「Love&Battle」







「パンドラの箱は、開かず・・・だな。ドクタージャッカル」





雷神と化した天野銀次を前にして、悦びの余り、凄まじい速さでその間に
割り込んできた美堂蛮の気配に気づく間もなかったことは迂闊だった。
しかも、ブラッディソードは美堂蛮の肩を背中側から貫くカタチになっただけで、雷帝の身体をかすり傷ひとつ付けるには至らず、しかもそのまま雷帝は消えてしまった。

つまらない・・・。

せっかく楽しい仕事になりそうだったものを。
と、そう表面上は見せずとも心から落胆していた赤屍は、不本意ではありつつも、蛮の茶番に付き合うことにした。
マクベスを欺くために、それが「邪眼」を使ったのだと、そういうことに。
まあ別に、雷帝が消えてしまった今、ここから先は楽しみの半減した仕事になるだろう。
とりあえずは、もう1つの「プルトニウムを運ぶ」という仕事の方は無事完了したということでもあるし。
コチラの方も、とっとと終わらせてしまいましょう、と半ば投げやりに思った時だった。

「では美堂クン、お先に」
と行きかけたところで、赤屍は、やっと「それ」に気がついた。
目の前に、呆然とへたり込んでいる小さな生き物。

「おや?」
「・・あ゛?」
「これは。また・・・」

「・・どうした、ジャッカル?」
「クス・・・美堂クン・・。まだまだこの仕事は、楽しめそうですよv」

「そりゃーよかったな、って。 ・・・・・・あ゛あ゛!? 
 あんだ、そりゃあ!!?


雷帝化から元に戻っていく銀次が、脱力したかのように両膝をついたはずのその場所に。
いつのまにか銀次の姿はなく、代わりに小さな黒髪の男の子が途方に暮れたような顔で座り込んでいた。

「・・・・・・・」
思わず、呆然とした顔で蛮が固まる。

「おやおや、銀次クン。雷帝化でエネルギーを使い果たして、こんなに退化してしまいましたか」
「あ? ぎ、銀次だとぉ!?」
赤屍の言葉に、蛮がぎょっとしたように「それ」をまじまじと見た。
確かに銀次だと言われれば、面影がなくもないが。
しかし、どう見ても5,6歳くらいの普通の少年で、しかもいつもの金髪ではなくて黒髪で。
目の色も全く違う。
しかも、いつものハーフパンツではなく、オーバーオールといういで立ちで。
蛮は、肩の痛みと混乱する頭とで眩暈がしそうになってしまった。
「そうでしょう、どう見ても」
「け、けど、アイツはどっから見ても金髪で・・・いやそりゃあ、ガイジンじゃあるめーし、ガキの頃からキンパツってこたぁねえだろうけどよ。・・・あ? 待てよ。けど、下の方もキンパツだった・・ あ、いや、そんなこたぁどうでもいい! しかしなんで赤屍、これが一目見て銀次だとわかるよ?」
「キミたちと合流する前に、銀次クンと二人の時に会ったのですよ。むろん、バーチャルで作られた幻影ですけれど。銀次クンは、これは無限城に捨てられた頃の自分だとひどく動揺してましてね」
銀次が動揺していたと聞いて、蛮が険しい目をして赤屍を見る。
「・・・・それで、どーしたよ?」
「切り捨てました。危険だと判断しましたからねぇ。それで銀次クンは興奮して・・・おや、どうかしましたか?」
赤屍のそばから、ばっ!と小さくなった銀次を引き寄せ、蛮が慌てて自分の後ろにかくまう。
赤屍が、楽しそうにクス・・と笑った。
「いえ、後から反省したのですよ。なかなか小さい銀次クンもそそられるものがありましたからねえ。もっとよく目に焼きつけてからでも、切り刻むのは遅くなかったかと」
「てめえなあ・・!」
蛮の横から、後ろにかくまわれた銀次を覗きこむようにする赤屍に、蛮が思わず目で威嚇する。


ったく、とんでもねえ野郎だぜ・・。
まさか、それが銀次の雷帝化の引き金になったんじゃねえだろうな?
いやしかし、それはともかく――
どうすりゃいいんだ。
雷帝化を阻止したまではよかったが、まさかこんなことになろうとは。
どーやって、こんなの連れてマクベスのとこまで辿りつくよ?
いや、たどり着いたところで、余計危険じゃねえか・・!


蛮は、頭を抱えたくなってしまった。
こんなところで、足止めをくらっている場合ではない。
肩の傷も、灼けつくように痛みが酷くなってきている。
平然と出血を止めているのも、もうそろそろ限界だ。
蛮は右肩を庇うようにしながら、自分の後ろで小さく震えている銀次を振り返ると、床に片膝をついて視線を合わせた。
大きな黒い瞳が、涙に潤んで蛮を映している。
状況が何らわかっていなさそうなその表情に、心の中でため息をつきつつも、とりあえずは問いかけてみた。

「おい、銀次」
「・・・・・ハイ」
・・ハイ、じゃねーよ。
「テメエ、自分が誰かわかってんな?」
こくんと頷く。
「おーし。んじゃ、オレは誰よ?」
「・・・・ばん・・ちゃん・・・」
”だれ?”と言われなかったことに幾分ほっとし、それから赤屍を、くいと立てた親指で差す。
「なら、あのオッサンは?」
「美堂クン・・。オッサンはないでしょう」
「うっせえ。な、銀次。わかっか?」
「うん・・・。あかばねさん・・・」
「おっしゃ。だったら、何でオメエがここにいて、今からどこに向かって何しよーとしてるかもわかってんな?」
満足げに頷く蛮に、銀次がちょっと小首を傾げて考え、口に手をあてて困った顔で、とても言いにくそうに蛮に言う。
「わかんない・・・」
「あ゛あ゛?!」
「・・・だって・・・ボク・・・」
「だって、ボクじゃねえ!! なんでオレと赤屍の名前はわかんのに、オレらのここにいる目的がわかんねえんだぁ!? テメエの脳ミソはいってぇどーなって・・!」
「だって、本当に・・・・わかんないんだもん・・」
「だからテメエはなあ! ILを奪還するために、これからマクベスって野郎のとこにだな・・!」
「いる?」
「おうよ」
「まくべす?さん?」
「そうそう」
「・・・・・だれ?」
「・・・・・・・・・・・」
真っ黒のつぶらな邪気のない瞳に問いかけられて、蛮が床に片膝をついたまま、がくっと頭を垂れた。

「ったくよー。ああ、もう! アホだパーだとさんざん罵ってきたけどよ、ここまでたぁ思わなかったぜ! テメーのアホはガキの頃からの筋金入りかよ! おい銀次!
 こちとら時間がねえんだよ! とっとと元に戻るか何か、自分でどーにか出来ねえのかよ! ええ?!」
細い両肩を蛮の手に掴まれ揺さぶられて、叱られているのだとわかった銀次がみるみる涙目になる。
口元がへの字に歪んだと思った途端、ぽろぽろと大粒の涙がその瞳から溢れ落ちた。
「ふぇ・・・」
「ふぇ?」
「うええぇぇ・・・・・ん」
「な、泣くなあ!コラァ!」
「うわあああぁぁぁ〜〜ん!!」
蛮の声に余計に大声になって泣き出した銀次に、蛮が焦ってしどろもどろになる。
「お、おい、こら! 泣くなっての! おい、銀次!」
それを後ろで見ていた赤屍が、帽子を被り直しながら低い声で楽しげにぼそっと言う。
「泣ーかした、泣かした・・」
「赤屍ェ、ふざけてんじゃねえ!」
「うえええ・・・・ん!」
「ああ、もう! よーしよし、泣くな!」
「では、私は先を急ぎますから。お先に」
「ちちちちちちょっと待てぇ! テメエ、コイツをどーする気だ、ゴラァ!!」
「どうするもこうするも。キミの大事な相棒でしょう。お好きにどうぞv」
「お、お好きに言われても・・だなあ!」
途方に暮れる蛮を、さも面白そうに見やり、とっとと歩き出しかけて、ふと赤屍が立ち止まる。
「・・おや?」
ロングコートの腰のあたりを控えめにひっぱる小さな手に気づいて、何か?と微笑みかけた。
「あかばねさん・・・。いかないで」
大きなつぶらな黒い瞳で見上げられ、さすがの赤屍も悪い気がせず、少し屈んで銀次を見る。
「あのおじさんが怖いのですか?」
蛮をちらりと見て言う言葉に、銀次がこくん・・と頷く。
「誰がおじさんじゃ、コラァ! 銀次! テメーも、んなヤツになつくんじゃねえ! だいたいソイツは・・」
頭のてっぺんから湯気が出そうなほどがなりたてている蛮に、赤屍はクス・・といつもの笑いを落とすと、楽しげに銀次の手をとった。
「じゃあ、私と行きますか? 銀次クン?」
「うん!」
「いい子ですねえ」

「え・・・・あの・・・よ・・・?」

銀次の手をひいて歩き出す赤屍に、ぐうの音も出ず、かと言って放っておくわけにもいかず、不機嫌にぶつぶつ言いつつも蛮は仕方なくその後について歩き出した。
歩き方も不機嫌極まりなく、柄の悪いチンピラのようなガニ股歩きになってしまう。
それを、赤屍に手をひかれつつも、ちら・・と振り返ると、銀次が赤屍を見上げて言った。
「あかばねさん」
「どうしました?」
「あのね・・」
「・・何です?」
にっこりと微笑まれて、銀次もにっこり笑う。
いつもなら、赤屍に見つめられてにっこり微笑まれたりしたら、卒倒するだろうにテメエよー!と心の中で舌打ちしつつ、屈む赤屍の耳元でこしょこしょ内緒話をする銀次を面白くなさげに睨み付ける。


んーなこと、オレにだってした事あるか!?
なんで、ガキになるなり、そうも赤屍になつくよ!
怖くねーのかよ?
ソイツは、誰でもかれでも容赦なく切り刻む、冷血極まりない快楽殺人鬼なんだぞ?
オメーだって、オレがこうして着いてきてなきゃ、どっかに連れ込まれてバラバラにされるかもしんねーんだぞ。
元々、テメエは赤屍に気に入られてるんだからよ。
いや、バラバラ以前に、変しな真似でもされたら、どーするよ!阿呆が!

だいたい・・。
なんで、このオレ様が、んな大怪我までして、挙げ句にガキ化したあの野郎にシカトされなきゃなんねーんだ?
アホくせえ。
ヤツを止めるのを先決に考えたりしなきゃよ、
赤屍の剣なんざ、モロに、しかも背中から受けることなどなかったてえのに。
痛ぇ想いしてコレかと思うと、なんだかむしょーにムカついてきやがる。
しかも手なんざ、繋ぎやがって。
赤屍も赤屍だ。
ジャッカルとかいう異名を持ちやがるくせに、テメエ、実はショタだったか。
何を嬉しそうに、ガキの銀次とお手々つないで、愛想をふりまいてやがる。


などと、蛮が胸中でたっぷり悪態をついている間に、内緒話が終わったらしい銀次がぱたぱたと蛮に駆け寄ってくる。
「・・・んだよ」
不機嫌に言うと、ちょっと怖がりつつも、小さい手を蛮に差し出してニコと笑った。
「ばんちゃんも」
「あ?」
「お手々、つなご?」
「・・・・・お手々、だぁ?」
意味がわからず考えあぐねていると、蛮の手を小さなやわらかい手がとって、そのまま引っ張って走り出す。
「お、おい」
そして、前を行く赤屍に追いつくと、空いたもう片方の手を繋いだ。
「あ、あのよー」
「仲良くしてほしいそうですよ」
「は?」
な、な、なかよくってえのは?
・・・誰と、誰よ?

困惑しまくったまま、銀次を真ん中にして仕方なく歩き出す。

「おい、赤屍・・」
「どうかしましたか? 美堂クン」
「・・・いや・・」
なんだか、こういう光景をどこかで見たような気がして、蛮は頭がくらくらしてきた。
これじゃあ、まるで仲良し家族じゃねーか。
父親と母親の真ん中に小さい子供・・。
手をつないでいるのが銀次なのは幸いだが、なんだか間接的に赤屍とも手を繋いでいるようで気持ちが悪い。

「顔色が悪いですねえ」
「別に」
「ああ、そうでした。まだ、危険な状態なのですね」
「いや、ソッチの方は・・まあいいんだがよ」
にこやかな赤屍は、明らかにこの状況を面白がっている。
ああ、そうだった。
この野郎は仕事の完了よりも、過程を楽しむのだと抜かしてやがったな。
てことは、マクベスがILを使って何をしようとか、それを阻まないと大変な事になるとか、特にどうでもいいことなのだろう。
思いつつ、自分と赤屍の手を両手にぎゅっと握って、嬉しそうな銀次を見下ろすと、にこっと邪気のない笑顔で見上げてくる。
何が嬉しいんだ、このアホが!と殴ってやりたい所だが・・。

まっ、いいか。
そのうち、いつものタレた状態が元に戻るのと同じように、無限城内の電磁波を自然に吸収しているうち、エネルギー満タン状態になったら勝手に元に戻るだろうから。
蛮は、これ以上考えると、自分の思考回路がバカに成りかねないので、もう考えないことにした。




「あかばねさぁん・・」
「どうしましたか。銀次クン?」
「おしっこ・・」
「・・・あ゛?」
「おしっこ、行きたい」
「テメエなあ! ションベンぐれえ1人で行け!! ったくガキじゃあるめーし!」
・・いや、ガキだけど。
「だって・・」
前を押さえてもじもじする銀次に、赤屍が手袋の手で黒髪をやさしく撫でて答える。
「いいですよー、ではご一緒しましょうv」
「・・チッ、えれぇ献身的に世話するじゃねーか、赤屍のヤロー・・」
ゴミ処理場を管理していたらしい部屋の近くにトイレらしきものを見つけると、赤屍が銀次の手を引き連れていく。
それを煙草に火を点けつつも気になって、トイレの外の壁にもたれ、ふー・・と一息ついた所で中から赤屍の声が聞こえてきた。

「オーバーオールというのは脱ぎにくそうですねえ。どれどれ。お手伝いしましょうか」

・・・・・お手伝い・・・?

「パンツも濡れるから、脱いじゃいましょうねえ」

・・・・・パンツを・・・・脱げ・・だと?

「おお可愛らしいv 私が手を添えて差し上げましょうv」

・・・・・手を・・・てててて手ェだとお!?

「赤屍エェェ〜!!!! テメエ、どどどどけぇーッッ! 銀次にさわるんじゃねえ!!!!」
思わずトイレに駆け込んで、赤屍を押し退け、バタンと銀次の入っていたトイレの個室の扉を外から閉める。
ぜいぜいと鼻息荒く、今にも本気のスネークバイトを繰り出してきそうな蛮に、赤屍がクス・・と笑いを残しつつ、トイレを出ていった。

くそ・・。からかってやがる。
ここがトイレじゃなかったら、床にへたりこみたい気分だと思いつつ、蛮がは〜っとため息を落とす。
その背で、トントンとトイレの扉を内側から叩く音が聞こえ、蛮はそこを退いて扉を開いてやった。
「できたか? ぎ・・・!」
言いかけた言葉が止まり、咥えたまま曲がってしまった煙草が蛮の口からぽろりと落ちた。
ずり落ちてくるオーバーオールを押さえるのに両手がいっぱいで、剥き出しになった可愛いものをそのままに、「どうしてしまえばいいの?」と涙目で銀次が蛮を見上げて訴えている。
(・・・・か・・・可愛・・・・・ い、いやいやいや! オレはショタじゃねえぞ! 断じて、だ! しっかりしろ、美堂蛮!)
正直、「まいりました」という気分だったが、そんなことはおくびにも出さず、「しょうがねえな・・」とパンツとオーバーオールを直す手伝いをしてやる。
まったく、ガキにこんなややこしい服着せやがんな!などと思いつつも、困ったことに妙に照れてしまう。
銀次とは確かに最近「そういう関係」になったところで、まあ少しは見慣れてきてはいたが。
無毛の、しかも自分の小指くらいのサイズのものを見せられると、どうもイケナイものを見てしまったような気分になってしまうのだ。

「ばんちゃん・・」
その後ろめたい気持ちを見抜かれたかと、蛮がちょっとぎくっとする。
「あ、何だ?」
それを知られまいと平静を装おうとすると、なんだかどうも言葉尻が冷たくなる。
「あの・・」
「んだよ」
「ありがと・・」
「あ? オレに言ってんのか?」
「うん。服、着せてくれたから」
「別に、たいしたこたぁねーよ」
「・・やさしい」
「あ?」
オメエの股間を見て、1人で照れてるオトコのどこがやさしいってんだ?
「さっき怒ってたから・・」
・・ああ。
テメエに怒ってたわけじゃねえ。
「・・怒ってねえよ」
「ほんと?」
「ああ」
「よかった」
つぶらな瞳が、蛮を映してうれしそうに細められる。
蛮は、くしゃくしゃと黒い髪を撫でつけた。
それから、屈みこんだまま、ちょっと躊躇いがちに尋ねる。
「オレのことな。名前以外は、なんも・・おぼえてねえか?」
ちょっとしんみりと聞くと、銀次が申し訳なさそうにコクリと頷く。
「そっか・・・」
落胆したような声に、銀次が小さい手でそっと、自分の目線まで屈んでくれている蛮の頬にぺたっとふれた。
「でも」
「ん?」
「大好きだったのは、ちゃんとわかるの」
天使のような声にそう言われて、蛮は不覚にも泣きそうになってしまった。
それを笑って誤魔化して、もう一度くしゃくしゃと髪を撫でる。
いつもの金色よりも、ずっと猫っ毛のやわらかい髪だ。
それがなぜだかとても哀しい気がして、蛮はフイと銀次から顔を逸らすと、立ち上がってぶっきらぼうに銀次に言った。

「行くぞ」
胸の奥底に、妙な痛みが走った。

銀次は、少しだけ自分にやさしくなってくれた蛮が、また怒ったように背中を向けてしまったことに項垂れると、気づかれないように淋しげに、小さな溜息を落とした。
「うん・・・」

一応、水は出たので手を洗わせて、トイレを出ると待ちくたびれたような赤屍が横目で蛮を見る。
「長かったのですね」
「服、直すの手伝ってたんだよ」
「ほお・・。まさか、何か妙なことをしてたんじゃあないでしょうね?」
「ったりめーだ。テメエじゃあるめーし」
言っている蛮の横を、銀次がぱたぱたと赤屍に駆け寄っていく。
「あかばねさーん」
「おお、ちゃんと着られましたか?」
「はい。ばんちゃんに手伝ってもらったの」
「ヘンなところをさわられたりは、しませんでしたか?」
「赤屍ぇ、テメエなあ!」
「冗談ですよ」
では、行きましょうと銀次と手を繋いで、また機嫌よく赤屍が歩き出す。
「・・・・・・」
それを見つつ、後ろからついていくと銀次が振り返って「ばんちゃんも」と空いている方の手を差し出した。
それを「はいよ」と取って、複雑な気分になる。


   『大好きだったのは、ちゃんとわかるの・・』  


銀次の言葉が、蛮の頭の中で何度も何度もリピートされる。
それを嬉しく思う半面、苦しく切ないと思うのはどうしてだろう。


しかしまあ。
・・それをおぼえてるってコトはよ?
もしかして、あんなに赤屍の警戒してたのは気持ちの裏返しで・・・。
まさか、赤屍も大好きだった。
なーんて、こたぁ・・・・? ねえよ、な?


(ったく、銀次のヤロー・・・。元に戻ったら、オレとの禁を破って雷帝にナリやがった事と一緒くたにして、赤屍の事もたっぷり追求しておしおきしてやっからな・・! 覚悟しやがれ)


自ら景気をつけるように胸中でそう毒づいてみるが、何とも言えない頼りないような、虚しさにも似た気持ちは、蛮の心の奥から消えることはなかった。
言葉では言い表すことの出来ない、足元から掬われるような浮遊感と孤独感。
自分と今手をつないでいる幼い銀次は、微かな感情の記憶があるにせよ、自分の事は知らないのだ。

一番近くで、一番自分を深く理解してくれる存在が側にない事が、これほど自分の存在価値を希薄にしてしまうものとは思わなかった。
ましてや、目の前にいる幼い銀次は、自分よりも無邪気に赤屍になついている。





銀次・・・。

テメエは、どこに行っちまったんだよ・・?





蛮は、心の中で小さくそっと呼びかけた。






つづく。



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