「Dearest」







「2つめの奪還依頼成功、おめでとー!」
「なーにがおめでとうだ。誰に言ってるんだっての」
「オレたちに決まってんじゃん。オレと蛮ちゃんに。おめでとー!v」
「ああ、わかったから。まともに歩け、オラ! 歩道からはみでるな!」
「んあー」
「だーから、危ねえから、車道に出るなっての! 聞いてんのか、コラ!」
「うーん、聞いてるよー♪」
「聞いてねえだろうが、ちっとも!!」


2本目のビールを片手に、二人は上機嫌だった。
1本目は既に空にして、自動販売機の横のゴミ箱に放り込んだ後だ。
そのまま2本目もそこで開いたのは開いたが、蛮は、おもむろにそれを片手に持ったまま、公園に停めたスバルに向かって歩き出した。
理由は。
この相棒を担いで人込みの中をスバルまで帰るのは、ちょっとご免蒙りたいと考えたからだ。


まだ微熱のある夏実とラッキーをホンキートンクに預け、ひとまずほっと安堵したところで、コンビを組んで2つめの大きな依頼は無事完了した。
もっとも今回ばかりは金はアテになんねーからなと、さしもの蛮も寿司はひそかに断念し、ホンキートンクからの帰り道に立ち寄った自販機で、ひとまずビールで祝杯でもあげるかということになった。
――が、だ。


酒が弱ぇとは、聞いてねえぞ―。


もう完全にスキップ状態にご機嫌な銀次を横目に、やれやれと蛮が心中で溜息をつく。


知ってたら、んなとこで飲ましゃあしなかったのによー。


ホンキートンクでは、「未成年に出す酒は置いてないねぇ」と、あっさりと波児にあしらわれてしまい、あーあ、そうかよと早々に店を引き上げ、帰り道に見つけた自販機の前で、車まで待てずに一本目のプルトップを開いた。
こんなとこで行儀悪いよー、しかも未成年だしーと、無限城育ちのくせに(いや、そういう差別はいけないが)、妙なところでモラルに五月蠅い銀次が咎めたが、喉の渇きもあって蛮はそれをきれいさっぱり無視した。
とっとと自分の分だけ買うと、早々に口をつける。一気に流し込んだ。
機械に背を凭れさせかけ、美味しそうに喉を鳴らしてビールを飲む蛮に「ちょっと!ひとりだけずるいよー!」と喚く銀次が、結局同じ穴のムジナと化すには、そう大して時間はかからなかった。
蛮から投げられた小銭で酒を買うと、商品の取り出し口に転がり落ちてきた発泡酒のプルトップを負けじと開く。
蛮が、ザマミロとにやりと笑った。

「あー、仕事の後の、ビールは格別だねぇ」
「蛮ちゃん、オジサンみたいだよ」
「うるへー」
「うー。もう、未成年なのにー」
「固ぇこと言うなって。同罪、同罪」
「ちぇー。あ、でも。おいしい!」
「なっ」


――その結果が、まあこれだ。


でもまあ。
いっか。

ヤロウの笑ってる顔は、見てて飽きねえしよ。


無意識にとんでもないことを心の中で独り言ちながら、自分ではそれに全く気づくこともなく、相変わらず足取りの危ない銀次が人にぶつかりかけるのを、かろうじて腕を掴んで引き寄せ”しっかり歩け!”とぽかりとやる。
それでも見返してくる琥珀の瞳は、一向に懲りずに笑んだままだ。

「ねー! ほっとーによかったよねー」

さっきから耳にタコが出来るくらい聞いた台詞を、さっきよりもかなり舌足らずな口調になって満面の笑顔で吐いて、銀次が身体をぶつけるように飛びついてくる。

「ああ、わーった。だから、いちいち抱きつくんじゃねえって! ああもう、重ぇ! オレは男に抱きつかれて喜ぶ趣味はねえんだよ」
「ええ、いいじゃんー」
「よかねえ! 気持ち悪ぃからへばりつくなっての!」
「まーたまた、照れちゃって!」
「照れてねえ!!」

尚もくっついてきたそうにしているのを、五月蠅げにしっしっ!と追い払えば、"えー、オレ、犬じゃないよ"とふてくされる。
それでも、そんな顔は一瞬だけだ。
すぐに笑顔になって、つい銀次には隙を見せてしまう蛮の背中に、今度は思いきりダイブしてくる。
蛮がいくらうるさがろうが、気色悪いんだよなどと毒づこうが、銀次が一向にめげないのは、それがちっとも本気に聞こえてこないせいだろう。
事実、うぜーと顔を顰めつつも、蛮は銀次の抱きついてくる腕をひっぺがすこともしなければ、抱きつかれる前に防御の姿勢を取ることもない。
完全にノーガードだ。
つまり、”好きにしろ”とそういうことなんだと、銀次はあっさり解釈したらしかった。
それだけ自分は、遠慮なく傍にいることを蛮に許されているのだ。
そんな自信に満ち満ちた顔をしている。






どうにかこうにか公園内に停車しているスバルまで辿りつくと、銀次はドアを開くなり、サイドシートに転がるように乗り込んだ。蛮も運転席から滑り込む。
すっかり塒と化してしまった「てんとう虫」は、彼らにとっては「車」というよりは、もはや「家」だ。
やはり戻ってきて、こうしてシートにつくと妙にほっとする。
まあもっとも、今日の銀次はそれどころではなさそうだが。

「あっつー」
「なーんだよ、ビールの一本ぐれーで情けねえ。あ、こら、こぼすなよ!」
「あ、ごめん。だってオレ、なんかもう眠くて」
「だったら、寝りゃいいけどよ。ビール開いてるんだろうが。とりあえず飲んじまえよ」
「んー」

言われて、ごくごくごくと銀次が開いた缶を一気に飲み干す。
よたつきながら歩いていたため、多少こぼれたりもして、中身はかなり減ってはいたが。
それでも、ぷはーと飲み干すなり、缶を下ろして現れた顔は真っ赤だ。
思わず、笑いそうになってしまう。

「飲めたよー」
「おう」

えへへvと笑みを作りつつ、銀次がその空き缶を足下に置こうとして、前のめりにぐたーっとなる。

「眠いー」
「寝ろ」
「蛮ちゃんはー?」
「ああ、オレはこれ飲んで、煙草一本吸って…って、オイ!」

思わず、蛮の顔がぎょっとなって固まる。
いきなりサイドシートから、運転席にはみだすようにぐらりと傾いてきた銀次の身体が、そのまま蛮の身体に体重を預け凭れかかってきたのだ。

「ちょ、ちょ、ちょっと待て、オイ!」

いい加減慣れてきたというものの、相変わらず銀次には不意を付かれてしまう自分が何とも恨めしいが、今はそんなことを言っている場合ではない。

「おい? あの、よ。」

嫌な予感を胸に、恐る恐るその顔を覗き込むと、あろうことか蛮の身体にべったり密着させたまま、相棒はどうやら寝入ってしまったらしい。
冗談じゃねえと焦る蛮をよそに、返ってきたのはスースーという安らかな寝息だった。


「オメーな…。カミナリ小僧」


ああもう。
いったい何度目だ。
コイツに、こういう顔をさせられんのは――。

調子、狂いっぱなしだぜ。


頭を抱えたくなるが、左肩の上には銀次の頭があり、右手にはビールがある。
蛮は、とりあえずはと自分の行動を制限している右手のビールを一気に飲み干した。
左は、まあ、不自由なままだが。
仕方がない。
無理に起こすこともないだろう。


――ってことは。ずっとこのままってかよ!?


心の中で思わず叫ぶ。まったくそれもどうよと思うが、まあ、とりあえず。
寝ちまったもんは仕方がねえ。
寝返りをうって自分のシートに戻るまで、このままほうっておくしかねえ。
などと、今、無理に隣のシートに寝かしつけるという考えは微塵もないまま、蛮が肩を落として溜息をつく。
そして、今にもそこから滑り落ちそうになっている空き缶を、銀次の手からそっと奪った。
自分の分と一緒に、リアシートの足下に転がす。

そして、自分の肩に頭をもたげるようにして、すやすやと寝息をたてているその童顔をちらりと横目で見やった。
何ともしあわせそうな顔で眠っている。

仕事をやり遂げことに、心から満足している。そんな顔で微笑んでいる。

…よかったな。

思わず、そんな言葉をかけてやりたくなってしまうような表情だ。
いや、仕事が無事完了した。それももちろんあるだろうが。
それより何より、MLVに感染した夏実が助かったこと、ラッキーが死なずにすんだこと、テレビ局の人たちまでもを無事救うことができたこと。
悪者以外は誰も泣かずにすんだことが、心から嬉しくてたまらない。
まあ銀次的にはそんなところだろう。
それを、蛮と自分の力で成し遂げられたことが――。
そう蛮が推察する。
そしてたぶん、それは間違っていないはずだ。
大きな仕事を協力し合って一緒にこなし、信頼感も絶対的なものになってきた。
そのうえプライベートも、こんな風に狭い車内と客のこない喫茶店の往復だけで、一日べったり一緒にいるのだ。
いくら出会ってまだ日が浅いからといっても、相手がどういう人間かはさすがに見えてくる。

まったく、このバカは。
自分のことなんぞ、そっちのけだ。
しかも、他人の喜びが自分のことのように嬉しい、ときてる。

そんなバカでお人好しが、この世に本当に存在するということを、蛮は銀次と組んで初めて知った。
偽善だ、ただの自己満足野郎だとバカにして、鼻にもかけなかった事が、今は遙か昔のことのように思える。



その上。



『ダメだよ、蛮ちゃん。そういうの、似合わないよ。たとえ犬でも…』

"蛮ちゃんに、そんな悲しいこと、させない!"



『信じて、オレを。必ずオレがラッキーを奪還してみせるから』

"オレが蛮ちゃんに、もうそんな想いさせないから!"



――心の声が聞こえたような気がした。



抜かしやがる。
オレの何がわかるってんだ。オメーに。
まだ出逢ったばかりのお前に、よ。
オレをわかろうなんざ、100万年早ぇっての。

だが。
そいつは虚勢だ。
そして、こいつはもうとっくにそれを見破っている。
オレがこいつをワカるように、こいつにもオレがワカるんだ。そう感じた。


だから、一瞬の躊躇もなくそれに返した。



「信じてやるよ。カミナリ小僧」



コイツは、にっと笑って答えた。

「銀次だよ」



まったく。
この期に及んでまだ言うか。
いいじゃねえか、ドッチでもよ。
認めさせるも何も、認めてねえヤツを相棒にするわけなんざ、ねえだろうが。このオレ様が。





ま。

そんなに呼んで欲しきゃ、いくらでも呼んでやるけどよ――。













「銀次…」











なんとも。

甘ったるい名だ。
















「…へっへっへv」















あ?












「やぁったぁぁぁあ――――!!!!! ついに呼んでくれたぁあああ!!!」








そう叫ぶなり、これ以上はないという笑顔で、銀次が蛮の肩口からがばっと身を起こす。




「ああ!?」




思わずたじろぐ蛮のことなど気にもとめず、その両手をとって握りしめて、きらきら光る琥珀の瞳をずいっと蛮の瞳の間近に近づける。
その後の行動たるや、素早いわ、大胆だわで…。


「うわーい、ありがとありがとありがとう蛮ちゃん!!」
「ちょ、ちょっと待て、おい! オメー!」
「ついに呼んでくれたんだ! オレのコト、認めてくれたんだね!!」
「ってか、オメー、寝てたんじゃなかったのかよ!」
「どうでもいいじゃん、そんなの!」
「よくねえ!! ってか、あのなあ!!」
「とにかく、オレ、すごぉぉお――く嬉しい!」
両手を銀次の手の中に握られたまま、ぶんぶんと縦に振られ揺すられながらも蛮が怒鳴る。
「勝手に嬉しがるな! オレは今なあ、めちゃめちゃ怒っ…!」
「ほんとにほんとにありがとうー!」
「だから、人の話を聞け――!!」
「オレ、今、すっごい大感動してるんだから!」
「んなもん、しなくていい!! ってかオレが言いたいのは、だな!!」


「蛮ちゃん大好き!!!」


「――――は?」



最大級のにっこりでそう言われ、かつて邪眼の男と畏れられた過去をすっぺり忘れた顔で、蛮がぽかーんと呆然となる。
こんな間抜け面、今まで闘った敵に見られた日には、かなり失望されるに相違ないだろう。
しかもだ。
蛮の過去を、天地をひっくり返す勢いで塗り替えてきたこの男は、あろうことが今度は正面から蛮に抱きついてきたのだ。

「蛮ちゃん、オレ、蛮ちゃんが大好きだよー! だいすきだいすきだいすき――!!」
「うわあっ、こらやめろ! よせって! 銀次!!」
「うわーい、また呼んでくれたぁvv 蛮ちゃあぁあんv あいしてんよ――v ちゅ――vvv」
「どわぁああっ! こら、何しやがる!!! 口、くっつけてくるな!! やめろー!! 気持ち悪ぃってんだよ、ゴラ――――!!」
「なんでぇ、いいじゃんv だいすきー! ん――――っvv」
「だーかーらーー! やめろっての――!! コラァ、銀次ィイイ――!!」






結局まあ。
銀次のあれが、極度の酔っぱらい状態がもたらしたものだったんだと(たかがビール一杯でか?)、後で気がついた時には、蛮はもう完全に疲れきって脱力していた。

いい加減眠りたいのにそれも出来ないのは、首に両腕を絡ませたまま再び寝入ってしまった相棒のせいで。
シートを可能な限り後ろに下げても、なんせ抱きつかれているのだから、その密着度ははなはだしい。
しかも、今度は悪いことに本気寝だ。
ちょっとやそっと殴ったぐらいでは、起きる気配すらない。
はしゃいで騒いで疲れたのか、爆睡状態だ。
のしかかってきている身体も、ずっしり重い。
さらには、蛮の顔は銀次の熱いキッスの嵐のおかげでべたべたで。

歯形とは、まあ。
いい勝負か。

思い、あーあと、人生最大の溜息をつく。



それでも。
なんだか可笑しい。どうにも笑えて仕方がない。
今までロクなことがなかったが。
これからは違うかもしれないと、ふとそう思ってみたりもする。
なんせ、
"電磁力"などという特殊能力を使わなくとも、事ある毎に自分の体温を沸騰させてくれる、そんな飽きのこない相棒が一緒だから。
これから起ころうとする何もかもが、愉快に思えてしようがないのだ。



さあて。
覚えてろ。この野郎。
このまんまにゃ、しねーぞ。
起きたらどんな報復をしてやろうか。

覚悟しておきやがれ。ばか銀次め。



くーくーと幸せそうに無防備に寝入る相棒の鼻頭を指先でピンと弾くと、蛮は愉しげにほくそ笑んだ。







END



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