「もっと、ずっと」








「ねー、蛮ちゃん! もうあきらめよーよぉ! いくら走ったってカラスにはかなわないよー」
「ったく、あのバカラス! どーこ行きやがった!?」
「ねえ、蛮ちゃんたらぁ」
麻幌馬大鉄の邸から、計画通りダイヤを奪還したまではよかったが、それを士度のカラスに奪われるという大失態に、蛮と銀次は朝食もさておき、慌ててカラスの追跡へと朝焼けの街に飛び出していた。
が、いくら足が速くとも、やはり翼のあるものにはかなわない。
細いビルの谷間をすり抜けていくのを見たのを最後に、すっかり見失ってしまっていた。
「オメーなあ! 悔しくねーのかよ! こちとら猿芝居までして大鉄の邸に乗り込んで、やっと手にした『アステカの星』を猿回しなんぞに上前はねられてよー!」
「そりゃ悔しいけど・・。でも、大鉄へのリベンジはこれで果たせたわけだし、蛮ちゃんのプライドの奪還も出来たんだし、ダイヤは残念だけど、もういいかなあって」
「テメーは何で、んなお人好しなんだよ! 依頼主に猿回しがアレを届けちまったら、オレらの仕事は即ち失敗。奪還料はゼロなんだぞ! またタダ働きで一銭も入ってこねぇ・・・ あ?」
「・・・・・・・ごめん」
蛮の怒鳴り声に、銀次が少しばかりしょげた面もちでぽつりと言った。
いつもの違う相棒の様子に、蛮が思わず声色を変える。
「・・・・・どうした?」
「ううん・・」
「・・・・銀次?」
肩に軽く手を置かれ顔を覗き込むようにされて、銀次が慌てて横を向き、ちょっとバツが悪そうに微笑んで言った。
「ちょっとさ、あっち向いてて」
「あ゛?」
「あ、いいや。オレがコッチ回ればいいんだよね」
言って、くるりと蛮の背中に回り、とん・・とその背後から蛮の肩に額を置きにきた銀次に、蛮がいぶかしむようにそれを振り返る。
「何やってんだ、オメー」
「ね?」
「・・・ん?」
「・・愛想、尽きちゃう? そういうオレって」
「あ?」
「もう、御託は聞き飽きた?」
「んだよ・・」
「ねえ」
「・・・つっかかんなよ」
例の”猿芝居”の時の台詞だ。
気に入らなかったってことか?と、蛮が眉間に皺を刻む。
まあ、嬉しいワケはないだろうが。
それでも別に、相棒に怒る気はない。
後味が悪いのは、こちらも同じだからだ。
「つっかかってるんじゃないよ?」
ちょっと困ったような顔で笑む銀次に、短くため息を落とすと、蛮が静かに笑んで答えた。
「悪かった」
「・・・蛮ちゃん?」
「痛ぇ思いさせたな」
芝居とはいえ、本気で殴った。
肩に後ろから顎を置き直す銀次の頬に、手の甲でそっと触れ、その顔をちらりと見やる。
「ううん・・ 大丈夫」
「そっか・・?」
「でも、オレ・・・。実はね、ちょっとだけ不安だったんだ・・。蛮ちゃん、すごい剣幕だったし。本当に怒ってんのかなあって・・。邸に無事潜入したって連絡もらうまでは、ちょっとだけ、コワかった。もしもこのまま、帰ってきてくれなかったらどうしようって・・」
「帰ってこねーも何も、そのオレを奪還すんのがテメーの役目だったんだろうが?」
「そうだけど・・。でも、それも卑弥呼ちゃんや士度に手伝ってもらったみたいなもんだし・・」
オレ、1人でやりたかったのになあ・・と凹み気味な銀次に、蛮がポンポンのその頭を叩いた。
「つまり、こういう事か? ”いろいろ不安だったから、もうダイヤなんかどうでもいいから、今すぐ蛮ちゃんに甘えたい気分”ってよ?」
「・・・・・・・うー・・」
はい、完璧です、その通りですとは、さすがに照れと意地もあって素直には言えない。
というか、言いたくない。
自分だけが、自分たちの仕組んだ芝居に、勝手に落ち込んだり悲しくなったりして踊らされていたなんて、ちょっとやっぱり悔しいから。
その上、気持ちまで見透かされて。
こうされてるのはとても嬉しいし、ずっと甘えさせてて欲しいけど、なんとなく今はソレだけじゃ何か足りない気がしてしまう。
こんな気持ちは、どうにも自分でも珍しい。
だいたいにして、甘えたい時に蛮が気をきかせて甘やかしてくれると、それだけで嬉しくて満ち足りた気分になれるのに。
いつもならば。
ちょっとどうにも泣きたい気分になって、蛮の首に腕を回してしがみつくようにしてその耳元に唇を寄せる。
やっぱり今日は、いつもと同じじゃ、とても足りそうにない。
ふと気がつくと、つい先ほどまでは人通りもまばらだった早朝の街角も、早めの通勤時間にかかってきたのか、結構道行く人も車も増えてきている。
にも関わらず、銀次がこんな風に人目も気にせずに抱きついてくるなんて、よっぽどだなと蛮が思った途端。
「・・・・・・・・」
耳を疑うような銀次の囁きに、思わず信じられないという顔をした。
甘えるような声が鼓膜に直接あたって振動し、その脳に直結するような響きに、顔には出さねどさすがに少々蛮が動揺する。
「・・・・・な・・」
えらく間の抜けた返事しか出来ない自分が、我ながら滑稽だった。






「は・・・・ぁ・・・・」
長いく深い口づけから解放されると、銀次が甘いため息をついた。
自分から、誘うことなど天変地異でも起きない限り有り得ないんじゃないかと思っていたのに、どうも蛮の知らないうちに、銀次の中では天変地異が起きたらしい。
あんな往来のど真ん中で、ちょっと切羽つまったような甘ったるい声で「・・蛮チャン、抱イテ」などと言われた日にはもう・・。
頭より先に下半身の方が、とっとと答えを返してしまいそうになる。
しかもそれだけで、”ま、ダイヤなんざ別にどうでもいっか”とあっさり思えてしまうから質が悪い。

結局そのまま手近なラブホに直行し、服を脱がせて初めて見た―
背中の真ん中と脇の辺りに、自分が蹴り上げた痣が鮮やかに残っているの
を。
芝居とはいえ、本気に近い殴り方をしたにも関わらず(もちろん左手で)、顔が腫れ上がることもなかったから、まともには喰らわないように上手くいなしたなと感心していたが。
そうでもなかったらしい。
身体の傷は、妙に痛々しく生々しい。
痛むか?と聞いて、その痣に唇を寄せると、全身をぴくっと震わせた。
痛みはともかく、蛮につけられた傷というだけで感じるようだ。
「あ・・・」
銀次の熱い中心は、蛮の指に絡みつかれ愛撫を受けて、もうそこからトロトロと涙を溢れさせている。
にも関わらず、まだ一度もイかないうちに、銀次のとろん・・とした瞳は、もう早く早く次をと蛮に強請っている。
自分としては、もうちょっと啼かせて1、2回ぐらい先にイかせてやってからと思っているのに、今日はそれも嫌らしい。
「・・・・・・・っ・・・はあ・・・・・あ・・・・・・ぁ・・・っ・・・・ねえ・・・・・っ・・・・・蛮ちゃ・・・・」
緩急をつけて自在に銀次を煽る蛮の指が、銀次の先走りに濡れて、なおもそれを溶かそうとするように扱き上げる。
艶かしい動きで両足がそれにつられるようにゆるゆると動き、快楽に耐える表情に眉がくっと寄せられる。
その耳元に舌を入れつつわざと濡れた音をたて、蛮が低く笑って言った。
「一回、イけよ。ほら」
目だけでねだった要求は却下され、お預けをくらって、銀次が波に飲み込まれそうになりつつも、嫌々をするように首を振る。
「・・・あ・・・・あああっ! や、やだ。蛮ちゃん、も、早く・・・・ねえ、はや・・・・・・っあ・・・!」
「まだ慣らしてねーだろ」
「いい、から、大丈夫・・・・・! ね、蛮・・・・ちゃ・・・お願い・・・・っ・・! あ・・・・あぁ・・・! も、イレ・・て・・・・!」
想い人から、普段なら焦らして追いつめて涙で顔がぐちゃぐちゃになるくらいまで責め立てて、やっと聞けるはずの言葉をこうもあっさり告げられると、拍子抜けするというか、勿体ないというか・・。
それでも、もちろん嬉しいと感じるし、そういう銀次もとても可愛いと思う。
同時に、どうして今日に限ってこんな風なのかを慮り、苦い思いも噛み締めた。

あんな気持ちの入っていないコトバとはいえ、銀次を傷つけてしまったのだという事実が、自分自身に対してかなり腹立たしい。

『もう、テメーの御託は聞き飽きたんだよ!』
『消えろ! テメーと組むのも今日限りだ』
『2度と、オレの前に現れるんじゃねえ!』

喧嘩のフリだというのに、そういえば、コイツは一言も言い返さなかった。
”コッチだって一緒だ、もうやってられないよ!”だの、”蛮ちゃんのやり方にはもうついていけない!”などと。
考えられる台詞は幾らでもあっただろうに、何一つも言い返せず、ただ哀しそうに蛮の名を呼んでいただけだった。
すがるような瞳をして。

三文芝居だっての、わかってるだろ?
んな顔すんじゃねえ。
まあ、ソッチのその表情も、演技だってのならいーんだけどよ。

思いつつも、それでも何だか気が気ではなくて、大鉄の邸に入るなり急いで小型マイクに向かって銀次を呼んだ。
その時の声は明るかったから、安心していたのだが。

「や・・・・!」
「イヤじゃねえっての! ちっとぐれぇ指で慣らしとかねえと切れちまうだろ!」
先走りを指で掬い取って、それでも焦れる銀次のためにいきなり2本を体内に侵入させ、そこを解しながら銀次の好きな場所を丹念にまさぐる。
「や・・・あ・・・・ぁ・・・・っ・・・・あっぁ・・・! 蛮、ちゃ・・・!」
「ああ、わーってるって」
腰を走る痺れに思わず達しそうになりながらも、自分でそれを逃すようにして銀次が”もう・・”と更に強請る。
充分にそこが、やわらかく蛮を受け入れるくらいまでになったのを指で感じて、蛮が銀次の両腕を取って自分の方に引き起こした。
銀次がそれに驚きつつも、すぐに意図を察して、ちょっと頬を染める。
最初からこの体勢はちょっと、なんだか恥ずかしいんですケド・・と思うけれど、そんなこと言っていられないくらいにもう余裕はない。
銀次は蛮の首に腕を回し、その腰を跨いで足を開いた。
ごくっ・・と、少し生々しく喉が鳴り、その音に羞恥にかっと頬が染まる。
そして、蛮の手に支えられつつ導かれ、ゆっくりとその上に腰を落としていく。
「ああっ!!」
下から突き上げられる衝撃に、思わず倒れそうなくらいに背中が反り返る。
それを蛮に助けられながら、ゆっくりと体内に蛮を収めていき、銀次が甘く啼いた。
「ばん、ちゃん・・・っ」
「銀次・・」
「うぁ・・・・・は・・・・あ・・・・・」
体内から熱くいっぱいに満たされていくものに、銀次が喘ぎながらも、蛮の肩に腕を回してしがみつく。
腰を支えられて、快楽の場所を狙って打ち込まれて、銀次が掠れた嬌声を上げた。
「イイぜ、銀次」
「うん・・・っ・・・! あ、あ、あ・・・・・っ!」
汗ばんだ腕が蛮に縋り、快楽のあまりに強く頭を打ち振ると、珠のような汗が金色の髪の先で弾けた。
強く身体の下から突き上げられて、息も出来ないくらいの快楽に溺れて浸って、銀次はようやく蛮の腕の中で己の全てを解放した。



「ぎーんじィ」
「ん・・・」
「気ィ、ついたか?」
汗びっしょりの額を手のひらで拭ってやりながら、蛮が言う。
銀次が、それをまだ焦点の定まらない震える瞳で見上げ、はあ・・と息をついた。
「大丈夫か?」
「ん・・」
普段なら、こんな風にめずらしくベッドで乱れる銀次を見られた後は、何かにつけて、ついからかってしまう蛮が今日はやけにやさしい。
そう思いつつ、心地よいやさしい手で髪を梳かれながら、ベッドにけだるい全身を投げ出すようにして息を整え、銀次が満ちたりたような笑みを浮かべた。
それを、やさしい紫紺の瞳が見下ろして言う。
「なあ、銀次」
「・・・うん?」
「やっぱ、ああいうのはよくねぇやな・・」
「・・・え」
「もう、しねぇからよ」
「・・・・・何?」
「あんなつまんねぇ猿芝居に、2度とテメーを付き合わせたりしねえから。・・安心しろ」
「・・・・・蛮ちゃん」
やさしく言われて、目尻の辺りをそっと唇でふれられて、銀次がほっとしたように微笑んだ。
身体をめいっぱい解放した、そんな後は正直だ。
「大丈夫・・。ほんのちょっとだけね、悲しかったけど。割り切ってはいたから」
『その”ちょっとだけ”でも、オレが嫌なんだよ』と、蛮が心中で思う。
それっぽちでさえ、こんな風に普通じゃない状態に陥ってしまう銀次に、もう2度と同じ想いなど絶対にさせたくはないと思ってしまう。
自分一人で蛮を奪還したかったのに・・とこだわったのにも、邪馬人の形見とも言えるあの車に送られることを躊躇ったのも、よく考えればいつもの銀次ではなかった気がする。
思いつつ、ベッドに身体を横たえて、腕を回して銀次の身体を抱き寄せる。

銀次は銀次で、身体を繋いでやっと少しほっとして、蛮の胸の上に抱きよせられながら同じことを考えていた。
確かに、蛮の捨て台詞は心にとても痛かったけど。
蛮を信じているのはもちろんで、今度の計画だって張り切っていたし、別にいやじゃなかったのになあ・・と銀次が思う。
お芝居もまあ、それなりには楽しんだと思うし。
結局、つまるところ。
自分は、あれっぽっちでも、蛮と離れているのが淋しかった。
それだけなのかもしれない。
考えて、自分で自分に呆れてしまう。

知らなかった。オレって、そんなに蛮ちゃんにベタ惚れだったの?
いや、知らなかったわけじゃないけど、自分で思っていたよりもまだその上があったって事?
考えて恥ずかしくなる。
蛮は、どう思っただろう。

「銀次」
なに?と、やっとしっかりしてきた琥珀の瞳が蛮に問い返す。
「ダイヤもプライドも、ま、一応奪還成功ってとこで」
「うん」
「こんなもんで、よしとすっか」
蛮の言葉に、え?と意外そうな顔をする。
「ダイヤも・・・いいの?」
「ああ、猿回しにくれてやら」
「・・どうして、蛮ちゃん?」
士度に譲るなんて、何が何でもいやだろうと思っていたのに、あっさりと言われて銀次が不思議そうな顔になる。
蛮が、瞳を細めて銀次を見、笑った。
「もっと一番大事なモン、奪還出来たからな。オレもテメーも」
「蛮ちゃん・・」
「・・・・だろ?」
「・・・オレも、奪還されたの・・? 蛮ちゃんに?」
「おうよ、無事ゲットしてやったろ?」
「・・・うん!」
蛮の言葉に、銀次が頷き、さも嬉しそうに微笑む。
ダイヤ以上に、プライドなんか以上に大事なものが、確かにこの胸の内と互いの腕の中にある。
銀次は微笑むと、ゆっくりと身体を起こし、蛮の瞳を真っ直ぐに見つめると、そっとその唇にキスを落とした。


何はともあれ。
筋書き通りに、こうして互いに”相棒”の奪還には成功したのだ。自分たちは。
ダイヤよりも、プライドよりも、もっとずっと大切なものを――



「おーし。んじゃま、そういうことで!」
「うん?」

「もっかいやっか!」
「え? えええ〜! ちょちょっと蛮ちゃん。朝ごはんは〜!?」
「もっかいヤってから!」
「そんなあ〜〜! 朝ごはん〜〜〜!!」






END












アニメ#34のネタバレSSでした〜
なんだか感想を書いてる時間がないのでSSで・・・って、
ソッチのが時間かかるんじゃあ・・・。でも楽しかったです、えへへv

さて、原稿もがんばろう(汗)
ちょっと原稿の休憩時間にSS書くヘンな私・・


モドル