テングチョウ

天狗蝶 (タテハチョウ科)


2002/4/13 13:20 千葉市緑区 / NIKON F100 + AF MicroNikkor ED200mm F4(IF) /Kodak Kodachrome PKR64

 小型のタテハチョウ。長く突き出た下脣肢がどことなくユーモラス。和名はこれが天狗の鼻を思わせることにちなむ。初夏に羽化した成虫はすぐに夏眠し、秋にちょっと活動したらすぐそのまま越冬する。個体数が決して少ないわけではないが、春先と秋口にしか活動しないので意外に見かけることは少ない。通常は年1回の発生だが、食樹の生育状況によってはそのまま第2化を生じることがある。ただ、成虫の寿命が長いので越冬個体がだらだらと産卵を続けている可能性があり、発生状況はかなり複雑である。英語圏では"European Beak"と呼ばれる。
 写真は、千葉市緑区で4月下旬の午後、林縁の下草上で日光浴する♂である。性差は斑紋に表れ、一般に♀は♂より橙色部が発達するが、個体差も大きいので区別するのはやや難しい。国内でやや顕著な地理的変異が知られているが、日本にはこれと似たチョウはいないので他種と見間違えることはない。
 飛翔はかなり敏速だが、長く飛び続けることはない。訪花性はかなり強く、草本・木本を問わず多くの花を訪れるほか、地上で吸水したり汚物などに集まって吸汁することも多い。かつてはタテハチョウ科やわが国には分布しないシジミタテハ科の一亜科とされていたが、近年は独立した科として扱われている。系統的に非常に古い形質を保ったチョウで、テングチョウ科は1属2亜属からなる小さな科である。現生種とほとんど変わらない2種の化石がアメリカ大陸の第三紀層から発見されており、生きた化石と呼ばれている。



テングチョウ 日本本土亜種 (テングチョウ科)
Libythea celtis celtoides Fruhstorfer, [1909]
分布 国内: 北海道(南西部)、本州、四国、九州。島嶼では伊豆大島、対馬、壱岐、五島列島、種子島、屋久島、奄美大島、沖縄本島、八重山諸島で、食樹の自生する地域に限られる。東北地方北部以北と八重山諸島では稀。
県内: 一部の市街地を除き、ほぼ全域に棲息する。
国外: 朝鮮半島南部、台湾、中国(中部~西部)、ミャンマー~ヒマラヤ、インド(北部・南端)、中央アジア~欧州(南部)、アフリカ北部に汎く分布する。原名亜種は欧州産。
変異 形態: 顕著な地理的変異が認められる。本亜種のほか、奄美諸島以南産が別亜種(ssp. amamiana Shirozu, 1956)とされ、台湾亜種(ssp. formosana Fruhstorfer, 1908)が迷蝶として石垣島で記録されている。
季節:
性差: ほぼ同型。♀は♂より橙色斑紋が発達する傾向があるが、個体差も大きく不明瞭 。♀の裏面の地色は♂より濃色。
生態 環境: 食樹の自生する樹林で落葉広葉樹林を主とする。林縁や渓流沿い、路傍などさまざまな環境に現れるが、ある程度のオープンスペースがあると理想的な環境となる。都市部に棲息する場合は樹林の豊富な社寺境内や公園などに限られる。
発生: 通常年1回。5月~7月に姿を現し、夏季に一時休眠すると考えられている。休眠後秋に短期間活動し、そのまま越冬するという周年経過が一般的。気候と食樹の状況によっては第1化の成虫が羽化後直ちに交尾産卵し、8月頃に第2化が発生することがある。ただ、第1化成虫が長期にわたって産卵を続けている可能性もあり、発生状況はかなり複雑である。
越冬: 成虫。休眠中はほぼ完全に活動を停止する。ただ、越冬状態ははっきりしていない。
行動: 昼行性。飛翔は敏速で、跳ねるように飛ぶ。とまるときは基本的には翅を閉じるが、越冬前後には地上や下草上などで翅を開いて日光浴すること も多い。羽化後の個体はしばらく群集して活動し、じきに離散し休眠する。夏季の休眠状態は不明である。ただ、県内では盛夏にも花で吸蜜する個体を見かけることがあり、蜜源植物を求めて移動している可能性もある。また、羽化直後や越冬直後の♂は、林縁の梢上や林間空隙地の中心などで占有行動を示すことがある。
食性 幼虫: 食植性/エノキエゾエノキ、リュウキュウエノキ(クワノハエノキ)などのニレ科エノキ属各種。
成虫: 食植性/花蜜腐果汚物。訪花性は強く、ウメ、キブシ、オオイヌノフグリ、タネツケバナ、タンポポ類、ウツギ、イボタノキ、クリ、イタドリ、セイタカアワダチソウ、キク類 、ニガナ類などさまざまな花で吸蜜する。腐果や汚物にも集まる。♂は湿地で吸水することも多い。
類似種:
保 護: 東京都:A(区部)
その他: 分布を北に広げつつある種。県内での記録は1980年代以降に限られるという。1990年代以降は県内全域で観察されるようになった。
天敵 捕獲: 幼虫はアシナガバチ類、スズメバチ類、サシガメ類、クチブトカメムシ類、ハエトリグモ類、ハナグモ類。成虫は、ヤンマ類、トンボ類、ヤブキリ、ウマオイなどの捕食性キリギリス類、オオカマキリ、チョウセンカマキリなどの大型カマキリ類、造網性クモ類、ハナグモ類など。
寄生: 幼虫に寄生し蛹から脱出するヒメバチ科ヒラタヒメバチ亜科のコキアシヒラタヒメバチ(Apechthis capulifera (Kriechbaumer, 1887))が知られる。 このほかにヤドリバエ科のノコギリハリバエ(Compsilura concinnata (Meigen))、サンセイハリバエ(Aplomyia confinis (Fallen))、Paradrino longicornis Shimaが知られる。

メイン