「もう終わりかよ、カミナリ小僧」
どこか笑いを含んだ声で、ズボンのポケットに両手を突っ込んで立ったまま、そう問いかけた。
まったく以て、自分でも奇妙だと思う。
つい先刻まで、「命の取り合い」をしていた相手にかけるには、声があまりにも甘さを含んでいる。
「いい加減、降参しろや?」
その自分を、コンクリートの瓦礫の床からじっと見上げ、雷帝が答える。
「いやだ」
まるで、遊びを止められた子供のような返答だ。
下方から見上げるその瞳は、もう、あの冷たい炎を纏っているような、金色の中に血が滲んだかの如く赤みが混じっている、まさしく「人のものではない」ような、そんな瞳ではもうなかった。
今は静かで淋しげな、琥珀色だ。
そこから視線を離せないまま、オレはズボンのポケットを探り、煙草の箱を取り出した。
少しへしゃげてはいるが、煙ぐらいは出るだろう。
口に咥え、こんな状況にはあまりに不釣り合いな、恐ろしく澄んだ青い空を見上げる。
ジッポで火をつけるとたっぷりと吸い込んで、それからフーッ・・と空に向けて紫煙を吐き出した。
どういうことだ、こりゃあ。
自分はなぜ、今こんなに爽快な気分でいるのか。
闘いの後に、ついぞ感じたことのない、この充足感はいったい何なのか。
いつも闘い終えた後は、右手に敵の肉を抉った嫌な感触と不快感が纏わりつき、軽い頭痛と吐き気がした。
そしてそれすらも、最近ではもう慣れ始めていた。
それが何だ。
不可解だ。まったく。
頭から、額の横を伝って血が流れてくる。
視界が遮られてうっとおしいが、なぜか拭う気にもなれずに放っておく。
それすら、愉快だ。
どうしたってぇんだ、オレはよ。
仰向けにひっくり返っているその傍らで、悠然と紫煙を吐き出しているオレを見上げ、雷帝が少しばかり眉を寄せる。
不服そうだな。
「・・・・・・」
「んだよ?」
「それ・・・」
「それって、コレか?」
「・・ああ。煙草って、そんなに旨いものなのか?」
「あん?」
「いや・・。別に何でもない」
「・・・欲しいのか?」
「・・・くれる、のか?」
躊躇うように返される答えに、口の端を持ち上げにやりと笑う。
「テメェが降参するんならな?」
からかうように言うと、ちょっとむっとした顔つきになった。
へえ・・。
かわいいじゃねぇか。
そういう顔も、できんじゃねーかよ。
「いやだ」
さっきと同じ短い答えに、思わず苦笑を漏らす。
「駄々っ子かよ」
言われて、ほんの微かに驚いたような表情を見せた。
んだよ。
誰だ。こんなガキを、無限城のディアブロだなんてウソこきやがったヤツは。
感情が多少稀薄なだけの、ただの大人しいガキじゃねえかよ。
「まー、いっけどよ。でも、テメーの負けは決定だぜ、雷帝? ・・・いや。ま、そんなこたぁもう、どーだっていいか」
おら、と差し出されたタバコの箱に、今度は尋ねるような顔をする。
「いらねぇんだったら、いいけどよ?」
「負けを認めろってこと?」
「どうとでも、好きにとれや」
「・・・・・・ありがとう」
「・・・あ?」
何の意味の”ありがとう”だと首を捻っているうちに、片方の手を地について身体を起こしながら、屈むオレの手の箱から一本マルボロを抜き取る。
「あ、火・・・」
そりゃあな、火つけねーと意味ねえわな。
考えつつもう一度、さっきよりもさらに人の悪い笑みを浮かべてにやりとすると、3度目の正直とばかりに同じ問いを投げてみた。
「降参すっか?」
その台詞に、雷帝は片方の眉だけ上げて、小さくため息をついた。
「・・・・・あんた、ガキみたいだね」
「テメーに言われたかねえ。さっさと降参しろっての」
「・・・・いやだ」
少し和らいだ声とそれでも変わりない台詞にチッと舌打ちし、いつの間にか灰が落ちまくって短くなったタバコの先を、ヤツがくわえてるその先に近づける。
まるで、口づけを待っているかのように、ヤツはゆっくりと瞼を閉じた。
煙草の火がゆっくりと移っていく瞬間。
オレの口の中に、煙の苦みと鉄の味が広がった。
今、コイツに口づけたなら、きっとそんな味がするのだろう。
ゆっくりと瞳を開いて、その琥珀にオレを映す雷帝を見つめ、オレは、そんな自分のとんでもない思考に心の中で思い切り舌打ちをかまし、堪えきれずに低く笑いを漏らすと、ヤツのその耳に睦言のように囁いた。
いい加減、白旗上げやがれ。
さもねぇと、煙草の火で火傷するぐれぇじゃすまねえぜ?
END
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