辞令
東方司令部に以下の者を配属とする。
鋼の錬金術師
エドワード・エルリック中将
翌日、全国に発送された辞令に各地の将軍達は憤慨していた。
それでなくとも東方司令部にいるロイの存在は鬱陶しいのに、それ以上に厄介な存在が誕生したからだ。
「まだ25の小僧に中将などという地位を与えるとは大総統は何を考えてらっしゃるんだっ!!」
「腕の方は確かかもしれんが、中将というのはいかがなモノかな」
あちこちでそんな騒動が沸き起こっていた。
中でも東方司令部に所属している支部の上官たちの憤りは凄まじいものがあったという。
自分達の支部の上官になるのだから当然と言えば当然だろう。
しかし当の本人はと言うと、着慣れない軍服に身を包み、司令室内の配置換えについて頭を悩ませていた。
「俺の執務室?」
「空き部屋があるにはあるんですけど、執務室として使えるまでに日数が・・・」
「じゃあいらないじゃん」
「ダメです。中将という立場上必要ですから」
「ロイと一緒にするってのは?」
「もう少し広ければ可能かもしれんが、君と私とだと書籍関係で埋まりそうだからな・・・」
「司令室も少し手狭になるかも知れませんね」
「ロイを執務室に押しやって俺がここにいるってのは?」
「サボって全部中将にいっても宜しいなら」
「・・・却下。じゃあ、司令室と執務室が広くなればいいんだよな?空き部屋はあるんだろ?ここ一体改築出来れば問題ないだろ?」
「可能でしたらそうしますが、予算提出や工事日数を含めるとその間業務がこなせなくなります」
「時間も金も使わなければいいんだろ?ちょっと待ってろ」
そう言うとロイの机の上にある電話に手を伸ばすとどこかに電話をかけ始めた。
「あ、ジャスティー?エドだけど・・・うん、そう。大総統いる?・・・え、そうなの?じゃあ司令室の改造したいんだけどさ・・・うん、そう。俺が入るとちと手狭になっちゃうから広くしたいんだ。・・・いいって?サンキュー。書類?うん、後で送るよ。ありがとね〜」
カチャン、と電話を切ると満面の笑みで「了承取れたよ」と振り返った。
その場にいた一同が唖然とする。
了承取れた云々よりもその会話の内容に、だ。
「中将、誰っすか、ジャスティーって」
「大総統秘書」
ほぼ大総統に直接交渉に近い。
いや、大総統は出れない様子だったから状況によっては直接交渉するつもりだっただろう。
部屋の改装に直接大総統に許可を貰う軍人など前代未聞だろう。
「取り合えずまずは司令室だな。そうだ、リザ、空き部屋って何処にあんの?図面があれば見たいけど・・・」
「こちらです。司令部はこのフロア一帯をいただけています」
「ふむ・・・。ロイ、書棚増えるといいだろ?」
「まあな。君が来た事で更に増えるだろうし」
「ここは仮眠室と給湯室か・・・。それは今までどおりでいいだろうから、何か他に必要なモノってある?」
「今のトコはないと思います」
「じゃあ取り合えず広さが変わればいいかな?あと俺の机と椅子か。ハボック中尉、木屑とか板とかない?」
「あります」
「んじゃ出来るだけ多めに持ってきてくれない?ロイ、もう使ってない椅子ないか?」
「多分空き部屋に押し込んでるはずだが」
「んじゃそれも」
テキパキと指示を出すと自分は壁に手を当てながら司令室を後にした。
何をするつもりなのか。
ロイを除いたメンバーは疑問が脳裏を掠めながらも言われたとおり材料を集めた。
「悪ぃね。んじゃ始めるか」
そう言うとエディスは手を合わせ、その手を床へつけた。
眩しいまでの錬成光が辺りを包んだあとには広くなった司令室が姿を現した。
呆然とする部下達の傍らで今度は木屑や板を机へと変貌させた。
「エディの錬金術見るの初めてだったか」
ロイの説明だと彼女の錬金術は等価交換の法則が備わっていれば何でも作り出せる事が出来るという。
得意なモノとしては金属練成だが、このように部屋の模様替えも簡単に出来てしまう。
「すごいですね・・・。でも錬金術って練成陣を必要としますよね?中将は何処にも書いていらっしゃらないように見えるんですが・・・」
「俺の場合、体が構築式みたいなモンだから。手を合わす事によって練成陣が完成される。だから練成陣はいらないんだ」
「すごいっすね、錬金術って・・・」
例にない特殊な錬金法に唖然とする部下達を尻目にエディスは残りの部屋の改築も行った。
普通ならば何日もかかり業務に差し障るであろう部屋の改築もエディスならばほんの数秒で終わってしまう。
快適になった部屋ですぐに業務に復帰出来るのは大変ありがたい。
「もっと早く配属になっていただければ・・・」
「言っとくけど、俺が理解出来てない分野は無理だからなっ!修理人にするなよ!」
「あら、残念ですわ」
リザの言葉にエディスはほんとに修理請負人になりそうで怖い、と心底思った。
司令部にとってはこれ以上ない存在になるだろうが。
広くなった部屋の片づけをしていたエディスはため息をつきながら深々と椅子に体を預けた。
ひとつに結わえられていた髪を解くとサラサラ、と金糸のごとく肩を流れ落ちる。
今までは自由に動き回る事が出来て楽だったのに、突然、将軍職に就かされた。
型に嵌った事が苦手なエディスにとってこの上ない境遇だったのに。
「疲れたか?」
同じように片づけをしていたロイは手を休めてエディスを気遣った。
「ん、ちょっとな」
「紅茶でも淹れるか?」
「ありがと」
着慣れない軍服のボタンを外し少しでも自由を求める。
「エディ、誘っているのか?」
「・・・一緒の部屋でもいい、ってのはそれが前提なのか?」
「長年離れ離れだった恋人と一緒に仕事が出来るんだから嬉しいじゃないか。そんなのは関係ないよ」
「でも隙あらば襲うだろ?」
「特権だもんな」
ニヤリ、と不適な笑みを浮かべるロイにエディスはさらにため息をついた。
先が思いやられる、とそう感じていた。
「全く、よくこんなのに部下は付いて来てくれたくれたな」
「人徳の成せるワザさ」
「ホントかよ」
信じらんね〜、とおどけるエディスの前にロイは紅茶の入ったティーカップを乗せると、そのままその手をエディスの頬に寄せ、唇を重ねた。
「ただのスケベじゃね〜か」
キスをされた唇を舌でぺロリ、と舐めあげる。
その艶かしい仕草にロイは心臓が高鳴るのを感じた。
「それは君の所為だよ。君が私を狂わせる」
「・・・壁作るぞ」
「それは勘弁してほしいな。折角軍服姿のエディが毎日見られるのに」
「堅っ苦しくてヤだよ、俺」
「執務室にいる間、上着は脱いでいればいいじゃないか」
「ライオンの檻にウサギを入れるくらい危険な行為だな」
「じゃあ何で今、ライオンがいるのに前をはだけさせているのかな?」
ニヤリ、と不適な笑みを浮かべるロイにエディスも微笑で応える。
「ライオンに襲われないと思ってるからだろうな」
「でも虎視眈々と狙ってるモンだよ」
「そんな時はウサギの方から襲えばいいんじゃないか?」
そう言うとロイを引き寄せると今度はエディスの方から唇を重ねた。
「ライオンもこれからは気をつけた方がいいかもな」
「そうするよ」
「堅っ苦しい軍人生活もなかなか楽しくなりそうだな」
「私もそう思うよ」
エディスは不適な笑みを浮かべながら紅茶を口にした。
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24/01/2006