■コールド・ブラッド■



自分の中に、時折ぞっとするような冷たい血を感じる。
殺戮と血を好む、悪魔のような血を。

そういや以前に、クソ屍に言われたな。
オレにゃ、野郎と同じ血が流れてるってよ。
まったく、その通りだ。
いや、オレのは、あの野郎以上に始末が悪いかもしれねえ。

くそ・・。

闘いは終わったというのに、右手が震える。
もっと血をくれ、肉をえぐらせろと。
まだまだ足りない、こんなものでは、もっと強い相手を、もっと手応えのある相手を・・!
そうして、この右手の中に、相手からもぎ取った心臓を握りつぶして、その快楽に奮えたい。
戦いの本能だけでいい、心など無くていい。
とにかく気が済むまで、阿鼻叫喚の地獄を見たい。
血を見せてくれ。
とびきり上等の血を大量に。
この身体の中にたぎるオレの荒れ狂う血を、そうして鎮めてくれ、誰か。




今は、マリーアも隠れ家としか使っていないという無人の邸に、明かりも灯さず、蛮は野獣のような眼をして闇を見据えていた。
どくどくと肩から流れ落ちる血が床に広がり、月明かりに不気味に光る。
フーッ、フーッ・・と、奥歯を噛み締めていても、荒い息が歯の間から漏れ、剥き出しの上半身が大きく上下する。
まさに、手負いの野獣だ。

畜生・・!
なんだって言うんだ!
なんだって、こんな・・・!
右手が己の意志とは関係なく、指が別の生き物のように勝手にガッと開き、グキグキと骨が軋む。
砕きたい、人の身体を・・!
その手応えが、この右手に欲しい。

闘いの興奮がおさまらない。
確かに、今日の敵は、自分に傷を追わせるくらいなのだから、格段に今までの敵とは違っていた。
だが、差し違えなければならない覚悟が要るほどの手練れでもない。
それなのに、いったい、どうしたというんだ・・?
こんなことは、最近ではほとんどなかった。
そう、アイツとコンビを組むようになってからは、特に。
自分で制御できないほどの力と欲を、その右手に感じたことはなかった。


「蛮ちゃん・・?」
ぎっとドアが軋んで、耳慣れた声が聞こえた。

―銀次・・!?
ぞくっと、背筋を冷たい汗が伝う。
追ってきたのか・・!?
あれほど、ついてくるなと言っておいたのに・・!

「来るな・・!」
「蛮ちゃん? いるの? どこ?」
「来るな、銀次・・!」
「どうしたの? てんとう虫くんもおいて、いきなりどっか行っちゃったから心配したんだよ?」
真っ暗な部屋の中を、それでも気配で蛮を見つけ、銀次がほっとしたように微笑んだ。
「蛮ちゃん」
「来るなってんだろ!」
「どうして? だって、さっきの闘いで怪我したんでしょ? 早く手当をしなくちゃ」
「馬鹿野郎! 近づくな・・! オレのそばに来るんじゃねえっっ―――!!!」
「蛮ちゃん・・!?」
蛮の制止に、銀次が、ビクリと一瞬怯んだものの、その肩から流れる血を見て驚いたように駆け寄ってくる。
部屋の隅でへたりこんでいた蛮に、銀次が首を傾げながら、その傍らに心配げに膝をついた。
「蛮ちゃん・・。酷い怪我してるじゃない・・・・!」
「銀・・・・次・・・・・逃げ・・ろ」
「え・・・?」
蛮の言葉に、不思議そうにそれを聞き返そうとした刹那、まるで蛇の牙のように、シャアッ!と恐るべき早さで伸びてきた蛮の右手が、ガッと銀次の首に食い込んだ。
「――!!」
声も出ずに、床に引き倒され瞳を見開く銀次に、蛮が荒い息を吐き出しながら言う。
「まだ、オレの右手が本気じゃねえうちに。銀次・・。今のうちに、逃げろ。今のオレは、オマエにでも何をすっか、わかんねえ・・!」
「蛮ちゃん・・・?」
「血が欲しいんだ・・。欲望が止まらねえ。この欲と疼きが鎮まるまで、頼むから・・・オレの、そばに、来る・・な」
渾身の力で、自分の右手を銀次の首からようやく離し、それを左手で押さえて、獣が吼えるように蛮が叫ぶ。
「行け・・・ッ!!」

「・・・・嫌だ」

「・・・銀次・・?!」
「わかるよ、オレ・・。だから、追っかけてきたんだ・・」
「何・・」
「つらいんでしょ? そばにいるよ」
どうみても尋常じゃない蛮を前にしても、僅かに瞳を揺らせただけで動じず、ゆっくり身を起こしながら銀次が言う。
「何言ってんだ・・! オマエ・・」
驚きのあまり、両の瞳を見開く蛮に、静かに微笑む。
「1人じゃ、どうすることも出来ない・・かもしれないでしょ?」
「オマエを殺すかもしれねえんだぞ・・!」
「大丈夫」
「だ、大丈夫、だと・・!?」
「そんなこと、オレが、させないから」
「・・・・・・!」
言って、蛮の血まみれの右手を自分の手の中に抱きしめて、そっとそこに頬を寄せる。
「オレがいるよ、蛮ちゃん。1人で苦しんだりしないでよ・・・」
「銀・・次・・・」
「本当につらい時には、いっしょにいさせて。それ以外の時だったら、蛮ちゃんが1人になりたいんだったら、オレ、ちゃんと言うことをきくよ。でも、今は嫌、だ」
ぐっ!と、今にも銀次に喉に喰らいつかんばかりの右手を制止ながら、蛮が苦しげに顔を歪ませる。
「わかるんだ、蛮ちゃん・・。オレも、雷帝化した時のオレがそうだから・・。止められない本能と冷たい血が身体の中で暴れ狂うんだ・・・」
「銀次・・」
「それを、止められるのは蛮ちゃんだけだ。だから・・・。蛮ちゃんを止められるのも、きっと、オレだけ・・・だと思う」
言いながら、かつて、自分のために赤屍に受けた肩の傷跡に、銀次がそっと唇を寄せる。
それだけで、蛮の身体の血が沸騰する。
いつものように熱くではなく、冷たく、限りなく冷たく、冷酷に。
沈めようとすればするほど、荒く息が上がっていくのに、それとは対象的に、ひどく静かにやさしげに銀次が呟く。
「蛮ちゃんの、その欲も疼きも・・・ オレの中で鎮めてよ・・・」
「おまえ・・・・!」
「大丈夫だから」
言って微笑んで、蛮の首に腕を絡める。
そして静かに見つめて、自分からそっと蛮の唇にキスをした。
「自分の言ってることが・・わかってんのか?」
「うん」
「何を馬鹿なことを・・・」
「うん。オレ、バカだもん。いっつも蛮ちゃんも、そう言ってるじゃない」
「銀次・・!」
「大丈夫。怖くないよ、蛮ちゃん」
潔い瞳に見つめられて、愛情に混じって獰猛な怒りに似た何かが、ふつふつと沸き上がってくる。
「・・・やさしくなんか、出来ねえぞ・・!」
いつもみたいに。
欲望だけで肉を引き裂いて、流れるだけ血を流させて、挙げ句にその首を喰らうかもしれない。
いいのか、それでも。
傷つけるだけしか、できなくても。
それでも、本当にいいってのか・・・?!
「うん。わかってる」
怯えのない目で、銀次が真っ直ぐに蛮を見つめた。

もう、止められないと、瞬時に悟った。

その何もかもを見透かすような瞳に、激しい感情が湧き上がってくる。
いつもなら、蛮を癒してくれるその瞳が、挑発的にさえ見える。
やれるものなら、やってみろと。
出来るものならばね、と。
幻覚だとわかっているのに、銀次の顔が雷帝とカブる。
あの、プライドの高そうな冷たい帝王としての、銀次のもう一つの顔と。
いつもなら蛮に、その心の奥の真意を察して、一番欲しい答えをくれる銀次の瞳が。
今夜は、蛮に激しい憎しみを与えた。

「・・・っ!」
蛮が奥歯を噛み締めて、呻きを堪え、それでもその一瞬後には、銀次の両肩を掴んで、ダン!!と冷たい床の上に引き倒していた。
身体の中の獣が、もう限界に来ている。
地獄の業火のような炎が身体の中で燃えたぎって、目の前の獲物を傷つけて喰らえと蛮に命じる。
わざと自分を煽ろうとした銀次のココロがわかるのに、それをどうしてやることもできない。
傷つけるしか、今はできない。


馬鹿野郎!
テメエは、いったいどこまで、馬鹿なんだ・・!

愛撫など、やらない。
快楽をくれてやる、余裕などない。
どん欲に獰猛に、今は、ただおまえの肉が欲しい。
痛みぐれえしか、与えてやることも出来ないのに。

畜生・・!!


かろうじて保っていた正気が、粉々に粉砕した。
理性など、欠片ほどももう残っていないそんな状況で、生け贄の兎が毛皮を毟り取られるように、銀次のシャツはビリリィィ・・・!と蛮の手に引き裂かれた。
剥き出しになった胸に乱暴に手を這わせ、荒い息の下で唇を貪る。
「う・・っ」
苦しげに寄せられる銀次の眉を見つめ、舌を絡めとるような激しい口づけをしながら、手の平の下で立ち上がった乳首を爪の先で引っ掻く。
「・・・アっ」
ベルトを引きちぎるように外し、ハーフパンツも下着ごと、その手で引き裂く。
なんの前触れもなく、そこをいきなり鷲掴みにされて、気を失いそうな痛みにさすがに身を捩って銀次が呻いた。

遅えや。
煽ったからには、手加減しねえ。
どんなに血を流しても、悲鳴を上げてもやめねえぜ・・?
わかってんのかよ・・! テメエ。

残虐な血が、銀次の悲鳴に煽られる。
導火線に火がつけられたかのように。

噛み付くように首もとに唇を寄せ、悪魔の右手を銀次の肉に絡ませ、激しく扱き上げて、銀次のしなやかなその肉体を仰け反らせる。
「あああ・・・!!!」
顎が反って、全身の筋肉が浮き出て、指の先までがわなないて震えた。
快楽よりも、激痛が上をいく。
それでも、歯を食いしばって痛みに眉間をひきつらせて、目元に涙を滲ませる銀次に、残虐な欲望がさらに首をもたげてくる。

なにもかも、わかったようなツラしやがって・・!
何がわかるってんだ、テメエによ!!

引き裂かれたシャツだけを上腕と背中に張り付けた状態で、ボロ布に姿を変えたハーフパンツを全て取り去り、下肢だけを完全に剥き出しにされて、その痴態に銀次が唇を噛んだ。
「へ・・っ、いい格好だぜ、銀次」
蛮が笑う。
「・・いや、テメエは『雷帝』か?」
狂気を帯びた両眼が、突き刺さるような冷たい視線で銀次をねめつめる。
「・・・・!」
「ま、どっちでもいいことか」
嘲笑って、その唇に、魂までも奪い取るような深く激しい口づけを施しながら、背中に回した両手を次第に下に降ろしていき、固く身の締まった形の良い双丘を乱暴に掴んで割り開く。
「・・・・・あっ!」
小さく叫んだ唇を、血が滲む程度に咬んで正気づかせ、ニヤリと笑った。

上等だ。とっとと、ヤらせてもらうぜ。
テメエが、挑発しやがったんだ。
後悔しやがれ。
こんな状態のオレを、自分から誘ったことをよ・・!

「手加減しねえぜ。覚悟しな・・」
低く、ぞっとするような殺気だった声で、その耳元で囁かれるなり、膝の裏に手を添えて持ち上げられ、こじ開けるように足を開かされる。
下肢を大きく広げられて、胸につくほどに折り曲げられて、全てを蛮の狂気の視線の下に晒され、銀次がさすがに身震いした。

「いくぜ・・・」

蛮が、一瞬だけ怯えたような表情を見せた銀次の顔を下に見ながら、ぺろりと蛇のように自分の唇を舐める。
次の瞬間。
「あああああ!!!」
銀次が、喉を裂くような悲鳴を上げた。
まだ何一つ慣らすこともされていない固く閉じた蕾に、躊躇うことなく一気に蛮がそこに自身の凶器をねじ込んできたのだ。
ピリピリと皮膚と肉の裂けていく信じ難い痛みと、それでも尚、引くことなく突き入れられていく蛮の身体の燃えたぎるような熱に、銀次が一瞬、弓なりに身を反らして意識を飛ばしたように顎を上げる。
蛮を受け入れるのは、確かに初めてではないのだが、いつもはこんな獣のようなそれではなくて、もっと丁寧に慣らされて、巧みな愛撫に身体中を柔らかく解されてからのことだったから、痛みもその甘さにかなり和らいでいた。
こんな風に、ただ欲望だけで、突き動かされることは初めてだ。

「う・・・う・・・ぁ・・・・・く・・・・っ・・・・あぁ・・っ」
「痛てぇか・・・?」
銀次の流す血に、真っ赤に染まっていく己のものを見ながら、冷たい笑みを浮かべて蛮が言う。
「う・・・・・!」
「しゃべれねえだろ? ええ? まだまだ、こんなもんじゃねえぜ・・・?」
根元まで強引に押し入ってから、またゆっくりと身体を引いては一気に貫く。
「あああっ!!」
痛みのあまり、全身に力が込められ、なおもそれが肉の抵抗を生んで蛮を悦ばせる。
「ほら、どうした? やめてって言えよ!」
「・・・・・・・・・・っ」
「こんなのは、嫌だって、やせ我慢してねえで言ってみろ!」
ゆっくりと突き上げていきながら、蛮が怒鳴る。
結合した部分からは、どくどくと血が流れるが、そんなことは構いもせずに。
余計にその鮮血に、自分の中の残虐な血を沸騰させていきながら。
ぐちゃぐちゃと体内を掻き回されて、銀次の腰が震え、痛みから少しでも逃れようとするかのように背を弓なりにのけぞらせる。
「泣けよ! おら、何でこんなひでえことすんだって、泣き喚け!」
「・・あ・・あ!」
「蛮ちゃんは、こんなのじゃないって、オレの知ってる蛮ちゃんはこんな悪魔のようなヤローじゃねえって、そう言ってみろ!」
「ちが・・・・・」
「何がだよ、ええ?! 何が違うってんだよ!」
「ば・・・・・んちゃ・・・・・は・・・ちが・・・・・・」
噛み締めた唇と奥歯の間から、呻くような声が言う。
「ば・・・・・んちゃ・・・・く・・うぅ・・!」
それでも怯むことなく、銀次に責め苦を与え続けながら、蛮は自らを嘲笑するような笑みをその口元に浮かべた。
「こういう男なんだよ、オレはよ! テメエにやさしくしてやったのは、ニセモンなんだよ! 本当のオレは、こうやって欲のままに、テメエの肉をかっ裂いて、どろどろに汚して血ぃ流させて! テメエを惨めに泣かせて跪かせ、あげくにはそのこの毒蛇の牙でテメエの首をへしおって。ああ、なんだったら、死体になってからもヤってやろうか? 死体とファックすんのも悪かねえからな。テメエのアホな泣き言も戯れ言も、もう聞かなくて済むからよ・・!」
「うあ・・・!! ああぁ・・・ッ!」
激痛に意識が飛びそうになる。
息をするのさえ、痛い。

ば・・・んちゃ・・・ん・・!
だめだ・・・。
気を失っちゃ、駄目だ・・。
オレが・・・蛮ちゃんを・・・・助け・・・るんだ・・・。

思った途端、そんな感情すらも砕いて壊せと、蛮が与える新たな痛みが全身を駆け巡った。

無限城で育った銀次には、暴力は日常茶飯事だった。
子供といえど、容赦はなかった。
血反吐を吐くまで殴られて、意識が長く戻らなかったこともある。
もっとも、ベルトラインの連中にかかれば意識など永久に戻ることはないのだから、ロウアータウンの男どもは、まだそれでも手加減する術を知っていたのだろう。
天子峰に守られていたおかげ、ということもあるのだろうが。
それでも痛みには、慣れている。
どんな壮絶な痛みにも、堪えうるだけの精神も肉体も身につけていると思ってきた。

だが、足を大きく開かされ、尻の肉を割られて、その身体の内部に女のように男の欲望を受け入れる痛みは、それとはまったくの別物だ。
男として、どうしようもなく屈辱的な痛み。
それゆえに、哀しみではない涙が、銀次の固く閉じた瞳から滲み出て、目尻を伝っていく。
相手が蛮でなければ、相手を殺すか、自分で自分を殺すところだ。
それをもってしても受け入れたいと思うのは、深い受容が心にあるからだ。
相手の全てを受け入れたいという、欲と愛情が。
蛮が自分に与えるものなら、痛みでも快楽でも、全部受け止め、受け入れられる、と銀次は信じていた。

幾度となく体内に、叩き付けるように欲望を吐き出され、それでも蛮の欲は留まるところを知らなかった。
いっぱいに広げられ、裂けてどくどくと血を流している場所が、蛮が乱暴に男を突き入れることで、ぐちゃぐちゃと淫猥な音をたてている。
痛みだけで萎えた銀次のものを、腰を入れながら蛮が握りしめ、新たな痛みに竦み上がる首筋を舐め上げて耳に囁く。
「このまま、オレの握力で握りつぶしてやろうか? 痛てえだろうな・・? どーよ、銀次ィ」
「うう・・・っ!!」
「こりゃあ、いいや。スゲエ締め付け。結構マゾなんだな、テメエ。おらよ!」
「・・・・っ!!」
激痛のさらにその上をいく酷い痛みに、涙がこぼれる。
出血のため、それが潤滑油の代わりとなって、後ろの痛みはもうさほどではない。
感覚すら、もう乏しい。
それでも蛮は、銀次の足を持ち替えて角度を変えながら、わざとそこに新たな傷を作っていく。
これでもか、というように。
一度、欲望を吐き出しても、それは引き抜かれることはなく、また銀次の体内で硬度を取り戻し、思うがままにその身体を貫いた。

何度も、何度も、身体の中にある野獣のような、冷血そのものの残虐な血が鎮まるまで。
繰り返し、繰り返し、果てがないと思われるほど。
銀次が意識を完全に手放して、その身体が正体をなくして、だらしなく足を広げて揺さぶられるだけの、ただの人形のようになっても尚、蛮が心を取り戻すまで、その『儀式』は続いた。








はあはあと荒い息を吐き出して、自らも呼吸が出来なくなるほど息が上がった状態で、真っ赤に染まっていた頭の中が、次第に色を落としていくのを蛮は感じていた。
浮き出ていた筋肉も血管も、悪魔の手のカタチのように開いていた右手の指も爪の先からも、徐々に力が抜けていく。
背中を多量の汗が伝い、乱れた黒い髪の先からも、ぼたぼたと冷たい汗が伝い落ちた。
「・・・・・・・・・はぁ・・・・・・はぁ・・・・」
息が正常に戻ってき、閉ざされたままだった両眼をやっと開く。

いったい、自分は何でこんなに息が上がっているんだろう。
ここで、何をしているのだろう・・?
銀次は・・・・・・銀次はいったい・・・・。
どうなったのか・・・?

思いつつ、ゆっくりと両眼を開いた途端。
蛮はあまりの光景に、眼球が飛び出しそうなほど瞳を見開いた。

床に塗り込められたような、おびただしい血の痕と、鼻をつく体液の匂い。

自分の身体の下では、銀次が力なく横たわっていた。
死人のように白い顔をして。
まるで、もう2度と目覚めぬ人であるかのような。

「・・・ぎ・・ん・・・・・じ・・・・?」

恐る恐る名を呼んで、蛮の唇が震えた。
息をしているのかどうかもわからないくらいに、銀次の唇の色は白い。
「銀次・・・・?」
ふるえる声でもう一度呼んで、その頬に手を差し伸べようとして、ゾッとした。
銀次の下肢に回されていた手に、ヌルリとした感触がある。
それが何かを瞬時に悟って、その手を見た瞬間。
蛮は恐ろしい寒気に、がたがたと全身を震わせていた。
鮮血に真っ赤に染まった自分の手。
それはまぎれもなく、銀次の血だ。
自分が傷つけて、流させた銀次の血だ。
床の上にも、自分の放った体液と混じって、血溜まりをつくっている。

「銀次・・・・・ぎ・・・んじ・・・・・! 銀次・・・!」

まさか、殺したのか・・・?
このオレが・・・?
銀次、を・・・?

銀次の首に、明らかに自分のものとわかる締め付けた指の痕がある。

また、殺してしまったのか・・?
自分の、この手で・・?
また、誰かを?

この呪わしい手で、
奪ったのか?

今度は、
ついに、
誰よりも、
誰よりも、
誰よりも、愛する者の、
命を・・・・!

この手で・・!

「ひでえ・・・」

どうしてこんなことになりやがるんだ!
どうしてこんな・・・!
オレのそばに寄るなと言ったろう!
オレなんかの・・。
オレなんかのために、
こんなことまでして。
オレなんかのために、
オレみてえなヤツのために、
命を落としやがるな・・・!! 

畜生!!


見開かれた両眼から、ぽたぽたと水滴が銀次の能面のような白い顔の上に落ちた。
「銀次・・・!」
冷え切った身体を、両の腕に掻き抱く。
「銀次ィィィィィ・・・・!!!!」
悲鳴のように呼んで叫んで、冷たい頬に自分の頬を擦り寄せた。


死ぬな・・!
たのむ、死なないでくれ・・・!
オレを置いていくな・・・! 
たのむ・・・から・・・!
オマエに置いてかれたら、オレはいったいどうすりゃいいんだよ・・・!?
銀次ィ・・・!
目を開けてくれ!
頼むから・・!! 


「銀次・・・!!」




「ば・・・んちゃ・・・・・・ん」

「・・銀・・・次・・・?」

「う・・・・っ」
「・・・テメエ・・・!」
「蛮・・・ちゃん・・・」
ゆっくりと顔を上げると、青ざめた頬のまま、銀次がうっすらと目を開け、微笑んでいた。
「ど・・・したの・・? オレ・・・だいじょう・・・ぶ・・だよ・・・?」
掠れる声で言って、血に汚れた指先で、そっと蛮の頬にふれる。
「銀次・・!」
「蛮ちゃん・・・・・コワくないよ・・・ オレがいるよ・・・・ 大丈夫だから・・」
オレが、蛮ちゃんの『呪われた血』から、蛮ちゃんを守るんだから、と必死の笑みで、途切れ途切れに言ってまた笑う。
蛮の顔が、苦しげに歪んだ。

「・・・テメエは、馬鹿だ!」
「蛮ちゃん・・?」
「大バカヤローだ!!」
「・・えへへ」
「笑ってんじゃねえ!」
「・・うん」
「笑いごっちゃねえだろが!!」
「うん!」
「・・・・笑って・・んじゃ・・・・・・・」
「蛮ちゃん?」
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・蛮ちゃん、どうして泣くの・・? オレ、大丈夫だって、ば・・。ほら、ね、ヘーキでしょ? なんたって・・・・丈夫だけが取り柄だって、いつも蛮ちゃん、そう言ってる・・じゃない」
「・・・・・そっだな・・」
「ね?」
「ああ・・」
「蛮ちゃんこそ」
「あ?」
「もう、平気?」
「ああ・・・」
「よかったぁ・・・。オレにも、蛮ちゃんの役にたてること、あって」
嬉しそうに笑む銀次に、蛮が言葉を詰まらせる。
「・・・・・銀次・・」
「・・うん?」
心から安堵したことと、目の前の銀次の愛おしさに、何と言っていいか言葉が出ない。
「・・・・銀次・・・・・・銀次・・・・・・ぎん・・・じィ・・・・」
愛おしい名を呼びながら、銀次の首元に顔を埋める。
「どったの? 蛮ちゃんってば。・・あは、くすぐったいよ・・」
「・・こうしててくれ・・・。今だけでいい」
身体に覆い被さるようにして、抱きしめるというよりは抱きつくと言った方が正しい様子の蛮に、銀次がやさしげに目を細める。
「うん、いいよ・・。なんか嬉しいな・・・。蛮ちゃんが、オレに甘えてくれんなんて・・・」
言いながら銀次が、まだ震えている両の手で、そっとやさしく蛮の頭を腕の中に抱きしめた。



「・・銀次」
「んー?」
「いいのか・・?」
「なにが?」
「オレはもう、オマエを、離せなくなっちまってる・・。離さねーぞ。いいのか、それでも」
銀次の胸の上で囁かれる蛮の言葉に、銀次の顔がぱあっと輝く。
「うん!」
「いつかオレの右手に殺されることになっても」
「えへへ、大歓迎v」
「・・・・真面目に言ってんだぞ。オレぁ」
「オレも、マジメだよ?」
だって、そう言って欲しくて、オレ、頑張ったんだもん。
にか!と笑って白い歯を見せる銀次に、蛮は、困ったような顔をした。
心の奥に、あとからあとから沸き上がってくるいとしさに、胸がつまりそうになる。

なんてえ、ヤローだろう。
こんなヤツは、世界中どこを探したっていないだろう。
そんなヤツが、オレの相棒なのか。

「テメエみてえな、オメデタイ野郎、今までに見たことねえな・・」
蛮が笑った。


それでもいつかは、容赦なく。
自分の「呪われた宿命」は、銀次をも巻き込んで、自分を呑み込んでいくだろう。
見逃してくれるはずなどない、その右手にアスクレピオスを宿す限り。
それでも。
銀次のこの強さが。
宿命に打ち勝てる、力をくれるかもしれない。
何1つ恐れず、自分に寄り添うようにそばにいてくれる、この底知れぬ強さを持つ相棒が。


「オレ、蛮ちゃんが本当にピンチの時は。オレがどんなになったって、必ず蛮ちゃんを助けるから。だから、必ずオレに、蛮ちゃんを助けさせてね?」
「おうよ・・」

わかってら。
だけども、もう、こんなことはたくさんだ。
テメエを傷つけて、泣かせて、オレに何の得があるよ?
テメエが強いのは、もうわかった。
十分だ。
だから、もう、こんなことは、たのむから、やめてくれ・・。
助けてくれんのは、嬉しいけども。
怖えよ・・。
オレに、オマエを傷つけさせるな。

「だが・・・。んな無茶は、もうすんな。わーったか?」
言うと、銀次が間髪を置かずに返す。
「蛮ちゃんこそね!」
オレのために、赤屍に刺されたくせに。蛮ちゃんだって、オレのために無茶するくせに。
だからねっ、おあいこだよ?
痛む身体をものともせず明るく笑って言う銀次に、蛮は驚いたようにそれを見つめ、くす・・と思わず笑いを漏らす。

「わかった・・・。けど、こん次は・・・。オレに、テメエを助けさせろや?」

蛮の言葉に、銀次はさも嬉しそうに笑って、力強く頷いた。
「うん!!」

頷く銀次に、まるで誓いの印であるかのように、蛮は、切れて血のこびりつくその唇に、そっと、とびきりのやさしく長いキスを落とした。





END









・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


うわあ、ごめんなさい、すみません・・!
なんで、今までなーんにも出来なかったくせに、ちょっと書き出すと手がすべって止まらなくなっていまうのでしょう、エロって!(笑)
しかも合意とはいえ、レイプまがいのものになってしまったので、銀ちゃん痛いばっかで、かわいそうで・・。
今度は、ちゃんと甘ーいエロでリベンジかましたいですv
でも、こういうちょっと鬼畜系の蛮ちゃんも、書いてみると楽しいのでした。
裏ページも、徐々に充実させていきたいですv



モドル