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夜景 1



「先日、当局のリサーチ・センターから、前世紀より持ち越された資源、環境、
 そして人口比率等の問題は、危機的状況を脱したとの報告が為されたものの、
 当面は依然して国家的な維持管理が望ましいと決議されました。
 幸いにも、世界を巻き込んだ世紀末動乱の余波から迅速に常態を回復した
 我が国は、国内の秩序に於いても、現在、世界で最も安定した平和国家
 であると言えるでしょう」
制服姿も颯爽とした青年は、いまだ少年の面影を残したような若さながら、
外国からの十数名の客人を相手に、通訳も付けずに流暢な会話を綴っていた。
「皆さんが次にいらっしゃる学術省では、復興政策の一環として政府が特に力を入れた、
 早期選抜教育を中心とした教育政策についての説明を、お受けになることと思います」
すっ……と、彼は客人を見渡す。大国であるこの国家を視察するに際しての配慮の結果、
客人は皆、男性だった。青年は、フロア中央の昇降機前で立ち止まると、
「ここでの説明は以上ですが、最後に、この建物の展望室にお連れいたします。
 ――絶景をご覧にいれましょう」
客人らは彼に伴われ、円柱型の昇降機に乗り込んだ。
「できれば最上階へお連れしたいのですが、そちらは我々も許可無く立ち入ることは、
 厳重に禁じられておりますので、どうかこちらでご勘弁ください」
昇降機から一歩踏み出してからの彼の説明は、客人達の静かな感嘆のざわめきに、
埋もれた様子だった。広々とした展望のひらけたラウンジは、ぐるりと硝子(ガラス)
囲われた宝石箱をひっくり返したような、まばゆい星の輝きの如きネオンが、
夜景を彩るパノラマとなっていた。
「これほどの復興と繁栄……実に素晴らしい……! 我が国も、十年……五年後は、
 こう在りたいものです。実に美しい……。何故ここまで都市としての機能を回復できた
 のか、全く、奇跡としか思えない!」
彼らは口々に溜息をこぼした。その中の一人、案内役の青年より二十は年上と思われる、
鳶色の髪をした学者風の容貌の男性は、穏やかな知性をたたえた青年の顔を見ると、
「人々は、ここを都市の繁栄と美徳の象徴として、“空中庭園”と呼んでいるようですが……
 納得させられる美しさです。――あなたはやはり、この都市国家の秩序と繁栄、美しさを、
 誇りに思いますか?」
「勿論です。文明の粋を極めたこの都市を護り、更なる発展へと導くのが我々の恒久的な
 願いであり、使命であると感じています」
その表情からは、それが建前も何もない、純粋な理想を抱いた言葉であることが伺われた。
「都市に機能が集中することは、経済その他の便宜上はともかく、過剰な人口は
 都市の秩序を乱し、好ましからぬ結果を引き起こします。そのため、都市の人間には、
 種々の義務が課せられています。都市に必要であるとされた上、都市に住む者としての
 義務を果たす者だけが、居住を許可されるのです。しかし、都市以外の場所に住む
 人々も、みな違った形で、それぞれが互いに必要とされている存在に変わりはありません。
 ただ、この都市は国家の要であり、心臓であるということです。どういった形で国家に貢献
 するかは、個人の持つ特性によって決まり、そしてそういった選抜は、すべて国民
 一人ひとりの特性をいかんなく発揮させるために、ひいては国家全体の調和のために
 敢行されているのです」
「それを、個人の権利を制限する、行き過ぎた管理行政と批判する意見もありますが……
 どう思われますか?」
何気なく滑り込まされた鋭い意見にも、青年は穏やかに、
「国家の非常時には、確かに過度の干渉が存在したかもしれませんが、現在は安定した
 情勢下にあり、国家が強力な統制(コントロール)を発揮する意味は、既に薄れています。
 それに、我々は常に、統制を受けるには『理由』があるということを理解してきましたし、
 現状を見れば、その『結果』も、ご覧いただいた通りです」
青年の清冽な笑みは、イベントのエピローグにふさわしい幕引きとなった。
「――この度は、次官殿直々にご案内いただき、誠に光栄でした。有り難うございます」
「どうぞ残りの視察も、有意義にお過ごし下さい」
視察団の代表者との握手を交わし、彼の仕事は終わった。



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