―― キレナイ 絆 ――




「よう、馬車のおっさん。なかなか、いいタイミングじゃねえか」
「おう、美堂。どうやら、カタはついたみたいだな」
「まーな」


運転席の窓から身を乗り出し、なんとか鬼里人との闘いに決着をつけたらしい一向が、ぞろぞろと石段を降りてくるのを馬車が見上げる。
その中に卑弥呼を見つけると、馬車が幾分ほっとした顔つきで目を細めた。
トラックの運転席の下に回ってきた蛮が、その視線を先をちらりと見、にやりと揶揄するような口ぶりで言う。
「へえ〜。おっさんも、ついに遅咲きの色恋に目覚めたかー? 」
「は?」
「えれぇ、年の差だがよ? しかも、相手があのアバズレときちゃあ」
蛮の言葉を頭の中で反復し、馬車がその意味を察して、思わず怒鳴り声を上げた。
「あ!? 何を言うか!」
「ちがうのかよ?」
蛮の言葉に、骨張った顔にカッと赤みが差す。
蛮が、さも愉快だと言いたげに、くっくっと笑った。
それに辟易としつつも、ぼそりと反論した馬車の言葉が、どうやら真実のようだったが。
「…娘みたいに思っちゅう」
「なぁるほど」
その一言に、蛮がフッ…と目を細くして卑弥呼を見た。
まあ保護者としてなら、このオッサンも頼りになりそうだしな。
思いつつ、心中で苦笑を漏らす。

――こういう時の目は、もしかすると邪馬人に似てきたかもしれない。

自分で考え、やれやれと思う。

馬車が、ふいにいぶかしむようにその顔を凝視した。
「どうした?」
「え? 何がだよ」
「いや、なんちゅーことはないが」
何か憑き物が落ちた、とでもいうようなそんな顔をしている蛮に、馬車が首を傾げる。
そして、ふと、その背中におぶさられてぐったりと眠っている、その相棒に視線を向けた。
「おい、それより。相棒どうした?」
「え、ああ」
馬車に言われて、蛮が背中の銀次を振り返る。
とたんに、その眼差しは、”妹”に向けられていたものより数段やわらかくなった。
馬車が、おやと思う。

たしか、突然に呼び出されてこの谷で合流した時、めずらしく美堂蛮の隣にこの相棒の姿はなくて。
どうかしたのか?と聞いた時も、ただ「別に」と素っ気なかった。
些細な喧嘩をして仲たがいをするような、そういう間には見えなかったため、尚の事いったい何があったのかと思惑を巡らせたものだが。

それに何というか、相棒が傍らに居ないこの男はどこか所在なげで、日頃「無敵無敗」と自称するその強気も覇気も、そこからは感じられなかった。
そのかわり、どこかピリピリと張りつめた空気を纏っていて。
ワケありと気づいて、それ以上の追求はさけたが。

―やはり、相棒が原因だったか。

妙に納得して、破顔する。
無敵の男にも、やはり弱点はあったらしい。
もっともそれは、確かに蛮にとってアキレスの泣きどころでもあるのだが、同時にその体内に眠る底知れぬパワーを目覚めさせる原動力ともなるから、下手に手出しが出来るものでもないのだが。

「美堂、前に乗らんか」

全員がコンテナに乗り込んだのを確認し、馬車が蛮に言う。
「いや」
蛮はあっさりと、それに首を振った。
「オレは、コイツがいっから。後ろでいいわ」
「ほう」
少し驚いた顔でそれに返し、大事そうに背中の相棒を抱え直し、トラックの後ろに回る蛮を見送る。
入れ替わりに、助手席側の扉が開いた。
「馬車さん」
「よお、卑弥呼」
運び屋として一緒に組んで仕事をすることも多い卑弥呼が、慣れた動作で助手席に滑り込んでくる。
その顔が、やはり道中で別れた時から数倍大人びていることに驚いて、馬車がほほうと見つめた。
この闘いの結末がどんなものであったかは知らないが、確実にそれは一人一人を成長させている。
そんな気がする。
「え? 何?」
「え、あ、いや」
まじまじと見つめられ、卑弥呼が不審そうに馬車を見つめ返すと、馬車が逃げるようにコンテナの中へ視線を移す。
銀次を抱えたまま、前に移動してくる蛮の姿が目に入った。
助手席の裏側に静かに銀次の身体を下ろしてやると、腕を取って袖を通し、蛮が上着を着せ掛けてやる。

ソッチこそ、まるで父親やろう、その目は。

馬車が、心中で苦笑を漏らす。
「あれは、どうした?」
「え? ああ、天野銀次? さっきからずっと目が覚めないのよ。兜ってヤツに身体のっとられて、その後雷帝化して。身体の中で巨大な2つの力が闘い合って、すごく無理がかかったみたい。…そう、蛮が言ってた」
「ほお」
それで、あの目か。
妙に納得する。
もっとも以前敵としてやりあった時に比べると、その現状を差し引いたとしても、まだ十分にお釣りがくるほどその視線は甘ったるい気がするが。
上着を着せ掛け、まだ深い眠りの中にいるその頭を、枕代わりに自分の肩を提供すべく、蛮の手がそっと引き寄せ凭れさせる。
銀次は、頭を蛮の手の中に包まれ、その肩に頬を寄せながら、全身で寄りかかるようにして、正体を無くしたその体重を蛮に傾けた。
蛮の方はといえば、顎を上げるようにして自分の肩で眠っている銀次の顔を、それこそとろけるような眼で見下ろしている。
そして銀次の顔は、蛮の肩で安堵しきっているように見えた。


”GetBackersのSは、一人じゃないって意味なんだって”


以前に、二人を乗せたタクシーの車中で聞いた言葉を思い出した。


互いが、互いの片割れってことか?
思いつつ、ほくそ笑む。
男同士が寄り添い合う様は、あまりぞっとしない光景だと思っていたが。
この二人は、意外にもそうでもない。
どちらかというと、そばにぴったり寄り添い合っている。
そちらの方が自然にさえ見える。


――しかしなあ。
こりゃあ卑弥呼は、一生片想いだぜよ?
早う気づいた方がええが。


考えて馬車は、心中深く、長い溜息を吐き出した。



「さて、コッチはオッケイよ」
ヘヴンが後ろから、ひょいと顔を出す。

「じゃあ、馬車さん。出してくれる?」
「ああ。行くぜよ」


そしてトラックは、その大きな図体を物ともせずに、獣道を軽やかにターンした。






               *   *   *





花月は、ちょうど蛮らと対角線に位置するコンテナの隅から、眠りこけたままの銀次に寄り添うようにして坐っている美堂蛮を見つめていた。

その肩に凭れ掛かって眠る銀次は、兜にその肉体を乗っ取られ、その後外的な力により雷帝を覚醒させられ疲労しきって、未だ深い眠りの中に居る。
マドカや士度も目覚めぬままということは、肉体を他者に占拠されるということは、よほどのダメージをもたらすものなのだろう。
コンテナの床のほぼ中央に横たわらせている二人よりも、それでも幾分銀次の方が顔色はいいように見えるが。

トラックの揺れに小さく身じろぎして、ずり落ちそうになる銀次の肩を蛮の手が支え、一番楽に眠れる体勢を探して位置を変えてやろうとする。
「横になりてぇか?」
小さく問われた声に、意識がないながらも、小さく首を振った。
そして、再び蛮の肩にのせるように首をもたげる。
横になるよりも、どうやらそちらの方が楽らしい。
ふらふらと車の振動に位置の定まらない頭を、蛮の手が己の肩に固定すると、やっと落ち着いたように微かに笑みを浮かべた。
力が抜けた両脚は、大きく開いたまま床に投げ出される。
「…銀次」
その声が名を呼んだ途端。
花月の場所まで、寝息が聞こえるかのように、呼吸がすーっと楽になるのがわかった。

無防備な寝顔。
他者には決して見せない、警戒心のかけらもないあどけない顔。
無限城に居た頃には、銀次がこんな表情を持っていることすら、誰も知らなかった。
それが、今は― 

チカ…と、胸の奥に、嫉妬のようなざわつきを覚える。
そして、それもさることながら、もはや銀次しか眼に入らないというような蛮の瞳の色に、さしもの花月も心中で小さく苦笑を漏らす。

確かに。
この男は、正直、凄いと思う。
あの天野銀次をあんな風に心から甘えさせ、それを全て自然に受け止めている。
易々と。

本来なら、それすらも嫉妬の対象になるところだろうが。
さすがに、もう慣れたかもしれない。
自分では到底できないことだと、その自覚が、今はもう明確にあるから。


銀次が自分にとって、最も尊くて重要な存在であることにはとうに気づいている。
友を想うのとまた全く違う想いだが、何らかの事情で優先順位を訊かれれば、やはり銀次を先にと答えるだろう。
そのくらい彼は、自分の中では大きく不可欠な存在なのだ。


―それが、あの時。


『失せろ― テメエは使いモンにならねーよ』

まるで切り捨てるかのように、銀次にそう叩き付けた美堂蛮に畏怖を覚えた。
かつての自分なら、間違いなく敵意を向けていたことだろう。
銀次がひどく狼狽し傷ついたことも傍で見ていて、痛いほど感じた。
だけども、怒りの矛先となるべき蛮のその背中は、苦渋に満ち満ちていて。

正直、かなわないと思った。

本気で、銀次を想っているのだと感じた。
確かに。
後で思えば、あれは、あの場での”最善”だった。
だが、もし、自分だったらどうだろう。
銀次がどうしても行くと言えば、それを引き留めるなんて事は出来なかっただろうと思う。
そして尚の事、彼の身を危険に晒しただろう。
まだ気持ちの上で動揺がある銀次を、しかも”力”がなくなっていると気づかせることも気づくことも出来ずに、敵のただ中に、丸腰で突き進ませてしまったかもしれない。



卑弥呼が敵に拉致され、銀次の乗っていたヘリが墜落した、あの時も。

『糸巻き。テメェは銀次を助けろ』

二者択一を迫られた状況で、銀次を選んでやれないことに、蛮のその肩が悔しさを滲ませていた。

信じる。
銀次を信じている。
一瞬、覗いた横顔はそう言った気がした。


『卑弥呼はオレが助ける。テメエが銀次を守れ!!』

大怪我を負ってしまったのではないかと予測されるようなそんな事態に、銀次を託された。
本当は、絶対に他の誰かに託したくなどないはずなのに。
自分の半身ともいうべき銀次を。
本当は、誰かと天秤にかけることすら出来ないほど、大切な存在である筈の彼を。

この時、やっと気づいた。

互いに深く想い合っている事を知ってはいたが、どちらかといえば、銀次の方が蛮を慕っている感じがしていた。
より多く。

だが、それは間違いだったのだ。


この男は、自分たちの想像も届かないほど深く強く。
とんでもなく、愛しているのだ。
天野銀次という存在を。




『いいんですか、今会わなければ後悔するかも』
『バッカヤロウ! 銀次が死ぬかよ、こんなコトで』


『それにオメーはわかってねえよ。銀次はオレらが思っているより、ずっと強えってことをよ!!』



「ん…」
小さく身じろぎして顔を歪ませた銀次に、蛮が安心させるかのように、くしゃり…とその金の髪を撫でた。
それに笑みさえ浮かべて、また銀次が寝息をたてる。
見下ろす蛮の瞳の紫紺は、それはもう包み込むようで。


さすがに眼を反らせた。

誰も入り込めないとわかってはいるけれど。
あの位置はもしかすると、自分がVOLTS時代、切望していた位置だったかもしれないから。

雷帝・天野銀次の最も近くに居場所を求めた自分には、まだそれを正視出来る程の度量も、懐の深さも無いということなのだろう。


「花月」

「え、ああ。十兵衛」
「疲れているのではないか。今のうちに少し眠っておけ」
友の言葉に、ちらりともう一度銀次を見る。
彼は猫のように”うーん”といきなり全身を伸ばし、やおらコンテナの壁に後頭部をゴンを打ち付けて、蛮に「こら」と叱られているところだった。
それを見、自然と笑みがこぼれる。


「ああ、そうだね。いや、僕のことより君も― 君たちこそ… ゆっくり休んでくれ」

仲介屋ヘヴンは、既にぐったりと疲れた様子で、コンテナの内壁に身を任せ夢の中だ。
卑弥呼も、助手席で眠っていることだろう。
笑師春樹は、抱えた膝の上に顔を突っ伏せている。
こちらは。
…眠ることなど、到底出来ないのだろう。


…笑師――


花月が、長い睫毛を静かに伏せた。











――どうしてだろう。




まだまだ終わりではない予感がする。



士度らの言う「戦争」は終結したのかもしれないが、まだこれらは、きっかけに過ぎない気がする。







すべて一切が、無限城に起因している。
そんな気がする。







―――すべてが無限城に。







思い、もう一度銀次を見れば、むにゃむにゃとその口元を動かせて。
蛮の首元に、甘えるように鼻先を擦り付けていく。
まるで子犬だ。

蛮がそれに、くすぐってぇよ…と甘く笑んで、金の髪に五指を潜り込ませ、くしゃっと掻き乱した。

銀次は、それにひどく安らいだ顔で微笑みを返し、唇からこぼれ落ちるようにその名前を口にした。




「蛮ちゃん…」









花月の杞憂など知りもせずに眠りこけるその顔は、しばらくぶりに近くにある相棒の体温に甘えきって、ひどく幸福げに見えた――。









END
















novelニモドル

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
しつもーん。
馬車さんはいったいどこの出身なんでしょう?
いろいろ悩んだ挙句、「さぬき弁」変換でいってみましたが…。一部原作に合わせて変えてもみたり。
嗚呼、これだけに一週間悩んだよ…・。
それでも微妙にちがうのー。
ああ、いったいアナタはどこのお生まれなのー。みすたーのーぶれーきー!