「は?見合い?俺が?」

突然の出来事にエディスは素っ頓狂な声をあげた。
隣にいるロイも呆然と立ち尽くしていた。
ここ最近、難事件を解決しているエディスを今まで疎んじていた将軍達は、手のひらを返したかのような対応を見せるようになっていた。
用も無いのに司令室にやってきては媚を売るかのように話しかけてくる。
それはロイに対しても、である。
中にはあから様に賄賂の相談を持ちかける者もいた。
そういう輩はエディスの怒りを買い、二度と姿を見せる事はなかったが。
そんな時に。
今度は縁談話だ。
どちらかと言うとこの手の話はロイに対してが多かった。
28で准将、という地位は将来に対しても安定性を持っている。
その上、美形だ。
将軍の令嬢たちがそんな輩をみすみす見逃す訳がない。
こぞって父親である将軍に取り持ちを願っているのだ。
その矛先が最近になってエディスにまで向けられるようになった。
当然と言えば当然かもしれないが。
自分の目の前でニコニコと愛想笑いを浮かべている人物は東方司令部ディライス支部の少将。
白髪交じりの髪から推測して50代前後。
年頃の娘を持っていてもおかしくは無い年齢だろう。

「伴侶を貰って一人前、と言われていますからな。考えては下さらぬか」
「何で恋人いんのに見合いしなきゃならねぇんだよ」
「恋人っ?!」
「うん。いるよ、俺」
「そんな話聞いた事がありませんが・・・」
「言った事ねぇもん」
「見合いをしたくないからってそんな嘘をおっしゃらなくても」
「嘘言ってどうするよ」
「では、その証拠をお見せください。でないとこれからも見合い話は絶えませんぞ」

少将の押しに負け、エディスは恋人を披露する羽目となった。
しかもそれは1週間後、軍が主催するパーティーに於いてで、だ。
明らかに恋人の存在が確認できなければ見合い話の的になるのが目に見えてる。
少将が立ち去った後、困惑するロイの姿があった。

「エディ、どうするんだ?そんな約束して」
「しょうがねぇよ。売り言葉に買い言葉だ。約束しちまったモンはしょうがねぇ。ロイ、同伴宜しく」
「いいのか?」
「取り合えず大総統に聞いてみるよ」

面倒くせ〜、とボヤキながら卓上の電話を取った。
そして1週間はあっという間に過ぎるのだった。

「あら、珍しいですね」

正装の軍服に身を包んだエディスとロイの姿を見てリザが珍しそうに声を上げた。

「面倒くさいパーティーに呼ばれてな」
「通りで准将の仕事が早かった訳ですね」
「終わらないとハボック連れて行くぞ、って言ったからな」
「俺をダシにしないでください・・・」
「何気に明後日が期日の書類も混ぜといたからゆっくり出来るぜ、リザ」
「あら、ありがとうございます」
「エディ・・・大尉より上手だよ・・・」
「ギリギリまで溜め込まず期日通り書類を仕上げてくだされば中将もこんな意地悪はなさらなかったと思いますが」

ニッコリ微笑むリザの姿にロイは背筋に冷たいものが伝うのを感じた。

「取り合えず行って来るよ。何かあった時は連絡して。あと宜しくね」

そして何かリザに耳打ちした後司令室を出て行った。
一瞬驚愕の表情を浮かべたリザをハボックは不思議そうに眺めていた。

軍主催のパーティーは年に数回催される。
情報交換や他司令部との交流というのが表立った理由だが、貴族や資産家、軍高官の令嬢も参加するこのパーティーは結婚相手探しが目的だったりもする。
軍人にとってはスポンサーの獲得を。
令嬢にとっては将来有望な軍人を。
その中で、エディスとロイ存在は憧れの的になっていた。
頭脳明晰、容姿端麗。
現時点で将軍の地位にいるので将来も安泰だ。
軍人がごった返す中でも女性の視線は彼らに向けられていた。

「エルリック中将」

人ゴミの中からエディスを呼ぶ声がした。
その方を振り向くとここに来る元凶となった少将が寄って来た。
その後ろには着飾った年頃の女性がついてくる。
将軍の娘だろう。
大方、エディスの嘘を見破った褒美と抜かして婚約させる魂胆なのだろう。

「マスタング准将もご一緒されるとは思いませんでしたよ。今日来たお嬢さん方には嬉しい誤算になりましたな」
「ロイは俺の護衛だ」
「そんな固いことおっしゃらずに。今日は中将がいらっしゃるという事でいつもの倍近くいらっしゃるんですよ」
「俺には関係ない」
「そんな事おっしゃる割に相手の方の姿が見られませんが」
「来てるよ」
「中将、もう観念してくださいよ」
「観念も何も無いだろ」

あてどもない押し問答を繰り広げていると、それを仲裁するかのようにひとりの人物が姿を現した。

「今日は珍しい人物が来てるモンだな、エルリック中将」
「こ、これは大総統」

突然の大物の登場に少将は慌てて敬礼を向ける。
そんな少将にそのままでいいよ、と優しい声をかけた。

「しょうがねぇだろ。見合い見合いって煩いんだから」
「はっはっは。さすがの君も根をあげたか」
「予想出来るだろ。最初っから釘刺しといてよ」
「この方が事が運びやすいと思ってな」
「うわっダシにされてる」

はっはっは、と高笑いする大総統にエディスは半ば呆れ気味になっていた。
そして、そのやり取りを少将は呆然とふたりの会話を聞いていた。
相手は大総統だと言うのにエディスの言動はあるまじき発言だ。
だが大総統は全く気にした様子もない。
頭の中が混乱する少将に大総統はにこやかに説明を始めた。

「エルリック中将は今の地位になる前、私の直属として働いておったんだよ」
「えっ・・・国家錬金術師として全国を回ってたいたのでは・・・」
「諜報部の人間が正式な情報流したら意味ないではないか」
「諜報部・・・」

滅多に耳にしない特殊部隊の名前に少将の顔が蒼ざめる。

「人によっては全く別の人物になってる者もいるが中将の場合名前に女名も男名も入っておったのでな。男名を使えば差し支えなかったのだよ」
「という事は・・・」
「中将は女性だよ」

大総統の言葉に会場にいた全員が凍りついた。
特に女性に至ってはあまりの衝撃的な事実に卒倒する者もいる始末だ。

「では何故初めから女性と・・・」
「君たちは25歳の女性中将を難なく受け入れられるか?異議を唱えに来るだろう。君たちの頭の固さは鉄より固いからな。
その考えを覆すつもりで彼女を中将に就かせた。尤も、実力を持っていたからだがな」
「そう、だったんですか・・・」
「年齢や性別で人を判断すべきでないぞ。それは肝に銘じておけ。実力がある者が上に行く。それが私の方針だ。という訳でエルリック中将、マスタング准将。来月から中央勤務」
「はっ?」

突然の辞令にふたりは同時に間の抜けた奇声を上げてしまった。

「何でまた呼び戻し?」
「東部の厄介な事件も片付いたからね」
「その為に東部にやったのかよ〜」
「君が行った方が早く片付くから、マスタング君を中央に呼びやすいだろ?」
「うわっ・・・その策略に気付かなかった・・・。しょうがねぇな〜、ロイの部下も一緒でいいだろ?」
「君たちの部下なら歓迎だよ。それからスティング少将」
「はい」
「君は東方司令部で中将、准将の後を引き継いでくれ」
「了解いたしました」

緊張した面持ちで敬礼を返す。
支部から司令部に配属になるだけでも充分な出世である。
中央司令部に配属となったエディスたちの方が出世ではあるが。

「マスタング准将も有能な恋人を持つと苦労するな」
「えぇ、全く。追いつくのも大変ですよ」

その日、優秀な見合い相手をふたりも失い、女性達は絶望感に打ちひしがれる事となった。


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27/01/2006