ナガサキアゲハ

長崎揚羽蝶 (アゲハチョウ科)


2003/5/13 12:45 袖ケ浦市下宮田 / NIKON F100 + AF MicroNikkor ED200mm F4(IF) /Kodak Kodachrome PKR64

 大型のアゲハチョウ。和名は日本産の亜種がシーボルトによって長崎で初めて採集されたことによる。近年、クロコノマチョウやムラサキツバメなどと同様に分布を北に広げつつある種のひとつ。数年前まで土着北東限は紀伊半島であり、県内では台風などの通過後に、稀に迷蝶として記録されているに過ぎなかったが、特に近年になって県内各地で春型個体が記録されていることから、定着した可能性が高い。ちなみに2003年夏の館山市内での観察では、一般に夏以降に個体数が増えるモンキアゲハなどよりはるかに個体数が多く、完全に普通種のような状態であった。英語圏では"Great Mormon"と呼ばれている。
 写真は、袖ケ浦市上宮田で5月中旬の正午過ぎ、ツツジ類で吸蜜する春型の♀である。性差は斑紋に表れ、♂は白色斑がほとんどないので、♂♀の区別は簡単である。春型は夏型より小型、♀の白色斑の発達がやや弱い程度で、他のアゲハチョウ類と比較して季節変異は不明瞭。ただ、高温期の♀は白色鱗が発達し、♂は後翅表の青色鱗が発達するものが多いよう だ。
 赤色や紫色系を中心とする色々な花を訪れるが、樹木の花を好む傾向がある。夏型の♂は湿地で吸水することがあるが、比較的稀で群れを作ることはない。その際には、体を太陽の方向に傾ける。飛翔は比較的緩やかで、♂は比較的暗い食樹付近や花の多い環境の道筋などに蝶道をつくり、大きな波形を描いてダイナミックに飛ぶ。幼虫はサンショウなどの野生種はあまり好まず、主にウンシュウミカンやナツミカン、ユズなどの栽培ミカン類を食べるので、山地より人家周辺や果樹園などで見かけることが多く、市街地にもよく姿を現す。県内での発生状況は不明だが、土着地では通常年3回~4回発生し、5月頃から姿を現す。なお、クロアゲハとは逆に、日本産は通常無尾型だが、海外では有尾型が普通で、九州や南西諸島などでは稀に採取されているという。



ナガサキアゲハ 日本本土亜種 (アゲハチョウ科 アゲハチョウ亜科 アゲハチョウ族)
Papilio memnon thunbergii von Siebold, 1824
分布 国内: 本州(東海以西)、四国、九州。島嶼では対馬、壱岐、五島列島、南西諸島全域。平地~低山地が分布の中心。
県内: 南部を中心に、断続的に船橋市あたりまで記録がある。
国外: 台湾、中国(中南部)~インド北部、ニコバル、インドシナ、マレー半島~フロレス諸島 、ボルネオ、ジャワなど東洋熱帯に汎く分布する。原名亜種はジャワ産で標式産地はジャワ西部の「スカブミ」。日本産は分布の北東限にあたる。本亜種は日本固有。
変異 形態: 比較的顕著な地理的変異が認められ、かつては奄美諸島以南産を別亜種としていた。ただ、クライン現象を呈していて線引きが困難なため、近年では本亜種に統一されたようである。日本産は基本的に無尾型のみだが、原名亜種や台湾産(ssp. heronus Fruhstorfer, 1902)の♀では有尾型が優性であり、稀に九州などを中心に国内でも採集されることがある。
季節: 個体差が大きいため不明瞭。春型(第1化)と夏型(第2化~)が知られる。一般に高温期の♀は白色鱗が発達し、♂は後翅表の青緑色鱗が発達する。
性差: 異型。♀は後翅表中央部に白色部をもつが、♂はこれを欠き、ほぼ黒一色。
生態 環境: 人家や果樹園の周辺に多く見られ、原生的な樹林にはほとんど生息しない。
発生: 多化性通常年3回。4月下旬頃姿を現す。九州南部では3回~5回、南西諸島では5回以上と周年発生に近い状況で、1月にも成虫が見られる。県内での発生状況は不明だが、4月下旬~5月上旬には第1化個体が出現し、安房地域などでは10月中旬ごろまで見られる。
越冬: 九州以北では。食樹の枝や、人家の壁や塀など雨の当たらないさまざまなものに付着している。奄美大島以南では非休眠の幼虫態でも越冬する。
行動: 昼行性。飛翔は比較的緩やかで、♂は林縁などに蝶道を作り、やや低い位置を飛ぶ。気温の低い午前中などは草上などで翅を開いて日光浴することがある。
食性 幼虫: 食植性/。野外ではミカン科ミカン亜科に限られ、国内では栽培ミカン類の他にカラタチなども利用される。県内ではほとんどすべての場合栽培ミカン類。
成虫: 食植性/花蜜。訪花性は強くアザミ類、ツツジ類、ユリ類、イタドリ、ヤブガラシ、ムクゲ、ネムノキ、クサギなどさまざまな花で吸蜜するが、特に赤色系の花を好む。夏型の♂は湿地で吸水するが、他の黒色系アゲハと比較して観察例は少なく、群れを作ることはほとんどない。稀に♀も吸水することがあるという。
類似種:
保 護: 指定されていない。
その他: 県内ではここ数年間毎年記録されており、また春型も記録されていることから定着したものと考えられる。
天敵 捕獲: 幼虫はアシナガバチ類やスズメバチ類、サシガメ類、クチブトカメムシ類、ハエトリグモ類。成虫は大型ヤンマ類、オオカマキリ、チョウセンカマキリなどの大型カマキリ類。造網性クモ類など。
寄生: 幼虫に寄生する、ヒメバチ科ヒメバチ亜科のアゲハヒメバチ(Holcojoppa mactator (Tosquinet, 1889))、クロハラヒメバチ(Psilomastax pyramidalis Tischbein, 1868)、前蛹期に産卵するアオムシコバチなどのコバチ類が知られ、いずれも蛹から脱出する。他にはヤドリコバチ類。終齢幼虫から脱出するマダラヤドリバエなど。

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