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「……えぇっ?」
私は、肩が抜けるような、大ボケな声を出してしまった。義也は、彼自身、まだ何か
ふっきれないものをチラつかせながらも、
「そろそろ……決めないといけない。俺自身が――どうしたいのか。どうするつもりなのか。
身の振り方を、さ」
……呆然。
「……何よ、ソレ」
「だから……そゆコト」
「今さっき決まった話でもないんでしょう?」
「……まぁ、ね。大学入る前から」
私は、何だか堪えがたいものが、胸の中にわき起こりつつあった。怒り……?
何か違う気がした。でも、それとも、確かに似ている。
――一体、誰が、このような事態を予測し得ただろうか。一流企業への就職が約束された
学科の、それもアメフト部の……それは関係ないか。しかし。それにしたって、神父になる
ってんなら、神学科に行けば良かったはず。なのに……何故。
突然に降ってわいた「大問題」が、私の目前に立ちはだかった。
神父――基本的に、結婚は許されない。
別に、義也と結婚する気でいたわけではないけれど……そんな問題じゃない。
ただ、何だか、ポッカリとした気持ちになってしまった。
“どうして……今まで、一度も話してくれなかったの”
彼なりに、きっとこれまでにも悩んできたのだろう。でも彼はそんなこと、私には微塵も
見せなかった。……見せてはくれなかった。あんなに近かったはずの二人は、
こんなにも浅かったのだ。
「愛香……?」
無感動に彼を見つめる私の目は、私自身の意志によっても、動かすことができなかった。
……義也は、ごっつい体の割に、可愛い目をしている。そして、その目は心配そうに、
私を見つめていた。
「――今の私って……なに?」
これからの、「私の身の振り方」への疑問。……何故、こんなことを、言ってしまったのだろう。
私は、義也に向かって言ってしまった。彼が戸惑うことも、充分承知の上で。
――これは、「告白」だったのだろうか。
* * * *
ソクラテスよ、プラトンよ。……そして私のアウグスチヌス――教えてください。
“愛って、何ですか”
どうしても、分かりません。エロスでしょうか、それともアガペー? 私は……分からなかった。
私には、分からない。自分が、何を望んでいるのか。彼が私を好きだと言って、禁戒の
愛欲に身を委ね、生臭坊主になることか。――……違うのよ、そーゆんじゃないのよ。
私がほしかったのは、おちゃらけてても良いから、心を満たすロマンス。愛の哲学に
ついての議論は、講義とレポートだけで、もう充分。これ以上、投影に満ちたマゾヒズム的
思考は、したくない。私が真に求めるもの――必要とするものは、その内分かること。
自然が、時間を伴って教えてくれるようなこと。きっと……きっと。
だから、私は急ぐまい。今まで、義也のことを、歩く早さで恋してきたように。あれで良い。
今は、恋だけがあれば良い。結論は、行動を正当化しようとするだけのもの、無用!
私は、相対的なロマンスの不毛さを、とうに悟っていたはず。だから、義也がどう出るか
によって、何かを決めたりはしない。……精神的に窮迫すると理屈に逃げるのは、
自分でも嫌な癖だと思う。あぁ、哲学臭い!
ともかく。……私の心は、自分でも情けなくなるほど、可愛らしい悩みに、満ち満ちていた。
そして、バカみたいに一途な思いに、護られている。私は、待ちはしない。虎視眈々と、
切支丹のバテレンを、色仕掛けで転ばせようとする女のように、義也に愛される日を
待ちたくなどない。私は、義也が神父になろうと坊主になろうと、それでこの恋の行方を
決めたくはなかった。それは、はっきりとした気持ちだ。今、必要なのは、私と義也。
私はただ、恋をする。息をするのと、同じように。誰も、彼も、それを阻むことなど、
できはしない。――何も、関係ない。だから、行ける所まで行こう。取りあえず、今は
それだけ。義也と、急がずに、今までと同じように、同じ早さで、歩いていきたい。
行ける所までで良いから。……それで良い。恋に浅慮は付きもので、遠慮があれば
馬鹿を見る。
それに私は、失恋なんてしない。私の心の中から、恋が消えることがなければ。
たとえ振られたって、恋が失われることはないのだから。それならば、一体何を
恐れるだろう。自分が思うように、思う方向に、歩いてみれば良い。
義也の唇が、私の名を語る。初めて出会った、あの夜のように。そし、その次に
聞かれる言葉――それすらも、待ちはしない。彼には、彼の早さと距離とがある。
そう……分かっていたこと。
だからどうか、皆さん。
それが、どんなものであろうとも……彼の言葉を、禁じないでやってください。
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