「中央、ですか?」
軍主催のパーティーから帰還したふたりの将軍の口から発せられたのは突然の辞令だった。
大総統から直接言われたのならば仕方ないが、突然は止めて欲しいものがある。
引っ越しの準備をするのは司令部だけじゃない。
自分達の家の荷物の整理も同時進行しなければならないのだ。
考えただけでげっそりする。
「俺なんかやっと落ち着いたトコなんだぞ。しかも荷物も増えたんだから余計辛いんだからな・・・」
エディスの悲痛なまでの叫びに少し救われた気分になった。
「住むトコは向こうが用意してくれるから安心しろ。寮とかじゃなく軍所有の家だ」
「俺なんかひとり身ですからねぇ・・・。家もらっても広すぎてダメですよ」
「そういう場合単身者用のアパートにしてもらえばいいんじゃないか?アパートでいいヤツ」
するとハボック、ブレダ、ファルマン、フュリーのえ4人が手を挙げた。
「大尉、家でいいんですか?」
「ブラック・ハヤテ号がいますから、広い方がよろしいでしょう」
「どうせならもう1匹飼えよ。どうせなら大きいの」
「そうですわね」
ふたりが合わせたようにクスリと笑う。
5人の頭の中は疑問でいっぱいになった。
もう1匹犬を飼う事に何か意味があるのだろうか。
男性陣はさっぱり解らなかった。
そして1ヵ月後。
一行の姿は中央にあった。
片付け終わらないダンボールに囲まれたままのスタートとなった。
「よっ!!」
片付けで大わらわの司令室に突如としてひとりの軍人が姿を現した。
背はやや高め。
顎に生やした髭は不精ながらも整えられ、髪はオールバック。
細めのメガネの奥にはひょうきんな眼差しがたたえられていた。
「よっ、じゃねぇよ!邪魔しにくんな、ヒューズ!!」
マース・ヒューズ。
ロイの士官学校からの親友で中央司令部軍法会議所に所属。地位は大佐。
普段はひょうひょうとした態度で家族の自慢ばかりしているお調子者。
だが、その実態はかなりのキレ者で、武道にも精通している。
あまりそういうトコを見せないので、家族想いのいい人の印象の方が強い。
「せっかく来てやったのにつれねぇな、エド」
「忙しい時に来てもらっても困るだけだ!どうせなら手伝いやがれっ!!」
書類の入ったダンボールを運んでいたエディスはたまらず怒声を浴びせるが、ヒューズは全く頓着せず受け流した。
ロイの親友、とだけあってなかなかのクセ者だ。
でなければ若くして大佐の地位になどなれない。
「俺もなかなか忙しい身でよ、伝言を伝えたら戻らねぇといけねぇんだよ」
「何かあったのか?」
「アルフォンスがよ、軍部内で不穏な動きを察知したんだとよ。だから気をつけろ、って」
「アルが?不穏な動きねぇ・・・。そんなモンで動揺する俺じゃねぇけど」
「そうだろうけどよ、アルが言うくらいだから一応用心しとけ」
「分かったよ。つか、それだけでワザワザ来てくれたのか?」
「ま、久しぶりに面拝みたかったからな。ロイのヤツにはしこたまノロケられたがな」
「それ以上にお前も娘の自慢するだろうが」
「そうなんだよ〜。日に日に可愛くなってきてね〜。子供はいいぞぉ〜。お前もそろそろ作らない?勿体無いぞ。子供は癒されるからな。この世に生まれてきてありがと〜って素直に思える存在だ」
「はいはい。早く戻らないといけないんだろ?さっさと行けよ」
親バカっぷりを発揮される前にエディスはヒューズを仕事に戻るように促す。
先手を打たれてしまったヒューズは渋々勤務地へと戻っていった。
それに安堵したのはエディスだけではない。
司令部内の軍人が全員ほっとした表情を浮かべた。
子供の話を聞くのは嫌いではないが、ヒューズの場合尽きない為仕事が滞ってしまう。
出来れば早々に退席願いたいのだった。
「しかし、不穏な動きとは物騒ですね」
書類を棚に並べていたフュリー准尉が心配そうに口にした。
「滅多な事じゃないとアルが直々に言ってこないからなぁ。しかも電話じゃなくてヒューズを寄こすくらいだし。何かあるな〜」
いつにも増して真剣な表情で考え込む。
エディスは普通の軍人より運動神経はいい。
若くして諜報部に所属できるのだからそれなりに武術の腕もあるだろう。
それ以上に弟のアルフォンスは姉の力量を知っている。
その彼が警戒しろ、と言うのだから余程危険な事なのだろうと誰しも思った。
「ま、犯人を捕まえりゃ分かるだろ」
姉はそれ以上に楽天的だった。
それから。
エディスは不審な視線を感じることが多くなった。
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02/02/2006