MWA ツカサとシズナのしーしーレッスン
……それは、気まぐれと云うにも足りないほどの些細な興味。
数日前に、なぜか男子禁制の魔法学院ウィザーディアにやってきた、少年。クラスメートたちは弟みたいで可愛いと弄んでいたが、凛々しい兄たちに見慣れていたシズナにしてみれば、弟どころか仔犬のように見えてしまい、気にはなったものの相手にはしなかった。
その仔犬が、ひと気のなくなった放課後の教室で、うつむいている。
「……?」
部屋に帰る準備をしていたシズナは、視線を仔犬に向けた。名はツカサ。年代そのものはシズナたちと大差ないはずだが、女の子みたいな風貌とおおきなめがねのせいで、いくらか年下に見える。
机の上には……魔道書。どうやら、本日の授業の復習をしているらしい。感心感心。そういえば、純粋な魔法の才能そのものは、学院長のお墨付きだった。
と、めがねの奥の瞳がシズナを見上げた。
「?」
「……!」
途端にツカサは真っ赤に染まると、視線を本に降ろす。小生意気にも照れたらしい。子供っぽい反応だった。
普段のシズナならそのまま視線を外し立ち去るところだっただろうが、魔が差したというか何と云うか、何となくじーっと見つめてしまった。
「……〜っ!」
視線に気づいている様子。ツカサは魔道書を立てて顔を隠すものの、ムダに大きいめがねが隠れていない。つーか、しっかり見えている。
怯えた仔犬のような眼が、シズナを見ていた。
「……どうした?」
「なっ、何でもない……ですぅ……」
クラスの内外を問わず女子たちに弄ばれているから、女が怖いのだろうか。
それなら無理に語りかけることもなかろう。シズナは立ち去ろうとして、
「……?」
足をとめた。ツカサの顔色が悪い。
そこまで女が怖いのかとも思ったが……身体も小刻みに震えている。思えば、声も……?
「……身体の具合でも、悪いのか?」
聞いてみた。ツカサは真っ青な顔を左右に振るが、どう見ても様子がおかしい。今日もお昼などは、大量のお弁当だのジュースだのを勧められて、断りきれずに全部腹に収めていたようだし。
近づこうとすると、ツカサは鞄と魔道書を手繰り寄せ、細い両手に抱きかかえると、教室から逃げるように出て行った。
……ていうか、逃げた。
「……ふむ」
女嫌いで医者嫌いなら、両方あてはまるエクレール先生の所には顔を出したくないだろう。とはいえ、あの顔色かつあの様子では、自然治癒も難しい……はず。
「……手間のかかる仔犬だな」
やれやれと呟いて、シズナは自分の鞄を手に取った。見ため通りおっとりしているツカサだ。ゆっくり歩いても……?
「……あれ?見失った」
転移の魔法でも使ったのかと思ったら、中庭の隅っこでぷるぷる震えていた。本当に手間のかかる。
中庭に降りて、できるだけ優しい声をかける。
「おい、坊や……」
「はぅっ……!」
怯えた声を上げた仔犬は、植え込みの中でさらに小さくなった。シズナがそーっと近づくと、怯えたままの表情で、めがねの奥の濃紺の瞳に涙を浮かべて……
「だ、ダメ……来ないで……」
「何か意地を張っているようだが、具合が悪いなら素直に……」
「ち、違います!違うの……!」
「ん……!?」
学院には制服があるが、シズナは着ていない。アマツの民族衣装を常着しているが、このツカサは女子と同じ制服に、下は半ズボンという服装だった。
その半ズボンの股間が、盛り上がっている。
「ぼ、坊や!?おい、何を……!?」
「だ……ダメなのぉ!見ないで……っ!」
悲鳴に近い声を上げ、ツカサはめがねの奥の瞳を強く閉じた。その瞳の端から涙がこぼれ頬を伝う。
「ふぁぅっ……!」
小柄な身体の薄い肩が震え、次の瞬間、ツカサの腰が震えた。
「あっ……あああうぅぅーっ!」
泣きながら。
哭きながら、仔犬はズボンの股間を押さえ込む。
シズナもねんねではあるが、男の性態……もとい、生態については一応わきまえている。仔供とはいえ年頃の男、女だらけの学院に来てしまったがために、ンな妄想に浸っていて、あるいはそのまま達してしまった?だったら生かしておけぬと、思わず木刀を手にしたシズナの鼻に、異臭が漂ってきた。
「……え?」
「み、見ないでっ……!見ちゃ……イヤですぅ……!」
腰を小刻みに震わせながら、半ズボンを中から液体で染めている。その液体は激しさを増し、半ズボンを染み出して、細いふとももを黄色く伝った。
「……お漏らし?」
「見ないで……見ちゃ、イヤぁ……」
泣きながら。
震えながら、仔犬はおしっこを漏らしていた。
まぁ、ここは男子禁制のウィザーディア。学生はもちろん、教職員に到るまで女性で占められている。タチの悪いサキュバスが封印されていた跡地におっ建てたのがその原因だが、そのため。
……男子トイレが、ナイのである。
朝は(早起きなのだ)誰もいないトイレで用を足しているのだが、日中はさすがにひとがいるトイレに入れず、放課後誰もいなくなってからこっそり入ったり、夜まで我慢していたりしていた。
ところがきょうは、昼休みに女子の集団に捕まって、大量にジュースを飲まされてしまい、かなり尿意を覚えていた。それなのに、放課後になってもなかなかひと気が引かず、あまつさえ怖い(と、思っていたことを自供した)お姉さんに眼をつけられてしまい……逃げたはいいが、こらえきれずについに催してしまった。
「……というか」
こっそりお部屋から着替えを持ってきてやったシズナは、これまたシズナが用意したタオルで下半身を拭き清めているツカサを、憐れむような眼で見て。
「それなら、シルヴィア先生に相談すればよかったのではないか?」
色ボケ教官シルヴィアが、このツカサの飼い主……もとい、保護者だと聞いている。さっき行ってきたお部屋も、シルヴィア教官の部屋の隣(寝息が聞こえた)なのだし。
ふるふる、と涙に濡れた頭を振る、ツカサ。顔色はすでにない。恥ずかしいところを見られたと、自殺でもしそうな形相で下半身を拭っていた。
「そんなこと先生に云ったら……喜ばれちゃう……」
「……そういう相手だったな」
悪ふざけが過ぎる教官だから。……いや、ふざけているのではなく、真面目にツカサで遊んでいる節があるのだから、ことさらにタチが悪い。
しかし……気持ちは判る。先程まではただの坊やと思っていたが、改めて見つめると、その可愛らしさが目について仕方ない。クラスメートにはひと目もはばからず抱きついたりしている者もいるが、ひと目がなければシズナでも押し倒して悪戯したくなるくらい……。
そういえば、今はひと目がない。中庭の隅っこで、植え込みの影。
シズナの眼が怖くなったのか、ツカサはシャツの裾をそーっと伸ばして、股間のジュニアを隠そうとした。大きさが坊やとは思えないくらい立派なので、隠しきれてはいないのだが。
ぞくり、と。
シズナの背中で何かが動く。この坊やを、誰にも渡したくないと、思う。
「……ふむ」
周りを見渡してから、シズナはツカサの目線まで腰を下げた。
「では、私が協力してやろう」
「……ほへ?」
「ここなら、ひと目はなさそうだ。私がここで修練をしていれば、植え込みと校舎の壁で、座り込んだお前の姿は見えなくなるだろう」
「はぁ……でも」
「聞け。アマツの地には『立ちション』という風習がある」
「たち……何ですか?」
知らないらしい。心中でよしよしとほくそえんで、でも顔にはそんなことは出さない。
「要するに、屋外で用を足すことだ」
「……えーっと?」
「我慢ができなくなったら、私に云うといい。昼休みとか放課後なら、ここで修練をしていても怪しまれないだろう?お前はその間に、ここで立ちションすればいい」
「あ……」
合点が行ったのか、ツカサの眼が精気を取り戻した。
「ほ、本当に?」
「義を見てせざるは勇亡きなりという。困っている者がいれば助けるのは当然だろう?」
「ありがとう……ございます……」
「あ、あー、コラ、泣くな。泣くな……まったく、この坊やは」
安心したのか泣き出したツカサの頭を撫でてあやすシズナ。その眼には、よからぬ光が宿っていた。
「ツカサく〜んっ!」
今日も元気だごはんが美味いミルフィが、昼休みになった途端ツカサにひっついてきた。「ひと目もはばからず抱きついたりしている」クラスメート、だ。
「きょうのお昼はどこで食べる?ふたりっきりでランチしようね〜」
「ミルフィ、非道い!抜け駆けはナシですぅ!」
反対側に待機していたアルシアが悲鳴を上げる。ある意味見慣れた光景で、クラスメートも「やれやれ……」という視線なのだがツカサは困ったような笑顔を浮かべて。
「あ、あの、ミルフィもアルシアも、ケンカしないで……ね?」
「やだなぁ、ケンカなんてしてないよ。ね?」
「は、はい……」
うなずきあうふたり。ツカサを取りあっているだけで、仲が悪いわけでは決して、ない。
「でも、ツカサさん……何かいいことでもありました?」
「ほへ?何で?」
「いつもなら、お昼くらいになると何だか元気がない様子なのに、きょうはお具合がいいようですので」
「そーそー、まるで便秘明けみたいな……」
「ミルフィ、お下品」
ミラの静かなツッコミ。ツカサは黙って赤面した。
「あ〜んっ!赤くなったツカサくん、とってもかわい〜っ!もぉ、おねーさんを誘ってるの?誘ってるんでしょ!」
「だ、誰がお姉さんなんですかっ!?もぉ、離れてください、ミルフィ!」
「外野がうるさいけどそんなの気にしないで、私の部屋……もとい、ランチに行こー!」
「ミルフィ、本音が出てる」
「え、えーっと、僕……!」
おろおろと、おどおどと。
ツカサは逃げ出した。
「あ……ツカサさん、行っちゃったー……」
「もぉ、アルシアさんが追い詰めるからだよ!」
「ミルフィ、あんた面の皮厚すぎ……」
「追いかけますね……」
呆れつつ後を追うアルシア。遅れてミルフィ。
意外と足が速いのか、ツカサの姿は廊下にはない。
「んー、どーこ行っちゃったのかなー」
「ツカサさーん……いらっしゃいませんかー?」
「アメあげるから出てきてよー……あ」
と、中庭の隅っこで木刀の素振りをしているシズナの姿が眼に入る。アルシアは窓を開けて。
「シズナー、ツカサさん見ませんでしたー?」
「……ん?」
ちょっと顔が赤いシズナは、こっちを見て。
「いや……見てないぞ?」
「そーですか……行こ、アルシアさん」
「えぇ……失礼しました、シズナ」
窓を閉めて。
ふたりは、歩いていった。
「……抜け駆けしないように、互いに見張っているというところか」
シズナの分析は、たぶん正しい。
植え込みの影に身を潜めていたツカサは、ほっと胸をなでおろして。
「助かりました……ありがとう、シズナ」
「いや、かまわん。……どうせ、そろそろ限界だったのだろう?」
「あぅ、はい……」
くすくすと、嬉しそうに頬を染めながら。
「では、私が見張っていてやるから、済ませるといい」
「はぁ……では、失礼しますー」
と、昨日シズナに教わった『正しい立ちションのやり方』を実践しようとする、ツカサ。シズナ本人は、両眼に殺気と本気を宿らせて、周りをせわしなくにらみつけている。
そっと半ズボンに手をかけると膝まで下ろし、シャツの裾を口に咥えて、その場に膝を突いた。股間の巨根は、やはり限界だったようで、大きくなって震えている。
シズナの視線に恥らって、ツカサはそっと眼を閉じた。
「んっ……」
小さく声を漏らし、ツカサのモノから黄金色の液体が迸った。
初めはゆっくりとわずかな角度で。次第に勢いを増した奔流は、弧を描きながら湯気さえ立てて、地面に撒き散らされた。鼻をつくアンモニア臭に、だがシズナはその流れに身を投じたい欲望に駆られていた。
仔犬の放尿する姿に欲情するなど……未熟。
木刀を取る手に力がこもる。気持ちよさそうに震えているこの坊やの、小さく引き締まったお尻に……とか思ってしまう自分は、変態だろうか。
「はふぅ……」
納まったのか、流れが緩やかになってくる。今度は身体が汚れないようにと、手でナニを支えていた。やがて飛沫が先端から漏れ、そして納まる。
もう一度、大きく溜め息を漏らす、ツカサ。
「……大きい方は、いいのか?」
「からかわないでよ、もぉ……」
シズナは残念そうに尋ね、ツカサは恥ずかしそうに応えた。
「む〜……」
ミルフィとアルシアは、不満そうに並んで廊下を歩いている。
ここ数日、微妙にご機嫌なツカサだが、昼時や放課後にはつきあってくれない。あるいは他の女と……とか疑ってはみるのだが、尻尾どころかその行方さえつかめないので問い詰めることもできなかった。
「……あれ」
イリス先生が、なぜか双眼鏡を手に、軽やかなステップで階段を昇っている。
「学院長先生……どうかなさいました?」
「ん?……おぉ、お前たちか」
喜色満面という形相だった。普段はちょっと無愛想なのだが、そのクールな顔が崩れそうだ。
「ご機嫌ですね。どこに行くんですか?」
「うむ、屋上にな。今日もやるじゃろう」
「?ナニをですか?」
「ほっほっほ……ついて来るかや?見ものじゃぞ〜」
ご機嫌そうにツインテールを振り回し、イリス先生は歩いていく。
行きついた先は、屋上だった。
「こっちじゃ、こっち。音を立てるなよ?敵は気配に敏感じゃてのぅ」
「て、敵……ですか?」
「んー、何かワクワクしてきた。スパイになった気分だね〜」
ミルフィは喜んでいるものの、アルシアにはそーゆう気分がよく判らない。とりあえず云われるままに、音を立てずにイリス先生の後についていく。
屋上の隅っこで、先生は止まった。
「よし、間におうたな。ふっふっふ……」
指先で下を指し示す。ふたりは顔を一度見あわせ、そーっとフェンスから顔を出し。
「……!?」
ついでに声を出しかけて、お互いに口をふさぎあった。
植え込みと壁とシズナのせいで、見えていなかったツカサの姿が、上からではきっちり見えていた。残念ながら「はっきり」とは見えないのだが……それでも、大きくなった逸物を露出させているのは判る。
「おぅ、おぅ……きょうは、いつにも増して可愛らしいのぅ。アレは噂に伝え聞く、アマツの女子体操服『ぶるまぁ』ではないか……。サイズのおうておらぬ『ぶるまぁ』を身につけ、その端から逸物を抜き出しておるわ」
「えーっと……シズナの、趣味かしらね?」
「つ、ツカサくんの趣味に一票……!」
鼻血をこらえつつ投票するミルフィ。3票集まったものの、残念ながらそうではなく、シズナが着せたものだった。
「ていうか、学院長先生、その双眼鏡貸してください……!ツカサくんたち、ナニをしてるんですか」
「んっふっふ〜。確かめたくば見ておるといい。なぁに、ツカサのやることじゃ、はっきり見えるわい」
「……あ」
そして、ツカサの逸物から、黄金色の液体が吐き出された。
「ほっほっほ……!あの可愛らしい坊やが、見られておるのに気づかず放尿しておるわ!学院長という肩書きがなくば、今すぐ降りていって小便といわず精液といわず、あらゆる液体を搾り取ってやるものを……!あぁっ、己を縛る責務と年齢の鎖を、これほど口惜しく思うたのは数百年ぶりじゃ!」
「ツカサくんがおしっこ〜、おしっこ〜……」
「ツカサさんがお漏らし〜、お漏らし〜……」
ふたりで手を取り、その姿に見惚れるミルフィとアルシア。ふたりとも、その眼には危ない光が宿っていて。
「……おぅ、納まったか。しかし、今日も大量に出しよったわ、あの坊や。それにしても、何であんなところで……む」
イリスの声に、応える者はいない。
「シズナっ☆」
「むっ……」
嬉しそうな声に至福の時間を邪魔されて、シズナは殺気を孕んだ視線をそちらに向ける。ツカサは慌てるあまりナニもしまえず、声も出さずに隠れる他はなかった。
立っていた、あまり見たくないふたり連れ。
「む……どうした?」
「ねー、ツカサくん見なかった?」
「いや……知らない」
「そうですか?残念ですね……あら?」
アルシア、鼻を鳴らして。
「何だか、へんな匂いがしますね……何かしら?」
「くんくん……んー、何だか、美少年のおしっこみたいな匂いがしますね〜」
からかうようにミルフィが云うと、植え込みの影で小さくなっていたツカサの身体が激しく震える。
「なっ、何の話だ!?」
「シズナさん、感じません?飲みたいというか、浴びたい匂いがするんですけど……」
「こっちの方かな〜?」
おかしそうなミルフィに、シズナマジ顔で木刀を向けた。
「わ、私の飼っている仔犬が粗相をしただけだ!それ以上近づいたら斬り捨てるぞ!?」
「へぇ〜、仔犬さんですか。私、ワンちゃん大好きなんです。見せてください、シズナ」
「……判って云っているだろう、お前たち」
「はい」
「もちろん」
ふたりとも。
ていうか、3人とも、眼がマジだった。周りで見ていた他の学生たちも、何事かと視線を向けてくる。
「……あっ、あのっ、あのっ!」
ようやっと身だしなみを整えたツカサが、植え込みから姿を見せた。
「ツカサ!まだ顔を出すな!お前は私が守ってやる!」
「ナニ云ってるんですかシズナさん!ツカサくんは私のモノです!」
「だから抜け駆けしないで、ミルフィ!」
「う〜……僕のために争うなんてやめてください!」
どっかズレている悲鳴を上げる、ツカサ。さすがにそう云われては、3人も動きを止めざるを得ない。
しかしツカサは、3人の予想をはるかに上回る悲鳴を上げ続ける。
「僕が、みんなの前でおしっこすれば、いいんですよ……ね?」
……
『はい、その通りです』
全員が、一斉にうなずいた。
中庭にいたのと、廊下から見ていたのと、駆けつけたのと、とにかく全員。
約一名を除いて、学院に住まう全ての女性が、一斉にうなずいた。ツカサは頬を染めると、半ズボンを下ろし『ぶるまぁ』を露出させると、その場に膝を突いて……
「って、ナニをしてるのよ、このエロショタ小僧はーっ!」
すっ飛んできたシルヴィアおねーさんが、ツカサを張り倒した。
『……ちっ』
「全員で一斉に舌打ちするんじゃなーいっ!」
いくら魔法学院でも、すぐに男子用トイレを用意するのは難しいとのことだった。
『3日……いや、5日もあれば用意できるが、それくらいは我慢してくれや』
とのこと。
ために、もうしばらくは、ツカサの不便な日々が続くことになったのだった。
「んっ……」
ツカサがちょっとだけ身体を震わせると、隣に座っていたミルフィが勢いよく手を挙げた。
「せんせーっ!ツカサくんがトイレに行きたいそーでぇーすっ!」
「違います、違うよーっ!」
「我慢はいけませんわよ、ツカサさん?」
めっ、とエクレール先生が顔を寄せてきた。
「行きたいんですわよね、おトイレに?」
「えと、その……!?」
「行くよね?」
ミルフィからも迫られて、ツカサはかすれるような声で「……はい」と応える。
エクレール先生が、軽く指先で印を結んだ。空気の振動を増幅し、発した声を拡散させる魔法で、主に全校向けの放送手段として用いられている。成熟した女性の落ちついた声が、学院中に響き渡った。
「学院内の皆さんに連絡します、学院内の皆さんに連絡します。ツカサさんが、尿意を催されました」
……落ちついた……声が響き渡る。
「現在、トイレ内にいる方は、可及的速やかに終了して、外に出てくださいね」
教室中の、というか学院中の女生徒が、さも楽しそうににやにやとツカサを見ていた。唯一の味方は現在「ツカサたんの痴態を独り占めしようとした罰よ〜っ!」とのことで、3日間の別授業を申し渡されている。
それはともかく。男子トイレがないことは事実なので、できるまではツカサもトイレで用を足していいことにはなった。こっそりではなく大手を振ってトイレに入れるようにはなったものの、中に誰か入っていたらまずいし、後から誰かが入ってもまずいので、ツカサがトイレに入るときは、学院中に放送してその旨知らせることになったのだった。
いぢめだ。
「エクレール〜、もういいわよ〜」
学院中のトイレを手っ取り早く確認してきたライラが、さも嬉しそうに報告してくれた。
「では、ツカサさん、ごゆっくり行って来てくださいな♪」
「ぅわあああああんっ!」
ツカサは泣きながら、女子トイレに向かって走り出したのだった。