「ん・・」


「蛮ちゃーん。起きた?」
「ああ・・?」
「もうすぐ朝ごはん出来ちゃうかんね! そろそろ起きてよー」
「・・・・・・・おうよ」

答えて、ぼんやりと自分がどこにいるのかと考える。
朝の光と風が、明るい色のカーテンを揺らして部屋にそそぎ込まれ、フローティングの床の上で跳ね返る。
眩しさに目を細め、蛮は手をかざした。
白い天井。窓。カーテン。家具。
ああ、やっと最近になって慣れてきた光景だ。
越してきた頃は銀次とともに、朝、目が覚める度にぎょっとしていた。
てんとう虫はどうしたんだ、ホテルでもないここはいったい何処なんだ?と。
我知らずと笑みが漏れる。
リビングの大きめのソファで、いつのまにか新聞を読みながら、うたた寝していたらしい。
手にしていたはずの新聞はテーブルの上にたたんで置かれ、吸いかけだったマルボロは長いまま火を消されて灰皿の淵にある。
ご丁寧にタオルケットまで掛けられてるのに気づくと、やれやれと苦笑した。
よく寝ていたにも程があるぜ。
堕落したもんだ。
美堂蛮さまも、よ。

「わわわっ!」
声と同時に、対面式のキッチンの中で派手な物音がした。
またしても、やれやれと肩をすぼめる。
奪還料の代わりにお好きにどうぞという言葉に甘え、アメリカに転勤することになった依頼人夫妻から一年契約で借りた2LDKのマンションに移り住むなり、相棒はすっかり、相棒兼新妻と化してしまった。
いや、それに異論があるわけじゃない。
むしろ、歓迎傾向にあるが。
しかし、なんだか、こうも甘ったるいと――。
これでいいものかという、贅沢な思惟も湧き出て。
まあしかし、この生活も期間限定だ。
家賃なしで貸してもらえる部屋などそうそうはないから、一年が来れば、自分たちは順調に(?)、また車生活に戻るのだろう。
だったら楽しまなくちゃね!と、いつもポジティブな思考の相棒は言う。
まあ、確かにな。
そう思いながら、キッチンで格闘している銀次を見た。
グリーンのチェックのエプロンが、よく似合っている。
・・・いや、だから。
そうじゃねえだろっての。美堂蛮。

「・・・・どったの?」
目は開いているのに、ソファに寝そべったままぼんやりしているのを変に思ったのか、銀次がぱたぱたやってきて、ひょいと目の前に顔を出す。
「蛮ちゃん?」
「あ?」
「蛮ちゃんったら、寝ぼけてんの? あ、そだ。ちょっと口開けて」
なんだよーと面倒臭そうに言いつつも、口を無防備に半開きにすると、銀次の指から黄色いものがぽいっと口の中に放り込まれた。
「ふーん」
「どう?」
「まぁまぁか」
「本当?」
「まぁまぁだっつってんだ。別にほめてねえぞ」
「でも、蛮ちゃんがまあまあってことは、美味しいってことでしょ。へへ! ちょっと今日の卵焼きは自信あったんだよね!」
嬉しげに、またパタパタとスリッパの音をたててキッチンに戻る銀次の背中に、思わず笑みがこぼれる。
まあ、卵焼きだけはな。
確かに大分食えるようにはなった。
最初の酷さに比べりゃ、な。
最初作ったありゃあ、人間の食えるシロモノじゃなかったぜ。
レナのいれたコーヒーがなかなか旨いと言い切れるぐれぇ、食った後しばらく味覚が馬鹿になっちまった。
それほど強烈な味だったんだが。

「・・・・・・・・・」

ふいに唐突に。
うたた寝ついでに見ていたらしい、夢の中身を思い出した。
思い出すまではキレイさっぱり見たことすら忘れていたが、思い出しかければ、それは鮮明に克明に脳裏に甦ってくる。
映画の1シーンのように。

天野銀次、無限城出奔の日。
いや、実際は、出会った日と出奔の日は違うから、どうだったかはオレは知らねえ。
まあ確信はあったが、と胸のうちでにやりとする。
必ずもう一度逢えるという、あれは紛れもない確信だった――

「蛮ちゃん。また寝ないでよ〜? あと、トースト焼いてコーヒー煎れたらバッチリだから!」
「へいへい」

何がバッチリなんだか。
テメエのソレは、どうも当てになんねぇぞ。
心で毒づきながら、マルボロの箱を取る。
ふと、灰皿でいい子で待ってたらしい先ほどの一本に気づき、らしくもなくそれを吸うことにした。
別に節約してるわけじゃねえが。

しかし――。

夢の中と、現実の邂逅も合わせて考えを巡らせる。
それから、キッチンの中で楽しそうに揃いのマグカップを並べている銀次を見、首を傾げた。

それにしてもよ。
オレが無限城で見つけたのは、果たして”こんなの”だったっけか・・?
もっとシャン(美人)じゃなかったか?
目ももっときりっとしてて鼻筋も通ってて、顔も今よか一回りは小さかった気がするし、顎なんかも尖ってて。
それが、どうよ。
今じゃ、目も鼻も輪郭もなんだかやたらと丸みを帯びてきやがって。
なんせよく食いやがるから、極貧生活が続いてた割にゃ体重も順調に増やしてきてやがる。
そのせいか?
まあ頭がパーになってきてんのは、オレが頭ばっかり殴りすぎたせいかもしれねえが。
最近は、顔とケツで代用しているが、殴ってくださいと言わんばかりの無防備な金色の頭を見てると、ふつふつと殴りたい衝動に駆られてしまう。
考えていると、またぱたぱたと銀次が駆け寄ってきて、えいっ!とばかりにオレのいるソファの上にダイビングした。
「ばーんちゃーんv」
「うわ!」
驚いたと同時に、腹の上に思いっきりのっかられて唸る。
くそ、テメエ、自分の体重を考えやがれ。
「何すんだ、テメエ! 重いじゃねえか!」
「だって、まだ目が覚めないみたいなんだもんv どう? こんで目ぇ覚めた?」
「るせぇ」
誰のせいだと思ってんだ。
こら、ヒトの身体を跨いで乗るな。
このままヤっちまうぞ?
「なーに考えてんの?」
「・・シャンなお姫さまの事だよ」
「んあ?」
意図が解せず、まさにきょとん・・といった顔になる。
間抜けヅラ。
まったくよ。緊張感がねえんだよ。
思いつつ、またそれもよしとする。
ああ、また。
すぐソレだ。
いったいどうなってんだ、美堂蛮。
テメエは、このガキに、ちっと甘すぎ妥協のしすぎじゃねぇか?
しかも、この野郎はそれをいいことに、このオレ様に向かって最近じゃとんでもねえ妥協の仕方をさせやがる。
それすら良しと出来るのは、いったい何がそうさせるのか。
「それはそうと、よくよく考えりゃ、トーストにコーヒーとくりゃあ卵焼きじゃなくて目玉焼きだろうがよ。普通。まあ、ドッチでもいいけどよ」
そうなの?と言いつつ、でも今更目玉焼きを作れとは言わないよね?と確認を取る。
おうよ、言わねえよ。
そんなことしてたら、朝メシが昼メシになっちまう。
答えて、ふと自分の胸の上に置かれているその手を見た。
夢の中で口づけした、きれいな指。
今じゃあ、ほとんどの指にバンソーコーが巻かれている。
バンソーコーだらけにさせた敵は、包丁だとか縫い針だとかそういった類の、まあ銀次にとっちゃあ強敵だ。
努力の結果というか、名誉の負傷といったところか。

それにしても。
無限城で戦った『雷帝』は、仕事帰りの寄り道ということを忘れて、本気で夢中で拳を交えてしまうぐれぇ、ヤツは強くて、そして神々しかった。
初めて「欲しい」と、誰かを欲しいと心から強くそう願ったほど。
ヤツは、光輝いていた。
美しいなどと、野郎に向かってそんなとんでもねぇ形容詞が出てくるぐれえ。

・・・・もしかして、プラズマの光に惑わされたか?

自分の考えに、思わず苦笑する。
おいおい。
こういうのを、アバタもエクボっつーか?
・・・・・しかも、オレがそれかよ。
あ゛あ゛?
ったく、とんでもねぇなー。


「蛮ちゃん?」
「・・・・・・・ああ」
「ねえ、どしたのってば。何か変な夢でも見たの?」
上にのっかったまま、ぺたりと上体を甘えるように胸に擦り寄りよせてくる銀次の髪を、オレの右手がやさしく撫でる。
ついでに喉の辺りも指先でくすぐってやると、銀次は猫がごろごろと喉を鳴らすようにくすくすと笑った。

ああ、見たさ。
テメーのことを姫だとか何だとか抜かして、無限城から、かっ攫ってくアホな男の夢をよ。
まあ、実際は。
もちろん、そんなお人好しな真似はせず、「ここを出たけりゃ、出ちまえばいい」などと言葉だけ残して、オレは無責任にも野郎を放ったらかしにして、とっとと自分だけ帰還した。
まさか後を、こんにゃろが追い掛けてくるなんざ、思いもしねえで。

いや。
追い掛けてくればいいと、どっかで願っていたかもしれねえ。
もしも本気で追い掛けてきたら、そん時は手離せなくなるだろうと、その予感もあったはずだ。
だが、多少の期待と同時に、どこかでそれは出来ねえ相談だろうという気もしていた。
何もかも、今までの全てを投げ出して追うほどの、オレァ値打ちのある男でもねえと妙な自覚もあったし、ヤツにもまた、そんな度胸などねえだろうとどっかでタカをくくっていた。

それが・・・。
まさか、こうなっちまうとは。


「ねー、なんか、やな夢?」
どうしても夢の話が聞きたいらしい。
低く笑って、答える。
銀次の問いには、まあ後で答えてやるとして。
コッチが先だと言わんばかりに。
「オメーな」
「うん?」
「今から思えばよ、よく出てきたよな」
「はい?」
「無限城から、たった1人でよ」
突然一年以上も前のことを持ち出されて、銀次が心持ち頬を染める。
「何、今ごろー」
「オメー、今までそういう話しなかったろ? で、急に気になった」
「変なの。別にわざわざしないでしょ。だって、恥ずかしいし。蛮ちゃん、オレに聞いたりもしなかったし」
「まあな。けど不安だったりしなかったのか? 何もわからない外の世界に、1人で出てきたりしてよ」
夢の中で、雷帝・銀次が、自分の身体を自分の腕でかき抱くようにして、不安げに睫を震わせていたことを思い出す。
それでも夢の中は、自分が一緒にいた。
手を引き、来いと言ってやったから、ヤツは決心出来たのだろう。
なら、目の前のコイツは?
無限城と外を分ける扉を1人で開く時、不安に押し潰されそうになって、怯えてやしなかったろうか。
「うん。なんかね・・。どうなっちゃうんだろうって、ちょっと怖かった」
案の定か。
「でもね、本当はそんなことを考える余裕もないくらい、会いたくて」
「え・・」
「出会って、戦って、別れて・・。あの後、まだ中にいるんじゃないかって、随分探したんだ。でも。蛮ちゃんはもう無限城のどこにもいなくて・・。あきらめようって、思った。会ってどうなるものでもないし、やっぱりオレはロウアータウンの人たちを捨てていくことなんか出来ないって思ったから。守らなくちゃならないんだって。たとえ、いつか、オレがオレじゃなくなる日が来たとしても」
「銀次・・」


『雷帝になると頭が真っ白になって、すべてが終わってから気づくんだ。
自分がしでかしたことに・・。
この無限城の中にいる限り、力が尽きることなんてない。
そして、だんだんオレがオレじゃなくなっていき、いつか完全に雷帝になってしまう時がくる。 
・・・オレはVOLTSの雷帝だ。みんなを守る義務がある。守りたいと思う。
―だけど・・!』


確か、そんな風に言っていた。
そうして、それの答えを求めるかように、唐突に振り返った。オレを。
何か言え、言えることがあるならば―と。

誰しも抱えているものはある。
それはテメエだけじゃねえ。
陰惨で壮絶な過去を抱えている人間は、裏じゃ普通よ。
オレは、そんな人間を数多く見ていた。
人より抱える荷物が大きくて重かろうが、それに見合うだけの力もまた授けられてきたはずだ。
テメエの痛みだけがトクベツだと思うな。

と、そうも思った。

同情など、柄じゃねえし。第一好かねえ。
野郎も、そんなことは望んじゃいない。
だから、放っておきゃよかったんだ。

だのに。
なぜだが、放っておけなかった――。
凄まじい闘い方とは裏腹に、オレから背を向けていた肩が妙に頼りなくて。

だから言った。
『出ちまえばいい― 出ちまえばいい、ここを』



「今にして思えば、外へ蛮ちゃんを追い掛けてく勇気のなかったことへの言い訳みたいだけど」
銀次が言って、顔を上げて、至近距離でオレを見つめる。
銀次を置き去りにして勝手に動いていた思考に、自分ではっとなった。
瞳の琥珀が揺れて、潤む。
「銀次」
「それでも、いくら思っても・・・駄目だった。1週間ぐらいで限界が来ちゃって。やっぱ、どうしても会いたくて」
「・・ああ」
「蛮ちゃんに、会いたくて、会いたくて」
その切ない感情をまざまざと思いだしたのか、表情が歪む。
その首元から手のひらを後ろに回して項を撫で、宥めるように髪に指を潜り込ませた。
そのまま引き寄せるようにして、そっとやわらかな唇にキスをやる。
銀次が微笑む。
迎えに行ってやりゃあ、よかったな。
想いがつい口に出て、しまったと思った。
だが、そこで自惚れるようなヤツじゃないから、別にいい。

「ううん。今ね、オレすんごく幸せだから。それだけでいい。蛮ちゃんのそばで幸せだから」
本当に幸福げに微笑んで、オレの手のひらに甘えて頬を寄せてくる。

焦がれて、こっちこそ焦がれて。
文字通り、身も心も手中に得た。
心はとうに得ていたが、身体まで自分のものにした時は、大袈裟じゃなく、あまりの充足感に眩暈がしたほどだ。
丁寧に身体を開かせて、まだ誰にもふれさせていない場所に口づけて、オレのもんだと刻印を残し、体内深くまで侵入を果たした。
身体を暴きついでに、心も全部裸に剥いて暴いた。
全てを曝け出すことに最初難色を示し、果敢にも抵抗してきやがったが、それを捩じ伏せ、少しでも楽になるようにコイツの心の奥深くで眠っていたものまで全てを解放させた。
初めて本当に、手に入れたと実感した。
至福の時だった。

――そして、1年以上が経過した今も、その至福は継続している。



「ねえねえ」
自分の問いにまだ答えてもらってないことに気づいたのか、銀次が短く催促してくる。
最近、いやもっと前からか。
主語のない会話でも、すっかり通じ合うようになっちまった。
自分で呆れる。
さて、と。
さすがにいい加減、痺れをきらしているだろう。
はぐらかさずに答えてやるか。
「あーぁ、結構いい夢だったぜ」
「ふうん。どんな?」
「テメーも見てぇか?」
「んあ?」
何となく意図はわからないまでも意味はわかるので、思ったままに答えてくる。
相も変わらず、直球なヤローだ。
「うん。見たいよ。寝起きのいい蛮ちゃんが、いつまでも夢の中にいるような顔してるもんねー。いったいどんな夢を見たらそうなっちゃうのか、知りたい」
言葉の最後は、笑いが混じっている。
「はーん?」
コッチも笑む。


おうよ、見せてやろうじゃねえか。

けど、いいのか。
ますます惚れるぜ? 
もちろんテメエの方が、オレに。
間違いなくな――


ジャスト1分のイリュージョンから目覚めた後は、ベッドに乱れ込んでると思うぜ?
いや、別にここでもいいけどよ。
まだ朝っぱらだというのに、オレはそんな予感にほくそ笑みながら、身体を反転させ、銀次の身体を自分の身体の下に巻き込む。
唇がそっとふれるくらい間近に、銀次の琥珀の瞳を見た。

「惚れ直すぜ? 覚悟しやがれ」
「もっと? 蛮ちゃんに」
「ああ」
「じゃあ、蛮ちゃんも、もっとオレを好きになった?」
「アホ抜かせ」

――これ以上、惚れてどうするんだっての。


「ぶー」
「ぶーたれんな」
「だって、なんかズルイよぉ」
「何がズルイんだ。おら、いつまでも笑ってんな。見てぇんだろ」
「うん!」


「本当に、いい夢見せてよね」
「へいへい」


サングラスを僅かにずらす。
もっと深く瞳を合わせた。




――そして・・・。


軽いキスを交わしながら、オレたちは、
甘い邂逅の夢へと落ちていった――。





んな事で邪眼を使うんじゃねえと、ババアが知ったらカンカンだろうがな・・・・。






END






















・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
10万HIT感謝企画フリーSSだったものです。(現在お持ち帰りは終了しています。)
こんな長いお話にも関らず、たくさんお持ち帰りしてくださって本当にありがとうございました!
せっかく感謝企画なのだから、1つのお話の中に、書きたいと思ってきたことを全部入れちゃおー!と詰め込んだらば、こんな長いお話になってしまったのですが(汗)

原作ではどんな風に銀次が無限城を出たかはまだ明らかにされてなくて、一方アニメはというと、オリジナルで例の「出ちまえばいい―」発言の後、どうも雷帝サマはその蛮ちゃんの言葉に四天王にさえにも何も言わず、家出状態で無限城を出られたようで。
私もそういうお話も書いてますし、やっぱり銀次が蛮を追って出奔(笑)が普通かなと思ったのですが、ちょっとやってみたかったのですヨ。ほとんど蛮がかっ攫ったような状態で、二人して無限城を出るっていうの。まさしく駆け落ち。(笑)
なんにせよ、普段書かない蛮銀が書けてすごく楽しかったですv





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