おまけ2
……夏の盛りにはまだ早いものの、日差しの強い休日。
部屋にこもっていると気分まで暑苦しくなりそうで、街に出てみた。
目的もなしにぶらぶらしていると、何となく聞き慣れてしまった下駄の音が耳をつく。
からん
ころん
からん
「……おや」
「あら」
「どうも」
伽耶さんが、紅瀬さんを連れて歩いていた。
暑そうな表情で俺を見上げて、軽く鼻を鳴らす。
「妙なところで会うな、セクハラ」
「支倉です」
「……判っておる」
素で間違えたのかな。
声を殺して笑った紅瀬さんは、悪気はないのよとフォローしてから。
「支倉くんは、買い物?」
「いや、目的もなくぶらぶらと。紅瀬さんたちは?」
「買い物よ。伽耶が……」
と、いつも通りの重装で暑そうにしている伽耶さんを指さして。
「こんな格好をしているのは見ていて暑苦しい、と会長に云われて、夏物を買いにね」
「あぁ、なるほど……」
しかし、会長に云われたからって素直に買いに来るなんて、このヒトかなり丸くなったな。
考えていたのが顔に出たのか、紅瀬さんはもう一度声を殺して笑う。云いたいことは判っている、と云わんばかりに。
「ちょうどいいわ。暇なら支倉くんもつきあいなさい」
「俺も?」
「時間はあるのでしょう?」
「まぁ、かまわないけど……」
視線を伽耶さんに向けると、赤い瞳が不機嫌そうに細くなった。
あの夜、伽耶さんを叩いたけど……そのことを謝りもフォローもしていない。副会長に聞いてみたけど「気にすることじゃないンじゃない?」とのことだったし、俺から会いに行くのもバツが悪くて、結局何もしなかった。
俺の視線を受けた伽耶さんは、鼻を鳴らして眼を逸らす。
「行くのなら行くぞ。こんな暑いところに、いつまでも立ち話などしておれん」
「歓迎、だそうよ」
「桐葉!」
うがー、と吼えかけた伽耶さんだけど、暑いからか迫力もない。声を殺して笑う紅瀬さんに、伽耶さんさんは露骨にぶーたれて見せた。
気にしちゃいない紅瀬さんは、俺を見る。
「それじゃぁ、案内よろしく」
「……俺が?」
「ええ」
……確かに、紅瀬さんはファッションとか自分から気にするタイプじゃなさそうだ。その割にはセンスいいけど、その辺は年の功だろう。
「俺もそんなに詳しくないんだけど……」
「はようせぬか」
「はーい。じゃぁ、行きましょうか」
伽耶さんの手を取る。
「……おい」
「はい?」
「なぜ手を握る」
へんなこと聞くなぁ。
「いや、迷子になったら大変ですから」
「なるか! お前はあたしを幾つだと思って……」
「伽耶、暴れてないで行くわよ」
「桐葉! お前もだ!」
とりあえず、商店街のブティックを何軒かまわって雰囲気を見てもらい、その中で伽耶さんが気に入ったお店に入る。実際に選ぶのは紅瀬さん任せだけど、面白がっている紅瀬さんは何かと俺を呼んで。
「これ、似あうと思わない?」
「すっごく似あうけど、それが何か知った時の反応が怖い」
「……おい桐葉、こう云っておるが、これは何だ? 背嚢にしては小さいが」
ランドセルというものです。
「こんな格好をさせるのもいいわね」
「水着で歩かせるわけにはいかないんじゃないかな」
「ちょっと、これは……恥ずかしいのではないか?」
スクール水着は不評のようです。
「こんなのはどうかしら」
「動きやすいだろうけど……運動するワケじゃないンだろ?」
「尻がきついな……これは」
ブルマーのお尻に指を入れてくいっくいっ。
「これなんか……凄く似あうわよ、伽耶……くくくっ……!」
「もう云ってしまおう。伽耶さん、それは園児服と云いまして……」
「桐葉! お前、あたしで遊んでいるだろう!?」
否定する余地はなさそうです。
じゃぁ、白のブラウスと紺のスカートを選んでお持ちする。
「この辺りで、どうかな」
「お前もあたしをからかおうというのではないだろうな?」
じろり、と赤い眼でにらまれました。
紅瀬さんに任せて試着室に行ってもらう。
「……そういえば、鏡に映るのかな、あのひとたち」
吸血鬼は鏡に映らないンだけど、その辺の設定はどうなっているンだろう。
覗くわけにもいかないので、店内をぼーっと眺めている(ちなみに、お客はほぼ女性。さっきから視線を感じる)と、それが目に付いた。
……ふむ。
会計を終えて戻ると、伽耶さんの着替えが済んでいた。
「あぁ、お似あいです」
「うむ……」
悪くない、という表情でくるーりと回って見せてくれる。スカートが軽くはためいたけど、その下は見えない。
「なかなかいい見立てじゃないか、瀬戸物」
「支倉です」
「そうね、よく似あってるわ」
微笑ましいという表情で伽耶さんを見て、でも紅瀬さんは俺に笑いかける。
「千堂さんを相手に、いつもこんなことをしているのかしら?」
「え? そんなことは……」
……副会長のことを口にしたせいか、伽耶さんが俺をにらみます。
「そんなことないって……うん。副会長のセンスは天性のもので、俺なんかが口を出せるレベルじゃなくて」
「じゃぁ悠木さん?」
「誰だ、それは」
俺の上着の裾をつかんで、伽耶さんが凄む。
「いや、誰って……」
「支倉くんと仲のいい、可愛い女の子よ」
「雪隠、貴様! 瑛里華というものがありながら、他の女にうつつを抜かしておったのか!?」
「支倉です。……ていうかせっちんて何?」
「厠よ」
……あのねぇ。
「ええぃ、素直に褒めてやろうかと思えば、そのような真似を……!」
「いや、してませんって……。女の子のファッションに口出せるセンスはないですから。これだって……」
試着室の中のミラーに伽耶さんを向ける。
「副会長が着ていたのと似たイメージなら、伽耶さんにも似あうかなって思って選んだだけですから」
「……瑛里華と、似たような服装か」
「よくお似あいですよ」
顔を赤くして怒っていた伽耶さんだけど、赤いままで俺の手を払う。そのまま歩きだした。
「桐葉、勘定をしてこい」
「それが気に入ったのね」
「まぁ、暑くはないからな」
店から出るのはさすがにまずいので後を追おうとする俺に、紅瀬さんが小声で。
「伽耶、あの服がだいぶ気に行ったみたいだわ」
「……だと嬉しいな」
紅瀬さんもご機嫌そうに微笑んだ。
歩きやすそうな靴も買って店を出ると、伽耶さんは空を見上げて、不満そうに眉を寄せる。
「しかし、せっかく着替えても、こう暑いのでは出歩く気にはならんな……」
服も買ったことだし帰るか、と云わんばかりの口調だった。どうするの、と紅瀬さんを見ると、あの重装を入れたおおきな紙袋(もらった)を手にしていて。
「じゃぁ支倉くん、この仔をよろしくね」
「……はい?」
「こんな大荷物持って歩く趣味はないわ。屋敷に置いてくるから、伽耶は任せたわよ」
「桐葉!」
声を荒げた伽耶さんに、紅瀬さんは何かを耳打ちする。
真顔になった伽耶さんは、きつい眼で俺を見て、うつむいて何だか考え込んだ。
おかしそうに笑いながら、紅瀬さん、俺の肩を叩いて。
「この仔、放っておくと1年でも屋敷に引きこもるもの。たまの外出なんだから、せいぜい楽しませてあげて」
「はぁ……」
「よろしくね」
ひらっと手を振って、紅瀬さんは颯爽と歩いていった。
残された俺たちは、顔を見あわせる。
「……むぅ」
「まぁ……とりあえず、歩きましょうか」
バツが悪いのは確かだったけど、突っ立っていても暑いだけだ。
伽耶さんは不満そうに顔を逸らす。
「桐葉の奴め、主をないがしろにしおって……あとで折檻」
「隙あり」
さっき買ったものを、伽耶さんの頭に乗せる。
「ん……ん?」
不思議そうに伽耶さんは俺を見上げて、自分の頭に乗っているものに触れた。
つばの広い麦わら帽子。
「夏には、まだ早いですけど」
「……何の真似だ、これは」
「ちょっとは日差しが防げるでしょう?」
うん、割とお似あいだった。
不満そうに細めていた赤い瞳をちょっとだけやわらげて、伽耶さんはつばをつまんで顔を隠す。
残る左手で、俺の手をつまんだ。
「伽耶さん?」
「……どこかに行くなら、早く連れて行け。暑くて溶けそうだ」
「じゃぁ、とりあえず冷たいものでも」
露店でアイスを乗せたクレープを買い、近くのベンチに並んで座る。
「んー……」
ご満悦の表情を浮かべて、伽耶さんはクレープを頬張っている。
「冷たくて美味いな、これは。こういうのがあるなら外も悪くない」
「かき氷にはまだ早いですからねぇ」
「かき氷か……あれもいいな。暑い日にあれをくーっとすると、また爽快でな」
「あっはは……おや」
携帯が鳴いていたので、ポケットから抜き出す。伽耶さんは不思議そうに俺を見ていたけど、とりあえず放置して……会長から?
「はい、支倉です」
『やぁ支倉くん。休日に母が迷惑をかけてすまないね』
「いえいえ、そんなことは。何か急なご用件ですか? 代わりますけど」
『いやいや、たいした用事じゃないンだ』
ただね、と悪戯を思いついた時の声で会長は笑った。
『君が連れて歩いているその可愛い子供の、写真をお願いできないかと思ってね』
「写真、ですか」
『そうだ。出不精なその子供が、どんな格好とどんな表情で支倉くんと遊んでいるのか、是非に物理的なアルバムに納めたい! と思ったのさ』
……柄にもなく、俺は感動してしまった。
あんなにまで伽耶さんと憎みあっていた会長が、ここまで丸くなっていただなんて。こんなにまで仲良くなっていたのなら、教えておいてくれてもよかったじゃないか。嗚呼、俺の苦労は報われていたのだな。目頭が熱くなってきて、俺はつい眼を逸らした。
『で、頼めるかい?』
「お任せください。不詳支倉、必ずお気に召すような写真をお届けします」
『うむ、健闘を祈る』
通話終了。
さて、どうするか……と思って伽耶さんを見ると、じーっと俺の携帯を見つめていた。
「おい、ハシバミ」
「支倉です。何か?」
「それは何だ?」
携帯です。ていうか。
「携帯電話、ご存知ないですか?」
「電話だと? それがか?」
伽耶さんの指先が虚空で円を描く。そーいえば最近黒電話って見ないな。
「むぅ……最近の技術は想像を絶するものだな。そんなに小さい電話で喋れるなんて」
「いや、最近でもないですけどね。これは喋るだけじゃなくて……」
少し離れて、カメラを向ける。シャッター音がすると伽耶さんは驚いたような表情になるけど、液晶画面に映る自分の姿を見てきょとんとした。
「こんな具合に、写真も撮れるンですよ」
「ふぉー……これは驚いたわ。人類が月に渡った時以来の驚きじゃ」
そんなに驚くことでもないと思うけど、ホントに普段お屋敷から出てないンだなぁ。
何となく義務感に駆られた俺は、伽耶さんの手を取った。紅瀬さんにも頼まれたことだし、きょう一日しっかりエスコートしないとな。
「じゃぁ、ちょっとその辺りを見て回りましょうか。もっと珍しいものもありますよ」
「うむ、そうしようか」
ご機嫌そうに伽耶さんは、俺の手を握り返してくれる。
「お前の持っているのが電話だとすると、これは何だ?」
「こっちはカメラですね。魂抜かれたりしないから大丈夫ですよ」
「あたしの記憶では、写真を撮るには2時間くらいじっとしておらんといけなかったはずだが」
「あー……いえ、一瞬で大丈夫ですから」
「支倉、これは何だこれは?」
「支倉です。あってますね。テレビですよ、テレビジョン」
「これがテレビ? こんなに薄いのにか?」
「最近はもっと薄いものも……何をお探しで?」
「チャンネルはどこだ」
「……その、何かを回そうとしている手つきは何ですか?」
「これは……箪笥か何かか?」
「いえ、冷蔵庫です。今度は大型ですね」
「冷蔵庫? こんなに大きい冷蔵庫なんぞあったら、氷がいくらあっても足らぬぞ!?」
「いや、氷で冷やしてるンじゃなくて電気で……あ」
『……うわあああっ!? 寒い、寒い!?』
「入っちゃダメですよ!」
「……これは?」
「いや、そんなに警戒しなくても。掃除機です」
「そうじき?」
「えーっと、ほうきの代わりにごみを集める機械ですね」
「こんなものでどうやって空を飛ぶ!?」
「飛ぼうとしないでください!」
家電屋さんをひと回りするだけなのに、伽耶さんはきゃーきゃーわーわーとはしゃぎまわってくれる。
ご満悦の表情で歩いている姿を見ていると、連れてきた甲斐があった……と思ってしまう。動画は撮れないけどたっぷり写真には納めたので、あとで会長にメールしておこう。
「……ん?」
お店を出ようとしたところで、伽耶さんが何かを見つけたのか、俺の手を引いた。
「支倉、アレは?」
指さす先にあるのは、女の子がやってる写真シールの……プリなんとかって奴だった。
「写真シール?」
「写真を取ると、それがシールになって出てくるんですよ」
「ほぅ……」
わくわく、という形相でそっちに行くものだから、逆らわずに随行する。ちょうど開いていたのでビニールの暖簾をくぐって、筺体の前に立った。
伽耶さんの身長はディスプレイぎりぎりなので、背伸びして画面を見上げている。
「おー……支倉が出ておるわ」
「ですね。えーっと、枠は……」
大人しい感じの枠を選んだのはいいけど、ちょっと太めで、伽耶さんの顔が隠れてしまう。帽子の先しか撮れないンじゃなかろうか。
「おい、どうなっておるのだ?」
「えーっと……踏み台か何かないかな」
「むぅ……そんなものに頼らねばならんのか」
むー、とむくれた。うわ、すっげぇ可愛い。
「……じゃぁ、失礼しますね」
ひと声かけて、でも返事は待たない。
伽耶さんのおなかに手をかけて、持ち上げる。
「ふひゃっ!?」
画面に映る伽耶さんの表情が真っ赤になった。
「うっ……」
自分が赤くなっているのを見て、伽耶さんはますます赤くなる。俺の手をつかんでうつむいた。
「えーっと、撮ってもいいですか?」
「なっ!? たわけ! こんな、こんな……!?」
「じゃぁ、ちゃんといい顔してくださいね」
「貴様、覚えておれよ……」
ちょっと意地悪だったかもしれない。
顔を上げた伽耶さんの肩に顔を落とし、俺も入るような姿勢になる。
「そこのボタン、押してください」
「う……うむ」
小さな手が、躊躇いがちに、ボタンに乗った……
お決まりのコース、というわけではないけど、海の見える公園に足を運んだ。
夕暮れが水平線に落ちるのを見上げて、伽耶さんは眼を細めている。
「ふぅ……」
「疲れましたか?」
「少しな。やはり、普段から歩いておくべきだったか」
「またおつきあいしますよ」
「……そ、そうか」
眼を逸らした。
「……あっ」
風が吹いて、伽耶さんの頭から帽子を飛ばす。
「おっと……」
まだ紅珠の効果はあるようで、何とか捕まえた。
「はい、取れました……」
渡そうとして、
伽耶さんが、必死の形相で手を伸ばしていたのに、気づいた。
「……あ、うむ」
少し不満そうに頬を染めて、伽耶さんは眼を逸らした。
「伽耶さん……?」
「……気がついたら、だいぶ涼しくなってきた」
云いながら、俺から眼を逸らし、フェンスに手をかける。
「借りておったが、帽子はもうよい……充分だ」
「……ダメですよ」
伽耶さんの頭に帽子を返す。
「これがないと、伽耶さん、外に出ないとか云いだしかねませんからね」
「……ふん」
つばをつまんで目深にかぶり、表情を隠した。
「もらっておいてやる。……その代り、またつきあえよ」
「はい、もちろんです」
笑っていることくらい、ちゃんとお見通しですよ。
お屋敷までお送りしようと思ったけど、学院の前辺りに見慣れたヒトが立っていた。
「おっ……薄情者が出迎えか」
「気を利かせた、と云ってほしいわね」
髪をかき上げて紅瀬さんは笑った。
「もっと早く伽耶が根を上げると思っていたけど、それなりの長丁場になったみたいね」
「うむ、まぁ楽しめた」
「合格、だったのかしら」
「桐葉!」
うがーと怒る伽耶さんだけど、紅瀬さんは笑って受け流している。
「ごうかく?」
「気にするでない! 帰るぞ、桐葉!」
「はいはい」
「いつまで笑っておる!?」
ずんずん歩きだした伽耶さんは、でも立ち止まって、俺を見る。
「……あー、支倉」
「はい」
「……まぁ、楽しかったぞ」
「それはよかったです」
笑顔を向けると、伽耶さんは頬を染める。
「……また相手をさせてやるから、休日は予定を開けておけ」
そう云って、大股で歩き出した。
「俺も、ご一緒できて楽しかったです」
その小さな背中に声をかけると、いちど足が止まって、
「……ふん」
軽く、手を振ってくれた。
「ずいぶんあの仔を手なずけたのね」
まるで会長みたいな笑みを浮かべて、紅瀬さんが俺の顔を覗き込んできた。
「合格ってなに?」
「出がけにあの仔をけしかけたのよ。娘の彼氏を品定めしなくていいのか、ってね」
……そーいえばこのヒト、去り際に伽耶さんに向かって何か云ってたな。
「どうやら合格みたいよ、支倉くん」
「だといいけどね……ホントに」
「桐葉! 何をしている!」
「いま行くわ」
仕方のない仔ね、と紅瀬さんは笑った。
「じゃぁ、学院でね」
「うん。紅瀬さんも、きょうはありがとう」
ひらっと手を振って、紅瀬さんは伽耶さんを追いかけていった。
数日後。
「……なるほど、そういうことだったのですね」
白ちゃんが、伽耶さんの写真を見てようやっと納得してくれた。
あの日、俺が伽耶さんと歩いているのを学院関係者に多数目撃されていて、ヨカラヌ噂が流れたのだ。釈明のために、会長が現像していた伽耶さんの写真を数枚借りて事情を説明した次第。
「支倉先輩が浮気して瑛里華先輩がお怒りだと聞いた時は、どうしようかと思いましたが、誤解だったのですね」
「うん、そんな命冥加なことはしないよ」
「何か云った?」
「いえ何も。瑛里華サマ愛しています」
「よろしい」
本人の耳にもその噂は届いていて、なだめるのに苦労しました。事情を説明したら説明したで「ひとの母親に何してくれちゃってンのよ!?」と怒りだす始末で。
でも、と副会長は俺の撮った伽耶さんの写真を眺めて。
「いい表情ね、母様」
「すっごく楽しかったのが、見ていて伝わってきますね」
「うん、楽しかったって云ってくれたな」
「私のときも期待してるわよ、支倉くん」
笑顔で、でも目を赤くして、副会長は俺を見た。
誰か助けてくれ。
「……支倉」
あ、東儀先輩。
監督生室に入ってきた東儀先輩は、珍しく白ちゃんに眼もくれず、まっすぐ俺たちの方に歩いてくる。
助けに来てくれた……わけではなさそうだな。
「これは、いったいどういうことだ」
ばん、とテーブルに何かを叩きつけた。
「? 何ですか?」
「白は見ちゃいけません」
止められたので、俺と副会長だけがそれを見た。
"ミスター女風呂"支倉孝平プロデュースの、ようじょ写真集
――KAYA
未成熟な妖精に秘められた魅力をファインダー越しに熱写した1冊、ついに発売!
汚れなき幼子のすべてが、今、あなたの元へ。
「……何じゃこりゃあああっ!?」
「こっちが聞きたいわよ、こっちが! だからひとの母親に何してくれちゃってンのよ、支倉くん!?」
副会長が俺の首を絞めあげるけど、それどころじゃなかった。東儀先輩に詰め寄る。
「これはいったい何ですか!?」
「さきほど、伊織がプリントアウトしていたものだ。支倉、いつか犯るのではと思っていたが……」
「ナニをですか!?」
「あの……支倉先輩の顔がどんどん土気色に」
「しっ! 白、あの子と遊んじゃいけません!」
俺から白ちゃんを遠ざけるとひしと抱きしめ、東儀先輩は俺をにらんできた。
「それで、伽耶様のどんな写真を撮った? ブルマーか水着か、まさか園児服……」
「全部着せましたけどその辺りは写真に撮っていません!」
「何をやっている、支倉!」
「征一郎さん、よだれ! 支倉ぁーっ!」
誰か俺を助けてください。
「やぁやぁ諸君、大騒ぎじゃないか。外まで聞こえてるゾ♪」
ムダにウィンクしながら会長が入ってきた。助けてくれるはずがないのは骨身に染みています。
会長は、テーブルの上に置いたままの写真集のチラシを見て、朗らかに笑った。
「はっはっは、1枚足りないと思ったら征が持ち出していたのか。どうしようもない奴だね、コイツぅ♪」
「俺のことはどうでもいい。伊織、これはどういうことだ。この写真集はいつ発売だ。値段は。購入数に上限は!?」
「征一郎さん、鼻血!」
「……ホントにどうしようもないな、お前は」
呆れたように東儀先輩を見やって、会長はチラシを丸めて捨てる。
「安心しろ、瑛里華。これはフェイクだ。支倉くんがあの女の写真集なんてプロデュースするはずないだろう」
「本当に!?」
「あぁ、だから話してやれ。顔が土気色通り越してドス黒いぞ」
「むぅ……」
ようやっと副会長が手を離してくれたので、何とか気道が回復した。必死で酸素を補充していると、東儀先輩が俺の肩に手をおいて。
「俺は信じていたぞ、支倉」
「やかましい。でも会長、どうしてそんなチラシを?」
「いやー、支倉くんが撮ってくれた写真があまりにも見事だったのでね。ついついこんなチラシを作って、あの女に見せて反応を楽しみたくなってしまったのさ」
はっはっは、と笑う会長。笑えない俺たち。冷たい視線を向けていると、会長は俺の肩に手をおいた。
赤い眼で。
「俺はただ、あの女が恥ずかしさのあまり悶絶する姿が見たいだけなんだヨ♪」
「そのためだけにヒトの名前使わんでください……」
こいつ人間じゃねェ……うん、吸血鬼だった。
余談
「……伽耶、屋敷の中では帽子を脱いだら?」
「やかましい」