部屋中の窓が全開になっていることに気づいたんだけれど。






そんな、二人の微妙な関係は、この先いったいどうなっていくのやら。








まあ。もっとも。
そのことが、二人の未来に暗い影を落とすか、といえば。

そんなことは、まったく全然、なーんの心配もなかったんだけれども――。















えんど。






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GBサイトが、2歳になりました記念SSなのです。(一日早いけどv)
みなさま。本当にお世話になっております。
みなさまのおかげでちょっとは成長もしましたが、まだまだ発展途上の未熟者サイトゆえ。
これからもどうぞヨロシクお願いしますvv 成長をあたたかく見守ってやってくださいませv



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