銀次を抱いた。
 アイツの弱みにつけこんで、アイツを手に入れた。
 好きかって聞かれたら…そうだとはっきり言える。
 愛してる、と思う。
 相棒としてだけじゃなく、一人の人間として。
 あれから、銀次を幾度となく抱いたが、本当に救えたのだろうか。
 あいつの痛みをオレが…この血塗れた手で救えたのだろうか……。


***

別離

***

 軋むベッドに散らばる金の髪。白い肌は欲情に染まり、薄紅色に変わっていた。絶え間なく色を含んだ声が漏れ、シーツに新しい波をまたひとつ作る。
「は…あ……蛮…ちゃ…」
 細い腰を掴み、上から叩きつけるように体を推し進めた。ぐちゅぐちゅと卑猥な音が上がる。その音にすら興奮するようで、銀次はさらに高い声を上げた。
 服は殆ど脱いでいない。
 この部屋に帰ってくるなり、蛮は性急に体を求めた。
 それを咎める風でもなく、銀次は自らの腕を蛮の首に回しされるがままになった。キスや愛撫もそこそこに、体の一番奥をまさぐられ、潤滑ゼリーを塗りこまれ。ただ二人、獣のように愛し合う。
「てめ…のココ…っ、すげえ熱いぜ…。俺の銜え込んで離しゃしねえ」
「や…っだ、言わないで…アアッ!」
「感じてんだろ? 別に我慢しなくたっていい…全部見てやるからよ」
 挿入した欲望でかき回すように腰を動かしてやると、銀次の体がビクリと跳ね上がった。蛮に教え込まれた体は、すでにどこを触られても快感を覚えるようになっていた。それが誰も触れたことのない内壁であれば、なおさらだった。
「ああ…んっ! や、やあっ」
「ここ、だろ?」
 一番いいところを掠めるたびに、銀次は濡れた声を上げた。その快感を掴み取るためか、腰が自然と揺らめきだす。
 もっと、蛮を飲み込もうと収縮するように、粘膜が音をたてて動く。
「あ、アアッ……そ、だめ…」
「ん? ほら、イイんだろ…?」
「あん、ああぅ…! イ…から、だめぇ…っ」
「イイっつったり、ダメっつったり…忙しいヤツだな」
 蛮がにやにやと笑ってめくり上げられた銀次の胸へと唇を落とす。ピンク色の突起に舌を淫らに絡める。歯でやんわりと噛んでやり、周りを唾液で濡らしてゆく。
 二箇所を同時に攻められて、銀次の高ぶりは解放されるのを待ち望んでいた。
「なあ、銀次…」
「え…あっ……なに…?」
 欲情した目で蛮を見上げる。潤んだ瞳。どちらのものか分からない汗と体液。そんな中でも銀次は綺麗な存在だった。
「…愛してる」
 蛮が囁くと、銀次は一瞬寂しげな表情をした。
 しかしすぐに普段の彼からは想像できないような妖艶な笑みを浮かべ、蛮の背中へと両腕を回した。
「ね、もっと…蛮ちゃんを頂戴?」
「………いいぜ、俺の全部をテメーにやるよ」
 蛮は激しく腰を打ちつけ始める。卑猥な音と、銀次の嬌声が心地いい。
 上下に追い詰めるように攻め立てた。頭が真っ白になるほど、快楽だけを追いつづけた。
「あ、ああっ、あっ! イイ…ッ、も、…ク……!!」
 背中に立てられた爪が痛い。しかし、それ以上に快感がかけめぐる。最奥のいいところだけを壊れるぐらいに突く。蠢く粘膜に蛮も限界に達し、微かにうめき声を上げて最奥へと欲望を吐き出した。ドクドクと音が聞こえそうなぐらい、銀次の中へと注ぎ込む。
 その熱いものが敏感なところに流れていく感触に、銀次も追い詰められていく。
「蛮ちゃ…ん、蛮ちゃん…ッ!!」
 愛しそうに名を呼び、銀次は己を解放した。白濁した液体が二人の体を汚していった。
 銀次の唇が『スキ』と紡いだが、音にはならなかった。

***

 少しの間、銀次は意識を失っていた。目がさめると日は暮れ、部屋が薄暗かった。
 蛮の方を見やると、裸のままベッドヘッドにもたれ掛かるように座り、自分の隣でタバコをふかしていた。左手は銀次の短い髪をすいている。優しい、涙が出るほど優しい手つきで。
「…起きたのか? 悪かったな、無理させちまってよ」
 ふるふる、と頭を振った。
「ねえ、蛮ちゃん」
 にこやかな笑みを浮かべながら、銀次は辛辣な台詞を口にした。
「蛮ちゃんはさ…オレのこと、本当は好きじゃないでしょ」
「………は……?」
 『好きじゃない?』
 誰が?
 誰を?
 なぜお前がそんな言葉を俺にかけるんだ…?
「……な…に言って…」
 蛮は呆然とした。
 まさか、銀次からこんな言葉が発せられるとは思いもしなかったから。
 さっきまで愛しあって、こんな穏やかな空気で。
「何を言ってんだ…」
 わからない。
 一体何を言い出すのか。
 自分が銀次を好きじゃない?
「銀次、俺は」
「いい、わかってる。蛮ちゃんは、オレを助けようとしてくれてるんだよね。…オレが弱いから。誰かに縋ってしか生きていけないから。だから……仕方なく『愛してる』って言ってくれてるんでしょ?」
「違う! 俺は…本当にテメーのことが…っ」
 銀次はうつむいた。どんな言葉も彼の中を素通りしていくような感覚。
 平行する二本の線は決して交わることはない。
 結局、自分は捨てられていく。
 育ててくれた人も、そして…最初で最後に愛した人も。
 同情で愛されて、ぬくもりを知って。次に突き放されたら、自分はもう生きてはいけない。
 あの人とは違う愛。家族でも友達でもない想い。
 蛮を失ったら、離れていかれたら、自分はどうすればいい?
 絶望と暗闇が心を占め、内側から腐食して…きっとからっぽになってしまう。空虚になった心は体を蝕み、魂までも開放してしまうだろう。
 だから、自分から。
 手を振りほどく。
 愛しているから、これ以上、手遅れにならない内に。
「…さよなら、蛮ちゃん」
 顔を上げて微笑む。不思議と涙が出なかった。
 もう…全てを忘れてしまおうと。
 愛されることを忘れてしまえば、生きてはいける。

 銀次は振り向くことなく部屋を出て行った。

***

 どれだけこうしていただろう。
 銀次が部屋から出て行ってから、静けさがこの部屋を包んでから。
 部屋がどんどん明るくなっていく。長い夜が明けたのだろうか。
「……これで、いいのかよ。満足かよ。………どうやったら…」
 お前を救えたんだ…。
 最後の言葉は声にならなかった。
 彼を愛して。愛されたと思ったのは錯覚だったのか。
 また、また過去のように自分は全てを失ってしまったのだろうか。
 …ぬくもりが失われたシーツに身を投げ出した。
 もう、温まることがないと、感じながら…。



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End:2002/10/07