□愛しているといってくれ□


あまり自分をしあわせだと思ったことはなかったけれど、誰かを憎んだり、恨んだりするようなこともなかったから、それなりに日々は平穏にすぎていった。
死にたいくらいの痛みは一度きりだった。ココロの痛み。
つらい恋の果てに、すげなくされて、振り払われた。
絶望した。
わかってはいたことだったけれど。
それでも日々は平穏だった。
僕はココロをなくして、淡々と日々を生きる。
どうして死ねなかったんだろう。
人はココロの傷を致命傷にして、どうして自然に死に至ることができないんだろう。
僕は後からそれを悔やんだ。いくら悔やんでも同じだったけれど。


僕は人の表情を読むのが苦手だ。と思う。
小学生の頃からそうだった気がする。
「オマエは俺のこと、馬鹿にしてんだろう!」なんて、いきなりそんなことも言われたりした。
中学生になってもそれはどうにも変わらなくて、悪意だとか敵意だとかそうしたものにもどこか鈍感で、表情ひとつであっさりと騙される。
だから携帯に電話をかけてきたのが、よく知っている高校生のバンドのリーダーで、時折スタジオの外で兄を待つ時に声をかけられて話したりしたこともあったから、警戒なんてまったくしていなかった。
なんとなく、やさしそうだったし。
ただ、兄はいい顔はしなかったけれど。
『ヤマトがスタジオに新曲の譜面忘れていったのを、ウチのメンバーがまちがって持ってきちまったみたいなんだよな。今、学校の音楽室にいるんだけどさ。ヤマト、連絡とれねえし、おまえ、取りにきてくんない?』
ちょうど夏休みで、バスケ部の練習が終わったところだったから、僕は2つ返事でOKした。
「じゃあ、今から取りに行きますから」
・・・どうして、あの時、兄に確認の電話を入れなかったんだろう。
そうすれば、とりあえずはあんなことにもならず、僕はその先の人生もただ淡々と生きてこれただろうに。
だけど、兄には怖くて電話などできなかった。
あれから、ずっと避けられている。
むろん、僕も自分から近寄るなんて、とてもできない。
電話なんて。
・・・なら。受け取った譜面は、どうやって兄に渡せばいいのだろう?
僕の心配は、むしろそっちの方だった。




音楽室に入るなり、ピシャッ!と勢いよく扉が締められ、その前にバンドのメンバーが立ちふさがった。
兄とは違う高校でバンドをやっているその高校生たちは、5人が5人とも背も体格もよくて、もう少年というよりも「男」と表現するにふさわしかった。
閉めきった室内に、男の体臭が鼻をつく。
このむし暑いのに窓を全部閉めてるなんてとタケルは思ったが、バンドの練習をするのにはその方が音が漏れなくて都合がいいのかななどと、まだその時も呑気に思っていた。
リーダーの男がタケルの腕を取る。
にヤリと笑った。
「可愛い顔して間抜けだよな。のこのこやってくるなんて」
その笑みを見て、さすがのタケルもそれが好意のものではないとわかった。
なんだか、爬虫類のような目をしている・・。
何かを企んでいるような冷たく、それでいてぎらぎらした眼。
手短に話を終わらせた方が無難と判断したタケルは、「あ、それで兄の譜面は・・」と、できるだけおだやかに、笑みさえ浮かべてそう言った。
それが、余計に男たちの勘に触っているなんて思いもしないで。
リーダーの男が笑う。
「ねえよ」
「え?」
「ねえよ、そんなもん」
「え・・・・っ」
じゃあ、いったい何のためにわざわざ電話をよこしたんだろう? 
本来の用件を聞こうかどうしようか迷ったが、そんなことよりもさっさとここを立ち去った方がいい。
嫌な予感と同時に、冷たい汗が背中を伝った。
「あ・・・だったら・・・。じゃあ、僕はこれで・・・」
口数少なく、それだけ言うと、ぺこりと頭を下げて踵を返す。
その前に、サッと2人が立ちふさがった。
リーダーの男が、後ろからタケルの両肩を掴む。
「帰れるとでも、思ってんのか?」
肩ごしにそれを振り返り、舌なめずりをされてぞっとした。
「まだ、用は済んじゃいないぜ?」
身体が竦むほどに怯えているのに、タケルは、そういうことがあまり表情に出ない方だった。
慌てもせず怯えもしない様子が、さらに男たちを煽っていたなんて、そんなこと想像もできなかったろう。
まったくどうして、やることなすこと全て裏目に出るのだろう?
タケルは怯えつつも嫌気がさして、仕方なしに覚悟を決めた。
ただで帰してもらえそうにないのは、もうわかった。
だったら、何?
僕にどうしろと? お金?
「だったら、用件を・・・」
言い終わらないうちに、ガッ!と右の頬を思いきり殴られ、わけがわからないまま、部屋の隅のグランドピアノの足元に転がった。
「てめえ!ムカつくんだよ!! なんでもないような顔しやがって! てめえら、兄弟してナメてんじゃねえぞ!」
殴られた頬を手の甲で押さえつつ、ゆっくりとタケルが身を起こした。
・・兄弟してって、どういうことだ?
考えるまでもなく、胸ぐらを乱暴に掴まれ引き起こされる。
口の端から、たらりと血が流れて首を伝った。
後ろから2人が、タケルの身体を支えるようにして立たせ、ぐいと腕を掴んでその自由を奪う。
リーダーの男が、タケルの前髪を毟り取るかのように力まかせに掴んだ。
「あいつとそっくりの眼しやがって・・・。ムシズが走るぜ。ちょっといいツラしてっからって、いい気になってると痛い目に合うって、よく覚えとくんだな!」
「な・・・なんのことです・・・」
絞り出すように言う。
「おまえの兄貴だよ! 人の女に手ぇ出して、好き放題しやがって! さんざんヤって飽きたらポイだとよ。ひでえよなあ? ヒトの女孕ませといて、そりゃあねえよな。な、おまえもそう思うだろ?」
ヒトの女を孕ませ・・。 
そんなこと。まさか。
一瞬、タケルの頭の中は真っ白になった。
確かに兄は、もともと中学の頃から既に人気があったし、高校に入ってからはバンドもさらに名が知られるようになり、あちこちのライブハウスからも声がかかるくらいには、アマチュアとしては有名になっていた。
群がる女の子の数もハンパではなくなり、確かに、とっかえひっかえ付き合ってるなんて噂もあった。
けれど、そんな話は一度もきかなかったし、第一、言い寄られてくれば応じるかもしれないけれど、何不自由していない状態で、わざわざ他人の恋人にまで、遊びで手出しできるようなタイプではなかったはずだ。
「兄は、そんなことしません!」
気がつくと、叫んでいた。
「兄は、他人の恋人に手出しするような、そんな人じゃありません!!」
やさしいけれども気の強そうな瞳に、男がかっとなる。
「なんだと、てめえ! いいか、よーく覚えとけ! おまえの兄貴は女なら誰とでもヤる女好きなんだよ! ヒトの女だろうがお構いなしで、ヤるだけヤって飽きたらすぐに別の女に乗り換えてよ! クズよ、あいつは!」
「兄さんはそんな人じゃない! そっちが勝手にそう思っているだけで、女の人の方から兄さんに言い寄ってったんじゃないんですか! そんなの人のせいにし・・・・!」
言い終わらないうちに、バシ!!と顔が砕けたかと思うほどの力で打ち倒された。
指が顔の肉をえぐるかのように。
吹き飛んでしまわなかったのは、後ろで腕を両側から押さえつけられていたおかげだ。
「口のきき方をしらねーヤツだな」
言って、また髪をぐいと掴まれる。
今度は鼻血が出た。
やめればいいのに、兄のことを侮辱されて、タケルはそれでもきっと男を睨みつけた。
だって、兄をそんな風に言われるのは耐えられなかったから。
たとえ、どんなに自分に冷たくなってしまった人だとしても。
誰よりも好きなことに、今でも何ら変わりはないから。
だけども、まだこの時点でさえ、タケルは自分が置かれている状況を何一つ理解してはいなかった。
「おまえ、今から自分が何されるか、わかってねーだろ?」
男が、不気味に笑ってみせた。
「わかってたら、そんなこと言えるはずねえよな・・・?」
言われて顎を掴まれる。
タケルは眉を潜めた。
半殺しにでもされるのか?
だったらせめて、殴る蹴るの暴行の末、運良く死なない程度で収まってくれればいい。
できれば家まで歩いて帰れる程度で、気が済んでくれたらいいけど・・・・。
そう考えながら、いつまた殴られてもいいように、ぐっと奥歯を噛み締めた。
タケルはどうしてだか、痛覚があまり鋭い方じゃなかったから、人が驚くぐらいの怪我でもたやすく我慢できた。
痛みには強い方だったから、よほどのことでもない限り、暴力にそれほどの恐れは抱かなかったのだ。




だけど。
知らなかった・・・。
この世に気が狂うほどの痛みがあったなんて。
人としての尊厳を奪い尽くすほどの、
そんな暴力があったなんて。




脳天を突き上げる信じられない激痛に、タケルは思わず大声を上げた。
4人がかりで押さえられていた、その手足が跳ね上がり、もがき足掻いて起き上がろうとする。
それを再び男たちの体重の下に押さえ込まれ、叫ぶ口を汗ばんだ手で塞がれた。
恐怖と戦慄に身体が硬直し、眼球が飛び出るほど瞳を見開く。
体を割られる壮絶な痛み。
何が起こったのか、わからなかった。
とにかく逃げ出したい、この痛みから! 
計り知れない恐怖と痛みから逃れるためだったら、何だってする。
男たちが望めば、その汚れた靴だって、跪いて舐めるだろう。
頭の中が混乱していた。
気が変になったように首を打ち振って、もがくタケルを体内に入ったリーダーの男が乱暴に掻き回す。
痛い! 助けて! いやだ、いやだ、もうやめてくれ!
お願いだから!!
叫ぶ声もくぐもるだけで、鼻も塞がれ呼吸も出来ず、タケルの意識は一瞬真っ白になって落ちた。


どうしてこんなことになったのだろう。



殴られることを覚悟したタケルの顔や腹を、男たちは何度かタケルの予測通り殴りつけた。
仕方がないと思った。
怒らせたのは、自分の態度だって悪かったからかもしれない。
だがそれが、あくまでも抵抗を封じるためだけだったのだと気づいたのは、もっと何時間もしてからだった。
最初から、そのつもりだったのだ。
そうされるために、自分はのこのこ、こんなところにやってきたのだ。
馬鹿だ、笑わせるよ。
大ばかだ。
殴られてぐったりした体を、男たちは生温かい床の上へと仰向けに手足を持って貼りつけた。
リーダーが「やるぜ」と笑い、同時にTシャツがたくしあげられ、短パンと下着がずり下ろされた。
下肢を丸裸にされて、さすがに慌て、タケルがぎょっとしたように身を起こそうとする。
恥かしいなど思う間もなく、両側から足を大きく開かれ、胸につくほど持ち上げられた。
「な、何す・・・・!」
言葉が途切れて、全身が硬直した。
男はゲスな笑いを浮かべながら、ズボンの前から己のものを引き出すと、無防備に曝け出された白い双丘を手で開くなり、いきなりそれをタケルの奥へと突き立てたのだ。
「―――――――!!!!!!」
カッと瞳を見開いて、痛みのあまり凄まじい力で男たちをはねのける。
だが、串刺しされた体は自由にはならず、再び押さえ込まれるだけだった。
油汗が滲み、嫌悪感に胃を捻られ絞り上げられるような痛みと吐き気がした。
「へええ・・・・コイツ、いいや・・・。すげえイイぜ・・」
荒い息を吐き出しながら、男が目を細めて自分の唇を舐めた。
鮮血の溢れる傷口を押し広げるようにしながら、ずぶずぶと己のものを深くに突っ込む。
男の手で口を塞がれ、叫ぶことも許されずに、手足はぴくりとも動かせないほど完全に自由を奪われて、タケルはただ犯されるしかなかった。
もう痛みに混乱した頭では、そこから逃れる方法すら考えられなかったから。
頭の中は真っ白で、目を開いたまま気絶しているような状態だった。
ただ激痛だけがそこにあり、ぽっかり見開いたままの目は、ただぼんやりと天井を映していた。
男が次第に大きく動き出し、ざくざくと傷を掘って、それを打ち込む。
「すげーキツイや・・・・・・へへ・・・・マジかよ、ええ?」
言って、タケルの顔を覗き込み、瞬きもしていない瞳を見下ろしながら愉快げにせせら笑う。
「バンド仲間の噂じゃあ・・・・おまえ、兄貴と、デキてんだって、ハナシだったからよぉ・・・とっくにもう、ヤマトとヤってるもんだと思ってたぜ・・・・だから、俺たちも味見してやろうと、思ったんだけどよ・・・・・初めて、だったとはなぁ・・・。そりゃあ、悪かった」
へへへ・・・と低俗な笑いを浮かべ、頭の悪そうな台詞を吐く。
「だったら、もうちょっと、やさしくしてやったのに、よぉ・・・」
そして、蒼白な首筋を舐め上げ、耳に強い口臭のする息を吹きかけた。
「可愛いがってやるぜ・・・・ヤマトの分まで」
手足を押さえている男たちも、その言葉に顔を見合わせると、嬉しげに舌なめずりをした。




相手の何一つも構わない、体がばらばらに壊れてしまおうが知った事じゃない、自分の快楽のペースだけで体内を掻き回すケダモノのセックスに、タケルはもう何もかもを諦めた。
兄に奪われたとかいうオンナも、この男の身勝手な性欲に愛想をつかしたのにちがいない。
もういい。
どうせ、そのうち、いつかは終わるだろう。
隙をついて逃げようにも、きっとこの男が離れても、それで終わりにはならないだろうし。
第一、自分の力では、もう歩くことさえできないだろうから。
どうでもいい・・・・。
もう、大事な人もいないのだし。
このまま血を流しつづけて、死んでしまえるならそれもいい・・・。
リーダーの男が「くっ・・」とうめいて、タケルの体内にどろりとした体液を吐き出すと、やっと満足したように己を引き出した。
同時に、傷口から鮮血がそれに混じって腿を伝う。
内腿の体温のないような白さと、血液の鮮明な赤が行為の酷さを物語っていた。
最初の男が終わるまでに、すでに順番が決められていたらしく、争うこともなく、ぎらぎらした目で次の男がタケルの足を持ち上げる。
小さくうめいただけで、されるがままに手足を投げ出し、男の体に揺さぶられるタケルは糸の切れた操り人形のようだった。
抵抗のない体を好きな角度に突き上げて、2人目の男が荒い息を吐く。
リーダーの男はそれを笑って見ながら、ポケットから取り出したタバコに火を付けた。
どうにも今ひとつ盛り上がりにかけるな・・と、涙一つも流さないタケルに面白くなさそうに舌打ちする。
そして、何かを思いついたように携帯を取り出した。
裏切ったオンナをリンチして、適当に仲間にマワし(孕んだのはたぶんこの時だろう)、無理やり毟り取ったケイタイ。
男はその中に「石田ヤマト」の名を探して、リレキをたどってナンバーを調べ始めた。


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