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おまけ1

「というわけで、本日は『ドキッ☆支倉君と急接近で恥ずかしいナ♪大作戦』を決行する!」
「……はぁ」
 白ちゃん以外の俺たち3人の「きょうは何を云い出した、この年齢不詳の吸血鬼?」という視線を受けても、会長は平然としていた。つーか、どうすればこのヒトの神経が揺らぐのか想像もつかない。
 冷たい視線を向けている副会長と状況が判っていない白ちゃんはともかく、東儀先輩は興味ナシという様子でノートパソコンに向かった。
「おいおい、なんだい。ノリが悪いな、みんな」
「えーっと……俺が、何ですか?」
 誰もツッコまないようなので、俺がツッコんでおく。会長はうむ、とうなずいて。
「支倉君。君は昨夜、寮で悠木姉と仲良く歓談していたね?」
「見てたンですか」
「拝見させていただきましたとも。あたかも実の姉弟のようにじゃれあう君たちを、うちの瑛里華が面白くなさそうに見ていたのだが」
「兄さん!」
「それはともかく。支倉君と俺たちの間には、何か見えざる壁があるように思えていた。君は俺たちに、何か距離を置いているように」
 会長は真顔で俺を見つめる。
「そう……ですか?」
「わたしは、そうは思いませんでしたけど……」
「いい発言だ、白ちゃん。それは、君と支倉君の距離感にある」
 白ちゃんが会話に加わったせいか、東儀先輩が顔を上げた。俺と眼があうものの、無表情は崩れない。
「距離感……ですか?」
「支倉君、君は白ちゃんを何と呼んでいる?」
「はい?」
 なんと、と云われても。
「えーっと……白ちゃん、と」
「では、瑛里華のことは何と呼んでいるね?」
「副会長、です」
「そこだ!」
 会長は、びしっと俺を指さして。
「ナニユエに、君は白ちゃんのことは名前で呼んで、瑛里華のことを他人行儀に呼ぶのかね?」
「……意識していませんでした」
「無意識か」
 東儀先輩の確認に、はぁと小さくうなずく。
「確かに、兄妹が同じ場にいては東儀、東儀と呼んでは区別がつかないだろうな」
「うむ、それはそうだろう。だが、支倉君が来るまでこの生徒会は、互いに名前で呼びあうフレンドリーな組織だったのだよ」
 そりゃそうだろう。聞けば会長たちや東儀先輩たちは、長いつきあいだそうだから。家族ぐるみな兄妹二組の間に、部外者ひとり加わったら、和が乱れるのは無理からぬことで。
「そんな消極的なことでどうするんだい、支倉君!」
「ひとの心を読まないでください」
「細かいことは気にするな。というわけで、支倉君が生徒会にもっと馴染めるように、呼び方から変えてみたいと思う。題して……は、さっき云ったな」
 つきあっていられないという表情で、東儀先輩と副会長は仕事に戻った。俺もそうしようかと椅子から立ち上がろうとしたら、会長に肩をがっしとつかまれる。
「まず、手始めに白ちゃんで実験しようか」
「伊織、白に変なことを吹き込むな」
 喰いつきいいな。
 でも、会長は白ちゃんを見降ろして。
「白ちゃん、君はどう思う」
「え? あの……」
「支倉君がいつまでも、生徒会に距離を置いているようでいいのか?」
「いや、そんなつもりはないんですが……」
 俺の声はもちろん会長には届いていないようだけど、白ちゃんにも届かなかったようで。
「わたしは……支倉先輩と、もっと仲良くなりたいです」
「そうだろう、そうだろう! というわけで、以下略大作戦を決行しようじゃないか!」
 自分でも忘れたな、お題目を。
「……それで、具体的には何をするんですか?」
 とっとと終わらせようと口を出すと、会長はにっこり微笑んで。
「呼び方を変えることから始めるのさ。白ちゃん、支倉君を『お兄ちゃん』と呼んでごらん?」
「お兄ちゃん……ですか?」
「違ぁーう!」
 びしっと白ちゃんを指さして。
「もっと感情こめて、もっと切なげに、もっと愛おしげに! 上目遣いで支倉君を見上げて、さぁ!」
「伊織」
 凍りつきそうな東儀先輩の声を無視して、会長は力説する。白ちゃんがその気になっていなかったら、物理的なツッコミが入っていたかもしれない。
 白ちゃんは、戸惑ったような色を双眸に浮かべて、俺を見上げる。
「あの……お兄ちゃん?」
 ……心臓が止まるかと思った。
 白ちゃんにそう呼ばれた瞬間、俺は……いつにない戸惑いを覚えて、ついうつむいてしまう。
「あ、支倉先輩? どうされたんですか?」
「白ちゃん、違うでしょ」
「あ、そうでした。えーっと……お兄ちゃん、どうしたの?」
 心臓が……心臓が、動いてくれない……!?
 副会長も呆れ果てている表情で。
「……破壊力抜群ね、白」
「はっはっは、そうだろうそうだろう。どうだい白ちゃん、支倉君に近づけた気がするかい?」
「そうですね……」
 とりあえず、白ちゃんは俺から澄んだ眼を逸らして。
「何だか、支倉先輩に親しみが持てた気がします」
「……そ、そうか。それはよかった」
 そう口にするのが精一杯だった。白ちゃんが嬉しそうなので、東儀先輩も何も云えない様子だけど、額にはイナヅマみたいな血管が浮かんでいる。
 それに気づいていない(いや、気づいていても気にはしないだろうけど)会長が、白ちゃんの肩を押して。
「だが、研究には比較対象が必要だ。白ちゃん、今度は征を『征お兄ちゃん』と呼んでごらん」
「はあ」
「伊織……!」
 東儀先輩の冷たい視線が、いささか揺らいだように見えた。
 白ちゃんを東儀先輩に突き出して、会長はテンション高く。
「さぁ、征をお兄ちゃんと呼んでみるんだ!」
「えーっと……征お兄ちゃん?」
「ぐっ……」
 ぅわ。
 あの東儀先輩が、動揺している。副会長も身を乗り出して、事態の推移を見守っていた。
「白ちゃん……(ぼそぼそ)」
「……あ、はい」
 会長に耳打ちされた白ちゃんは、東儀先輩を見上げて。
「征お兄ちゃん、白、きんつば食べたい……な」
 東儀先輩は机に片手をついて、踏みとどまった。
「……俺とは、精神力が違うンだな」
「さすがは征一郎さんね……」
「征、感想は?」
「……白」
 大きく息をついた東儀先輩は、呼吸を整えて白ちゃんの肩に手を置いた。
「はい……?」
「……伊織に、あまり遊ばれるな」
「おいおい、征。俺は遊んでいたわけじゃなくて……」
「判りました、お兄ちゃん」
 にっこり。
 ……東儀先輩は白ちゃんから眼を逸らすと、無言で出て行こうとする。
「征、外出許可は週末にしか下りないぞ」
「……はっ。俺はいま、何をしようとした……!?」
 動揺しているようだった。
「……あんな征一郎さん、見たのはじめて」
「だろうな……」
「兄さま、どうされたんでしょう?」
 きょとんと白ちゃんは小首をかしげている。
 判らなくていい。その方がきっと幸せだ。……東儀先輩が。
 してやったりという満面の笑顔で、会長は、今度は副会長に手を差し伸べて。
「では、今度は瑛里華の番だよ。さぁ、征を『兄さん』と呼んでおあげ」
「伊織!」
 これまた珍しく東儀先輩は声を荒げるけど、副会長は、小悪魔のような笑顔を浮かべると東儀先輩に近づく。
「征兄さん……♪」
「ぬっ……!」
「征兄さん……瑛里華、美味しいケーキ食べたいな……?」
 嗚呼、血筋がはっきり判る。副会長は、やはり会長の妹だ。
「……?」
 小悪魔の兄は、何やら悲しいものを見る眼で、じゃれあうふたりを見つめていた。
「あー、面白かった♪」
 あ、終わった。
 東儀先輩は、机から手を上げられない様子で、顔を伏せたまま。
「伊織……恨むぞ」
「おいおい、俺を恨む前に恨むべき相手がいるだろう」
 なんだか真顔で会長は責任転嫁する。誰を恨めというのだろう、この状況で。
「って、おいおい。何を完全に観戦者の視線で俺たちを見ているンだい、支倉君」
「まだ何かやるなら、俺は帰るぞ……」
「いやいや、これからが本番さ。征はいなくてもいいが」
 非道ェ。
 会長は、今度は俺の肩をしっかと抱くと、副会長に突き出した。
「さぁ支倉君、今度は君の番だ! 今度は君が瑛里華を……判るね?」
 にっこりと、向けられた女子が一発でやられるような笑顔を俺に向けた。名指しされた副会長が息を呑む。
「俺の番ですか……」
「そうだ」
 しっかりと肩をつかまれたまま、真剣な眼差しでうなずかれた。
「ちょっと、兄さん……」
「これは、支倉君が俺たちと一体化するために必要な儀式なんだ!」
「あからさまに誤解を招くような発言をしないでください」
「まぁまぁ。瑛里華も、君になら呼ばれて悪い気はしないって。さあさぁ♪」
 明らかに、このひとにからかわれているようにしか思えない。
 東儀先輩と白ちゃんは無言で俺たちを眺めていて、副会長はやや戸惑ったように俺を見つめている。会長は笑って俺から手を離すと、軽く背中を押した。
「さぁ、頑張れ弟よ!」
「はい……」
 喉が……乾く。
 内心の葛藤を踏み消して、俺は、副会長に一歩近づいた。
 硬い唾を飲み下して、副会長を、上目遣いで見上げる。

「瑛里華、お姉ちゃん」

 白ちゃんはきょとんとした表情で俺を見ていて、東儀先輩は机に手をついてうつむいて震えている……ひょっとして笑っているのだろうか。会長は遠慮も容赦もない、満面の笑みを浮かべて言葉はない。
 そして副会長は、弾けるような笑顔で俺を見返している。
 ……何か間違えたか? 俺。
「……もう一回」
「は?」
「もう一回、呼んでみて」
「……瑛里華お姉ちゃん」
「えくせれんと!」
 会長が、俺の背中をばしばし叩く。力は抜いているンだろうけど、かなり痛い。
「いてっ、いててっ! 会長、痛いです!」
「やはり、やはり俺の眼に狂いはなかった! さいこーだ、君!」
「……伊織が眼をつけるわけだ。なるほど……」
 震える声で東儀先輩まで。
「えーっと……?」
「あ、いいのよ、うん……大丈夫だから」
 何が?
 白ちゃん以外は笑いをこらえている……会長は大笑いしているけど、表情で、俺を見ていた。状況から完全においてけぼりな白ちゃんは、俺を見上げて。
「えーっと……どういうことでしょうか?」
「よく判らないけど……」
 笑いをこらえられない様子の会長と、ようやく表情を引き締めた東儀先輩。そして、なんだかにやにやしている副会長。
 状況は今ひとつ判らないけど、俺と生徒会の皆さんの距離が縮まった……ということで、いいんだろうか。
「ふふふふふ……瑛里華お姉ちゃん、か……♪」
 なんだかご機嫌そうに、副会長は微笑んだ。

 翌日。
「……あ、えりりーん!」
 ランチを一緒していたかなでさんが、副会長を見つけて手を振った。こっちを向いた副会長はあら、とご機嫌そうな表情で寄ってくると、定食の乗ったトレイを手に俺の隣に座る。
 かなでさんや陽菜と少し歓談していたけど、俺が食べているいつも通りの焼きそばに視線が落ちた。
「それにしても、いつも焼きそばよね」
「栄養が偏るっていつも云ってるのに、こーへーは困った子なんだよ」
「野菜も食べなきゃダメだよ、孝平くん」
 口々に注意されています。
「寄ってたかって責められると、なんだか俺がダメな子みたいじゃないか?」
「事実でしょ?」
 鼻であしらわれました。否定はできんが。
 でも、副会長は笑顔で。
「そんなダメな弟には、お姉ちゃんのサラダを分けてあげるわね〜」
「わぁ、瑛里華お姉ちゃんありがとー♪ とでも云えばいいのか、俺は?」
「云ってくれたらお姉ちゃん嬉しいかな♪」
 何で笑顔なんですか、お姉さま?
「ちょっと、こーへー!」
「はい、なんですか? いま姉弟の関係について協議中なのでできれば口出しは控えて」
「いつの間に、千堂さんの弟になったの!?」
 こっちの姉妹が驚愕している。
 信じるなよ、と云いたい。
「わたし以外のお姉ちゃんだなんて、お姉ちゃん許さないよ!? それに姉弟でいちゃいちゃするようなただれた関係、風紀的に許されないンだからね!」
『アンタが云うな!』(×3)
「風紀シール!」
 聞いちゃいないかなでさんが、俺の額に風紀シールを。
 猛省したくなってきた。
「ダメな弟でごめんなさい……」
「ちょっと! うちの弟になにするんですか!」
「こーへーはお姉ちゃんの弟なの!」
「はい孝平くん、あーんして。ひなお姉ちゃんが食べさせてあげるよ〜」
「ひなちゃんもー!」
 反省するポイントが間違ってないような気がするのは、気のせいではないようだった。生まれてきてごめんなさい。

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