□ Be smile


最近、マクベスが元気がないんですよ・・。
そんな風に言葉を濁す花月に言われ、銀次は返事の困り、カウンターでコーヒーを飲んでいる蛮をちらっと見た。
「けど・・・。そんな、急に言われても・・オレ、困るよ。カヅッちゃん」
「無理は承知でお願いしてるんです。何とか、お願いできませんか? 見たところ、さしあたって特に仕事もないようですし」
その言葉に険を感じて、背を向けたままの蛮の肩がぴくっと動く。
それを見て、ひきつった笑みを浮かべて目をそらせ、前の席で「お願いします、銀次さん」と両手を合わせる花月を見、銀次ははあ・・とため息をついた。
「だって、さ。オレはもう無限城の住人でもなければ、VOLTSのメンバーでもないわけだし、そういうコアメンバーの・・・えっと、ケーキ集会?」
「・・・決起集会です」
「ってのに行くのもなんか、変じゃないかなーと思うんだけど」
「それはそうなんですけどね」
花月がそれに一応頷いてみせるが、引く気配はない。
なんとかして、とにかく連れてこいと、よほど念を押されているのだろう。
銀次は、またちらっと蛮を見た。
なんとか言ってくれないかと、その背中を見るが、テメエで決めろというように一向にこちらの話に介入してくる気配はない。
銀次は、答えに困って、深々とためいきをついた。
そりゃあ、確かに行ってやりたいのは、やまやまだけど・・。
いきなしだし、何と言っても「あの」無限城なわけだし、蛮ちゃんはどうせ1人で行けというのに決まってるし。
だけど・・。
確かに、マクベスは心配だ。
思いつめて、1人で全部背負い込み抱え込んで、自分のようにならないで欲しい。
そう考えると、とても放っておけない気になってくる。



どうもこのところ、無限城の少年王は、顔色がよろしくない。
そんな噂も、確かにどこからか耳に入ってきていた。
それでも無理に、から元気を出して皆をひっぱっていこうとする姿には、悲壮感さえ漂っている。とか。
たぶん、疲れているのだろう。
無理もない。
ベルトラインの襲撃に備えて、セキュリティシステムを堪えず調整し、強化していかなければならなかったし、「雷帝」なき後、一旦崩れた統制と調和を取り戻す事は、想像以上に過酷な現実が壁となって立ちはだかったし、少年王は休む暇すら与えられなかったのだ。
力とカリスマだけで、ロウアータウンを支配していた「雷帝」とは、そこに歴然した差があった。

困ったような顔をして、テーブルの上に置いた自分の手をじっと見つめている銀次に、花月もまたため息を落とした。
もっとも、だからと言って、今さら「雷帝」に無限城に戻れというわけにもいかない。
それは花月とて、よくわかっている。
ましてや、自分も外に足を踏み出した人間なのだし。
しかし、ここ数週間ずっと、VOLTSのアジトに山積みされているモニターに、銀次の姿を映し出してはため息をついているマクベスの話をきくと、なんとなくかつての仲間としてほうっておけない気がしてしまうのだ。
何とかしてやれないものかと、十兵衛からも相談を受けたし。
とにかく一度、銀次と会わせて色々話も出来れば、またマクベスも、以前(無限城での原爆騒ぎの後)に銀次に見せたあの笑顔に戻れるだろうと、皆、一様にそう思っているのだ。
後には引けない。

「士度や僕もいっしょですし、銀次さんのことはしっかりお守りしますから。帰りも間違いなく、此方までお送りしますよ」
テーブルをはさんだ向かいにいる銀次に、というよりは、まるで蛮に言ってるかのように言うと、花月はコーヒーカップを手に取り、口に運びながら、やんわりと視線を蛮の背中に移した。
「大丈夫ですよ、銀次さん。美堂くんも、そこまで心が狭くないでしょう。急を要して入ってくる仕事はないことは、ヘブンさんから既にお聞きしていますし、ましてや美堂くんが、銀次さんと一日でも離れるのが淋しいとか、皆と銀次さんが楽しく食事をしたりすることに嫉妬するとか、無防備な銀次さんのことが心配で心配で自分のそばから片時も離したくないとか、まさか、そんなことないでしょうしね・・?」
いきなりの大勝負に出た花月の言葉に、蛮の肩が大きく波打つ。
「・・・うん。カヅッちゃん。オレも、それはないと思う」
即座に頷き、真顔で強く同意する銀次の後ろで、コーヒーカップがグシャ・・と握り潰されたような嫌な音が聞こえた。




                          
               
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くそ。
ったく、ムカつく野郎だ、ネチネチと! あンのカマ絃使いめ・・! 
銀次も銀次だ!
ほいほいと口車に乗りやがって、お人好しにもほどがあらぁ。



蛮ちゃん、オレ、やっぱマクベスのこと気になるし・・・。
行ってやりたいって思うんだ。
・・・・駄目・・かな?


何が駄目かな?だ。
テメエのことだろが、テメエで決めろっての! 
オレは、テメエの保護者じゃねえんだ。
だいたい、あのパソコン坊やが元気がねえってことが、テメエも気になってやがんだろ。
行ってやりてえと、もうハラは決まってんなら。
オレの意見を伺うような、そんな目すんじゃねえ。
テメーは別にオレのもんってわけじゃねーんだから、好き勝手にしてりゃいいんだ。
仕事のない時ゃ、お互い自由のはずだしよ。
縛るつもりなんか、更々ねえ。

「行ってくりゃあ、いい」
「蛮ちゃん・・!」
ロコツに嬉しそうな顔しやがるな。なんかムッとするだろが。
「いいの?」
「ああ、別にビラまきぐれえ、オレ1人で充分だしよ。コッチも、今日一日テメエのうっとおしい顔見ずに、1人でのんびり出来るってのは有り難てえしなー」
トゲのある言い方に、絃使いの目がぎらっと威嚇するようにこっちにむけられ、銀次の方は途端にしょぼんとして、ちょっとかなしそうな顔になった。

アホ。
間に受けるな。
んなわけねーだろが。
ったく。

「まー、そういうこった。じゃ、まー、あとは好きにしな」
スツールから立ち上がり、店を出るべく歩き出すと、いつものようにぱたぱたと銀次が追いかけてくる。
「ば、蛮ちゃん!」
「あ?」
「お、お、怒ってんじゃないよね!」
何、必死な顔してんだ?
「オレ、もしも蛮ちゃんが、行かない方がいいっていうんなら・・」
「誰も、んなこと言ってねーだろ?」
「で、でも」
「決起集会だかなんだか知らねえが。どうせ言い換えりゃ、『雷帝様ご招待のマクベス激励新年会』みてえなもんなんだろ? 絃使いが話持ってくるぐれーだから、ヤバイ事はねーだろうし。テメエも、里帰り気分で楽しんでくりゃいい」
「蛮ちゃん・・」
「それに、テメエも気になってるんだろ。あの無限城での仕事の後、あそこがどうなってるか。それにあの、パソコン坊やのこともよ・・」
「うん・・」
「だったら、別に」
言いかけて、言葉が途切れる。
んだよ、そのすがりつくような目は・・。
「蛮ちゃんの言う通り、確かに無限城のことやマクベスのことは、すごく気になるんだ。でも・・」
ちょっとの間でも、蛮ちゃんの離れているのが不安だよ・・と、その目は雄弁にそれを語っている。
ましてや、場所があそこなだけに・・?
その不安を気づいて手を伸ばし、くしゃくしゃと金色の髪を撫でてやった。
それで、少しホッとしたような顔になる。
ゲンキンな野郎だ。

なんかあったら、オレを呼べ。どっからでも駆けつけてやっからよ。
心の中でつぶやくと、聞こえたかのように”うん”と小さく頷いた。
見つめ合ったまま、一向に動こうとしないオレたちに焦れたのか、絃使いがやおら席から立ち上がった。
「では、銀次さん。美堂くんのお許しも出たことだし、早速行きましょう。きっと皆、まちくたびれていますよ」
「あ、うん・・! じゃあ、蛮ちゃん。行ってくるね?」
「おう。あんまし遅くなんなよ。あ、それから、テメエは、弱ぇんだから、酒は飲むんじゃねーぞ。いいな」
「うん!」

なんのかんの言いつつ、きっちり「保護者」のお約束台詞を吐いている自分に気づいて嫌気がさす。
カウンターの向こうで、波児がくくっと笑ったのを聞いて、「んだよ、うるせーな!」と睨んで、オレはとっとと外に出た。
行くアテがあるわけではないが、とにかく無限城を背にして歩く。
まあ、いい。
奪還屋を始めてから、とにかく24時間べったり一緒のことが多かったんだ。
たまにゃー、1人も悪かない。
つーより、うるせえのがいねえんだ。
オンナひっかけてどっかにしけこんで、しっぽりやるってのもいいんじゃねーか?
最近、アイツのせいで、すっかりご無沙汰なんだしよ。
腕もナニも、常々使っておかねーと、なまるってえもんだ。
ま、自由にさせてもらうさ。








とはいえ。

・・・・んだよ。
やたらと、外野がうるせえ。
ほとんど一緒に行動することが多かったんだから、まあ無理もねえが。
行く先々で、うんざりするほど同じ言葉を聞かされる。

「あれ? 今日は銀ちゃんは?」
「あら、蛮さん。今日は1人なの?」
「銀ちゃん、どうしたの? 具合でも悪いの?」
「あら、1人? めずらしーね。銀ちゃんは?」
「喧嘩でもしたの?」
「なんだ、ついにゲットバッカーズ解散かぁ?」

立ち寄った公園やら店やら本屋やら、行きつけのコンビニでまでこんな風だ。
しまいにゃ、ガキ共まで寄ってきやがる。
ああ! うっせえ。
ったくよー。
たまに1人でいて、何が悪りいってんだ!

出来るだけ、二人でよく行く所には、この際立ち寄らないことにして、滅多につれていくことがなかったパチンコ屋で時間を潰す。
毎日、あっという間に一日が過ぎていたはずなのに、なんで、今日に限ってこんなに一日が長いんだ。
それでも、絃使いが「HONKY TONK」に来やがったのが昼前だったから、実質的には一日もないはずだ。
半日で、コレか。
パチンコの台もろくに見ずに、ぼけっと玉だけ打って、時計を見ると、どうにかこうにか5時だ。
そういや。
・・・何時に帰ってくるとか、聞かなかったが・・。
まさか、泊まってけとか言われやしねーだろうな・・。
酒とか飲まされてわけわからなくなって、じゃあ、一緒に寝ようとか・・・。
あのパソコン小僧だったら、ガキにモノを言わせて、やりかねねえ。
しかも、ベルトラインの連中に晩餐を(ほら見ろ。やっぱ新年会じゃねーか)ジャマされないために、ボディガード代わりに鏡も呼んだっつってたよな。
あのホスト野郎は、なんかヤバそうだ。
観察好きなヤローに限って、とんでもないマニアックな観察が好みときやがるし。
銀次には、興味を持っていやがったはずだ。
酒も。
一応、飲むなとは言ったが。皆にすすめられりゃ、アイツのことだ。
じゃあ、一杯だけだよぉとか言って、飲んじまうんじゃねえか? アホだし。
酒飲ませると、もともと無防備な性格が、さらに無防備になって、何もかも全開、開けっ放しな状態になりやがる。
無限城じゃあ、銀次にただならぬ感情を持ってるヤツも多そうだし。
猿回しは、嬢ちゃんがいるから、まず大丈夫だろうが。
それでも、時々銀次を見る目はただごとじゃねえ。
あの絃使いとて、サムライ君がいるにしても、下手すっと、銀次に手を出しかねないくれえ執着がある。
ま、サムライ君と、5流芸人のドリフは除外にしても。
遠当て野郎とは相性自体よくなさそーだが、そういうのほど、いざとなるとどうひっくりかえるか、わかったもんじゃねえ。
他にも、もと「雷帝」とお近づきになりてえとか、ヤっちまいてえとか常々思ってやがる、よからぬ輩が集まってくんじゃねーのか。
大丈夫かよ? 
くそ。
もしも・・。
もしも、オレのいねえとこで、そんなヤツらに、よってたかって・・・・。

「兄ちゃん」
うるせえ!
「おい、にーちゃん!」
こちとら、それどころじゃねーんだ。
「にーちゃん!!」
「あんだよ、うるせえなぁ!!」
「カクヘン来てっぜー! 早く玉うたねえと!!」
「あ? どわああぁぁぁあ!!!!! マジかよぉ、大アタリいぃぃぃーーー!!!」



へっ。
まーいい。
どーにでもするだろう。
ヤツとて、「雷帝」とか呼ばれてた男だしよ。いざとなりゃあ、何とかするさ。
そーよ。
自分で決めて、行きやがったんだ。
この際、銀次のことなんか、構ってられっか!
オレは、テメエなんざより、コッチの方が今は大事よ!
テメエもいい加減、自分の身ぐらい自分で守れねえとな!
せいぜい、もと部下どもに持ち上げられて、いい気分に浸ってりゃいいさー。
あとで泣いても知らねーけどよ。


















・・・・・・・・・・・・・・なんつって。

アホは、オレか。






挙げ句がコレかよ。




どこまで、墜ちたんだ・・・。
無敗の男、美堂蛮様とあろう者が・・・。


覗きなんぞ・・。

いや、ちげえ!
覗きなワケねえだろが!
第一、べ、別にオレは、ヤツが心配なワケでもねえし!
こんなとこから覗いてて、何がどーなるワケでもねえし!
どんなツラが集まってやがるか、多少、興味があっただけで。
・・・・しかし、まー。
雷帝参上で、こうまで人が集まるか・・。
ちょっとした、ファンの集いみてーじゃねえの。
何人いるんだ、コアメンバーってのは。

オレは、廃ビルの一階に、まるでパーティ会場みたいにあつらえられたその広い部屋を、向かいのビルの3階の暗い窓から気配を消してじっと見据えていた。
低くでかいテーブルに、集められた食物が溢れんばかりに並べられている。
皆それぞれに、イス代わりの木箱なんぞを調達して、「雷帝」を囲むようにして談笑していた。
えらく和やかなムードじゃねーか。
何が集会だ。どっちかってば、慰安旅行の宴会のがはるかに近いぜ?
そして、問題のパソコン坊やは、はしゃいでいた。
ちょっと、どうしたよ?というくらい、キレたはしゃぎようだ。
なにやら、ひどく楽しげに、銀次に話題をふっては、声をたてて笑っている。
仮病だったんじゃねーのかよ、と疑いたくなるくれえだ。
テメー。本当に具合悪かったのかよ。
銀次をひっぱってきてえだけじゃなかったのか・・?
そう思いつつ、銀次を見る。
右横と左横は、絃使いに猿回しだ。まあ、安全だな。
とりあえず、不動がいねえのだけは助かった。
そう思いながら、再びしっかり銀次を見、オレは眉を潜めた。
表情があきらかに、普段見る顔と違う。
笑ってはいるし、よくもしゃべっているようだが。
雰囲気が、どことなく・・。
うまく説明できねえが。
表情が、硬い。
マクベスの野郎と、対照的だ。

・・・・・・なるほど。
そういうことか。
銀次は今、「雷帝」と呼ばれていた時の顔に少し戻っているんだ。
少年王マクベスが、四天王だったころのマクベスに戻っているように。
目の前に「雷帝」が、自分の代わりにこの場を収めるものがいるから、マクベスは少し肩の荷を降ろして楽に笑えているんだ。
オレの隣でいつも、銀次が楽に笑っていたように。
・・・・銀次。
んだよ、そのツラ。
初めてオレのヤサに来た、あの頃のテメエみてえだぞ。
どーしたよ。
そんなツラ見るために、オレはここに来たんじゃねえぞ・・・?
そう思うと、銀次のヤツが妙に可哀想に思えてきた。
・・・やっぱ、来させるんじゃなかったか? 
そんな後悔まで、湧き上がってくる。
そっか。
ココにいる限り、てめえはみんなのリーダーなんだな。
テメエが望む、望まざるに関わらず。
無理をしているわけではないのだろうが、楽にそれをこなしていたとも思えない。
初めてここで会った時、アイツはもうぎりぎりだった。
誰にもそんな姿を、片鱗さえも見せたりはしなかっただろうが、オレは感じた。
テメエが壊れかけているのを。
「銀次・・・・」
ばかやろう・・。

いつのまにか、オレは食い入るように銀次だけを見つめていた。



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