もしも、コレガ夢ナラ

 

パパとママ、サヨナラしちゃった。

パパ、いなくなっちゃった。

エンジェモン、消えてしまった。

お兄ちゃんも、いなくなった・・・・。

これって、ボクのせい?

ボクがいたから、みんなサヨナラしちゃったの?

ボクがいなかったら、みんなサヨナラすることはなかったの?

 

どうか、どうか、お月さま。

パパとママが、仲直りできますように、

お兄ちゃんがみんなと仲良くできますように。

 

ボクがいない方がいいなら、

そうするから。

 

 

ヤマトが皆のもとを去ってから、10日が過ぎようとしていた。

森の中で眠る子供たちの中で、ふと太一は、浅い眠りから目を覚ました。

タケルが皆から少し離れた所で、膝を抱えて夜空を見上げている。

デジタルワールドの空は気まぐれで、毎日少しずつその表情を変えてみせるが、今夜の空には月が2つ。

満月と、半月と。

その満月の方を見上げながら、タケルは何か願うように小さな両手を合わせている。

(ヤマトの事、考えてるんだろうな・・)

そう思うと胸が痛んだ。ヤマトが去ってから尚の事、タケルは弱音を吐かなくなったし、泣かなくなった。

一人前に認めてもらおうと、ヒカリたちを守ろうと頑張っている。頑張っているな・・と思う反面、可哀相で

たまらない時がある。

そう、たとえばこんな時。

今まで森の中での野宿の時はいつも、タケルはヤマトの腕に包まるようにして眠っていた。

暗闇を怖がって。

それがその腕を失って、気がつけば一人ぽつんと皆から離れて眠っている。パタモンを抱き締めて、身体

を丸めて不安から身を守るように。

最初はどうしてそんな風に一人で眠るのかわからず、危険だから皆のそばで眠るようにと言うと、渋々いう

ことをきくものの、またいつのまにか一人で眠っている。

しばらくして、やっと気づいた。本当に自分はヒトの想いに鈍くて情けないと思ってしまう。

タケルは泣いてたんだ・・・

アイツがいなくて、ひとりぽっちが淋しくて、でもそれをみんなには知られたくなくて。

だから、一人離れて眠ってたんだ。

(ヤマト・・ かわいそうじゃねえかよ・・・! おまえの言うこと、わからなくはないけど、あんなに大事にして

いたタケルを突き放すようにほうっていくなんて・・・)

苦虫を噛み潰すような顔をして、太一がそっと起き出し、まだ何か口の中で唱えているタケルの傍に行く。

「眠れないのか?」

「・・・太一さん」

「ぎゅっと目つぶってりゃ、そのうち眠れるから。ちゃんと眠っとけよな・・・明日もまた随分歩くかもしれねえ

から」

「うん・・」

小さく返事をして、ぎゅっと膝を手の中に強く抱え込む。

「どうした?」

優しく聞いてやると、少し考えて、呟くように言った。

「ボク、いない方がいいのかな・・・」

「え?」

「ボクがいるから、みんな変になっちゃうのかな。お兄ちゃんだって、前はあんなこと言わなかったし。パパ

とママだって・・・」

「パパとママ?」

「パパとママだって、ボクが生まれてから喧嘩するようになったって誰かが言ってた。それって、ボクのせい

と思わない? ボクがいなかったら、パパとママは別れたりしなかったかもしれない、ボクがいなかったら、

お兄ちゃんだって、みんなの仲良くできたのかもしれない。もし、ボクがいなかったら・・・」

「タケル!」

俯く小さな肩に、太一が手をかけて乱暴にゆする。

「何、言ってんだ! そんなこと、あるわけないだろ!」

「だって・・・」

太一にゆすぶられて上げた顔は泣いているかと思ったけれど涙はなく、それが太一には尚のこと辛かっ

た。

きっと自分がヤマトなら、タケルはその胸にしがみ付き、力いっぱい泣いてその痛みを少しでも和らげる

ことができるのだろう。

そんなこと、あるわけないだろう!?とアイツが強く言ったなら、タケルはその言葉を信じるだろう。

自分では泣かせてやることすら出来ないなんて、それが悔しい。

「ヤマトには、ヤマトの考えがあんだよ。おまえはまだ小さいからわかんねえかもしれねえけど、おまえの

こと、アイツがそんな風に思うわけないし・・」

言いかけて口ごもる。ヤマトにはヤマトの事情があり、彼らの両親には両親の事情がある。確かにそうだ。

だけどもその事情のたびに、タケルは一人置き去りにされるのか・・・?

「そんなつまんねえこと言ってないでさ。こっちこいよ。一緒に寝ようぜ」

太一の言葉に“ううん、ここでいい”と答えると、にっこり笑ってタケルは言った。

「だって、太一さんはヒカリちゃんのお兄ちゃんだもん」

だから甘えちゃいけないとでもいうのかよ・・! ヤマトじゃないと駄目だっていうのか!と叫びそうになる

太一の前で、タケルが“おやすみなさい”と向こうをむいて横になって身体を丸める。

不覚にも、涙がこぼれてしまった。

タケルの笑みが、あまりにも淋しそうで哀しそうで。

子供っぽくて、よく泣いて、よく笑って、無邪気で可愛いヤツだと、

こんな弟だったらヤマトじゃなくても可愛がるさと思っていたが。

本当はそうじゃなかったのか? ずっと色んなことをその小さな身体に抱え込んできたのか・・? 

だから、ヤマトはあんなに大事にしていたのか?

(だったら、尚更、置いてなんか行くなよ! 馬鹿野郎・・!)

熱くなる目頭を押さえるようにして、タケルに一言二言やさしく言葉をかけると、自分の位置に戻って太一

が、タケルから背を向けて寝転がる。

・・そりゃ、アイツだって、タケルのことを考えて、今頃心配で仕方がないだろう。自分もデジタルワールド

にヒカリを連れてきて、初めてヤマトの想いがわかった。過保護と笑われようと、妹のことが気になって仕

方がない。人一倍我慢強いヤツだから、自分がしっかり守ってやらねばと思う気持ちはヤマトと同じだ。

だから、なおのこと、タケルの想いが哀しくて、ヤマトの想いを切ないと思う。

 

しばらくすると、背中の方から、小さな寝息が聞こえた。タケルが眠れたんだと思うと、心からホッとした。

― ふと、遥か遠方で狼の遠吠えが聞こえたような気がした。

耳を澄ませていると青白い月明かりの下、音もなく気配だけで、凄まじい速さで近づいてくるものがある。

少し離れたところでそれは立ち止まり、その背から少年が飛び降りた。

ゆっくりと静かに近づいてくる。

それが誰だか知ると、背を向けたまま、太一が言う。

「ヤマト・・・」

その声に、ピク!と近づいた影が止まった。

「おまえ・・・ひでえじゃねえかよ・・」

起きているとわかって後退りかけた足が、次の一言で立ち止まる。

「タケル、頑張ってる。泣かないし、弱音も吐かない。けど・・・自分のせいでおまえがいなくなったと思って

る。親の離婚も自分のせいじゃないかって・・・」

明らかに狼狽して、月明かりの下に伸びる影が震えた。

「かわいそうだ・・・まだ、小さいのに、一人で全部背負って、抱え込もうとしてて・・・見てて、堪んねえよ・・

こっちの方がつらくなってくる」

「・・・太一」

ぐっと拳を握り締め、唇を噛み締めるヤマトに、太一は背を向けたまま立ち上がると言った。

「オレは向こうで寝るから。・・・おまえのこと、とめやしないけど・・・少し、タケルのそばにいてやってく

れ・・」

言って、森の中に姿を消す太一をつらい思いで見送って、ヤマトが眠っているタケルの傍にそっと片方の

膝をつく。起こさないように、そっとその頬に触れようとして、ぴくりと手が震えた。

眠っているタケルの睫の下から、涙が零れ落ちて頬を伝っている。

眠りながら泣くなんて・・・・

一人になって、つらくって淋しいのを、こんな風に、一人で我慢して。

そう思うと、ヤマトの胸の奥が引き裂かれるようにキリッと痛んだ。

自分だって、気になって気になって仕方がなかった。お腹をすかせていないか、ちゃんと眠れているのか。

淋しがってはいないか・・・

泣いてはいないか・・・・

いっそ連れてくればよかったと思うほど、タケルのことが気になってしようがなかった。

でも・・・そんな風に思っていたなんて・・

自分のせいだなんて、どうして・・?

頬にそっと触れて、指先で零れ落ちる涙を拭う。冷たい頬が哀しい。

「タケル・・・・」

もう自分のことは必要とされていない気がしたのに。まだ、この小さな弟は少しは自分を必要としてくれて

いたのか、淋しがってくれていたのか。

そう思い、どこかホッとしている自分に気づき、そして愕然となる。

気になってしようがなかったのは、つまりそういうことか? 

タケルがどうしているかより、タケルが自分をどう思っているのか、淋しがってくれているかどうか、確かめ

にきたかっただけではないのか?

やっぱり駄目だ、オレは自分のことしか考えてない。おまえのことを守るなんて資格はないよ・・・

弱い心がつぶやいて、自嘲気味の笑みを浮かべ、起こさぬようにその場を立ち去ろうと背を向ける。

「おにいちゃん・・・・?」

小さな声に振り返ると、タケルが眠りから覚めたばかりの目を擦りながら身を起こした。

「おにいちゃんなの・・・?」

ヤマトは答えない。

「これは・・・・夢・・なの?」

タケルの言葉に、哀しげにヤマトが微笑む。そして、静かに頷いた。

「夢だったら・・・ボク、そこにいってもいい?」

「・・・・」

「おにいちゃんの、そばにいっても怒らない・・?」

「・・・・・うん」

「・・・おにいちゃんに、甘えてもいい?」

「・・・・・うん」

「・・・泣いても・・・いい?」

「・・・・・うん」

「・・本当?」

「・・・いいよ、タケル・・・いいよ・・・・おいで・・・」

片膝をついて、タケルの目線になって、ヤマトが両手を差し伸べると、小さな体が転がるように飛び込ん

でくる。

「おにいちゃん! おにいちゃん・・・・!」

「タケル・・!」

震える身体を抱き締めると、泣きじゃくりながらタケルが言う。

「ねえ、教えて、どうしてなの・・・? ボク、ずっと考えてたんだ。いっぱい考えたけど、わかんない・・・

ボク、強くなったよ・・泣かなくなったよ・・・? それだけじゃあ駄目なの・・・? どうしてみんないなくなっ

ちゃうの? お兄ちゃんいなくなっちゃうの? ボク、泣き虫じゃなくなってもダメなの? どうしてなの・・

・どうしたらいいの・・・!」

「タケル・・!」

悲痛な叫びに胸がつまって、言葉にならない。

胸のうちにあったものを吐き出すように泣くタケルに、おまえのせいじゃない・・!と搾り出すようにヤマト

が言う。その頬も涙に濡れて、他に答えられる術を持たないヤマトは、必死で小さな身体を抱き締める。

自分にもわからない、自分の中の気持ち。

何にこんなに追い詰められ、こんなに憤っているのか、それすらも自身でわからないのに、この幼い子

にどうしてそれを説明できるだろう。

抱き締めて、それしか今は出来ないから、言葉で伝えることは無理だから、とにかくぎゅっと抱き締めて、

これ以上不安にさせないように温もりを伝える。少しでも、タケルがあったかくなるように、淋しい気持ちが

薄れるように。哀しい気持ちが癒されるように。想いを込めて、抱き締める。

少しずつ、少しずつ、泣きじゃくる身体の震えが収まって、少しずつ、あとからあとから零れ落ちていた涙

が全て兄のシャツに染み込んで、その頬から乾いていく。

「オレは、タケルが大好きだよ・・」

考えて、考えて、言った言葉はそれだった。

「世界中で一番好きで、一番大切だよ」

腕の中にある身体を、少し離して見つめる。

「どんな時でも、どこにいても、どんなに遠くに離れていても」

“離れていても”という言葉に反応して、ぽろっと新たな涙がタケルの頬を落ちていく。

“だったらどうして行っちゃうの?”という言葉は涙と一緒に呑み込んだ。困らせてはいけないんだと瞬時

に察して、必死に涙を拭う弟の姿が痛々しい。

両親の別離の時も。別れの予感に怯えながらも、困らせてはいけないと懸命に笑顔をつくっていた。

まだ、もっと幼かったのに。自分はその笑顔に救われたけれど、自分はこの子を守ってやれただろうか。

同じことをしているのかもしれない。と、そう思うとつらかった。

それでも、今はどうしても自分は行くんだ。行かなけりゃ。

自分の中に、今までにない強い思いを感じた。

おまえを、今度こそ、しっかり守れるようになるために。強くなる。

ヤマトの瞳に再び涙が溢れた。もう一度、その温もりをこの腕に覚えこませるようにタケルを抱き締める。

何も言わずにわかれというのは身勝手な話だが、これ以上何か言って傷つけたくはない。

(おまえのこと大好きだから、大丈夫だから、心配ないから・・・・)

抱き締めて、抱き締めて、抱き締めて、

心の中で呪文のように繰り返す。

それをじっと兄の胸に凭れながら、その心の声に耳を傾けて、静かに聞きいっていたタケルの瞳が、ふい

に兄を見上げた。にっこり笑う。

「うん・・・わかった。おにいちゃん、アリガト・・・」

月明かりの下、涙はなく、少し力強い微笑みをして頷く。いつもヤマトに勇気をくれた微笑みだ。

・・・なんて、なんて愛おしいんだろう・・・

ヤマトの両手が、その中に、やわらかなあたたかい頬を包み込んで、じっと見つめ。

そっと小さな唇に口付けた。

「かならず、帰ってくるから。そしたらもう、おまえのこと離しはしないから。ずっと、おまえのそばにいて、

おまえを守ってやるから。もう、おまえを淋しがらせたりしないから」

ヤマトの言葉に、タケルが力強く頷いた。

「約束だよ」

「ああ、約束だ」

真っ直ぐに見つめ、見つめ返される。

そうだ、兄はいつだって自分に嘘をついたことはなかった。

絶対的な信頼。

立ち上がり、もう一度、ヤマトがタケルの頬に手を添え、その唇に口づけた。

そして、これは、絶対的な約束のしるし。

 

そして、兄は背を向けると、ガルルモンの背に飛び乗った。

“いいのか?”と狼が吼えるように言う。兄は毅然として頷いた。

そして、蒼い狼は青白い光を放ちながら疾走し、遠吠えを残して月の中へと駆け込むように姿を消した。

 

タケルは、それを見送って、見送って、ただ立ち尽くし。

完全に見えなくなってから、咽喉が裂けそうなくらい、力の限りを振り絞って声に出して叫んだ。

「おにいぃー・・・ちゃあぁあーーーぁ・・・・ん・・・!!」


だけどももう、その頬に涙は無かった。






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