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夜景 2



客人は部下に送らせ、執務室に戻ろうと踵を返したところで、彼の制服の胸の辺りで
呼び出し音が鳴った。手帳サイズの端末を開くと、モニター部分に、髪の長い、
楚々とした容貌の若い女性の顔が映る。
「洗智(あわち)次官、洗智長官がお呼びです。最上階までお越しください。
 次官のIDは、ロック解除可能にしておきました」
「分かった。――おじさん、何だろう」
通信を切ってからの呟き。身内とはいえ、現体制での最高指導者の一人である人物
からの呼び出しともなると、自ずから身が引き締まる。
昇降機に乗り込むと、最上階までのボタンはないので、入力端子に先ほどの端末を繋ぎ、
IDとパスワードを打ち込む。
最上階に行くのには厳重な警戒がなされ、許可無く侵入すれば、即刻射殺も免れない。

上昇が止まり、扉を開けるために、再度IDを入力。武官に目礼をして、更に奥へ。
先刻の女性秘書が、彼の姿を認めると、すっと頭を下げた。不用意に視線を合わせたり、
お愛想で微笑するなどというたぐいの不謹慎な行為は、一切無い。
「洗智次官、入ります」
シュン、とドアーが横に開き、ようやく目的の人物と遭遇する。
「お呼びでしょうか、長官」
直立した彼に背を向けたまま夜景に向かって立つ、灰色がかなり混じった髪の、
しかし堂々たる体躯の男性は、煙草をくゆらしていた。
「まぁ座れ、征騎(まさき)
振り返った男は、右目がギラリと、異様なまでに鋭い光を放っていた。
同じようでいて、青年の制服よりも、襟線や記章の数が多い。
「視察団の連中は」
「お帰りになりました。満足して頂けたようです」
デスクの斜め横の椅子に浅く腰掛け、背筋をすっと伸ばしたままの青年の顔を、
じっと見つめ、男は自分もデスクの前についた。
「……よくやってくれた。ご苦労」
ゆったりと脚を組み、背を凭(もた)れながら一息つくと、男は硝子一杯に広がる夜景を、
横に見下ろした。
「たかがこれだけの高さから見下ろしても、もう人間は砂粒ほどの大きさにも見えん。
 ……まして今や、時代は宇宙へと向かっている。更に卑小な人間はこの地上に
 残したまま、人類が地球外で定住できるようになるまで、あと何十年か……。
 開発は我が国が主導権を握っているとはいえ、まだまだ楽観はできん」
闇を忘れた宵に、細い煙の色が混じり合う。その行方を、青年は目で追った。
「動乱の後、大国として我が国が最も早く復興を遂げたのは、強力な秩序体制が
 発揮されたからだ。『各々(おのおの)、自らの守護者たるべし』の世界協定により、
 一応の平和は樹立されたが、それと国家の繁栄とは別問題だ。――その宇宙進出を
 目指す時代に、まだ時代錯誤な愚か者どもが徘徊(はいかい)している」
「昨日の、“解放同盟(リベラシオン)”の一斉検挙のことですか」
ギラリと睨まれ、青年はグッとアゴを引いた。
「そのような非合法組織の名を使うな。……自由だ何だと、自らは何一つせずに
 勝手なことを抜かしているアナキストどもだぞ。危険思想の毒に酔い、爛熟した果実に
 たかる蝿のようにチラチラとうるさく、見苦しい反乱分子だ」
「失礼いたしました。――確か、各地十一ヵ所を一斉に捜索し、十数名が逮捕されたと」
「射殺者、爆死者、その他三十五名。約五十名が逃走したと思われる。
 武装して抵抗するいかれた連中が相手だ。こちらも殉職者五名と、二十人近い
 重軽傷者を出した。……が、どうやら大収穫があったらしい」
それまで不機嫌そうだった男の唇に、乾いた嗤(わら)いが浮かんだ。
「照合の結果、凄い大物が網にかかったことが、今日判明した。異例のことだが、
 私が直々に保安局に出向いて尋問することにした」
「まさか、主導者の槐谷(かいや)研ですか!?」
目を見開く青年に、男はハッと嗤った。
「槐谷であれば、尋問の必要など無い。即刻射殺だ」
煙草を灰皿に押しつけると、男はおもむろに立ち上がり、つられて青年も立ち上がった。
「お前もついてこい」
「これからですか?」
「あぁ。一刻も早くだ。――逃した魚を一網打尽にする、千載一遇のチャンスだからな。
 征騎、お前は現場経験があまり無いから、丁度良い機会だ」
男は、狩りの前の猟犬のような匂いを気配に帯びて、先陣を切った。



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