エディスが東方司令部に赴任して1週間。
司令部内及びイーストシティに於いてエディスの知名度は瞬く間に上がってきていた。
元々『最年少国家錬金術師』としてその名は知られていたが、今回『国家最年少国軍中将』として赴任したからだ。
街中での軍服姿は人目につきやすい。
それなのにあの鮮やかな金髪に整った容貌ではさらに人目を引くというモノだ。
エディスの存在はあっという間に認知されていた。
特に女性に。
「あ、今日もいらっしゃってますわ」
「何度拝見してもため息が出てしまう程素敵だわ・・・」
「ロイ様とご一緒だと更に華やかさが増して、惚れ惚れしてしまうわ」
「あんなに優秀で容姿端麗な方々に守られてる私達は幸せですわね」
美形のふたりが揃うと女性達の心は彼らに釘付けになるのだった。
エディスにとっては複雑な心境だったが。
自分が女性で、しかもロイの恋人と知ったらどんな仕打ちが待ち構えているのか。
・・・想像したくない、と思った。
だが、それよりも厄介な問題が目の前にあった。
最近東部で横行している連続通り魔事件。
主に若い女性が狙われおり、レイプや暴行、盗難に遭っている。
犯人の目星もまだついていない厄介な事件なのだ。
今回は19歳の少女が倉庫の中でレイプに遭っていた。
「許せねぇよな〜」
運ばれていく女性を見送りながらエディスは呟いた。
好きでもない男性に無理矢理抱かれる事程屈辱なモノはない。
必死で抵抗するから大抵の被害者は肉体的にも精神的にも大きなダメージを受ける。
「エディ、物騒な事は考えないでくれよ」
「バレた?俺でも化粧すれば囮に使えるかな、って思ったんだけど」
「危険すぎる!」
「これ以上一般人が巻き込まれるよりマシだろ!こんな時に私情を挟むな!俺以外に誰が囮になれるか良く考えてみろ!
それにな、以前の仕事と比べれば危険なうちに入るかっ!!」
「どんな危険な仕事してたんすか・・・」
「中将、囮ならば私も出来ます。危ない仕事は部下の仕事です」
「俺はそうは思わない。適材適所って言葉があるだろ?闇雲に配置したって成果は出ない。だったら上司だろうが使える者は使え。
この場合俺と大尉しか適役がいない訳だから、大尉にも手伝ってもらう。ふたりの方が罠にかけやすいからな。取り合えずロイとハボック中尉はホークアイ大尉を援護。俺にはブレダ中尉とファルマン少尉が就いてくれ。フュリー准尉は連絡係を頼む。
「何故私は大尉の援護なんだ?」
「錬金術使えるヤツが傍にいた方がより安全だろ。それぐらい気づけ。なんだったら女装して囮になるか?」
「いい手ですね、それ」
「勘弁してくれ・・・」
「ロイならいい女になるぜ。俺だけ『女装』するのもなんだからな」
「私が悪かったから許してくれ・・・」
「しょうがねぇな。取り合えず今夜から決行だ。みんな心してかかるように」
「はい」
合意を示すかのように全員が敬意を込めて敬礼をした。
「遅くなっちゃったな〜」
その女性は暗くなった道を足早に駆け抜けていた。
同僚の女性と食事をしていたら時間を忘れて話し込んでしまったのだ。
気付けば9時を過ぎており、慌てて店を出たのだ。
最近この辺りが物騒になったから早めに帰るように、とついこの間恋人に言われたばかりのなのに。
焦っていたから後をつけている人影に気付くよしもなかった。
「なかなかいい女だな」
「身なりもいいですし、やっちまった後に金品も奪っちまいますか」
「今回はお得だな」
小声で卑下た会話を交わす。
運良く女は人気の少ない公園へと向かっていた。
近道なのだろう。
好都合だ、とばかりに男達は女の後を追った。
女が公園の半ばまで来た時、ふたりの男が前を立ち塞がった。
「ほぉ。近くで見るとさらにいい女だな。今夜はついてるぜ」
女は一瞬でこのふたりが最近世間を騒がしている通り魔だと気付いた。
逃げようと後ろへ走り出すと、更に男がふたり、前を立ち塞いだ。
「こんな夜にひとりで出歩いてちゃ危ないよ〜、お嬢さん」
「そうそう。俺たちみたいのに出会うからな」
四方を囲まれてもどうにか逃げようと突破を図ろうとしたが、出来るわけもなく、女は手首を掴まれ男の手におちた。
ロングスカートのスリットから右足が覗く。
それを見ていた男のひとりが寄ってきてそれを撫で始めた。
「こんなスベスベな肌、初めてだな」
厭らしいまでの卑下た笑みを零しながら女の全身を撫で回る。
この男が一連の通り魔事件のリーダーなのだろう。
スカートをたくし上げていた手がふと止まった。
違和感を感じたのだ。
右は柔らかい感触があったのに、左足に触れた途端、冷やりとした感触が伝わってきたのだ。
「どうしたんすか?」
「何か左足の方に違和感を感じて・・・」
「違和感?」
捲り上げた左足を見やるとそこにあったのは――鋼の義肢。
「機械鎧?」
疑問が犯人達の脳裏を巡る。
すると女は不適な笑みを浮かべ、両手を合わした。
そして、次に見えたのは青白い光――練成光。
光が収まると自分達はロープで全身を縛られていた。
「れ、錬金術?!」
「な、何でたっ!!」
「何でもクソもあるか。お〜い、ブレダ、ファルマン、捕まえたぞ〜」
女が呼びかけると隠れていた軍服姿の軍人がふたり、姿を見せた。
「ぐ、軍人!」
「くそっ!!囮か!」
「そ。運が無かったね〜。俺の演技力も大したモンだな」
ニッコリと微笑むエディスとは対象的に犯人達は項垂れていた。
「中将、お怪我は」
「無いよ。取り合えず憲兵に連絡して。あとロイにも連絡がつくように」
「何でそんな偉いヤツが囮になってんだ」
「上官だからとか関係ないだろ。その場にあった人材を使ったらこうなっただけだ。俺は錬金術が使えるから犯人を逃しにくいからな。
もしもん時は鋼の義肢もあるから動けなくさせやすいしな。ま、そんな理由」
「噂通り切れ者だな、鋼の錬金術師」
「あ、気付いた?」
「もっと早くに気付いていればもっと堪能したのにな。俺ぐらいだろうな。女将軍に手を出したの」
「だろうな」
意味深な笑みを浮かべる犯人にエディスも笑みで返す。
「俺が獄中で触れ回ったらどうなるだろうな」
「どうにもならんだろ」
「出所したヤツらがこぞって通り魔になってあんたを誘き出すだろうな」
「それは勘弁して欲しいな〜」
「そんな勿体ねぇ事しねぇよ。こんな上玉、他のヤツに渡すのなんか勿体無いね」
「そりゃどうも。しばらく刑務所で大人しくしといてくれよ」
「どうせ出てきてもあんたがいたら悪い事出来ねぇよ。ったく、とんでもねぇヤツが来たモンだ」
「それは獄中でも触れ回っといてよ」
解ったよ。
そう言い残して通り魔はやってきた憲兵に連行されていった。
なかなか面白いヤツだったな〜、と思いながらエディスは犯人を見送った。
それと同時に急いでやってくるロイの姿を見つけた。
「エディ、怪我は?」
「あるわけないだろ。そんなに俺が信用ならない?」
「いや、そういう訳じゃ・・・」
「ま、大怪我する事は少なくなったから、少しは安心しろよ。でないと俺はいつまでたってもロイに心配ばかりかけることになっちまうよ?」
俺、そんなの嫌だからな、と念を押す。
するとロイも少し反省したらしく、気落ちしていた。
「そんだけ俺の事想ってくれてるって事だから嬉しいけどな」
照れくさそうにロイの腕を取ると帰るぞ、と促した。
「エディス?」
「たまには普通の恋人っぽくデートしようぜ」
翌日。
イーストシティは通り魔事件が解決した事よりもロイと寄り添って歩いていた美女の話題の方で持ちきりだった。
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25/01/2006