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同じ大学の学生の学生とはいっても、私は哲学、彼は法学専攻。大学一の出世コースを
約束された、おまけにアメフト部のクォーターバックの彼と、図書館バイトに明け暮れている
ような私が、一体全体どうやって知り合いになったかと言えば、たまたま二人共寮生だった
という理由一つに尽きてしまうように思う。ただ、それだけだった。
その、たった一つの縁も、たった一つの言葉に繋がれたもの。
――私の、名前。

「愛香(りべか)さん。早川愛香さん、だ」
彼は得意そうに、私の名を読んだ。私は、寮の交流会のただ中に独り、隅のテーブルに
肘をついて座っていた。私も彼も、新入寮生は皆、自分の名前をマジックで書いた
たすきをかけていた。が、私は自分の名前に愛着を持たないので、読み仮名をふって
いなかった。「あいか」と読むなら、それに任せる。大体、正しく読める方が不思議なのだから、
……しかし、目の前の彼は、この、当て字も甚だしい名前を、ちゃんと正しく読んでくれて
しまった。正確に――リベカ、と。
人なつっこい子供のような、しかし確かに少年よりは青年への過渡期にある彼は、私に
褒めてほしいという様子。
「……よく分かったね」
別に、嬉しくも何ともなかったけれど、彼の笑顔は、とても可愛かった。
彼のたすきには、ちゃんと読み仮名が振ってあった。
 “福音義也(ふくねよしや)
「俺、今ドイツ語取ってるからさ、ピンッときたんだな。それにうちって、キリ教関係多いしさ」
私の名前は、父が付けた。両親とも敬虔なクリスチャンで、姉・路津子(るつこ)も然り。
だけど私は、特に教会に通うでもない、両親の悩みのタネだった。
そうして、人当たりの好い彼との話が弾み、お互いの学科や、部活の話もした。
……ぶっきらぼうの私が、こんなにお喋りになるなんて。私達が、ファースト・ネームで
呼び合うようになるまで、三十分とかからなかった。
「――哲学のコって、もっと小難しいことばっか喋ってるのかと思ってた」
「偏見だよ。義也だって法学のくせにさ。ほれ、小難しいこと、喋ってみ!」
「えっと……マックス・ウェーバーの『職業としての政治』は――岩波で一番安く買える文庫です」
キャンパスを歩きながら、私は笑って彼の背を叩く。彼といると、とても楽しかった。
くだらない話に、バカみたいに笑うことが、こんなに楽しかったなんて。でもそれ以上に、
彼といると、ホッとすることができた。いつも、春の中にいるような気持ちになれた。
こんな風に……ずっと、ずっと歩いていたい。こんな人と、一緒に歩いていけたら。
――心から、そう願った。

当然のように、私達はいつも一緒にいた。誰も、そんな二人について、うるさい茶々を
入れたりもしなかったし、私達も何一つ、込み入ったことは語らなかった。そんな、楽しい
ばかりの日々。……どちらがどちらに、「好き」と言ったわけでもない。「付き合ってる」とは
呼ばない、気楽な関係。周囲は、そう見ていたかもしれないけれど、私自身が、「うーん、
義也好きだなぁ」とか、面前で言うのは平気なくせに、今更恥ずかしくって、「告白」なんて、
とてもできないと思っていた。
そう……私は、きっと義也を好きだった。あの頃から、ずっと、でも、はっきりしなくても
させなくても、二人は一緒にいられたし、楽しかったし。妨げとなるものは、何もなかった。
それで、良いと思っていた。誕生日のプレゼントは、指輪じゃなくてサルのぬいぐるみ
(ソックリ!と評判になってしまった……)だったけれど。ちょっと期待してた自分でも、それでも。
一緒にいられたから。

「――教職取るんだ、愛香」
彼と一緒に歩く、三度目の春。出会ったあの頃と、二人共、何一つ変わることはなかった。
或る、唐突な瞬間までは。
「一応ね……先生になる気はないんだけどさ」
よいしょっと芝生に座り、色褪せたジーンズの足を伸ばす。そして、隣に座った義也に
聞き返す。大学を出た後、どうするつもりなのかと。……すると、不意に彼は、視線を
逸らした。その奇妙さに、私は眉をひそめた。
「俺……どうなるか、分かんね」
物臭そうに。何故、こんな時に、そういう反応になるのか。
「就職……しないの?」
彼は、しばしうつむいた。こんな様子の彼を見るのは、初めてのことだった。
「俺……さ」
彼は、ぼそっと口を開いた。クシャッと、自分の髪に手を入れて、溜息。
「――実は……家が、カトリックでさ」
そういえば、お互い、家のことは、不自然なほどに、何も話してこなかった。
考えてみれば、互いに寮生だし、干渉を嫌うタチだったのかもしれな。
だけど、そのことが何だというのか、まだ分からない。
「それが? ウチもだよ?」
私は、彼の不必要とすら思える「もったい」の根拠が何処にあるのか、理解できなかった。
義也は、説明不足は承知なのか、ひどく困ったように、落ち着かない視線をあちこちに
巡らせ、やがて腹を決めたように、私の目を見た。
「かなり……熱心なんだ。っていうか、さ、俺……じいちゃんの遺言で――神父になってくれ
 ……って、言われてるんだ」

――……ポーズ。



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